軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

487話 王の懇願

約束の日。

指定した時間に先日の説明会場へ向かうと、入った瞬間から異様な空気の重さを感じる。

その場にいる人間が例外なくピリついており、中には顔の蒼褪めた連中もいるのだから、よほどのことだと思うが……

なんだ?

俺はまだ何もしていないぞ?

よく分からないまま案内され、前回とは別のやたら広い応接室に通されると、ソファには神様みたいな髭の蓄え方をした爺さんが。

そして背後には――ああ、これは相当強いね。

今まで見た人間の中では、ハンスさんという例外を除けばトップクラスにやりそうな気配のする男が、鈍く輝く金緑色の鎧を身に纏って佇んでいた。

目が合うと、スッと立ち上がる爺さん。

「お初にお目に掛かる。ワシはウォズニアク・クライセム・フォン・ガルム。ガルム聖王騎士国の王をやっている」

「え」

「私は聖王騎士の総団長を務めております、ハーゼン・フォン・バルクラッドと申します。以後、お見知りおきを」

「……ロキです。えーと……んん? これはどういうことなんでしょう?」

連れてきてくれたお姉さんに視線を向けるも、既にトンズラこいてその場におらず。

状況からして俺が部屋を間違えたということはなさそうだが……

まさかあのカタツムリ、王様に直接進言したのだろうか?

「副学長であるニトイから、ロキ王がうちの学院に入学を希望していると聞いたのでな。その返答を伝えにこうして訪れたのだ」

「わざわざ王様が、ですか?」

「うむ。前代未聞だが、他所の国の王が自ら入学を希望しているのだ。ワシが対応せねば失礼だろうと思うてな。それに新たな異世界人がどのような人物か、この目で確かめたかったということもある」

「なるほど」

後者が王様の本音だろうけど……まぁいいか。

だからと言って俺が何をするわけでもない。

唐突過ぎて緊張する暇すらなかった。

「我が国が長い歳月を掛けて集めた蔵書から学びを得たい。代わりに在学中は護衛をすると、そういう報告を受けているわけだが、これは間違いないだろうか?」

「そうですね。ただガルムの内紛に首を突っ込む気はありませんから、あくまで自分の身を守るついでで、いる時は学院も守りましょうという程度ですが」

ふむ、と。

髭を扱くウォズニアク王。

カタツムリがどう伝えたかは分からないけど、少し予定と違ったというような表情だな。

「ちなみにロキ王は、かの【空間魔法】所持者だと聞いておるが……なぜ、そうまでして入学を求める?」

「と、言いますと?」

「わざわざ入学をしなくても、その気になれば目的は果たせるだろうて」

「あぁ、そういうこと……確かにやろうと思えばできるでしょうけど、僕はそれが許容されない『悪』であると認識しているので、単純にやろうとは思わないだけです」

「『悪』だから、か……その若さだ。てっきり本だけではなく授業にも参加し、生徒との交友や繋がりも求めているのかと思ったわ」

そう言って笑みを零す王様へ、少しばかり気になったことをぶつける。

「そこまで暇じゃありませんよ。それにしても具体的に【空間魔法】を名指しするとは、まるで一度被害に遭われたような口振りですね?」

そう告げると笑みは一瞬で消え、ドス黒い感情を必死に隠すような、険しい表情をウォズニアク王は見せた。

「まだ先代が王の時代だ。同じように本を読ませてほしいと、そう告げてきた女がおった。しかし明らかに入学条件である年齢を満たしていなくてな……」

「……」

「まだガルムが中立の立場を強く示していた時代でもある。異世界人であると告げられようとも丁重に断りを入れたらしいが、しかしその翌日には学院が抱える蔵書は綺麗に跡形もなく消えていた。公開せず別に管理されていたモノも含めて、すべてだ」

「それは、なんとかなったんですか……?」

待て待て待て。

気の毒には思うし、マリーくたばれとも思うが、同じくらい今の所蔵数も気になってしまう。

内容によっては俺が入学する意味すらなくなるんだが?

