軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

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夕刻の鐘が、ゼアトの街に柔らかく鳴り響く。

西の空は茜色に染まり、建設中の輸送路にも、淡い光が差し込んでいた。

高台に立つゼアト城の塔屋からは、街の灯が一つ、また一つと灯されていく様子が見える。

その光景を、レオルドは静かに眺めていた。

イザベルは背後で黙って控えている。

「……今日も、よく働いたな。みんなも、俺も」

呟いた言葉は誰に届くでもなく、けれど風に乗って夜の始まりを告げるようだった。

「夕食の席を整えるよう、厨房に伝えてあります。シルヴィア様とテスタロッサ様、シャルロット様もご一緒の予定です」

「そうか。じゃあ俺も、そろそろ顔を出すとしよう」

レオルドは一度だけ伸びをしてから、踵を返した。

昼間の喧騒が、少しずつ静けさへと溶けていく。

それはゼアトの夜の訪れを告げる、穏やかなひとときだった。

同時刻、別棟の訓練場では、夕暮れの薄明かりの中、ジークフリートとエリナの姿がまだ残っていた。

魔力測定と制御訓練を終えたばかりの二人は、共にベンチに座り、ぼんやりと空を見上げていた。

「……ねえ、ジーク。こうしてると、不思議な感じがするの」

「不思議……?」

「王都で過ごしてた頃は、毎日が忙しすぎて。誰かとこんな風に、空を眺める余裕なんてなかったわ」

エリナはそう言いながら、口元に手を添えて小さく笑った。

「いい場所ね……。ここは」

「……そうだな。悪くない」

ジークフリートはそう答えながらも、どこか遠くを見ていた。

その視線の先にあるものが何か、エリナには分からなかった。

「二人して何を黄昏ているんですか?」

その声に振り返ると、クラリスが涼しげな顔でこちらへ歩いてきていた。

日暮れの光に揺れる髪を背に、白い外套がわずかに風を孕む。

「クラリス……いつの間に?」

「少し前からです。ずいぶん楽しそうだったから、声をかけるタイミングを伺ってたんですよ」

冗談めかした口調だが、どこか含みを感じさせる微笑が浮かぶ。

エリナが少しだけ眉を寄せたが、言い返す代わりに小さくため息をつく。

「……いいところだったのに」

「抜け駆けは許しませんよ。それより、そろそろ夕食の時間ですから皆で行きませんか?」

言葉の端々はやわらかいが、その視線はしっかりとジークフリートに注がれていた。

一瞬だけ、ジークフリートは困ったように眉を寄せたが、すぐに立ち上がって微笑を返す。

「そうだな。腹も減ってきたことだし、皆で行こうか」

「はい。一緒に食べましょうね」

自然な流れでジークフリートの隣に並ぶクラリスの姿に、エリナの表情がわずかに曇る。

だが何も言わず、立ち上がって二人の少し後ろを歩き始める。

三人はゆっくりと、夕暮れの訓練場を後にする。

――誰も何も言わなかったが、それぞれの胸中に小さな感情の波が静かに広がっていた。

日が完全に沈み、夜の帳がゼアトを包む。

領主館ではレオルドたちが夕食の席についていた。

屋敷の広間には柔らかな灯りがともり、長テーブルには温かい料理が並べられていた。

香ばしい肉の香り、濃厚なスープの湯気、焼きたてのパンに添えられたバターの色合い――

そのどれもが、戦場では得られぬ平穏の象徴だった。

レオルドは椅子に腰掛け、目の前の料理にひとつ息をついた。

「……今日も一日、お疲れ様。ここ最近は忙しいが、これも全て皆のおかげだ。ありがとう」

その言葉に、シルヴィアが小さく微笑み、ナプキンを整える。

「私たちだけではありませんわ。ゼアトに集う人々、すべての努力の結晶ですわね」

「そうそう~、でも! やっぱり功労者にはご褒美が必要じゃない? 例えば、今日も魔法の指導をしてきたわたし、とか~!」

シャルロットが肉の塊をフォークで突きながら、得意げに笑う。

「まあ、最近はシャルも随分頑張ってくれているからな。何がいいか考えておこう」

「わお! 冗談で言ったのに本気で考えてくれるの~!? 言ってみるものね~」

「あまり期待はしない方がいいぞ。正直、シャルに相応しい褒美など分からんからな」

「シャルお姉様もレオルド様から頂けるものでしたら、なんでも嬉しいと思いますわ」

「え~! 私はシルヴィアと違ってそんなに単純じゃないから、厳しいわよ~?」

シャルロットが冗談めかして肩をすくめると、シルヴィアはにこやかに微笑んだまま、ナイフとフォークを静かに揃えた。

「けれど、単純だからこそ、誠実な好意を受け取れるものですのよ?」

