作品タイトル不明
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場の空気が、さきほどまでの冗談を含んだ談笑から一転して引き締まった。
レオルドは腰を正し、テーブルの上に分厚い資料の束を広げる。
シルヴィアが補佐に入り、テスタロッサが説明の流れを確認していた。
「では、まず魔道自動車の件から説明いたします」
と、シルヴィアが静かに切り出す。
「本技術は、魔力石を動力源とした自走式輸送車両でございます。操縦は簡易ではありますが、それゆえに取り扱いには気をつけたく、訓練期間は長いものとなっております。平時における物資輸送や兵站運搬、戦時には迅速な部隊移動、災害時には被災者の搬送など、多方面での活用が見込まれますが、その反面、馬車以上に人を危険にさらす可能性もあります」
資料の図面を手元にずらしながら、テスタロッサが淡々と補足した。
「最高速度は騎馬より速く、耐久性も馬車以上で、何よりも馬を使役する必要がないので休憩することなく長時間の走行が可能です。さらに積載量と安定性に優れています。特に段差や坂道への適応力は、既存の馬車を大きく凌駕するものです。ただし、燃料となる魔石の需要が高まり、高騰する恐れもあるかと……」
「音の問題はどうか?」
国王の問いに、テスタロッサが応じる。
「静音性についてなのですが……」
テスタロッサが言葉を濁したのを察し、国王は怪訝そうに尋ねる。
「もしや、かなりの騒音なのか? 以前、見た時はそこまで気にはならなかったのだが」
「いえ、静音性は高いのですが問題がございまして……」
「構わん。申してみよ」
「はい。実は静音性を高くすると接近に気が付かない可能性があるとわかりました」
「なるほど……。馬車のように蹄の音などが響かず、後ろから来ていることに気づかぬ場合があるということか」
「その通りです。静音性を高めれば、騒音による被害はなくなります」
「しかし、接近に気が付かず、自動車と衝突してしまい、怪我人が続出する可能性がある、と」
「はい。これに関しては現在、ゼアトでも議論中でして……」
テスタロッサの説明に、国王は顎に手を添えて思案した。
「なるほど……。確かに、便利さと危険は常に表裏一体だ。特に都市部では、子供や老人が突然飛び出すこともあるだろう。歩行者との事故――笑い事では済まぬ」
レオルドが、そっと口を挟む。
「その通りです、陛下。我々も安全策の導入を急いでおります。たとえば、車体前部に魔力感知式の警告機構を設け、一定距離内に人影を感知した際に自動で音を発する仕組みや、低速時のみ軽度の警告音を出す設定も検討中です」
「警告音か……。音に驚くかもしれないが怪我をするよりはいいだろう」
「はい。魔道具と同様の原理で、魔力で音を鳴らしつつ、緊急停止も同時に可能とする案もあります」
それを聞いた国王は、やがて小さく笑いを浮かべた。
「ふ……。まるで未来を見てきたかのような考えだな。お前たちの努力、確かに受け取った。どれも理に適っている。すぐに完璧を求めずともよい。その都度、改善していけばいいのだから。とはいえ、だ。現状で考えられる危険性は排除しておこうか」
その言葉に、シルヴィアとレオルドは深く頭を下げた。
それから、レオルドは静かに言葉を重ねた。
「我々の目的は、ただの便利さの追求ではありません。国の内外において、戦や災害が繰り返される中で、民を守り、兵を助け、物資の流通を支える柱となるものが必要なのです」
「……ふむ」
国王は小さく頷くと、回復薬の資料へと目を落とした。
「そして、もう一つが回復薬か」
「はい。こちらはゼアトにおいて研究・精製されたもので、効果・保存性・安全性すべてにおいて基準を満たしております」
ルドルフとキャロラインによる検証結果を元にした資料が、国王の手元へと差し出される。
内容を確認しながら、国王は厳しい目で問うた。
「たしかに素晴らしい。だが、いずれの技術も一歩間違えば、王権そのものを揺るがしかねん。理解はしているか?」
レオルドは即座に応じる。
「承知しております、陛下。だからこそ、我々はゼアトの私物としてではなく王国の財産として、正式な導入の道を模索したく参上いたしました」
その言葉に、場の空気が静かに震える。
国王は、沈黙の中でレオルドの顔を見つめ、やがて肩の力を抜いた。
「……よかろう。私の名において、自動車及びに回復薬は国家事業として認め、後日正式に発表する。レオルド、本当にいいのだな?」
「はい。構いません。ただ、技術の公開にあたって独占されることのないようしっかりと管理さえしてもらえれば幸いです。勿論、規格や規制なども厳格に設けてもらいます。それから贅沢を言えば、技術公開にあたって、我がゼアトにほんの少しだけお恵みを頂ければ幸いです」
「ふ……。相変わらず、欲のない男だ。望むなら、自動車と回復薬の利権を独り占めしても良いと言うのに」
「そうしたいのは山々ですが、敵を増やすことになるので」
「王家を盾にするとは大胆なものだな! だが、その考えは正しい。多くの貴族はお前に嫉妬して、よからぬことを企てるだろう。お前に取り入ろうと画策する者も出てこよう」
