作品タイトル不明
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◇◇◇◇
夜が明け、新たな一日が始まったゼアトの街は、まだ朝靄に包まれていた。
領主館の執務室では、レオルドが一人、窓から街の様子を見下ろしていた。
昨日までの喧騒が嘘のように静まり返り、希望者たちの声も遠くから僅かに響くだけだ。
「……さて、今日も頑張るとするか」
静かに呟くレオルドの背後に、軽やかな足音が近づいた。
振り返ると、シルヴィアとイザベルが姿を現した。
「レオルド様、報告です」
「おう、イザベル。何かあったか?」
「希望者たちの初期研修が順調に進んでおります。特に、クラリスとエリナはシャルロット様の厳しい指導にも耐え、徐々にですが動きに無駄がなくなりつつあります」
「そうか、意外にも頑張ってるみたいだな。問題は……」
レオルドは言葉を切り、視線を窓の外に移した。
訓練場からは、ジークフリートの声と、彼を取り巻く希望者たちの笑い声が微かに聞こえてきた。
「……ジークフリートだ。あいつには本当に大きな期待を背負わせてしまった。自分で望んだとはいえ、重すぎるものを負わせたかもしれない」
「ですが、彼は前を向いていますわ」
シルヴィアが穏やかな声で言葉を紡ぐ。
「先日、面談の際にも皆様に伝えました。ジークフリートをただ追いかけるのではなく、共に未来を築く仲間となる覚悟を持ちなさい、と。そして皆、それを理解し、受け止めてくれました」
「頼もしいな。お前たちの支えがあってこそ、ゼアトはここまで来た。これからも頼りにする」
「はい、レオルド様」
シルヴィアは深々と一礼し、イザベルもそれに倣った。
「……イザベル」
「はい」
「彼女たちの中で、特に有望と思われる者を数名ピックアップしてくれ。シルヴィアやシャルロットの補佐にできる者、そしていずれは自分たちで道を切り開ける者を見極めたい」
「畏まりました。後ほど、候補者の一覧をお持ちします」
「助かる」
レオルドは小さく頷き、再び窓の外を見つめた。
朝靄の中、訓練場ではジークフリートが仲間たちと共に汗を流していた。
その背中は、以前よりも確かに逞しさを増していた。
「(……これからだな)」
心の中で呟き、レオルドは立ち上がった。
「シルヴィア、イザベル、今日も忙しくなるぞ」
「はい!」
二人の声が重なり、静まり返っていた執務室に力強い響きをもたらした。
ゼアトの朝は、こうして始まる。
仲間たちの声、剣の音、そして未来を切り拓くための足音が、今日もこの地に響き渡るのだった――。
ゼアトの訓練場は、朝霧が晴れると同時に活気を取り戻していた。
クラリスとエリナを筆頭に、ジークフリートを慕ってやってきた希望者たちが、剣を握り、槍を構え、魔法の詠唱に励んでいる。
「もっと腰を落とせ! 体重を乗せるんだっ!」
バルバロトの怒声にも似た声が響き渡る。
クラリスとエリナはその声に従い、汗だくになりながらも必死に剣を振った。
「ひぃ、きつい……」
「これくらいで弱音を吐くな! お前たちが貴族の令嬢だろうとここでは新兵に過ぎん!」
バルバロトの檄に応え、希望者たちも奮起する。
彼女たちの瞳には、ジークフリートへの想いとゼアトで生き抜く覚悟が宿っていた。
一方、ジークフリート自身もジェックスとの剣技稽古に励んでいた。
「はっ!」
「そうだ、ジーク! もっと力強く、無駄を削れ!」
ジェックスの指導のもと、ジークフリートの動きは以前よりも鋭さを増し、剣筋に迷いがなくなりつつあった。
「負けるもんか!」
力強い声と共に、ジークフリートは木剣を振り下ろす。
訓練場の片隅では、侍女たちが希望者たちの進捗を見守り、適宜メモを取っていた。
「大変そうですね~」
「無駄口叩いてないでしっかり見てなさいよ。定期的に報告しないといけないんだから」
そこへレオルドが訓練場に現れる。
侍女たちレオルドが来たことを知り、深々と一礼して出迎えた。
「ご苦労。肩の力を抜いてもいいぞ」
ふと、ジークフリートが振り返り、レオルドを見つけると、満面の笑みを浮かべて木剣を掲げた。
「レオルド様! 俺、強くなりますから!」
「おう! 期待してるぞ!」
レオルドは大きく手を振り返し、笑顔を見せた。
と、余所見をしていたジークフリートはジェックスから容赦のない一撃を受けて、頭を抱えながら蹲った。
