作品タイトル不明
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舞踏曲が終わりを告げると、会場は拍手に包まれた。
レオルドはシルヴィアの手を取ったまま、軽く一礼し、輪の外へと戻る。
「ふふ、久しぶりのダンスは楽しかったですね。レオルド様」
「ああ。君と久しぶりに踊れて、楽しかったよ」
「では、また別の日にでも踊っていただけますか?」
「もちろん。君とならいつでも付き合おう
シルヴィアは、微かに火照った頬を手で抑える。
その横顔を見ながら、レオルドもまた、柔らかく笑んだ。
そして、空を見上げる。
王城の高き塔を越えて、夜空に星が瞬いていた。
「(……これで一区切りか)」
魔導自動車の発表、回復薬の実演、そして王都での祝宴。
それらすべてを経て、今、王国は確実に変化のうねりの中にある。
だが、すべてが終わったわけではない。
未だ姿を見せない魔王が気掛かりだ。
「レオルド様。どうかなされまして?」
「……いや、なんでもない」
「……あまり、ご無理をなさらないでくださいね。レオルド様が全てを背負う必要はないのですから」
「そうだな……。俺には頼もしい仲間が沢山いる。そして、何よりもシルヴィア。君がいる、君がいてくれる。それだけで俺は頑張れるよ。男っていうのは単純な生き物だ。好きな女の前ではカッコつけたくなるものさ」
「まあ、お上手なんですから。でも、そういうことでしたら、私の前ではいつでもカッコいいレオルド様でいてくださいね」
「ふっ……! 任せておけ」
夜空に星がまたたく。
それは、遥かなる未来の希望を象徴するような光だった。
レオルドはもう一度、隣に立つシルヴィアを見つめ、微笑む。
そして、彼女の手をそっと握り締める。
――この手は、何があっても離さない。
その想いとともに、二人は会場の隅へと移動する。
会場の隅には、静かな灯りのともる小さな東屋があった。
喧騒から少し距離を置いたその場所に、レオルドとシルヴィアは足を運ぶ。
夜風が頬を撫で、葡萄の香りを含んだ果実酒の匂いがかすかに漂っていた。
中庭では、まだ貴族たちが歓談に興じている。
だが、先ほどまでの熱気は幾分和らぎ、どこか名残を惜しむような空気が漂っていた。
東屋の奥、木製の長椅子に腰を下ろしたレオルドは、隣に座ったシルヴィアに盃を差し出した。
「今日は、色々あったな」
「色々と走り回った甲斐がありましたね」
「おかげで足が棒だ。明日からまた山のような報告書が待っているんだろうな……」
「うふふ。それを処理できるレオルド様は、やっぱり凄いと思います」
ふと、レオルドが盃を傾け、目を細める。
その横顔を、シルヴィアが静かに見つめていた。
「……そういえばシャルはどうしてるんだ?」
「シャルお姉様でしたら 義母(オリビア) 様と歓談をされていましたわ」
シャルロットはレオルドとシルヴィアに気を使っていた。
二人の時間を邪魔してはいけないと彼女はオリビアのもとにいたのだ。
レオルドはそのことを察して、口の端を少しだけ釣り上げた。
「全く……。そんなに気を使わなくてもいいものを」
「レオルド様。そのようなことを仰ってはいけませんわ。野暮と言うものですよ」
「ん、そうだな。今のは悪かった。聞かなかったことにしてくれないか?」
「わかっています。でも、次はありませんよ?」
「わかった。約束しよう」
シルヴィアは黙って頷き、盃を交わす。
その音が、夜の静けさに溶けて消えていった。
やがて、遠くから弦楽の音が再び響いてくる。
柔らかく、どこか懐かしい旋律――王都の夜を飾る、最後の舞踏曲だった。
「もうそろそろ、この宴も終わりそうだな」
「そのようですね」
「それじゃ、最後に挨拶して回ろうか」
「お付き合いしますわ」
レオルドとシルヴィアは静かに腰を上げ、東屋を後にする。
舞踏曲は終盤を迎え、中央広場では最後のペアたちが名残惜しげに踊っていた。
二人は、要人たちが集まる小グループの輪を一つひとつ回っていく。
「本日は実に見事なご活躍でしたな、レオルド閣下」
「王国の未来に、これほど希望を持ったのは何年ぶりでしょう」
「ゼアトとは遠いですが、いずれ我が領にも魔導自動車の恩恵が届く日を楽しみにしておりますぞ」
祝辞と握手の応酬。
笑顔を浮かべつつも、誰もが次の商談や駆け引きを内に隠していた。
だがレオルドは、常に落ち着いた態度で受け流し、必要以上の言質は与えなかった。
まるで風にたゆたう氷刃のような、冷たくも優雅なやり取り。
「……いやはや、全く。一番星のように輝いているな君は」
と、ふいに誰かが呟いた。
振り返れば、それはフリューゲル公爵――ベルナールであった。
「老体には君のような男は眩しすぎるな」
「何を仰いますか。まだまだ働いてもらわねばなりませんのに。まるで隠居するような物言いはおやめください」
「ハハハ、出来ることなら早く隠居したいのだがね。まだ当分は先になりそうだよ。ミスリルの管理をしっかりせねばね。それに――娘の結婚式を見るまでは頑張るつもりさ」