「……それは王家も同じでしょう」
レオルドの静かな一言に国王は目を細めた。
「ほう……なかなか含蓄のある物言いだな。確かに、この技術は王家にとっても諸刃の剣。国を動かすほどの力を持つ以上、利権に群がる輩は必ず現れる。我が王家に忠誠を誓いながらも、己の欲望に忠実な者もいる」
国王はソファにもたれかかり、天井を仰いだ。
「だが、だからこそ……国を支える柱として、真に信じられる者が必要だ。お前がその一人であることに、私は疑いを抱いてはおらぬ」
レオルドはまっすぐに国王を見つめ、深く頭を下げた。
「畏れ多きお言葉。今後もゼアトの地から、この王国の未来を照らせるよう尽力いたします」
「うむ。では、話を次に移そう。自動車の実演はゼアトで行うのだったな?」
「はい。会場も整備済みです。王都より貴族方を招き、陛下にもぜひご臨席いただきたく存じます。視察に加え、試乗体験の場もご用意しております」
「ほう。なかなかの用意周到ぶりだな。……面白い、是非とも行こう。王都の貴族たちも王権を行使して強制的に参加させてやる」
「強制……ですか」
「この国の未来を見届けさせるには、それが一番だ。あれこれ言い訳して逃げる者には、後で文句を言わせぬためにもな」
「では、日程はいつ頃にしますか?」
「転移魔法陣があるから移動の時間は考慮しなくていいだろう。だが、すぐにとはいかんだろう。王権を行使するのは強制参加にだけしておきたい。余計な反感を買いかねんからな」
「そういうことでしたら、開催は三日、いえ、二日後でどうでしょうか? それだけあれば十分かと思います」
「ふむ……。宰相、其方はどう思う?」
レオルドの進言に、国王はゆっくりと顎に手を添えながら宰相を見やった。
「陛下。二日後という日程は、転移魔法陣の活用を前提とすれば理に適っております。ただし、招待状の発送、貴族方の都合調整、警備体制の再確認といった事務は、即日対応が前提となりましょう」
「それが可能であれば問題はないな?」
「はい、ゼアト側が準備を済ませており、王都側は参加者の選定と輸送調整に集中できるのであれば、実行可能かと」
「うむ……。レオルド」
「はい」
「二日後の午前十時より、お披露目会をゼアトで実施。これでどうだ?」
「異存ありません。ゼアトとしても、全力でお迎えの準備を進めます」
「宰相、早急に各貴族へ通達を。招待状には王命による参加義務の文言を忘れるなよ」
「畏まりました、陛下」
国王は満足そうに頷き、視線をレオルドに戻す。
「大仕事になるぞ、レオルド。だが、これは王国に新たな希望を示す儀式だ。頼んだぞ」
「……光栄に存じます」
その言葉に、シルヴィアもテスタロッサも力強く頷いた。
ギルバートとイザベルも一歩下がった位置で控えながら、責任の重さを胸に刻む。
「さて、回復薬の方はどうするつもりだ?」
レオルドは、そこで一瞬だけ言葉を選ぶようにしてから、慎重に口を開いた。
「回復薬に関しては、自動車のお披露目会の後、王都での宴席を設け、その場にて発表の場を頂きたく存じます」
「宴の最中に、か?」
「はい。実演として、王城にて管理されている重罪囚を一人使い、負傷状態からの回復効果を目の前でお見せします。非人道的に見えるかもしれませんが、効果の絶対性を証明するには、この方法が最適と考えております」
室内に一瞬、緊張が走る。
だが、王の返答は――短く、肯定だった。
「……よかろう。吟味の余地はあるが、今は見せるべき時だ。私が止めれば、時代も止まる。先に進め」
その声に、シルヴィアも、テスタロッサも、そしてシャルロットまでもが、静かに頷いた。
レオルドは席を正して、深く一礼する。
「感謝いたします、陛下。必ず、期待に応えてみせます」
「お前が期待を裏切ったことは一度と……すまん。多々あったな」
「……ええ。まあ、苦い思い出です」
「ハハハ。それを教訓としているなら大丈夫だ。今のお前は私の期待を裏切らないだろう。いい意味でも悪い意味でも、な?」
「勿論にございます。陛下をアッと驚かせるようなお披露目会にしましょう」
「ふふ、楽しみにしているぞ」
応接室の空気が一瞬、和やかなものへと変わる。
とはいえ、その裏に潜むのは、王家とゼアトの未来を左右する一大事業だ。
国王は改めて全員の顔を見渡し、ゆっくりと椅子の背に身を預けた。
「それでは、今日の議題はここまでとしよう。これより準備に向けた具体的な調整を進める。宰相よ、貴族たちへの通達と転移陣の調整、頼んだぞ」
「畏まりました、陛下。即座に動きます」
宰相が深々と頭を下げて退室すると、レオルドたちも立ち上がり、一礼した。
「では、我々もゼアトへ戻って準備を始めます。会場設営や安全対策など、整えるべきことは山ほどありますので」
「うむ。頼んだぞ、レオルド」
「はい。必ず」
最後にもう一度だけ、視線を交わす国王とレオルド。
その眼差しには、かつてとは違う、確かな信頼と覚悟が宿っていた。
こうして、王国を揺るがす歴史的な技術革新の幕が、正式に切って落とされた。