作品タイトル不明
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会議を終えた頃には、既に昼下がりの陽光がゼアトの街を照らしていた。
「さて……俺はマルコたちの進めてる輸送路の現地確認に行ってくる。午後の対応、任せたぞ」
「かしこまりました。私たちは文官組と協議を続けます」
「午後からはフローラも合流予定ですわ。動力炉の件で何か動きがあるとか」
領主室を出る直前、レオルドは軽く手を振って皆に背を向けた。
イザベルが静かに付き従う。
護衛というよりは、習慣のように自然な同行だった。
「それにしても、テスタロッサ様……随分と早く馴染まれましたね」
「だろう? ああいうのを即戦力って言うんだよな。あの落ち着き、俺のほうが見習いたいくらいだ」
レオルドは苦笑しながら、開かれた街道の方角へと目を向けた。
道の先には、建設中の公共輸送路が広がっている。
それは自動車の通行を前提とした広い道であり、現在の王国には類を見ない挑戦だった。
「――さて。俺たちの未来は、どこまで道を伸ばせるかだな」
そう呟いて、彼は再び歩き出した。
「まだお披露目会が終わってないのですから、事は慎重に運んだ方がいいと思いますよ?」
「お披露目会か。フリューゲル公爵閣下も一度、ゼアトへ視察に来られたことだし、そろそろ開催してもいい頃合いだろうな。陛下も待ち望んでいるだろうし、それにカルロス殿下もうずうずしてるだろうよ」
「カルロス殿下ですか……。確か、自分専用の自動車が欲しいと仰っているのでしたね?」
「ああ。どこから情報を仕入れてきたのか聞きたいくらいだが……な」
「やめておいた方がいいでしょう。余計な詮索は身を滅ぼしますよ?」
「だろうな。ちなみにイザベル。お前は予想がついているか?」
「……一応、私もその手の類の人間でしたのである程度は」
「引き抜けたりしない?」
「私がシルヴィア様の専属だったように他の王族にもついていると思ってください。そして、その忠誠心の高さもです」
「忠誠心の高さ~? お前のどこにそんなのがあるんだ! 普段から主をからかいおってからに! ここ最近は真面目に働いてるのは違和感だらけなんだからな!」
レオルドが眉をひそめてからかうと、イザベルはおどけたように胸に手を当ててみせる。
「それは誤解です。私は常に忠実ですし、敬意も欠かしておりません。ちょっとだけ主君の表情が面白すぎるだけです」
「どんな理由だ、それは! 全く、お前という奴は……」
溜息交じりに言いながらも、レオルドの表情には柔らかな色が滲んでいた。
――気心の知れた者との軽口。
それは、緊張感の続く執政の中で、束の間の安らぎだった。
ふと、遠くから鉄材を打ち付ける音が響く。
視線を向ければ、作業服姿の男たちが忙しく立ち働く様子が見えた。
その中心で、大声を張り上げながら指揮を執っているのは――マルコだった。
「お、いたな。あいつ、朝から現場に出ずっぱりか?」
「ええ。お昼もろくに取っていないようですね。熱心なのは結構ですが……」
「倒れられちゃ困るからな。ちょっと顔出してくる」
レオルドは足を速め、現場の喧騒へと歩み寄る。
「おーい、マルコ! その顔、すっかり土埃まみれじゃないか!」
声をかけると、マルコは驚いたように振り返り、すぐに笑顔を浮かべた。
「レオルド様! わざわざ視察に? 恐縮です!」
「まあな。昼飯は食ったか? 倒れても知らんぞ」
「ははっ……! 大丈夫です、昨日から湯漬けしか喉を通ってませんけど元気です!」
「それ、全然大丈夫じゃないからな……」
呆れながらも、その頬が綻ぶ。
現場には熱があった。
それは物理的な気温ではなく、建設に懸ける者たちの情熱――
レオルドは改めて、目の前の未完成な輸送路を見渡した。
まだ道半ば。
だが、この道の先には確かに未来がある。
「マルコ。そろそろ、お披露目会を実施する。陛下もお呼びするつもりだ。俺たちの誇れるものを、陛下に見せよう。そして、ゼアトの名を大陸中に轟かせようじゃないか」
「……はい!」
まっすぐな声で応じるマルコに、レオルドは力強く頷いた。
ゼアトに築かれたこの一歩は、やがて王国全土を揺るがす礎となる――
そのことを、まだ誰も知らなかった。
レオルドたちがお披露目会に向けて準備を始めている頃、シルヴィアとテスタロッサは自動車の制度、回復薬の制度、及びに販売経路などについて議論していた。
執務室の一角では、シルヴィアとテスタロッサが膝を突き合わせるように並び、机上に広げられた数十枚の資料に目を通していた。
