軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

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◇◇◇◇

翌朝。

ゼアトは、まだ肌寒い風と魔光灯の残滓が入り混じる時間帯だった。

だが、既に執務室には姿勢よく座っている一人の女性の姿がある。

「昨日はよく眠れましたか? テスタロッサ」

「ええ。おかげさまでぐっすりです」

「それなら良かったです。では、今日も一日頑張っていきましょうね」

「はい、シルヴィア様」

互いに軽く頭を下げると、二人は並んで執務を始める。

昨夜の疲れを微塵も見せず、テスタロッサは完璧な装いで職務に臨んでいた。

「昨日の報告、しっかり目を通させてもらいました。まだ働き始めて半日ですが、ゼアトで過ごした時間はどうでした?」

「とても新鮮で、貴重なお時間でした。これがこれから毎日続くのかと思うと胸が躍る思いです」

迷いのない声音で答えるテスタロッサ。その表情には、わずかな緊張と、確かな充実感が宿っていた。

「……ふふっ、貴女のような方にそう言ってもらえるなんて、少し誇らしい気分ですわね。ですが、貴女も自分で言っていたように毎日が驚きの連続だとは思いますが、早く慣れた方が身のためですわ。レオルド様は突拍子もなくやらかすお方ですから」

シルヴィアは嬉しそうに微笑みながら、手元の書類をめくった。

「そうみたいですね。レオルド様の評価は先日、多くの方から聞かせてもらいました。謙虚、堅実かと思えば、破天荒で常識破りで捉えどころのない領主だと。何よりも領主だと言うのに現場で働くのがお好きで、下の者たちも大層困ってるとか……」

