軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

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◇◇◇◇

ジークフリートたちをゼアトに迎え入れてから数日が経過した。

多忙を極めるレオルドは書類の山に埋もれて唸り声を上げている。

「ふぅ。これで今週分の予算書は片付いたか……?」

広げられた帳簿と議事録、その合間に挟まるのは、回復薬制度に関する法案の草稿。

新たにゼアトへ加わった人材の受け入れ、そして自動車開発との並行進行――

国政級の仕事を個人領地で処理しているのだから、負荷は計り知れない。

「レオルド様。まだまだ確認してもらう書類はありますわ」

机の上にあった書類が片付いたと思ったのも束の間、シルヴィアが手にした新たな資料の束を、容赦なくレオルドの目前に積み上げる。

「……この山は何だ?」

「回復薬制度に関わる細則の最終確認、それとお披露目会で使用するスピーチ案、さらに市民向け配布資料の校正です」

「……死ぬな、俺」

レオルドはこめかみを押さえつつ、書類の山を見上げた。

だが、その口元にはわずかな笑みが浮かんでいる。

誰よりも自分が望んで進めてきた改革――この苦労すら、前に進んでいる証なのだ。

「それから、フリューゲル公爵家からお手紙が来ておりますわ」

シルヴィアが差し出した封筒は、深紅の蝋で封じられ、紋章には二つの翼が彫り込まれていた。

レオルドはそれを受け取り、封を切って中を読み始めた。

「……ふむ。なるほどな」

視線を走らせながら、レオルドの表情が徐々に険しくなる。

「レオルド様?」

シルヴィアが訝しげに問いかけると、彼は手紙を静かに机に置いた。

「テスタロッサについてだ。ジークフリートを迎えたことを閣下は知り、彼女についてどう考えているのか、だと……」

「まあ、それは……当然の疑問ですわね」

シルヴィアは口元に指を当て、静かに頷いた。

「近日中にテスタロッサを迎え入れますか?」

「そうだな。ここ数日、あまりの忙しさに忘れていたが彼女を迎え入れることにしようか。彼女の能力の高さはシルヴィアも知っているだろう。それにジークフリートたちと近しい間柄でもあったからな。良い防波堤になるかもしれん。早速、準備に取り掛かってくれるか?」

「わかりました。イザベルに手配させましょう」

シルヴィアは軽く頷き、レオルドの机の端に置かれた呼び鈴を鳴らした。

ほどなくして、イザベルが静かに執務室へと姿を現す。

「お呼びでしょうか、シルヴィア様、レオルド様」

「ええ。イザベル、至急テスタロッサの迎え入れに関する準備を整えてほしいの。客室の用意、彼女の身辺に関する情報も再確認しておいて」

「承知いたしました」

レオルドは椅子にもたれかかり、わずかに目を閉じた。

「……テスタロッサが来れば、ますます騒がしくなるかもな」

「そうですね。エリナがどのような反応をするか見物ですが……。あまりに騒がしいようなら、その時は覚悟してもらいましょう」

その言葉に、レオルドはゆっくりと頷いた。

「まあ、そうだな。不協和音は排除しておきたい。一応、エリナに警告だけしておいてくれるか?」

「わかりました。厳しく言っておきましょう」

「よろしく頼む」

シルヴィアが軽く一礼し、静かに執務室を後にする。

レオルドは深く椅子にもたれかかり、机の上に広がった書類の山を見下ろした。

「……本当に、騒がしくなるな」

呟くその声には、わずかな疲労と、それ以上に期待が滲んでいた。

レオルドはシルヴィアから渡された書類の山から一枚を手に取り、一つずつ片付けていくのであった。

レオルドが書類の山を崩している頃、シルヴィアはエリナのもとにやってきていた。

エリナはジークフリートたちと共に訓練に励んでいた。

シルヴィアはエリナを個別に呼び出し、訓練場から離れた場所へ移動する。

今のところ、一番の問題児であるエリナにシルヴィアはテスタロッサについて釘を刺しておく。

「――テスタロッサがゼアトに?」

シルヴィアから告げられた言葉に、エリナの表情が一瞬で強張った。

静寂が、緊張を孕んだ空気へと変わっていく。

「ええ。既に受け入れの準備は進めています。テスタロッサはジークフリートとも親しい間柄。ゼアトでの活動にも大きく貢献してくださることでしょう」

「……わかってます。彼女が優秀なのも、必要とされていることも。でも……」

エリナは口をつぐみ、両手を膝の上でぎゅっと握りしめた。

「いえ、何でもありません。ご忠告痛み入ります」

シルヴィアはそんな彼女にそっと歩み寄り、肩に手を置いた。

「普段からその調子でお願いします。貴女は公爵令嬢ではありますが、今はゼアトの一員。レオルド様の配下なのですから、殊勝な態度を心掛けなさい。レオルド様は寛容ではありますが私を含めたゼアトの者たちはそうではありません。親愛なる領主が侮辱されたとなれば、その時は迷うことなく、貴女を罰するでしょう」

