作品タイトル不明
428
◇◇◇◇
翌日、テスタロッサは早くも働き手として動き始めていた。
彼女は王国有数の名門、フリューゲル公爵家の娘だ。
当然のように高スペックで、文武両道。
文官としても、武官としても起用可能な逸材だった。
「ふむ……」
「どうされました? レオルド様」
いつものように執務室で書類と格闘していたレオルドは、机に肘をついたまま、難しい顔で唸っていた。
その様子を見たシルヴィアが、心配そうに問いかける。
「いや、なに。テスタロッサについてなんだがな……。文官と武官、どちらにすべきかと悩んでいてな~」
「彼女の能力はかなり高いですから、どちらでも問題ないかと思われます。私としては補佐に欲しいくらいですわね」
シルヴィアはゼアトにおいて、外交と政務を一手に担う立場にあり、その実力は王都の重鎮たちすら一目置くほどである。
そして、領主であるレオルド以上に、ゼアトで信頼と人気を集める存在である。
勿論、レオルドも信頼はされているが、悪い意味でも良い意味でもだ。
「確かにシルヴィアと組ませれば政治面で無敵かもしれん……が」
レオルドは頭を掻きながら、机の端に積まれた資料を見やる。
それは、テスタロッサのこれまでの経歴書である。
学園時代の成績、騎士団時代の実力。
どちらも文句のつけようがない高評価。まさに万能型。
あまりにも優秀すぎて、逆に起用に困るというやつだ。
「武官でも十分に通じる実力を有している彼女を文官に押しとどめておくのは勿体ないと思うんだ」
「それならば、いっそのことレオルド様と同じく両立させてはどうでしょうか?」
「女性に酷ではないか? 俺のようになれ、と言うのは」
冗談めかしてそう言いながらも、レオルドの表情は本気だった。
彼自身、領主として政務に励みながら、街の開拓現場にも足を運ぶ。
肉体労働にも積極的に関わり、鍛錬も日課にしている。
ギルバートやバルバロトと剣を交え、シャルロットからは魔法の指導も受ける。
もはやゼアトで一番働いているのは誰かと問われれば、間違いなくこの男の名が挙がるだろう。
「でしたら、本人の希望を聞かれてはどうでしょうか?」
「そうするのが一番だろうな。シルヴィア、一緒に頼めるか?」
「はい。わかりましたわ」
「イザベル、テスタロッサに応接室へ来るよう伝えてくれ」
「畏まりました」
レオルドが立ち上がり、伸びを一つ。
そして次の書類の山へと手を伸ばす。
「仕事を回せる相手が増えるってのは……ありがたい話ではあるな、実際」
「過労死だけはしないようにしてくださいませ」
「……おう」
苦笑いを浮かべながらレオルドは返事をする。
手に取った書類を確認し、レオルドは裁決の判を押すのであった。
仕事がひと段落したレオルドとシルヴィアは応接室でテスタロッサを待っていた。
しばらくして、イザベルがテスタロッサを連れてくる。
彼女は応接室にいた二人に丁寧なお辞儀をすると、対面の椅子に座るよう促されて腰を下ろした。
応接室の空気は、妙に静かだった。
昼下がりの光が斜めに差し込み、テーブルの上に整然と並べられた三つのカップが、まるでそれぞれの立場を示すように鎮座している。
レオルドとシルヴィアが並んで座り、向かいにはテスタロッサ。
「さて――テスタロッサ。そろそろ、お前の配属先を決めようと思ってな。こうして呼び出させてもらった」
レオルドが静かに切り出した。
「テスタロッサ、お前の能力については、こちらでも把握している。文官としても武官としても申し分ない。だが、そのぶん、逆に迷ってしまった。だから、お前自身の希望を聞かせてくれ」
「……私の希望、ですか?」
テスタロッサは姿勢を崩すことなく、少しだけ視線を落とす。
考えているというよりは、どの言葉を選ぶべきか、慎重に図っている様子だった。
「武官であれば、ジークフリートと連携しつつ実戦訓練や魔導兵器部門に配属する案がある。一方で、文官としてなら、外交、政務、政策立案、回復薬制度、自動車制度の整備にも参加してもらえる」
シルヴィアが続けるように語り、指先で資料を示す。
「どちらも重要ですし、貴女にはどちらもこなすだけの資質があります。ですが無理強いはしません……。私たちは貴女を戦力としてではなく、仲間として迎え入れたいのです」
テスタロッサは目を閉じ、数秒だけ沈黙した。
そしてゆっくりと開眼し、静かに口を開いた。
「……本音を言えば、どちらかに絞りたくはありません」
「「……!」」
彼女の言葉にレオルドとシルヴィアの二人は目を見開く。
