作品タイトル不明
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◇◇◇◇
阿鼻叫喚の王国から二日が経過し、運命の朝が訪れた。
ゼアト街門――。
早朝六時。
空はまだ薄曇りで、靄の中にぼんやりと陽が昇りつつある。
だが、すでに街は静かに目を覚まし、街道の彼方からは続々と馬車の影が現れていた。
「王都からの転移部隊、第一陣、到着です!」
「南方連邦組も、続々と門前に並んでいます!」
「魔導警備網、問題ありません! 監視員、配置完了!」
報告の声が次々に飛び交う中、ゼアトの門兵たちは全員が正装で整列し、訪問者の迎え入れ準備を整えていた。
門を開けたその瞬間、まず飛び込んできたのは、装飾が過剰に豪華な黄金の馬車。
「フリューゲル公爵家の紋章を確認! 先頭です!」
「……やはり、一番乗りはあの方か。レオルド様と友誼を結んだって聞いてるし、自動車の製造に使われるミスリルを供給してるんだから当然と言えば当然だな」
部下たちからの報告に、ジークフリートは軽く眉を上げた。
その後方には、王都の名門家たちの馬車が列をなし、次々と到着していく。
この日、ゼアトには数多くの貴族および随伴者、使用人や護衛も含めれば数百名近くが一堂に会する予定となっていた。
整然と並ぶ彼らを迎える式典準備も、練習の甲斐あって滞りなく進んでいく。
仮設とは思えぬ美しさを持つ応接スペース、完璧に整備された動線、そして会場中央に設置された巨大な幕――
それは、レオルド自らが設計を指示した「未来展示会」の象徴であり、王国のこれからを示していた。
一方、その頃――
ゼアト領主館、応接室では、レオルドが正装に身を包み、深呼吸していた。
「いよいよ、始まるな」
鏡に映る自分を一瞥し、静かに呟く。
普段は簡素な軍装や作業着が多いレオルドだが、今日だけは一切の妥協を排した純白と金糸の礼装をまとっていた。
そこへ、ドアが開く。
「準備が整いましたわ。いつでもお出迎えに立てます」
入ってきたのはシルヴィア。
彼女もまた、式典用の礼装に着替え、美しさと威厳を纏っていた。
――そして、シャルロットも勢いよく続く。
「レオルド! 見て見て! 似合ってるでしょ~?」
ふんわりしたドレス姿の美女は、いつもと違った様子に多くの者たちが見惚れることだろう。
無論、レオルドも例外ではない。
シャルロットの新鮮なドレス姿に照れずにはいられなかった。
「うむ。……どちらも、よく似合ってる」
レオルドは穏やかな笑みを浮かべる。
その目には、一瞬の迷いもなかった。
「よし、それじゃ、行こうか。シルヴィア、シャル」
「はい」
「ええ~」
「……ところでシャル。その恰好で運転する気か?」
「そんなわけないでしょ~。お披露目会はこれで参加するけど、運転する時にはそれ専用の格好に着替えるわよ~」
「ほう? どんな感じなんだ?」
「それは秘密~。ね~? シルヴィア~」
「はい。私やイザベル、サーシャなど女性陣で作った服装ですから、楽しみにしていてくださいね」
「そういうことなら楽しみにしておこう。ちなみに、その服も売りに出す気か?」
「皆が気に入ってくれれば販売も視野に入れてるわ」
「運転がしやすいだけでなく動きやすい服装にしていますからね。活発的な女性には好まれるかと思いますわ」
「そうか。俺はあまり力になれそうにないが、困ったことがあったら遠慮なく言ってくれ。いくらでも手を貸そう」
「ふふ、ありがとうございます」
やがて、鐘の音が響く。
「む! そろそろ時間だな。急ぐぞ、シルヴィア、シャル」
レオルドはシルヴィアとシャルロットの二人を引き連れて、急ぎ足で会場へと向かう。
会場正面、特設貴族受付ブースの奥。
正装に身を包んだレオルド・ハーヴェストは、来場する貴族たちを一人ずつ出迎えていた。
「ようこそ、遥々ゼアトへ。遠路、ご足労いただき感謝いたします」
その口調は穏やかで、礼儀を弁えたものだったが――
その眼差しには、確かな意思と熱があった。
「……久しいな、レオルド殿。息災で何よりだ」
「フリューゲル公爵閣下。そちらもお元気そうで何よりです。貴方から頂いたミスリルのおかげで、こうして無事に新たな事業の発表が出来ますことを感謝します」
「止してくれ、私は何もしていないさ。これも全て貴殿の力あってのこと。謙遜するのはよしたまえ」
「では、言葉に甘えましょうか」
「それでいい。ところでうちの娘は元気にやってるかね?」
「ええ。それは勿論。彼女はその能力を遺憾なく発揮し、今ではゼアトにいなくてはならない人物となっていますよ」
「そうか。それを聞けて安心したよ。あとは良縁に恵まれればいいのだが……」
チラリとベルナールはレオルドと目を向ける。
彼の真意を読み取り、レオルドは苦笑いを浮かべた。
「ゼアトは現在、人の出入りが激しいですから、きっと素敵な相手を見つけることが出来るでしょう」
「うむ。そうだといいのだがな」
「大丈夫です。彼女は器量がいいので、すぐですよ」
「そこまで褒めてもらえるとは親として鼻が高いものだ」
ひとしきり笑い合ってから、レオルドは話を元に戻した。
「本日は、我がゼアトが誇る新たな技術をどうか、最後までご覧ください」
その言葉には、自信だけでなく、挑戦の色もあった。
「じっくりと堪能させてもらおうか」
