作品タイトル不明
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東の空が淡く色づき、ゼアトの街に朝が訪れる。
小鳥のさえずりと、風に揺れる木々の音が、静かに一日の始まりを告げていた。
領主館の中庭では、朝露に濡れた芝生が陽光を反射し、澄んだ空気が心地よい冷たさを帯びている。
レオルドは、ゆっくりと寝室のカーテンを開いた。
そのまま窓辺に立ち、遠くに見える街並みを見下ろす。
「……今日も、やることが山積みだな」
つぶやきながら、肩を回して体をほぐす。
昨夜の疲れは、思ったよりも残っていなかった。
日課の鍛錬を行い、レオルドは軽くを汗を流してから身支度を整える。
身支度を終えたレオルドが食堂へ足を運ぶと、すでにシルヴィアとシャルロットが揃っていた。
シルヴィアは文書を確認しており、シャルロットはパンをもぐもぐと頬張っている。
「おはようございます、レオルド様。今日もお早いですね」
「ん、おはよう。シルヴィアももう仕事か。朝くらいゆっくりしてもいいんだぞ?」
「習慣ですわ。それに……やるべきことがある朝の方が、私には性に合っています」
「おはよ、レオルド~。今日もいい天気ね~!」
「……珍しく寝坊しなかったんだな。いい天気だが雨が降るかもしれん」
「失礼ね~。私だってやる時はやるのよ~?」
「そうか。なら、早寝早起きを習慣づけするようにしておいてくれ」
「人間、誰にだって出来ないことはあるのよ?」
「……諦めるなよ」
和やかな空気が流れる中、イザベルが紅茶とスープを運んでくる。
テスタロッサの姿はまだないが、後から合流する予定なのだろう。
「今日は午前中に、輸送路の視察と技術班との会議。それから……」
「王都への書簡確認と、回復薬の流通に関する協議案もありますわ」
「わぁ~、朝からハードモードね……。私、お昼までに集中力が切れる予感しかしない~」
そう言ってシャルロットがスプーンをくるくる回すのを見ながら、レオルドは小さく笑った。
この場所も、人も、ようやく整いつつある。
だが、戦いはこれからだ。
「さあ、今日も忙しくなるぞ。気合を入れていこうか」
朝食を終えたレオルドは、イザベルの先導のもと会議室へと向かった。
そこにはすでに、ゼアトの中枢を担う重鎮たちが集まっていた。
バルバロトが堂々たる姿勢で立ち、ジェックスと補佐のカレンが控える。
ルドルフは分厚い資料を手にし、キャロラインはその傍らで細かいメモを取っている。
マルコは作業服姿のまま、開発資料を抱えていた。
サーシャは、一際鮮やかな図面を机に広げている。
そして、会議の全体をまとめるギルバートがすでに着席し、レオルドの到着を待っていた。
「よし、皆、そろっているな。それでは始めよう」
会議は、まず各部門からの近況報告から始まった。
バルバロトは騎士団の訓練成果と、ゼアト防衛体制の進捗を報告。
ジェックスは街の治安状況に加え、周辺領域での偵察活動の成果を簡潔に述べた。
ルドルフとキャロラインは、回復薬の量産体制が安定してきたこと、配合の再調整が一定の成果を上げていると伝える。
マルコは魔道自動車の制御系と動力機構に関する最終調整報告を行い、サーシャはお披露目会で使用する内装デザイン案を提示。
全体を通して、ゼアトの各部門は順調に機能しており、一定の成果を挙げていた。
そして、レオルドが静かに口を開く。
「――では、かねてより計画していた自動車のお披露目会の始動といこうか」
一同の視線が一斉に集まる。
「回復薬も同時に発表する。陛下に流通させる体制を整えつつ、ゼアトがその起点となるよう整備する。異論は?」
沈黙。だがそれは、反対ではなく、確信の共有だった。
「ならば、準備に移ろう。お披露目会の詳細は、後ほど改めて打ち合わせる。ギルバート、陛下への招待状と段取りを頼む」
「かしこまりました。手はず通り進めておきます」
「サーシャ、式典の場は街の広場を予定している。特別装飾と演出の計画を練っておいてくれ」
「はい。視線を奪うなら任せてください。派手すぎず、でも目に焼きつくデザインを仕上げてみせます!」
「マルコ、当日の走行実演は可能か?」
「問題ありません! 試験はすでに十分こなしてありますので!」