「うむ……国の重要機密ゆえ、詳しくは答えられぬがな。かつて抱えていた蔵書は全て元に戻してあるとだけ伝えておこう。だが、希少な書物が丸ごと奪われたことには変わりなく、戻すために10年以上の歳月と多大な費用が掛かったのも事実」

「それは、そうでしょうね」

「そして今、そんな輩に誑かされた貴族連中が謀反を起こし、東から国を落とさんと戦を仕掛けているのだ……マリーの掌で転がされ、利用されていることにも気付かずな。ふふ……ふふふ……これほど滑稽なこともあるまい?」

「そんなことはありませんよ。どこもかしこも、僕が通ってきた国はみんなマリーに苦しめられていましたから」

それらしい影響を受けていなかったのはジュロイくらい。

大陸の東部に向かうほど侵食され終わったか、もしくは現在進行形で侵食が進んでいると判断しても間違いじゃないだろう。

あのハンスさんがいるエリオン共和国だって、何もされていないという保証はどこにもない。

それに、うちだって。

「……ロキ王、学院への入学は許可する。ただ……いや、違うな。それとは別の話として、折り入って頼みたいことがある」

「……」

「我が国を――、ガルムを、救ってはもらえぬだろうか?」

あまりにも唐突な話だった。

目の前で、歳は60を超えたくらいか。

多くが白髪に染まった老人であり、一国の王が、しわがれた声を震わせながらゆっくりと俺に頭を下げる。

護衛でもある背後の精強な男も、悔しさを滲ませた表情を浮かべながら王に倣った。

いいように振り回され、遊ばれ、国が衰退していく様を見せつけられているのだ。

苛立ち、苦しさ、悔しさ……その気持ちは俺にだってよく分かる。

でも……

「この国を、一通り回ってきたんですよ。東の地も、国境まで。だから、八方塞がりだなって……この状況ですから、正直に言えばそう感じてしまいました」

「そうか……」

「謀反を起こした東部の連中を一掃する――、もしそれができたとしても、あの兵数では、その後が続かないでしょう?」

「一時凌ぎにしかならん……そう思って我らは約2年、ひたすら守りに徹し、親アルバート派の説得を試み続けてきた。削り合いこそがマリーの狙いだろうからな」

「でも上手くはいっていない。となれば、もう解決の方法は二つに絞られてくる。一つは大元であるマリーとアルバート王国を直接叩くこと――しかし自国のためならまだしも、ガルムを救うためにというのはさすがに違うでしょう? それこそうちの抱えるリスクにまったく見合いません」

これには深く頷き、分かっているとでも言いたげな表情。

となれば、望みはこちらか。

「もう一つは僕がガルムの盾となり、叩かれ難い環境を作ってしまうか、ですが……これも残念ながら僕は望みません」

「ラグリースのように、属国へ下るという条件が付いたとしても、か?」

「ですね。ラグリースは止むを得ない事情もあって承諾しましたけど、管理もしきれない土地を増やすことに僕はなんの魅力も感じませんから」

「誰よりも上に立つことを、望まぬわけか……」

それが、土地を求める理由なのか?

