作品タイトル不明
485話 カタツムリ副学長
目の前には怯えた表情を見せる、カタツムリのようなクルクルの髭を鼻の下から生やしたおじさん。
俺の「なぜ?」という疑問に、先ほどの女性は慌てて裏へ引っ込み、代わりに出てきたのが説明会場の責任者であり、学院の副学長を名乗るこの男性だった。
「聞かれたから答えたという、それだけなのですが……僕が一転して『不合格』になった理由を教えてもらえませんか?」
「そ、それは、あなたが――ッ、大変失礼いたしました。ロキ王様が、異世界人だからです」
「それは先ほどの流れから分かっていますので、異世界人だから駄目という理由を知りたいのです。あと気を使う必要はありませんから、言葉は普通にしてください」
そう告げると、目の前のおじさんは1度大きく呼吸を整え、額に汗を浮かべながらも意を決したように言葉を吐き出す。
「まず間違いなく、ロキ王がこの学院に入学されれば、生徒も、教師陣も、内部は大きく混乱します」
「……」
「ご自身がどれほどの影響力をお持ちか、ご理解されていますか? 異世界人に恐怖する者達もおりますし、今は別の異世界人を起因とした内部分裂により、国が東西に大きく割れているのです」
「東部が親アルバート派であることは、多少ですが理解しています」
「そんな中で、現王政派であり中立を掲げるクルシーズ高等貴族院に、別の異世界人であるロキ王が入学されたとなればどうなりますか? 王政派が東部を抑え込むためロキ王を擁立した、もしくは縋り下ったと見る者たちも多く現れることでしょう」
「僕はただ、この学院にある本で勉強したいだけなんですけど……」
「そのお気持ちは決して否定しませんし、本来ならば歓迎させていただきたいところです。しかし今は時期が悪い……この学院は国を跨ぎ、大陸中から高貴な家柄に生まれたご子息、ご息女、さらには一部の王族までもが学ばれております。だからこそ中立であらねばならず、現王政派の下で現状を打破しなければならないのです」
この言葉を聞いて、呆れた顔を隠すように頬を掻く。
はぁ……もっともらしいことを並べちゃいるが、時期が悪いって。
あまりにも現実が見えていなさそうな考え方に一瞬マリーの手先を疑うも、それっぽい反応は【探査】で拾えず。
ということは天然なのだろうが、随分と理想論を掲げた人だな。
この人は5年10年、さらにはもっと先の将来的なクルシーズ高等貴族院を見ているのだろう。
ここで俺という別の異世界人を交ぜれば、マリーに傾いている東へ対抗したように見え、対外的に中立という立場を示しづらくなる。
結果、何かしらの派閥――それこそマリー派や勇者タクヤ派など、既にどこかへ属している国、もしくは個人から嫌厭される可能性を危惧している。
そんなところだろうとは思うけど……
「一つ、教えてください。今の考えはあなた個人によるものですか? それとも王政派、つまりは王の考え方であり方針になるのでしょうか?」
「そ、それは……もちろん国王陛下も同じお考えでしょう。中立とはマリーを含め、どの異世界人にも寄らないということ。今までもこれからも、ガルム聖王騎士国はそう在らねばならないのです」
「……なるほど。つまり中立派の皆さんはそのまま国が消えることも止む無しと、そうお考えなわけですね」
「え?」
そんなのは今をしのぎ切れたらの話。
まだ対抗できているとしても、傭兵の募集を見ていればどこもかしこも人材が不足している様子は見て取れるのだ。
それに今はあくまで内戦のようだが、もしマリーがその気になって自国の軍でも攻め寄こせばあっという間に決着だろう。
あの女のことだから、戦力を削りあって弱っていくガルムを眺めながら高笑いしていそうなものだけど……
それとも、抱えている問題を解消できるほどの手札でも持っているのか?
「実は僕、傭兵業もやっていましてね」
「王が、傭兵……?」
「戦地での守備隊要員や要人警護、それに施設警備も広範囲に渡ってかなりの募集が掛けられていましたよ。ここ、クルシーズ高等貴族院も」
「……」
「どこもかしこも人材不足で、傍から見ればまったく余裕があるようには見えませんでした。内戦でコレですから、とても背後のアルバート王国が加担すれば戦況を維持できるとは思えませんけど……この国の王様は何を以て中立を掲げる学院をこれからも守れるとお考えなんですかね?」
「そ、それは……」
……まだ、何か考えがあるのか?
かなり動揺しながら言い淀むも、それでも何か対抗策があるような、絶望には染まりきっていない表情を見せる副学長。
それが何かは分からないが。
まぁいい。
俺が想定する最悪は、この学院が親アルバート派やマリーの手に落ち、本の情報を得る機会が失われること。
このろくに自国の情勢も把握できていなさそうな男が抱える自信など信用ならないし、そうなる前に多少の無茶はさせてもらうか。
「話を聞くに、あなたは何よりもこの学院が大事なわけですよね?」
「この学院があってこそのガルム聖王騎士国ですから」
「ならば、この学院をアルバート派の手に渡したくはないでしょう?」
「それは当然のことですが……?」
「でしたら僕を生徒にしておく利点は大きいと思いますよ? ガルム国内の争いに余計な首を突っ込むつもりはありませんけど、自分自身が襲われたとなれば話は別。ここにいる間はついでに学院を守るようなものですし、わざわざ金は払って護衛を望む者がいるなら、これほど素晴らしいことはないでしょう?」
そう告げるも――、この薄い反応は違うな。
そう分かり、角度を変えて言葉を続ける。
「少なくとも、人手不足で戦力を欲しているこの国のお偉いさんは喜ぶ可能性が高いと思いますけどね。逆に中立派だからあり得ないと、その機会をもしあなた個人の判断で勝手に切り捨てれば、最悪は相当な責任問題に発展する可能性もあると思うんです。それこそ、副学長をクビ、とか」
「……10日ほどお時間をいただけますか? 私では判断致し兼ねますので、上の者に相談してから回答を……」
「承知しました。ではまた10日後の――そうですね、正午にでもここへ訪れましょう。良い返答が聞けることと、あなたのこの功績が称えられて学長にでもなられることを願っていますよ」
「やれる限りのことはやらせていただきますので」
大事なのは学院ではなく、自分の椅子。
結局のところ、このカタツムリはただの権力バカか。
それでもこの男の伝え方と誰に伝えるか次第。
敢えて狙っているであろうポジションを言葉にしたのだから、これで同じ毛色の可能性がある学長には報告しないと思うけど……
まだ俺の入学が認められない可能性もあるし、他にもこの男が抱えていた妙な自信など、不確定な要素はいくつかある。
そうなった場合は――
(いやいや、エニーと護衛役にカルラを潜り込ませるとか、それはさすがにないよなぁ……)
説明会場を出てからもそんなことを考えつつ、空の旅は再開された。