「ん~、深いこと言ったわね~。でもそれってつまり、自分で自分のプレゼント決めるのが一番ってことよね!」

「……結局そこに落ち着くのか」

レオルドが呆れたように言うと、テスタロッサが控えめに口元を押さえて微笑んだ。

「けれど、実際に皆様のような関係が築けていることは素晴らしいことですわ。互いに遠慮せず、信頼し合っている証ですもの」

「その通りですわね。……レオルド様が誰にでも分け隔てなく接するからこそ、こうして笑って食事ができるのだと思います」

シルヴィアの言葉に、レオルドは一瞬、箸の動きを止めた。

だが、それはほんの一瞬のことだった。

「……そう言ってもらえると、救われるな。だが、俺一人でどうにかできることでもない。みんなが支えてくれているからこそだ」

「それでも、レオルド様の背中を見ていると……ついていこうと思えるのですわ」

シルヴィアの言葉は静かで、それでいて温かかった。

その横で、テスタロッサもグラスを手に取る。

「それでは、あらためて」

彼女の言葉に合わせて、全員がそれぞれの飲み物を持ち上げる。

「ゼアトの未来と、我らの誓いに──乾杯を」

「乾杯!」

軽やかにグラスが触れ合い、広間に小さな音が響いた。

その音が消える頃には、誰もが少しだけ、背中の力を抜いていた。

やがて、楽しかった夕食が終わる。

テスタロッサは用意された文書の整理のため、一足先に席を立った。

「では、私は先に失礼いたします。今日の議事録をまとめておきますので」

「無理はするなよ。明日も朝から動くんだからな」

レオルドの声に、テスタロッサは小さく頭を下げて部屋を出ていった。

残された三人――レオルド、シルヴィア、シャルロットは、どこか気が抜けたように、肩の力を抜いて椅子に深く腰かけた。

「ふぅ……今日は随分と濃かったわね~。お肉美味しかったけど、情報のカロリーも高かったわ」

「シャル、いつもよりは真面目だったじゃないか」

「え~? いつも真面目よぉ~。シルヴィアの方が怖いくらいに真面目でしょ~?」

「それは否定しませんわ。ですが、誰かが地に足をつけなければ、ゼアトは成り立ちませんもの」

シルヴィアの冷静な返答に、シャルロットは舌を出す。

「ひえぇ……真理すぎてぐうの音も出ない~」

「お前ら、喋りたい放題だな……」

レオルドは苦笑しながら、手元のカップを持ち上げた。

中の紅茶はすでに冷めていたが、不思議とそれも心地よかった。

「でもさ、なんだかんだで……こうして、気の置けない連中と食卓を囲めるのは、やっぱりいいもんだな」

「ええ。かけがえのない時間ですわ」

「……うん。ほんと、そう思う。一人で森の奥に住んでた時とは違う気持ちで新鮮よ~」

言葉に宿るのは、過去の苦しみを乗り越えてきた者たちだけが持つ、静かな実感。

時間はゆるやかに流れ、三人は楽しそうに談笑に耽る。

やがて、時計の音が夜更けを告げる頃、レオルドがゆっくりと腰を上げた。

「そろそろ寝るか。明日も忙しいしな」

「そうね~。今日はしっかり眠らないと明日の化粧に響くわ~」

「しっかり寝るのは構わんが寝坊はするなよ?」

「じゃあ、目覚めのキスして起こしてよ~!」

「シャルお姉様?」

「じょ、冗談よ、シルヴィア~」

冗談混じりのやりとりに笑い合いながら、三人はそれぞれの部屋へと向かっていく。

夜の静寂が、ゼアトの城を優しく包み込む。

窓の外には、満ちかけた月が淡く輝き、穏やかな風が木々を揺らしていた。

そして、レオルドは寝室の扉を開ける。

重厚な扉が静かに閉じられ、部屋にはしんとした静けさが戻った。

誰もいない。

いつも通りの、広く整えられた私室。

部屋には小さな明かりがついており、仄かな温もりが空気を包んでいる。

「……ふぅ」

レオルドは上着を脱ぎ、寝間着に着替えながら肩を回す。

今日も長い一日だった。

成果もあったが、そのぶん責任と判断の連続でもあった。

ベッドの端に腰掛け、少しだけ目を閉じる。

瞼の裏に浮かぶのは、懐かしい顔。怒った顔。泣きそうな顔。

いつの間にか、ゼアトには多くの人々が集い、彼を支え、彼に期待を寄せるようになっていた。

「……贅沢な悩みかもな」

誰に聞かせるでもなく、独り言のように呟く。

そして、ゆっくりとベッドに体を横たえると、天井を見つめた。

静かな夜だった。

争いも陰謀も、この部屋には届かない。

それでも――レオルドの胸には、ほんのわずかに拭えぬ不安が残る。

「魔王か……。来るなら来い、何があっても俺は勝ってみせる」

そう思いながら、彼は目を閉じた。

月明かりがカーテンの隙間から差し込み、彼の寝顔を淡く照らしていた。