ジークフリートの頭に見事に決まったジェックスの一撃に、訓練場の空気が一瞬ピリッとしたが、すぐに周囲から笑い声が上がった。
「ジーク、気を抜くな! 戦いは一瞬の油断が命取りだぞ!」
ジェックスが声を張り上げ、木剣を構え直す。
「い、痛い……! わ、わかりました……!」
ジークフリートは苦笑しながら頭を擦り、再び立ち上がった。
その様子を見て、レオルドは口元を緩めた。
「お前らしいな、ジーク……」
そして、彼はそのまま訓練場の活気に包まれながら、ゆっくりと背を向けた。
訓練場には、希望と熱気が満ちている。
ゼアトの未来は明るいものになるだろう、きっと。
訓練場を後にしたレオルドは現在、進めている自動車の製造工場に向かった。
ゼアトの新たな産業の柱として計画されているその工場は、フル稼働しており、試作車の最終段階に入っていた。
「マルコ、進捗はどうだ?」
工場の入り口で声をかけると、中から現れたのは技術責任者のマルコだった。
彼はレオルドを見つけると、頬を拭い、にこやかに挨拶をした。
「レオルド様、お越しくださりありがとうございます。試作車の第3号機が組み上がりました。あとはエンジン調整と内装の仕上げのみです」
「そうか、順調で何よりだ」
レオルドは工場内を見渡した。
天井の高い工場には、金属の光沢を放つ車体が並び、技術者たちが部品の取り付けや調整に勤しんでいる。
「これがうまくいけば、ゼアトの流通網を一気に強化できる。王国中枢への輸送にも有利になるだろう」
「ええ。従来の馬車では到底及ばない速度と耐久性を実現しました。これで王都への定期便も夢ではありません」
「ただし、民衆への普及には慎重にな。まずは安全性の確保が第一だ。無理に急ぎ、事故を起こしては元も子もない」
「承知しました。安全テストを最優先に進めております」
レオルドは頷き、しばし工場内を見て回った。
溶接の火花が舞い、組み上がった車体のフレームが完成を迎える光景は、ゼアトの新時代を象徴しているようだった。
「……お披露目会までそう時間はかからなさそうだな」
ふと、レオルドは呟いた。
マルコもその言葉に一瞬真剣な表情を見せた。
「……そのためにも、万全を期します」
「頼むぞ。お前たちの技術が、ゼアトの未来を左右する」
そう言い残し、レオルドは工場を後にした。
次にレオルドが向かったのは自動車のお披露目会で使う会場であった。
工場のすぐ傍に建設予定の会場はレオルド、シャルロットの両名により、未開拓であった土地が今や立派なものとなっている。
会場の建設現場では、サーシャが指揮を執り、作業員たちに的確な指示を飛ばしていた。
「そこの柱、もう少し左寄りです! そっちの梁は高さを揃えてくださーい!」
サーシャの声は活気に満ち、現場の空気を引き締めていた。
かつては自信が持てず、猫背でオドオドしていた彼女だったが、今や御覧の通りである。
レオルドが現場に到着すると、サーシャはパタパタと駆け寄って来る。
「お疲れ様です、レオルド様! 見てください、この進捗!」
彼女の指差す先には、見事に組み上がった会場が広がっていた。
「……なるほど。短期間でここまで仕上げるとは流石だな」
レオルドは感嘆の声を漏らし、周囲を見渡した。
会場は未開拓だった土地とは思えないほど整備が進み、基礎工事から外壁の設置、さらには一部の内装工事まで終わりを迎えていた。
「ここなら、堂々とお披露目会を開けるな。サーシャ、お前のおかげだ」
「ありがとうございます。ですが、これも全てレオルド様とシャルロット様のお力があってこそです!」
サーシャは嬉しそうに笑いながらも、誇らしげに胸を張った。
「この会場が完成すれば、ゼアトの技術力と未来への希望を世に示すことができる」
レオルドの言葉に、サーシャも真剣な表情を浮かべた。
「そのためにも、準備は万全にしなくてはなりませんね。お披露目会の日取りはもう決めてあるのでしょうか?」
「そうだな……。ここが完成次第といったところだ。すでに陛下には自動車をご覧いただいている。あと、正式に発表するだけだ」
完成図を楽しみにしながらレオルドは空を見上げる。
お披露目会までそう時間はかからないだろう。
きっと、素晴らしいものになるに違いない。
レオルドはその日が来るのを楽しみにするのであった。