「まず、自動車に関してですが……現時点での生産コストは、貴金属を除いたとしても庶民には手の届きにくい価格です。ゆえに、初期段階では貴族や上層階級向けに限定供給、並行して都市部の公共輸送に導入するのが妥当でしょう」
「私もそう思います。下手に庶民層に開放すれば、不満より先に混乱が広がりますわ。流通網も、まずは王都とゼアトを結ぶ幹線からですね。整備状況と車両数を考慮すると、せいぜい三路線が限度でしょう」
シルヴィアが頷きながら、ページを一つめくった。
そこには「輸送インフラ法案(草案)」と書かれている。
「では、その次。回復薬について。ギルバートとまとめた草案は既に提出されていますが、販売に関しては許可制にするべきかと。模倣品の流通を防ぐためにも」
「ええ。偽物が出回れば、それだけでゼアトの信用問題になりますから。成分は公開、製法は特許申請を行ってから、国に管理してもらい、信頼の出来るものへ製法の閲覧を可能とします……。認可販売店の登録制度を設けましょう。販売証明書の発行は、ギルバート殿の部署で?」
「そのつもりでえすわ。それと、服用年齢の制限と、身体検査を経た者に限るという但し書きも必要ですわね。副作用が少ないとはいえ、完璧ではありませんもの」
「同意します」
二人の間に流れる議論の空気は真剣そのものだったが、どこか心地よさもあった。
「……貴女とは、本当に話が早くて助かりますわ。初日とは思えないくらい、頼もしいですわ」
「光栄です。ですが、これは私個人の力ではありません。ゼアトという土壌が、私を引き上げてくれているのです」
テスタロッサの言葉に、シルヴィアはふと微笑む。
「貴女は本当に謙虚ですわね。自分の力を他者に重ね、決して驕らない。……ですが、貴女は貴女の才を、もっと誇ってもいいのですよ?」
そう言って、シルヴィアは湯気を立てる紅茶のカップを差し出した。
テスタロッサは少し驚いたような表情を見せたが、すぐに微笑んでそれを受け取る。
「では、少しだけ。今日の仕事に、乾杯を」
「ええ。ゼアトの未来に、乾杯を」
小さく、カップが触れ合った。
一方その頃、ゼアト城内の訓練場では、ジークフリートが汗を拭いながら、槍を手に構えていた。
正面には、同じく汗をかいた青年――騎士団の若き副長が立っている。
「さすがに強いですね……。僕と互角に渡り合える者は、ゼアトでも数えるほどです」
「こちらこそ。腕の立つ者と手合わせできるのはありがたいことです。気を抜けばすぐ斬られると思える環境は、久しぶりです!」
互いに礼を交わし、鍛錬を締めくくると、ジークフリートは水筒の水をあおった。
騎士たちの視線は彼に集まり、どこか尊敬の色が滲んでいる。
――だが、ジークフリートはそれに気づいているようで、気づいていない。
「ジーク! ちょっと時間いいかしら!」
遠くから声を上げて駆けてくるのは、リボンの髪飾りが特徴の少女――エリナだった。
「また騎士たちと稽古? そんなことより、今日の予定、覚えてるでしょうね?」
「予定……? ああ、今日は、回復薬の講義だったか?」
「違うわよ! 魔力測定と制御訓練! まったく、やる気あるの?」
怒ったような顔で言うエリナに、ジークフリートは苦笑を浮かべる。
「……ご、ごめんて。でも、稽古も大事なんだ。俺にできることは限られているからな」
「……全く。私がついてないとダメね!」
不満げに言いつつも、エリナの声にはどこか嬉しげな響きがあった。
その様子を、少し離れたベンチから他の少女たちが見守っていた。
「ふふ……あの二人、いつもあんな感じよね」
「ねえ、どう思う? あれって……恋人未満、友人以上ってやつじゃない?」
「でもエリナって……。あのシルヴィア様に目をつけられてるんでしょう? 最近、ちょっとピリピリしてるみたいだし……」
「だからこそ頑張らないと、って思ってるんじゃないかな」
「それはいいけど……一番はレオルド様への態度じゃない? それさえなければシルヴィア様もエリナに対しては何も言わないのに。むしろ、魔法の腕前だけならシャルロット様だって認めてくださってるのに」
「勿体ないよね~。ちゃんとすれば出世間違いなしなのに……」
「まあ、それがエリナだから仕方ないでしょ」
王都とは空気も、価値観も違う場所で、ジークフリートたちは少しずつ、しかし確かに変わり始めていた。
――その変化はまだ小さな波に過ぎない。
けれど、やがてそれが大きなうねりになることを、誰もが薄々感じていた。