だったら何よりも"強さ"を求める俺には不要なことだ。

「それに――これがある意味、一番大事なことですね」

「?」

「僕は、勇者じゃない」

「……」

「潰すべき悪党も、そのタイミングも、誰かの願いや望みで決めるつもりはありません。なので申し訳ありませんけど……適任が他にいるのではないですか?」

わざわざ物語を作ってまで、自分を勇者だと名乗る人物がいるのだ。

切羽詰まっている……それは分かるが、少なくとも初対面の俺に打診するような内容ではない。

頼る相手を間違えているだろうと、適任者の存在を示唆すれば、ウォズニアク王は用意していたかのように答えを返す。

「勇者タクヤのいるエルグラント王国には、ロキ王が難しいなら頼むしかないと思っていた……それしか残された手立てがないゆえにな」

「止むを得ず、ですか」

「勇者タクヤの名を借りる条件の一つが、西の戦地に聖王騎士を送り込むこと。これが何を意味するか、ロキ王も分からぬわけではあるまい」

「……」

戦地とは言うも、従属的な立場なら最前線に配置されるのが常。

アルバートの脅威に晒されているというのに守りはより手薄となるし、そもそも戦力を求めているエルグラントが、ガルムの危機に合わせて戦力を送り込めるのかという疑問も浮かぶ。

仮に戦力を送れたとして、それでも距離を考えればまず急場には間に合わないのだから、結果的には勇者タクヤという異世界人の名前だけを借りるといったところか。

これだけでも十分利用されている感は否めないが。

「条件の一つということは、他にもあるんですか?」

「戦費の負担や良馬の無償提供など、要項はそれなりにある。それにワシの娘と孫娘も3人、エルグラントへ引き渡すことになる……」

「なるほど……勇者タクヤは消去法の結果なんですよね? 個人的に一番まともなのは、エリオン共和国のハンスさんだと思いますが?」

「真っ先に打診した相手だ。しかし"手に余る"と、あっさり断られた」

「そ、そうですか……」

重苦しい沈黙。

ハンスさんの返答を聞いても、そうですよねと、同意することしかできない。

それが現実なのだ。

まず守るのは自国であり、他所を同列に並べることなどできやしない。

そんなのは当たり前のことで、誰彼構わず救おうなど傲慢でしかなく、結果本当に大事なモノを取りこぼすことになる。

だと言うのに――

「土地の代わりに賄える何かがあるのなら、それでもいい。憎きマリーの手に、このまま黙って落ちたくはないのだ……これ以上我が国の兵を……民を苦しめたくはないのだ……頼む……頼む……」

――皺がれた手と声を震わし、懇願する王。

その姿を見て、大きく溜息を吐きながらも思考は巡る。

うちが損害を被らない方法か……

「――もし、ですよ。当初進めていた『説得』が成功し、親アルバート派となった東の連中がこちらに戻ってきたとしたら、その時はどうなりますか?」

「……戻ったからとて、アルバートに太刀打ちできるなどと宣うほど慢心するつもりはない。が、一丸となれば、容易く攻め落とされはせぬ……絶対にな」

王はそう言い、背後で立つ総団長も同意を示すように恐ろしい眼力で深く頷く。

「そうですか。ならばせめて、それだけでも試してみますか? ガルムにとっての理想でしょうし」

「それはそうだが……しかし、2年掛けても見込みは――」

「だから、僕が裏で動くんですよ。その『説得』に」

「ロキ王が?」

「もちろん相応の報酬は頂きますし、必ず成功させるなんて無責任なことも言えません。でもこのまま勇者タクヤの名前に縋って賭けに出るよりは、上手くいけば見通しも明るくなるのではないかなと。まあ、一傭兵からの提案だと思ってください」

「傭兵……そういえばロキ王は、その立場でありながら傭兵稼業もしているという話だったな。傭兵に良い印象などまるでなかったが、そうか……そうだな、ならばぜひ依頼をさせてもらいたい。成功した暁には宝物庫を開くゆえ望むだけの褒美を――ただし、孫娘だけは勘弁してくれ」

「あの、娘さんも忘れないであげてくださいね?」

今までとは違う、人を生かすことが目的の依頼。

正直に言えば、凄まじく面倒な内容だが。

それでも表立つことなくマリーに打撃を与え、ガルムの情勢を改善させるとなればこのくらいしか思い浮かばないのだ。

それにこの国だからこそ引き出したい報酬もある。

その後、情報の擦り合わせは1時間以上に渡り、対価の話も概ね纏まってから入学のための手続きが開始された。