その言葉に、エリナは小さく目を見開き、そしてうなずいた。

「……はい。わかりました。がんばります」

「期待を裏切らないよう頑張りなさい、エリナ」

エリナは静かに頷き、それを見たシルヴィアは意味深な笑みを浮かべて彼女の前から立ち去る。

残されたエリナは去って行くシルヴィアの背中を見詰めながら、スカートをギュッと握りしめた。

「羨ましいわね……。もしも、ジークがレオルドと同じ立場だったなら」

ありもしない妄想をしてエリナは深くため息を吐いた。

「やめやめ……。今は嘆いている場合じゃないわ。テレサも来るんだし、気合を入れ直さないと」

かつては恋敵であったが今は違う。

テスタロッサはジークフリートへの思いを断ち切っており、未来を見据え、前に進んでいる。

ならば、自分も負けじと前進あるのみだ。

「よし! 頑張れ、私!」

エリナは両頬を叩き、気合を入れ直して、ジークフリートたちのもとへ戻っていく。

彼女たちがゼアトの戦力として活躍する日は、きっとそう遠くはないだろう。

その日の午後、ゼアト南門近くに設けられた転移魔法陣が淡く発光し、重厚な音を響かせて稼働を始めた。

光の柱が立ち昇り、その中から三つの人影が姿を現す。

フリューゲル公爵家にレオルドから預かった書状を渡しに向かったイザベル。

その後ろに、紅のドレスに身を包んだ凛々しき少女――テスタロッサ・フリューゲル。

そしてもう一人は、王国三大公爵の一角にして、ゼアトの盟友でもあるベルナール・フリューゲルであった。

「……ふむ。初めて来たが、話には聞いていた。だが想像を超えているな」

ゼアトの整然と整備された街並み、活気ある市場、そして遠くに見える巨大な建築群。

ベルナールは目を細めながら、静かに街の様子を見渡した。

急報を受けて、迎えに来ていたギルバートが深く頭を下げ、二人を領主館へと案内する。

その道すがら、テスタロッサは淡々とした表情を崩すことなく、街並みを観察していた。

目に映るのは、かつての辺境とは思えぬ活気と整備、そして民の穏やかな顔。

「……これが、レオルド様の築いた街」

呟くように言ったその声には、わずかな憧憬と――懐かしさにも似た感情が滲んでいた。

領主館に到着した二人は、丁重な出迎えを受け、まずはシルヴィアと対面する。

そして簡潔な挨拶を交わしたのち、ベルナールは視察の名目で街の各所へと足を運ぶこととなった。

その視線は冷徹で、貴族特有の厳格な分析眼を隠そうとはしなかった。

だが、軍の訓練場、自動車工場、街区整理計画の図面――それらを次々と目にするうちに、彼の顔からはわずかに驚きの色が覗き始める。

「……常識が通じぬな、この街は」

その呟きに、案内役のイザベルが誇らしげに微笑み返す。

「我らがレオルド様は、常識を打ち破るために日々挑んでおりますゆえ」

夕刻――

視察を一通り終えたベルナール公爵は、領主館の応接室に案内された。

そこには既にレオルドが待っていた。

「遠路よりの視察、感謝いたします。フリューゲル公爵閣下」

レオルドは立ち上がり、深く一礼する。

その態度は丁寧でありながらも、自らの矜持を決して屈さぬものだった。

ベルナールは椅子に腰掛けながら、わずかに顎を引き、重々しく口を開く。

「……数日とはいえ、王都から離れた辺境でこれほどの街を築くとはな。貴殿の理想がただの空論ではないこと、よくわかった」

レオルドはその言葉に動じず、静かに頷いた。

「まだまだ発展の途上にございます。ですが、理想を語るだけでなく、成すことが我が務め――このゼアトを礎に、新たな時代を築く覚悟です」

しばしの沈黙が流れる。

やがて、ベルナールはレオルドを真正面から見据え、重い口調で告げた。

「……娘を、頼む」

「……っ」

レオルドは目を見開き、息を呑む。

それは公爵としてではなく、一人の父としての言葉だった。

「テスタロッサは、おそらくゼアトで多くの者と交錯し、悩み、迷うだろう。だが……あの子が選んだ道を、私は否定せぬ。だからこそ、見守ってやってほしい」

レオルドは、その言葉を重く受け止め、ゆっくりと頭を垂れた。

「はい。彼女の力と意思を尊重し、全うに扱います。たとえ道半ばであろうとも、ゼアトの民として、仲間として、友人として――彼女と共に歩みます」

ベルナールは目を細めた。

若き領主のその目に宿る覚悟は、偽りのないものであると確信したのだ。

「……ならばよい。過去に執着せず、未来を見据える者に託すに相応しい。フリューゲル家としても、今後ゼアトとの連携を強めよう。王都が動くより前に、備えよ。貴殿の存在は、すでに王国の重石に近づきつつあるのだからな」

「肝に銘じます」

互いの立場を超えて、交わされた信頼と責任の言葉。

二人はそれ以上、多くを語ることなく、ただ静かに向き合い、そして同時に席を立った。

その直後、ベルナールはテスタロッサのもとへと向かい、最後の父娘の対話を交わすのだった――。

ベルナールとテスタロッサは、一室で対面していた。

控えめな灯りに照らされた部屋の中、父は椅子に腰かけ、娘を見つめていた。

「……見たな、あの街の姿を」

「ええ。あれほどの発展を遂げているとは思いませんでした。まるで、王都の一角のようです」

「だが、まだ未完成だ。あの若き領主は、なお高みを目指している」

ベルナールは腕を組み、しばし黙考する。

「テスタロッサ。ここがお前の舞台になるかもしれぬ。ジークフリートがいる、女たちの思惑も渦巻く。だが、お前にはそれを乗り越える力があると信じている」

「……はい。私も、それを証明してみせます」

その返事を聞いたベルナールは、ゆっくりと立ち上がり、窓の外――夕陽に染まるゼアトの街を見やった。

「……この地は、王国の未来を背負える器だ。私も、そろそろ覚悟を決めるときかもしれんな」

「……父上?」

「ふ、いや……なんでもない」

振り返ったベルナールは、最後に穏やかな笑みを浮かべ、娘の肩に手を置いた。

「頼んだぞ、テスタロッサ。あとは、お前のやり方で、前に進め」

「……はい。期待に応えてみせます」

――こうして、フリューゲル家の才女・テスタロッサは、正式にゼアトへと加わったのだった。