作品タイトル不明
486話 それぞれの残された道
ガルム聖王騎士国は俺が抱えている書物の中で、非常に多く名前の登場する国だった。
国の歴史はこの一帯で最も古く、長い伝統を誇る聖王騎士――特にその中でも聖騎隊と呼ばれる騎馬部隊が非常に強いようで、過去に多くの侵攻を撥ねのけたという歴史書の類や、戦術書にも国名や聖騎隊という名前が挙がるほど。
馬の育成にも優れ、何やら特殊な育て方をするガルムの馬はかなりの高値で取引されるような情報が残されていたし、当然のことながら学院に関連する情報もいくつか存在していた。
一方で狩場に関する有力な情報は拾えず、その点はあまり期待できないと思っていたが。
「結局、新規スキルは得られずで終わりか」
王都を出てから9日目。
トータルでも3週間ほどでガルムのマッピングが一通り完了したことを確認し、今まで回った国の中でも一番の小国であること。
そしてまともに狩れた狩場が一ヵ所も無かったことに溜息が漏れる。
1種だけ『赤兎馬』と呼ばれる、Cランクの真っ赤な巨馬の魔物が北東部の高原に生息していたけど、所持スキルは【俊足】や【突進】といった既知のモノばかり。
素材目的で多少狩った後はすぐにその場を離れ、俺はマッピング作業を再開させていた。
しかし――。
改めて狩場を訪れ、上空から周囲を広く見渡す。
初見では見逃した違和感も、各町を一通り回った今ならばはっきりと分かる。
「なるほどねぇ……」
馬の『色』が微妙に違うのだ。
ハンターギルドが示す狩場の『赤兎馬』は鮮血のような赤さをしていたが、少し離れた麓では赤茶けた色や光の加減によっては濃紫にも見えるボルドー色、もう少し色味を落とした赤褐色の馬も存在していた。
周囲を厳重に見張り、隠すように作られたその一帯は広く太い鉄柵で囲われており、今ならばここが人工的に作られた放牧場であることが分かる。
そして色だけでなく、生物としての本質も異なっていた。
「これは魔物……こっちも魔物……あ、ここからは動物になるのか」
活かせるかは分からないし、活かしたいとも思わないけど勉強にはなる。
育て方とは言うも、実際は魔物と動物の配合による結果。
ここはその振り分けでもしているんだろうな。
赤みが強いほど馬体が大きくなり、しかし体内に魔石を有する魔物になるため、制御には【魔物使役】が必須となり扱いが難しくなる。
しかし色味が西側で多く見られた栗毛や黒鹿毛に寄れば、魔物の血も多少は継いだ動物の枠に収まるため御しやすくもなる。
何が一番求められているのかは分からないけど、東に行くほど赤みの強い巨馬に騎士や兵士達が跨っているのだから、これが聖騎隊の要になっているのは確定的か。
フィーリルが連れてきたデカい馬もかなり赤かったし、どうせ生物としての興味が湧いてこの辺りからパクってきたのだろう。
大陸中央よりもやや東寄り。
西と東の騎士や兵士達が多く集まっていた地域を線で繋げば、おおよそ親アルバート派の占拠率は国土の3割以上4割未満といったところ。
町の多くは人が普通に生活しているので、お互いに戦える者同士がやり合っているという、まだ常識的な戦いを繰り広げているようだが……
マリーが金でも支援しているのか、西と比べて傭兵の報酬は東側の方が高く、ギルドの受付嬢と会話をすれば、兵の不足を補うように傭兵連中の多くが東側へ付いていることはすぐに理解できた。
兵数はまだ西の王政派が有利なのかもしれない。
しかし馬で負け、質もランカークラスの傭兵が混ざるとなればたぶん負け、お互いが兵を磨り潰しているのだから国力は低下する一方。
加えてアルバート王国と直接的には隣接していないものの、既に落ちていると思われるパルモ砂国を通じて戦力を送り込めるとなると――。
「あーあ。この国ももう、詰んでないか……?」
当初はまだ粘っていると思ったが、そんなこともない。
俺にはもう、マリーがほぼ無傷に近い形でガルム聖王騎士国を手に入れる、その一歩手前の段階にしか映らなかった。
▽ ▼ ▽ ▼ ▽
時はガルムの東端にロキが辿り着く1週間ほど前まで遡る。
ガルム聖王騎士国の頂点であるウォズニアク王とこの国の宰相ベントル。
そして国の象徴でもある聖王騎士の長――、聖王騎士総団長ハーゼンを含む国の重鎮達が話し合いを進める中、高官に付き添われて現れたのはこの男。
「副学長のニトイか。緊急を要する重大事案が発生したと聞いたが?」
「ハ、ハッ! 取り急ぎお耳に入れておかねばならない問題が発生致しまして!」
ニトイはまさかの御前会議に参加するとは思いもしなかったが。
それでも宰相に言葉を返しつつ、異世界人が突如として説明会場に現れたこと。
そして一度は断ったものの、強く入学を希望していることを伝える。
「狙いはやはり、所蔵している本か?」
「左様でございます。ただ厄介なのは途中まで身分を伏せたまま入学の手続きを進めており、一度了承とも取れる返答をうちの若い者がしてしまっている点でして……」
「それで、なんと言っているのだ?」
「必要な費用は支払った上で、在学している間は学院の護衛くらいするから入れてほしいと。どうやら傭兵稼業にも触れているようで、私では正誤の判断まで付きませんでしたが、国内の戦況を多少は理解しているようでした」