その言葉に、シルヴィアは苦笑を浮かべた。

「ええ、間違いなくその通りですわ。むしろ、困っていないのは本人だけかもしれません」

言葉こそ皮肉めいていたが、口調はどこか誇らしげだった。

実際、ゼアトという領地がここまで急速に発展した理由の一つは、間違いなくレオルドの現場主義にあった。

けれど、それは同時に政務の現場で働く者たちにとっては、心労の種でもある。

「私も最初は驚きました。まさか、領主自ら土を掘り起こして、開墾作業に混じるとは……。魔法を使って地面ごとひっくり返す光景は、いまだに夢に出てくるくらいですわ」

「ふふっ、それは壮観ですね」

テスタロッサは笑いながらも、手元の資料に目を通す手を止めなかった。

その姿勢が、シルヴィアには心地よかった。

ただのお飾りではない。彼女は本当に――使える人材だ。

「……どうかしました?」

わずかな沈黙の後、テスタロッサが問いかける。

「いえ、少し安心していたのです。貴女なら、きっとすぐに馴染むだろうと」

「馴染む……というより、飲み込まれないように必死ですわ。ゼアトの流れは速い。それは昨日一日で痛感しましたから」

「それでも、貴女ならきっと乗りこなせますわ。レオルド様と並び立つには、少しぐらい図太くなければ務まりませんもの」

それは決して悪口ではなく、ある種の称賛だった。

事実、シルヴィア自身もそうして強くなってきた。

突拍子もない男と肩を並べ、時に先を読んで支える。

その過程で、彼女は王女としてではなく、政務官としての自分を確立してきた。

そして今、その隣に立てる存在が、また一人現れた。

それが、ただ嬉しかった。

「……ありがとうございます、シルヴィア様。貴女とこうして並べていることが、私にとっては大きな自信になります」

「礼を言われるほどのことではありませんわ。私たちは、ゼアトの未来を築く者同士。誇りを持って臨みましょう」

ふたりの間に、穏やかな空気が流れる。

部屋の外では、午前の鐘が一つ鳴り響いた。

そろそろ、ギルバートたちとの合同会議の時間が近づいている。

「では、準備に参りましょうか。レオルド様との会話は、慣れるまでは少々骨が折れますけれど」

「ええ、異論はありません。レオルド様と渡り合うには、それなりの覚悟が必要ですものね」

二人は同時に席を立ち、資料を手に部屋を出た。

その背中はどちらも真っすぐで、迷いがなかった。

テスタロッサが来て、レオルドは執務室から自身の作業場を領主室に変更していた。

シルヴィア、テスタロッサ、その他大勢の文官たちと一緒に働いていても良かったのだが、部屋が手狭になってきて仕方なく移動したのである。

本人としては部屋が狭くても皆と和気藹々しながら仕事をしていたかったのだが、多くの文官たちから、そろそろ領主としての自覚を持ってほしいと言われ、渋々の決断であった。

領主室では既にレオルドが紅茶を片手に待っていた。

その傍らにはイザベルが優雅に佇んでいる。

彼の前には、午前中に届いた新しい政策案の束が整然と並べられている。

コンコン、と控えめなノック音が響く。

「失礼します」

最初に入ってきたのはシルヴィア、続いてテスタロッサが姿を見せた。

二人とも、既に執務の準備を終えた装いで、手には本日の議題資料が抱えられている。

「お待たせしました、レオルド様」

「わざわざこっちまで来てもらって悪いな。どうにも執務室が窮屈でな」

レオルドは少し申し訳なさそうに頭を掻いた。

しかしその言葉に、シルヴィアがすかさず笑みを向ける。

「いいえ。むしろ、ようやく領主様らしくなったと文官一同、喜んでおりましたわよ?」

「……俺としては皆と雑談しながら働く方が好きなんだけどなあ」

「ふふっ、我々はおしゃべりの時間を惜しみますけど?」

テスタロッサが冗談めかして応じると、レオルドも思わず肩をすくめた。

「お堅いなあ、君たちは。だが、それでこそなのだろう。俺のように奔放な領主よりも聡明で麗しく、真面目な上司の方が文官たちも喜んで仕事に励むだろうよ」

レオルドはそう言って、前に置かれた資料をトントンと整えた。

「では、今日の議題だが……まずは公共輸送計画について。昨日の打ち合わせを受けて、マルコがいくつか路線案を提出してきた。それから、フローラからは自動車の動力効率改善案。そして最後に、昨日の市場調査報告に基づいた市民福祉支援策の見直しについてだ」

「お手元の書類、三番目の報告書ですが、私の方でも気になる点を赤でマークしてあります。市場価格の変動と住民意識の乖離が見られました」

テスタロッサが先に手を伸ばし、資料の該当箇所を示す。

「ほう……! まだ赴任して半日だと言うのに仕事が早い! テスタロッサを迎え入れたのは正解だったな!」

「評価はまだ早いかと。ただ、私はここに居させてもらっている立場ですから」

テスタロッサはあくまで控えめに言ったが、その目は真剣そのものだった。

「(――こういう人材が、もっと早く側にいてくれたら。いや、だからこそ、今が大事なのか)」

その様子に、レオルドはほんの少しだけ視線を緩めた。

「よし、じゃあまずはその問題点から洗い出そう。時間をかけてでも、今のうちに基盤を固めておきたいからな」

「了解しました」

イザベルが無言で湯を注ぎ、三人の紅茶がそろった。

立場も性格も違う三人だが、その場には不思議な一体感が生まれていた。

ここがゼアトの中心。

そして、未来を形作る者たちの小さな作戦会議室である。

数分後、領主室にはギルバートとシャルロットも合流し、簡易な四者会議が始まった。

「では、本題に入ろうか。ギルバート、先日の回復薬試験の進捗を」

「はい。現在、ルドルフ殿を筆頭に回復薬の治験を行っております。実験結果としては重症者の回復率が想定の一・四倍に達しています。ただし、副作用の報告も二件……詳細は、こちらに」

