作品タイトル不明
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館内に戻り、執務室の扉を開けると、そこにはイザベルとギルバートが整然と待機していた。
レオルドは扉を閉め、無言のまま椅子に腰を下ろした。
「……お帰りなさいませ、レオルド様」
「ああ……」
イザベルが小さく頭を下げ、シルヴィアが落ち着いた笑みを浮かべる。
「ジークフリートとは話がついたのですね?」
「ひとまずは、な」
肩肘をつき、レオルドはしばし黙考した。
ギルバートがそっと紅茶を差し出し、彼は湯気の立つカップを手に取る。
「これからだな……」
深く息を吐き、視線を二人に向ける。
「イザベル、魔王の脅威についての最新情報はどうだ?」
「はい、各地からの報告を総合した結果、魔王の兆しはなし。しかし、一部では山賊や盗賊が急激に勢力を拡大しているとの報告が上がっています」
「引き続き監視を続け、情報を集めてくれ。ジェックスに警備の強化を頼み、巡回の数を増やしてくれ」
「畏まりました」
イザベルが筆を走らせる様子を横目に、シルヴィアが静かに声を上げる。
「それから、先ほどまでの会談で取り決めた、クラリスとエリナの居住地についてですが……」
「クラリスについては援助すると言ったからな。なるべく、ジークフリートの傍に置いてやってくれ。エリナについては……まあ、シルヴィアの采配で頼む」
「ええ。それではこちらで進めておきますね。やや不満を抱えている様子でしたが、こちらでも監視を強化し、不穏な動きがあれば即座に報告させますわ」
「頼む」
レオルドは紅茶を一口含み、深く息を吐いた。
その目は静かに燃えていた。
「これからゼアトの礎を築くためにも、内部の整理、そして戦力の底上げを急がねばならん。シャルにも働いてもらいたいが……本人のやる気次第だな。一応、希望者を募っておいてくれ」
「畏まりました」
シルヴィアとイザベルの返事に、レオルドはゆっくりと椅子にもたれかかった。
「……未だ魔王の影すら捉えられず、か」
窓の外、夜の帳が降り始め、ゼアトの街に灯りがともり始めた。
その灯りは、これから訪れるであろう混乱と、そこに立ち向かう者たちの決意を静かに照らしていた――。
◇◇◇◇
翌日からジークフリートを慕って、ゼアトへの異動を希望している女性をレオルドは迎え入れることにした。
イザベルが転移魔法陣を使って迎えに行き、これまで集めた情報をもとに希望者を集め、シルヴィアと二人で面接を行う手筈を整える。
ゼアト領主館内の応接室では、シルヴィアが面談の準備を整えていた。
イザベルが控え、机の上には面談予定者の名簿と書類が並んでいる。
「……希望者は思った以上に多いのですね」
「はい。ジークフリートを慕っていた女性たちのうち、ゼアト行きを望んだ者は十数名。皆、腕に覚えがあり、技能的にも優秀な者ばかりです」
イザベルの報告に、シルヴィアは小さく頷き、柔らかな笑みを浮かべた。
「全員を迎え入れるには規模的にも不安がありますが、選抜を進めるのも致し方ありませんね」
「それに、彼女たちの中には感情だけで動こうとしている者もいますから、慎重な面談が必要です」
「……ええ、分かっています」
シルヴィアは整えた髪をそっと撫で、面談室の扉を開けた。
「お待たせしました。どうぞお入りください」
扉の向こうから、緊張した面持ちの若い女性たちが順に入ってきた。
中には見覚えのある顔もいた。王都の社交界で見かけた女性、騎士団の一員、学園時代にジークフリートと親交のあった者たち。
彼女たちは揃って深い礼を取り、シルヴィアの前に静かに並んだ。
「まずは、ゼアトへようこそいらっしゃいました。私はシルヴィア・アルガベイン、ゼアトの代表としてお話を伺います」
「「よろしくお願いします」」
揃って口をそろえる彼女たちの声には、決意とわずかな不安が入り混じっていた。
「皆さんの意思は尊重します。しかし、ゼアトは王都とは違います。これからは戦場も見据えた地となり、覚悟のない者には厳しい環境となるでしょう。それでもここで生きる覚悟はありますか?」
シルヴィアの穏やかな声が室内を満たし、女性たちは一様に顔を上げた。
「はい。私は、ジーク様のお力になりたいです」
「私も……強くなって、彼のお役に立ちたい」
「私は……自分の道をここで見つけたい。ジーク様のためでもあり、自分のためでもあります」
一人一人の声が、シルヴィアの耳に届いた。
真摯な気持ちを抱える者、己の道を模索する者、それぞれの想いがあった。