穏やかで、それでいて重い一言を残し、ベルナールは杯を掲げた。
「レオルド」
ベルナールと別れた直後、レオルドは名を呼ばれる。
振り返るとそこにはベルーガをはじめとした家族の姿があった。
もちろん、シャルロットもいる。
「父上。今宵はどうでしたか?」
「驚愕の連続だったさ。あらかじめ、お前から聞かされていたが、実際にこの目で見ると、また違った驚きに溢れていた」
「そうですか。父上も驚いたのなら大成功でしょう」
「陳腐な言い方になるが大大成功と言ってもいいだろう。だが、その分、これからが大変だぞ?」
「わかっております。ですが、それは父上も同じなのでは?」
そう言ったレオルドに、ベルーガは声を上げて笑った。
重厚なマントの裾が揺れ、肩を大きく震わせている。
「……まったくだ。お前は知らないが今宵だけでレグルスとレイラへの縁談がどれだけ舞い込んだことやら」
ベルーガが重たげな声で呟くと、その背後からひょっこりと二人の顔が覗いた。
「父上、余計なこと言わないでください……」
レグルスが額を押さえてため息をつく。
その隣で、レイラは顔を真っ赤にしていた。
「とりあえず、レグルスについてはいいとして――」
レオルドは軽く笑って言い添える。
「レイラは、私を倒してからと言いましょう!」
「兄さん……」
レグルスは呆れたように目を細め、
「私、一生結婚できないじゃない!」
レイラは抗議の声を上げた。
だが、誰もがその言葉を真に受けることはなかった。
この場にいる家族たちは、皆知っている。
レオルドは妹を溺愛しているのだと。
そして、妹の幸せを誰よりも願っているのだと。
だからこそ、こうして茶化すのも――
兄としての、ささやかな愛情表現だった。
ベルーガは肩をすくめる。
「……まったく。国を揺るがすような偉業を果たしたかと思えば、家族の前ではいつも通りか」
「家族の前でまで気を張ってたら、俺、いつか爆発します」
「ふむ。では今夜だけは、目一杯、兄馬鹿でいてやるがよい」
そう言ってベルーガが背を向けたとき、シャルロットが小さく笑った。
「いい夜ね~、レオルド。今日は楽しかったわね~」
「お前はな! 自動車のお披露目だと言うのに、完成品を壊そうとしおってからに……!」
「いいじゃな~い。皆が楽しんでくれたから結果良しよ!」
「ふふ、シャルロットさんの言うとおりね。皆が幸せならいいでしょう? ね、レオルド」
「母上……。そうやって母上がシャルを甘やかすからいけないのですよ?」
「大丈夫よ、シャルロットさんはちゃんと貴方のことを考えてくれているわ。第一、シャルロットさんが本気だったなら、本当に自動車は壊れてたでしょう?」
「それはそうですが……」
「それにシャルロットさんはちゃ~んと配慮ができてるでしょ?」
レオルドとシルヴィアが二人きりになれる時間を作ってくれたのはシャルロットだ。
それはレオルドも気づいており、オリビアの言うことは間違いなかった。
「そうですね。シャルは……まあ、いい女性ですよ」
「あら~? どうしたの? レオルド。耳が赤いけど酔ってるのかしら~?」
シャルロットがにやにやと笑いながら覗き込んでくる。
「やかましいっ! こっちを見るな」
レオルドは視線を逸らしてグラスの中の果実酒に逃げた。
「ふふっ! 可愛いところがあるのね、レオルド~」
「ちっ! 放っておけ!」
そのやりとりに家族はみな笑っていた。
国を揺るがす革新と奇跡の夜にあって、この小さな輪だけは、確かに家の温もりを守っていた。
「……本当にいい夜ね」
オリビアがぽつりと呟く。
その言葉に、誰もが黙って頷いた。
やがて、宴の終わりを告げる鐘の音が、王城の高塔から鳴り響く。
「さて、そろそろお開きか。明日からはまた忙しくなるぞ」
ベルーガが立ち上がり、マントを整える。
「……一つだけ忠告しておこう、レオルド。これからお前の手綱を握りたがる者は増える。甘言、威圧、恩義、どんな手でも使ってくるだろう。だが――その中で、誰の手を取るかは、お前自身が決めねばならん」
「……心得ておきます」
父と子は、確かな眼差しを交わす。
それは一つの世代交代の象徴でもあった。
最後の杯が交わされ、魔導灯の光が徐々に落とされていく。
レオルドとシルヴィアはシャルロットたちと共に中庭の出口へと向かう。
背後からは、貴族たちの最後の歓談が遠ざかっていく。
「……こうして終わってみると、長かったような、短かったような」
「ええ。でも、とても意味のある一夜でしたわ」
「そうね~。ここに来るまで大変だったわ~」
「だが、終わってみれば楽しかったことも多かった」
「はい。忙しい日々でしたけど、いい思い出です」
「あんまり思い出したくないこともあるけどね……」
彼らの背に、王都の星空が静かに煌めいていた。
「それじゃ、俺たちも帰るとするか」
こうして――王国の歴史に、新たなる一頁が刻まれた。