レオルドは一人ひとりに視線を送り、力強く頷く。
「……では次に。国王陛下へのお披露目会の招待文についてだ」
ざわ、と場の空気が引き締まる。
「マルコ、要点を簡潔にまとめろ。自動車と回復薬、二本柱だ」
「はい。まず、自動車については『王国の輸送体系を根底から変え得る革新技術』として紹介します。魔力石駆動型の構造、操縦の簡易性、そして軍事利用・災害救助・物流支援の汎用性を強調すべきかと」
マルコの説明に、ギルバートが頷きつつ補足する。
「回復薬については、安定供給と低コストが前提です。ルドルフ様とキャロライン嬢の尽力により、安全性と効果はすでに実証済み。あとは、制度と規格の整備さえ整えば即時配備も可能かと」
「ですが、その効果を言葉だけで説明しても、陛下は納得されても他が納得しないでしょう」
シルヴィアが低い声で呟くと、テスタロッサが頷いて口を開いた。
「だからこそ、実演が必要となります。自動車の走行実演、回復薬の使用事例を即席で再現できる演出……。レオルド様、その点については何か考えがおありですか? もし、無ければ私の方で代案を考えておきますが」
「……悪くない案だが、回復薬については――陛下御自身に“発表”していただこうと思っている」
レオルドの言葉に、場の空気が一瞬張り詰めた。
「陛下御自身に……ですか?」
テスタロッサが眉をひそめ、確認するように問い返す。
「そうだ。もちろん、事前に打診と根回しはしておくが……形式としては王命による新技術の発表という体を取る。その方が王政への忠誠をアピールできるし、陛下の面子も立つ」
場の者たちは頷き合う。
確かにその形式ならば、王都貴族たちも否定はできない。
「回復薬の効果実演は?」
ギルバートが慎重に尋ねる。
「実演には、囚人を使う。小規模とはいえ重傷を負わせ、そこに薬を投与する。残酷に見えるかもしれないが、貴族たちの目を納得させるには、それくらいの強烈さが必要だ」
「……誰も口を挟めなくなる、というわけですわね」
シルヴィアが静かに頷いた。
「ええ。陛下の威光と回復薬の信頼性、その両方を一挙に印象付ける場となるでしょう」
テスタロッサも表情を引き締め、意図を理解した様子でうなずく。
「ルドルフ、投与量と効果時間の再確認をしておいてくれ。万一にも演出が失敗すれば、取り返しがつかん」
「心得ました」
「ギルバート、明日までに王城への下書きを整え、俺とシルヴィアで文言を最終確認する。その後、正式な招待文として陛下に転移魔法で送る」
「承知しました」
静まり返った会議室に、各人の決意が静かに流れる。
レオルドはゆっくりと息を吐き、両手を机に置いた。
「……これがゼアトの未来を賭けた一大事業だ。失敗は許されない。全員、最高の準備を頼む」
その言葉に、全員が無言で、しかし確かな覚悟をもって頷いた。
それから数時間後。
ゼアト発、王城宛の文書が封筒に納められ、イザベルが転移魔法陣を使って王城へと届けられる。
◇◇◇◇
王都・王城。謁見の間の奥にある、執務の間。
正午、柔らかな光がステンドグラスを通して床を染めている。
国王(アルベリオン) は、黄金の装飾が施された椅子に静かに腰掛け、目の前の文書をじっと見下ろしていた。
それは先ほど、転移魔法陣を通じて届けられたもの。
封蝋には、ゼアト領主レオルド・ハーヴェストの印章。
「……ふむ」
分厚い文面を無言で読み進めながら、時折、指先で眉間を揉む。
「ようやく準備が整ったか――」
手紙にはお披露目会の準備が整ったと書かれており、その日程について話し合いたいと記載されていた。
国王は口の端を釣り上げると、背もたれに身を沈め、深く息を吐いた。
「実に楽しみだ……。宰相よ。其方もそう思わんか?」
「以前、訪問した時に見た自動車についてですな? 確かに楽しみではありますが……」
「が、なんだ? 何か心配事でもあるのか?」
「レオルドですからな~、と」
「……うむ。それについては私も同意見だ」
良くも悪くもレオルドは注目されている。
革命児であり、問題児である、と。
だが、今は信じるしかない。
レオルドからもたらされた自動車と回復薬が祝福であることを。
国王は早速、手紙の返事を出す。
午後、お披露目会の詳細と日程について話し合いたいとレオルドに返答するのであった。