作品タイトル不明
488話 老獪
某所にて。
スラリとした眉目秀麗な若執事が、扉越しに屋敷の主へ声を掛ける。
「マリー様、国から通信が」
「内容は? 大した話じゃないなら後にしな」
「第五の異世界人、ロキに関係することです」
「……そうかい」
入室を許可され、男は淫靡な臭いが漂う中で手にしていた書類を渡す。
するとマリーはガウンを羽織り、椅子に深く腰掛けながら流し見たのち、一度大きく溜息を吐いた。
「次はガルムか。案の定、さらに東へ進路を取ってきたってわけかい」
「そのようですね。まだ不確定要素も多い情報ですが、あの男が再びマリー様の邪魔立てをする可能性もあります。今回は事前に情報を得られただけ朗報かと」
そう、マリーにとっては朗報だ。
アルバート王国を介して入った情報は、予期せぬルートからの密告であり。
――本の知識を求め、異世界人ロキがクルシーズ高等貴族院に入学しようとしている。
――ウォズニアク王自らが中立の立場から脱却し、勇者タクヤ、もしくは第五の異世界人ロキに庇護を求める可能性を示していた。
――学院の存続と自分の立場を保証してくれれば、今後も協力は惜しまない。
このような内容の手紙が、副学長ニトイの名でアルバート王国に直接届いていると記されていた。
マリーにとって、一部は今更な情報だ。
王政派の中にも内通者を忍ばせているため、ガルム王家がハンスに助力を断られ、勇者タクヤに縋るしかないことなどだいぶ前から把握していた。
だからこそ、この内容が真実である可能性は高いと判断できるわけで。
「コイツは厄介だね……」
マリーは誰に聞かせるでもなく、静かに呟く。
縋る先が勇者タクヤのいるエルグラント王国だから放っておいたのだ。
あそこが後ろ盾につくなら、庇護とは名ばかりで介入なんてできやしない。
遠地へ戦力を送る余裕などないし、まず今も、マリーが西部へ様々な物資を供給し続けているのだ。
アルバート王国と敵対をするということは、供給を絶たれるだけでなく、アルバート王国がエルグラント王国の敵であるヴェルフレア帝国へ与することにも繋がるため、戦況が一気に傾くことくらいあちらも十分理解しているだろう。
しかし――、第五の異世界人ロキは違う。
同じ空間魔法持ちの時点で距離など関係なく、単体戦力がゆえに行動を制約できる弱みも握れていない現状では自由に動き回られてしまう。
向こうも国を興した以上、【空間魔法】持ち相手にそう簡単には手を出してこないだろうが……
それでもこちらから、あからさまな火種を放り込む必要はない。
そうマリーは判断していた。
勇者タクヤかシヴァのどちらか。
もしくは双方とロキが西でやり合い、共倒れでもしてくれればマリーにとっては一番都合が良いのだ。
わざわざ自分が真正面から潰すべき相手ではない。
「いや、……違うな。逆にこれを、好機と捉えるべきか」
「え?」
当初はそのように考えていたが、マリーは暫し思考を巡らせたのち、狡猾な笑みを浮かべる。
子供姿だと聞くロキは正規の方法で入学するつもりなのだろう。
そして王も絡んでいるとなれば、まずその話が潰えるとも考えにくい。
なんせ王家は【空間魔法】持ちを一度断り、過去に痛い思いをしているのだから。
このままいけば学院生になるということ。
つまりは所在の特定が容易になる……この利点は恐ろしく大きい。
「ふふっ、面白い。どう動くつもりなのか、少し様子を見てみようじゃないか」
だからこそこのような結論に至り、その反応は目の前の若執事を困惑させた。
「様子を……つまり時間を与えるということですか?」
「ああ、そうだね」
「それでは目的とされる本の知識も与えてしまうことになると思いますが……あ、もしやマリー様が改めて学院の書物を丸ごと奪うわけですか? それであの男に罪を擦り付けるとか」
「はぁ……シェム、だからおまえは顔と身体だけだと言われるんだ。そんな分かりやすい動きを取るわけないだろう?」
「そう、ですか……」
「ロキの学院内での動き、目的を絞り込むためにはある程度の時間が必要なのさ。ガルム王家の後ろ盾となり、表立ってこちらの計画を潰す意図があるのか。このままアルバートに入り、私と本当に事を構えようとしている単細胞なのかを判別するためにもね」
「なるほど、本だけが目的ではないと」
「欲の尽きない『人』という生き物の目的がたった一つなわけあるかい。それにロキという人間の中身を探るには良い機会だ。書物から深い情報に辿り着く資格があったとしても、あの数なら相応に時間は掛かる……まだ焦る必要はないのさ」
分かったような、分かっていないような。
反応に困って苦笑いを浮かべる若執事――シェムに、マリーは鋭い視線を向けながら言葉を続ける。
「そのニトイっていうのに、地位はくれてやるから院内でロキがどう動いているのか監視、報告を命じときな。それと――、分かってるね?」
ゾクリ、と。
老獪極まるその表情に、シェムは背筋を震わせながら答えた。
「承知しています。保険も、忘れずに」