「第5の異世界人ロキですか……これを好機と捉えるべきなのか、悩ましい相手が自ら転がり込んできましたね」
「え?」
この時、副学長ニトイは僅かに驚きの声を漏らす。
まさか中立派であり、王政派としても強い力を持つ聖王騎士総団長が、肯定的とも取られかねない答えを選んだからだ。
さらに王が尋ねたことで、宰相も続く。
「宰相はどう思う?」
「人物像を測りかねますからな……しかし彼の者がフレイビルで転送を成功させたことは紛れもない事実。ともすれば【空間魔法】所持者を安易に拒否したところで、過去の甚大なる被害が再度繰り返される恐れもございます。ここは受け入れつつ、もう一人の候補者として言動に注視すべきかと」
「よ、よろしいのですか? 中立という立場だからこそ得られた我が国の信用が、ここで崩れるやもしれません。『赤馬』の交配施設は東部反乱軍の手中にあると聞いておりますし、学院だけはなんとしてでも守らねば我が国の財政が――」
「なぜ、学院の副学長でしかないお前が、国の財政にまで口を挟む?」
「ッ……」
言外に、心配なのは自身の立場だろう? という宰相からの射貫くような厳しい視線。
耐え切れず、返す言葉もないまま背を丸めた副学長ニトイに向け、王は静かに口を開いた。
「親アルバート派――その旗手となるダムラット辺境伯を中心に説得を試みてもう2年。その間にどれほど東部の戦線が押され、我が国の騎士や兵が死んだか分かるか?」
「い、いえ……」
「仮に中立を示し、交渉を続けながら現状維持に努めたところで所詮は内戦の続く国。まだ距離があるとは言え、戦火が次第に近づいている中で入学者の減少を止められはせぬ」
「それは、間違いございません……」
「もうこの国に残された手立ては余りにも少ない。理想だけで国は守れぬ……何者かの庇護下に入らねば、民の生活は守れぬのだ」
「そ、そんな……」
金が尽きれば、当然国は潰える。
こちらの兵が尽きてもそれは同じで、さして広くもない領土は『赤馬』と想定以上の資金で傭兵を押さえた親アルバート派が戦況を有利に進め、西へ西へと支配領域を広げてゆく。
かと言って親アルバート派を殲滅し、仮に東部の土地を取り戻したとしても結局は国内戦力。
まだ僅かながらに生き残る道へと繋がるものの、双方の削り合いで大きく戦力の低下した状況を他国が放っておくとは思えず、それこそマリーがこれ見よがしに次の手を打ってくるだろう。
だからこそ望みを捨てず、多くの兵を引き連れ反旗を翻した貴族たちの中心人物――ダムラット辺境伯の首を狙うのではなく、説得という方法を粘り強く試みたが……
まだ規模のそう大きくなかった2年前でも傾くことはなかったのだ。
勢力が拡大し、攻勢に出ている現状では尚更に傾くとは思えない。
そのような情勢を理解していたからこそ、王政派の貴族を集め、説得も含めた話し合いが行われ始めたのは既に1年近くも前のこと。
ガルムにとって不倶戴天の讐敵とも言えるマリーは論外として、他の誰を頼り庇護下に入るべきなのか。
それしか国を存続させられる道は残されておらず、その筆頭に勇者タクヤのいるエルグラント王国の名が挙がっていた。
外交取引もあり、西の戦地で聖王騎士の力を借りられるなら後ろ盾になると、そこまでの提案を受けていたのだ。
だが、新たに浮上した第5の異世界人ロキがわざわざこの地に訪れたとなれば、果たしてどのような人物なのか確認したくもなるというもの。
王子や王女ならまだしも、現役の王が入学を求めるなど、長い歴史を遡っても前代未聞過ぎて意味が分からないが……
ヴァルツ王家を吹き飛ばし、各国に脅しを掛けるなど過激な面が目立つも、民を守るために建国したという話も伝え聞くのだから、マリーのように性根が腐りきっているとも思えなかった。
「よし、異世界人ロキの入学を許可する前提で、余が自ら伝えに行こう。人となりをその場で見定める。それとこの件は国の明暗を左右する事案ゆえ、箝口令を敷く。ニトイ、早急に戻り、説明会場内にも周知徹底させよ」
「へ、陛下が外を出歩かれてはさすがに危険が過ぎます!」
「その通りです。東の連中がどこでお命を狙っているか……!」
「何を言うか。相手は一国の王、ならば余が相手をしないで誰がする。ハーゼン、おまえも同行すればそう危険が降り掛かることもあるまい?」
「そ、それは、もちろん全力でお守り致しますが……」
この時、まともな返答もできぬままそのやり取りを眺めていた男は、徐々に理解し始めた国の現状に震え始めていた。
学院さえ無事であれば、なんとかなると思っていた。
ある意味では、預かった子供達が最大の盾になるのだ。
仮に王都を――、学院を攻め込もうものなら、大陸中を敵に回すことになる。
そんなこと、たとえマリーでもできやしないと、そう高を括っていたのに……
なぜ、忠誠を誓い、中立派に尽くしている副学長の自分を差し置いて、どこかへ下るような話を 勝(・) 手(・) に(・) 進めている?
そのようなことになれば、学院の運営に心血を注ぎ、ようやく手にしたこの立場は――。
男は恐怖と怒りで拳を震わせながら、心密かに決意を固める。
ガルムの象徴である学院を守るために、自分がなんとかしなければ、と。