レオルドの言葉を聞いてベルナールは期待を寄せる。
受付を済ませたベルナールは指示に従って専用の観覧席へと移動した。
それからも次々と訪れる貴族を相手にレオルドは領主として、主催者として対応していく。
その傍らにはシルヴィアが、優雅に佇んでおり、人々を魅了する笑みを浮かべている。
「皆様、本日はようこそお越しくださいました。王国の第四王女として、並びにレオルド様の婚約者として、心より歓迎申し上げます」
――そして、シャルロット。
普段と装いが違うが、彼女は世界最強の魔法使いとして有名だ。
多くの貴族たちも彼女の名前と、数々の逸話を知っている。
そのため、シャルロットを見た大半の貴族たちの笑顔が引き攣っていた。
「失礼ね~。誰彼構わず、襲う訳じゃないのに、どうしてそこまで警戒されるのかしら~?」
そして、最後に現れるのは王族。
国王を含めた王子たちが姿を現す。
「いよ~、我が弟よ! ついに完成したんだってな?」
気安くレオルドと肩を組むのは、自動車の存在を誰よりも早く察知していたカルロスであった。
「それで俺専用のは勿論あるんだよな?」
「いえ、ないですよ?」
「えーっ!? マジ? なんで!?」
「なんでもなにも殿下にだって好みはあるでしょう? こっちで勝手に作って気に入らないと言われても困りますし」
「それはそうだけど不敬罪とか考えなかったわけ?」
「自動車が欲しい殿下が私を害するとは思いませんから」
レオルドの言葉に虚を突かれたカルロスはキョトンとする。
それからすぐに「ぷっ」と吹き出すと笑い声をあげた。
「ハハハハハハッ! こりゃ一本取られたな! 確かにそうだ。今、お前を失うわけにはいかないしな! それにお前を不敬罪とかで断罪すれば、どうなるかは目に見えてるし……」
レオルドの傍にいたシルヴィアとシャルロットがニッコリと笑っている。
しかし、二人が纏う空気は和やかなものではない。
カルロスも二人の纏う空気が尋常ではないことを察して、後ろへ下がる。
「いや~、冗談だよ? シルヴィア」
「シャルお姉様」
「オッケ~! 王子だかなんだか知らないけど、私たちの前でよくそんな発言が出来たわね~! 覚悟はいいかしら~?」
「ひえっ! レオルド、助けて!」
「レオルド、助けなくて良いぞ。少しはお灸を据えてもらうといい」
「父上っ!? そりゃないですよ!」
「馬鹿者。常々、言っているだろ。お前の軽口はいつか痛い目を見るから、もう少し控えろと。今日は可愛がってもらえ」
「そ、そんな~!」
「王様からも許可貰ったし、ちょっとお姉さんといいことしましょうか?」
「お、お手柔らかにお願いします……!」
その後、会場の裏で若い男の断末魔が響き渡った誰も気にする素振りは見せなかった。
「レオルド。今日は楽しみにしているぞ」
「ええ。存分に楽しんでいってください。陛下もきっと満足できるかと思います」
「ふふ、そうか、そうか。では、またな」
いい意味でも悪い意味でもレオルドが期待を裏切ったことはない。
国王は嬉しそうな笑みを浮かべて、王族専用の観覧席へと向かった。
そして、街中に設置された魔導拡声器から、美しく透き通るような音楽が流れ出し、王国中の名士たちの目が、一斉にお披露目会場へと向けられる。
開演まで残り五分。
観客席には、王国中の貴族たちが着席を終え、張り詰めた空気が会場を支配していた。
その舞台裏では――
レオルドは静かに深呼吸し、鏡の中の自分を見つめていた。
その背後から、音もなく現れたシルヴィアが口を開く。
「緊張していますか?」
「いや、違う。……これは、焦りだ」
ぽつりとこぼすように呟くレオルドに、シルヴィアは目を細める。
「焦りですか? それは何に対して?」
「これはただの直感でしかないが……魔王が近づいている気がしてな」
実際、魔王の兆しは何もない。
シャルロットに大陸全土を探してもらっているが、魔王に関する情報は未だもたらされていない。
運命48(ゲーム) だと今の時期に魔王の前兆が現れる。
各地で魔物が増加し、凶暴化しているという噂が出回るのだ。
しかし、現実では何も起こらない。
そのことが余計にレオルドを焦らせている。
本当は魔王などいないのではないか、全部自分の妄想だったのではないかと。
「レオルド様。私は貴方を信じています。世界中の全てが貴方を疑おうとも私だけは貴方を信じます」
レオルドの手を取り、両手で握り締めるシルヴィア。
心まで温まる温もりにレオルドは小さく笑みを浮かべる。
「ありがとう、シルヴィア。そうだな。俺が信じられずとも、君が俺を信じてくれるなら、俺も信じられる」
「ふふ、なんですかそれ」
「それだけ君を信じているということさ、俺も」
「ゴホンッ!」
突然の咳払いに甘酸っぱい雰囲気だった二人はビクリと肩を震わせる。
ゆっくりと二人は顔を動かすと、そこには呆れた表情をしているイザベルが立っていた。
「もうすぐ開演のお時間ですよ。いつまでもイチャイチャしてないで始めてください」
「そ、そうだな! 陛下たちを待たせてはいけないからな!」
「さ、さあ、レオルド様。頑張りましょうね!」
「全く……」
イザベルがくるりと踵を返すと、それに続いてレオルドとシルヴィアも歩き出す。
――重なる足音が、まるでこれから始まる時代の扉を叩くように、厳かに響いていた。