ギルバートが書類を差し出すと、テスタロッサが即座に手を伸ばした。

「確認します。服用経路、副作用の発現時期、接種者の体質──全て記録がありますね。これは……問題があるとは思いません。むしろ、予想より穏やかです」

「へ~。昨日から見かけてたけど、肩書だけのお嬢様じゃないってのは本当ね~」

肩肘をつきながらにやりと笑うシャルロットに、テスタロッサは微笑を崩さずに返した。

「ありがとうございます。ご期待には、ぜひ応えてみせますわ」

「……ねえ~? レオルド~。この子だけで良かったんじゃないの~?」

シャルロットが頬杖をつきながら、からかうようにレオルドを見る。

その声色は冗談めいていたが、目元には本音が滲んでいた。

「……言うな。俺もそう思っているが、他の者たちも貴重な戦力に違いない。それにお前も魔法の訓練に付き合っているから分かるだろう?」

レオルドが小さくため息をつきながらも肯定すると、シャルロットはくすっと笑った。

「まあ、確かにジークフリートの取り巻きも筋は悪くないわね~。特にエリナだったかしら? 彼女は頭一つ抜けてるわ。魔法の腕に関してはね。それ以外は……及第点以下だけど~」

「そこは伸びしろ、と言ってやれ」

レオルドが苦笑を浮かべながら口を挟むと、テスタロッサも静かに頷く。

「エリナは魔法の腕前だけは信用していいかと。指導次第では、貴族子女という枠を越えて活躍されるかと思いますよ?」

「同じ公爵令嬢だから肩を持ってあげてるの~? エリナが聞いたら泣いて喜びそうね!」

冗談めいた口調で言いながらも、シャルロットの表情には、どこか満足げな色が浮かんでいた。

「まあ、エリナに関してはそこまでにしておけ。本人に聞かれたら面倒だ。それからシルヴィア。さっきからとても素敵な笑顔なんだが……」

「ふふ、ごめんなさい。エリナが評価されてると思うと、少しだけ――複雑な気分になりまして」

微笑みを浮かべながら、シルヴィアはそっと紅茶に口をつける。

声音は柔らかでも、その瞳の奥には冷ややかな光が宿っていた。

「……複雑?」

テスタロッサが小首を傾げる。

「ええ。彼女の態度には、未だ従属という意識が感じられませんの」

ぽつりと落ちたその言葉に、空気がわずかに揺れた。

レオルドは苦笑しながら肩をすくめる。

「いいじゃないか。態度はどうあれ、働きで見せてもらえればそれで十分だろう」

「……甘いですわね、レオルド様」

シルヴィアは小さくため息をつくと、手元の書類を閉じた。

「ここは王都ではありません。ゼアトの中枢、貴方の城です。その中で、主に対して不遜な態度を取る者がいるなど――許容すれば周囲に示しがつきません」

その言葉には、一部の文官や使用人たちの不満を代弁する響きがあった。

レオルドはしばし沈黙し、やがて静かに口を開く。

「……そうだな。だがまあ、彼女が心変わりするとは考え辛い。露骨な態度を見せない限りは放置で良いだろう」

「わかりました。ですが、その時間は永遠には続きません。ご理解を」

シルヴィアは淡く微笑んだが、口調はきっぱりとしていた。

その凛とした言葉に、シャルロットも思わず口元を引き締める。

「……レオルド~。シルヴィアの気持ちも分かってあげなさいよ」

重々しさの中に、わずかな緊張が走る。

だがこの空気を壊すことなく、自然に次の話題へと移していくのがレオルドの才でもあった。

「さ、さて、次は交通インフラの件だな。マルコの報告は……」

ゼアトという地で、多くの者たちが交錯し、力を蓄え、互いに磨かれていく。

それは単なる政治でも、軍事でもなく――“運命の交差点”とも言える場所。

レオルドが立ち上がり、カップを置く。

続けてシャルロットとギルバートも腰を上げ、テスタロッサと視線を交わした。

誰もが、次なる任務の重みを理解していた。

けれどその足取りは軽く、確かな自信に満ちていた。