作品タイトル不明
376話 また、ゴミが一人
何かがおかしい。
そんな雰囲気をヒシヒシと感じながら、5人の兵士に囲まれ、ゆっくりと宮殿内を歩いていく。
今まで本の購入で何度か出入りしているのに、こんな対応一度もされたことがないし、そもそもどこへ向かっているのかも分かっていない。
まだ戦時中という認識なら当然なのかもしれないけど、こういう厳戒態勢な雰囲気を出されてしまうと、小市民の胃はどうしてもキューンと縮こまったように痛くなってしまう。
「ロキ様、ご入場なされます!」
その言葉と同時に、両脇から開かれる大きな扉。
(は、はがぁ……)
本当に勘弁してほしいんですけど。
誰も誘導してくれないし、アドバイスもしてくれない。
どうしたらいいのか分からないまま、とりあえず玉座に座る王様のところへ向かうも、胃の痛みはここでピークを迎える。
まずこの手の作法なんてよく分かっていないのだ。
どこで止まり、どこで跪き、何回目で顔を上げればいい?
っていうか、なんで俺はただ知らせに来ただけなのに、勝手に王と会う話になって、おまけに避雷針代わりにしたその土下座王に跪かなきゃならんのだ?
ばあさ~ん。
縋るように視線を這わせるも――。
そうだ、もういないんだと、改めて気付かされたことで心が沈む。
体育館よりも広く、そして高いと感じる大広間。
真っすぐに延びる、質のよさそうな赤い絨毯。
両脇には精巧な模様の描かれた多くの石柱が存在し、その傍には様々な視線をぶつけてくる国の重鎮であろう人物達が――、なぜか額に汗を浮かべ、顔を赤くしながら立ち並んでいた。
考えてみれば待ち時間ってほとんどなかったし、皆走ってここにスタンバってたんだろうか?
そう考えれば気の毒なことをしたかもしれない。
(面倒でも事前に伝えておくべきだったかな……)
そんなことを考えながら、"ばみり"のような立ち位置の目印を探していると。
ガサッ。
「ん?」
正面から大きく布の擦れる音が聞こえ、顔を上げればなぜか、王様が立ち上がっていた。
はて、謁見ってこんな流れなのだろうか?
そう思ったのも束の間、トコトコと玉座の置かれていた階段を降り、俺の目の前まで歩いてくる。
そして、王様は俺の手を両手で強く握り、勢い良く頭を下げた。
「???」
「よくぞ立ち寄ってくれた。余はヘディン・グラウト・ラグリース、まずはそなたに、何よりも感謝の言葉を伝えさせてほしい」
「あ、えっと……」
「窮地に陥っていた我が国を、そして我が国の英雄――ニーヴァルに救いの手を差し伸べてくれたこと、心より感謝する」
その言葉と同時に、玉座の横にいた数名を含め、周囲にいた100人以上の人達が一斉に頭を下げ始める。
なんなのだこれは……
「本当はこのような場を好まないこともニーヴァルから聞いてはいたが……それでも、一度は示す必要があったのだ。許してほしい」
「……」
いくら知識がなくても、これが明らかに普通じゃないことくらいは分かる。
示すというのは俺に対してなのか、それとも周りの家臣達に対してなのか。
どちらにせよ、わざわざ同じ高さにまで降りてきて、大勢の家臣の前で頭を下げる――それがヘディンと名乗った王様なりの誠意の示し方だったということ。
確かに苦手だし、居心地は悪いけど……そう俺が判断してしまうくらいには気持ちが伝わったので、それならもう十分である。
そもそも、こんなことをしてもらうために来たわけじゃないんだし。
「もう大丈夫ですので、とりあえず頭を上げてください。僕は必要なことを伝えにきただけですから」
そう伝えれば、王様はゆっくりと顔を上げた。
「承知している。この場で続けては居心地も悪かろう。奥に部屋は用意してあるが、宰相だけは同席しても構わぬか?」
「えぇ、それは問題ありません」
両脇の人達は頭を下げたままという、なんとも異様な光景にビクビクしながら王様の後をついていくと、玉座の横にいた小太りのおじさんが奥にある扉を先立って開けてくれる。