そして、静かにテスタロッサが言葉を続けるのを待った。
「文官として、私はこのゼアトという街の成長に関わりたい。政策と制度を知り、その仕組みの中で何が人を動かすのかを学びたい。同時に、武官として、自らも剣を振るい、現場を知り、汗を流し、守りたい。この街を、ただ書類の中で見つめるのではなく、血の通った現実として感じたいんです」
その言葉に、レオルドはふっと笑った。
「……ふ、そうか」
「でしょうね。貴女は公爵家のご令嬢ですもの。いつかは夫を娶り、公爵家に帰る日がやってくる。であれば、貴女には多くの経験が必要でしょう」
シルヴィアも、どこか嬉しそうに微笑む。
「ならば、君には特別枠での配属を用意しよう。――臨時政務官兼戦術顧問。政務室にも武官サイドにも出入り自由だ。ただし、責任も大きいぞ」
「覚悟しています。ゼアトに加わったからには、中途半端なことはいたしません」
「その意気だ。じゃあ、さっそく明日から現場を回ってもらおう。初日は政務、二日目は軍部――順番に回って、どこに自分の感覚が合うかを確かめてくれ」
「了解しました」
テスタロッサは椅子を立ち、軽く礼を取る。
「配属、光栄に思います。必ず、この街のために力を尽くします……!」
レオルドとシルヴィアも立ち上がり、正面からその言葉を受け止めた。
こうして、テスタロッサのゼアトでの本格的な役割が、正式に始まったのである。
正午が過ぎ、テスタロッサの正式に決まった。
ゼアトの町中にて、鐘の音が鳴り響く。
広場に立つのは、ゼアト政務室の文官。
掲示板の前で、厳かに布告を読み上げていた。
「――本日付をもって、テスタロッサ・フリューゲル殿をゼアト領の臨時政務官兼戦術顧問に任命する。これにより、当人は政務及び戦術面における責任を持ち、同時に執政会議へ出席する権限を得るものとする。また、必要に応じて軍部及び研究部門への関与を許可する。以上、領主レオルド・ハーヴェストより」
お触れは瞬く間に街中へ広まった。
情報の流れが早いゼアトでは、広場だけでなく市街地・工房・訓練場にも伝達員が回り、昼には大半の住民が知ることとなる。
その反応は、さまざまだった。
「……あのフリューゲル家のお嬢様が、本格的に政務に? マジかよ……」
「いや、でも政務と戦術? どっちも……ってことか?」
「すげーな。いくらなんでも働きすぎじゃね?」
尊敬。畏怖。戸惑い。
そして――一部の関係者たちには、確かな動揺を生んでいた。
最初に反応を示したのは、やはりエリナだった。
昼休憩中の訓練場、その掲示を見た彼女は、目を細めて小さく息を吐いた。
「……やっぱり、来たのね」
隣にいたクラリスが、揃って視線を向ける。
「エリナ、これは――」
「テスタロッサはゼアトの一員として選ばれた。政務と戦術、両方に関与するだけで、特別扱いってことよ……。まあ、妥当でしょうね。彼女は先を見据えて動いてたからね」
「……ジーク君はこのことを知ってるの?」
「知らないと思うけど、こうしてお触れが出たから知ることになるでしょうね。多分、普通に喜ぶと思うし、褒め称えると思うわ」
言葉を濁しつつも、その表情は明らかにピリついていた。
「でも、テスタロッサ先輩はもうジーク君のことを諦めてるんでしょ?」
「ええ。だから、その点については心配いらないわ。ただ……」
「ただ? なにか心配事でもあるの?」
「ジークが靡かないとは限らないってこと」
「ッ! そうだけど……!」
「大丈夫。その点も問題ないわ」
「え? あ! そっか。今のジーク君じゃ家格が釣り合わないもんね」
「ええ。でも、レオルドが後押しすれば、話は別かもしれないけどね」
「うっ……」
クラリスが露骨に顔を曇らせる。
エリナはそんな彼女の反応を見て、わずかに唇の端を吊り上げた。
「まあ、友達にこんなこと言うのもなんだけど、テスタロッサはジークのことは眼中にないでしょうね。計算高い彼女は恐らく、レオルドの配下でも狙うでしょ。だから、私たちはいつも通りで良いと思うわ」
「……それなら安心かな。エリナ、私、負けないから」
「望むところよ……!」
二人の間に、静かな火花が散った。
その空気を読んでか、少し離れたところにいたロイスとフレッドが、お互い顔を見合わせて肩をすくめる。
「また始まったな……」
「ああ。面白い見世物だけど、今は関わりたくないな」
ざわつくのは、風だけではなかった。
ゼアトの空気は、確実に――
女たちの静かな戦場へと変わり始めていた。