シルヴィアは全員の目を順に見つめ、静かに息をついた。
「……分かりました。皆さんにはそれぞれの希望と覚悟があること、しかと承知しました。これから、ゼアトでの暮らしや役割について、こちらから説明を行います。それを踏まえ、最終的な意思を確認しましょう」
イザベルが手早く資料を配布し、面談が始まった。
領地内での住まいや訓練の制度、生活の規律、戦時下での役割や責任――厳しさも包み隠さず語られる。
それでも、彼女たちは一人も席を立たなかった。
「……頼もしいわね」
シルヴィアは、イザベルにだけ聞こえる声で呟いた。
「レオルド様がお戻りになったら、彼女たちを正式に迎え入れる手続きを進めましょう」
「畏まりました」
希望者たちの瞳には、ゼアトでの新たな生活、そしてジークフリートへの想いを胸に抱いた、強い光が宿っていた。
「では次の方たちを呼んでくれるかしら? イザベル」
「はい。少々、お待ちを」
イザベルが応じ、軽く一礼して部屋を出た。
数分後、再び応接室の扉が静かに開き、次の希望者たちが緊張した面持ちで入ってきた。
先ほどと同じく、シルヴィアは優雅な姿勢を崩さず、穏やかに声をかけた。
「お待たせしました。どうぞ、お入りください」
次の一団もまた、ジークフリートを慕い、ゼアトで新たな一歩を踏み出そうとする女性たちだった。
中には、先の面談よりさらに若い者、あるいは騎士としてではなく支援や管理の役割を志す者も含まれていた。
そして、その中の一人にシルヴィアは見覚えのある顔を見つける。
「貴女は……フローラさんですわね。どうして、ここに?」
フローラは落ち着いた所作で一礼し、真っ直ぐにシルヴィアを見据えた。
「お久しぶりです、シルヴィア殿下。レオルド閣下から、ゼアトの未来に関わる大切な案件が進行中だと伺いました。私にも、その一助をお許しいただけるのであればと……」
「……つまり、レオルド様の命を受けて、ここに?」
シルヴィアの声には、柔らかさの奥に鋭い針のような響きが混じっていた。
「いいえ。あくまで、私の意思です」
フローラはきっぱりと答えた。
「確かに、レオルド閣下からお話は伺いました。しかし、私はあの時、閣下と共に結界を開発し、その成果を王都に残すことができた。それを誇りに思っています。そして、また閣下と共に! いえ、ルドルフ・バーナード、キャロラインが所属している研究所で働きたいと思ったのです!」
その真剣な瞳に、シルヴィアは一瞬、揺さぶられるものを感じた。
「……貴女の力は、確かに必要ですわ」
「ありがとうございます」
「ですが」
シルヴィアは冷たさを取り戻し、声を少し落とした。
「ゼアトに入る以上、その立場を覚悟していただきます。フローラさん、貴女は決して傍観者ではいられません」
「……承知しています!」
フローラの瞳に一瞬の迷いもなかった。
その様子に、シルヴィアは小さく頷き、イザベルに合図を送る。
「こちらの皆様も、ゼアト行きを希望されるのですね?」
「はい……私たちも、ジーク様を支えたいです!」
「戦いはできなくても、裏方として力になりたいと……!」
それぞれが、自分の立場でゼアトに貢献したいという想いを口にする。
シルヴィアはその姿勢を微笑ましく受け止めながらも、視線を鋭くした。
「皆様の気持ち、確かに承知しました。ですが、ゼアトは甘い世界ではありません。これからの生活は、これまでの王都の常識が通じない厳しさも伴います。それを理解した上で、尚、ここで共に生きる覚悟があるのなら――」
一瞬の間を置き、シルヴィアは柔らかな声で続けた。
「私は皆様を歓迎します」
その言葉に、女性たちは一様に安堵と決意の表情を浮かべ、深く礼をした。
「ありがとうございます!」
「よろしくお願いします!」
イザベルが手際よく資料を配り、各自の今後の説明に移る。
その後も、面談は静かに、しかし着実に進んでいった。
やがて最後の一団を見送り、イザベルが扉を閉めたとき、シルヴィアはゆっくりと深呼吸をした。
「……これで、全員ですね」
「はい、これにて希望者の面談は終了です」
イザベルの言葉に、シルヴィアは疲れを見せず、毅然とした表情で応じた。
「彼女たちの未来が、ゼアトにとっても、ジークフリートにとっても良きものとなるよう、陰ながら見守りましょう」
「ええ。そうですね。ゼアトのためにも穏便に終わらせたいですね」
二人は視線を交わし、互いに小さく頷いた。
この日、ゼアトは新たな人材と絆を正式に迎え入れることを決めた。