するとそこは謁見の間と違い、高級感はあるものの落ち着いた雰囲気のある10畳程度の小部屋に繋がっていた。
テーブルを挟んで椅子も6脚ほどあるだけなので、人を招くというよりは王様と極一部の人が何かを相談するような場所といった印象だな。
「ここからは公の場でもないのでな。改めて我がヘディン、横にいるのが宰相のシラグという」
「シラグ・エントリオと申します。以後お見知りおきを」
「僕はロキと言いまして、ご存じかと思いますが異世界人です。よろしくお願いします」
「ニーヴァルが相手の時はもっと楽に話していたと聞く。そうしてもらっても構わぬのだぞ?」
「は、はは……さすがに王様相手では気が引けますね」
神像に向かって土下座している時は威厳もクソもなかったが、こうしてまともな時は王様っぽいオーラというか、髪はフサフサだし凄みのある威圧感がちょろちょろと全身から滲み出ているのだ。
言ってしまえば凄く濃度を薄めたゼオみたいな感じで、こういうタイプにいきなり馴れ馴れしくは、完全敵対野郎でもなければ性格上かなりハードルが高い。
「陛下、逆に気を使わせてしまっては意味がありませんぞ?」
「うむ……それもそうか。では早速本題に入ろう。知らせたいことがあるという話だったが?」
「はい、3つありまして、まず1つ目は西のジュロイ王国についてです」
そう言いながら、取り出したラグリース王国の地図を机に広げ、その一部をなぞるように指差す。
「ちょうどこの川の辺りですかね。ここより西側は、既にジュロイ王国の領土に切り替わっていたので、一応報告をと思いまして」
すると、二人の目の色が変わった。
「へ、陛下? これは私の勘違いでなければ、一部などではなく……オーバル侯の領土全てでは?」
「うむ……ロキ殿、切り替わったというのは、ちょうどこの川に沿ってジュロイ軍の戦線が敷かれているという認識でいいのだろうか?」
「ん~それは違いますね。上空から見てもジュロイ軍の姿は見当たりませんから。事実としてこの範囲の町は西側から盗賊、もしくは盗賊に扮した何者かに襲われ、逃れた一部の人達が東へ逃げています。そして僕はオーバルという領土について、境界とかそういった内容はまったく知りません」
ではなぜ、領土が切り替わったという判別ができたのか。
当然二人にその疑問はあるのだろうけど、今はそれ以上の思考で頭が埋め尽くされているっぽい。
「オーバル侯から2万ほどは王都に派兵されていたはずだが……そうだとしてもオーバル領だけが綺麗に狙われるのはあまりにも不自然だな」
「他国との隣接領ゆえ、侯爵自身は指揮を執らず領内に残っていたはずですから、最悪は我が身可愛さに領土を売ったのかもしれません」
ほぼ負けが確定している戦争が勃発し、その中で相応の地位や資産を保障され、明確に助かる道があるとなれば動くやつだっているだろう。
庶民の俺からすれば、自分と家族を守るために倒産寸前の会社から逃げるのと同じ程度の感覚だ。
でも自分だけが助かるために、領主という立場の人間がそこに住む人達の生活や命の保障も無く管理地を売り渡すとなれば、そんなゴミは存在するだけで明らかな『悪』である。
事実ならば、そのまま生かしておく理由が何一つ見当たらない。
この件は困っている人達が多いから、早めに伝えようと思っていただけなんだけどな。
「事実であれば、そのオーバルとかいうゴミは、僕が殺すことになると思いますけど……とりあえず、家族や住む場所を失い、東へ逃げている人達がかなりいるという事実だけはお伝えしておきます」
「「……」」
どちらにせよこの件は少し様子見だ。
ヤーゴフさんが言っていた通り、結果が大きく変わったことでどう動くのかが分からないし、今は動きが止まっている。
売った者がいるとすれば、当然買った者もいるわけで、また話が大きくなりそうな予感がしつつも、俺は次の本題に切り替えた。