軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

422

応接室を後にしたレオルドたちは、そのまま領主館の執務室へと戻った。

長い会談の疲れを見せず、シルヴィアに控えていたイザベルが静かにたたずんでいた。

「これで……一番面倒な方は終わりましたね」

シルヴィアが静かに呟き、穏やかな笑みを浮かべる。

だが、その目には油断の色はなかった。

「ああ、そうだな。思った以上に素直で驚いたがな」

「素直すぎるのはよろしくありませんわ。正直、あの場で首を刎ねても良かったのでは? これから仕えることになるであろう御方に向かって、あの不遜な態度に、見過ごせない発言。許されるようなものではありませんでしたわ」

「ただの辺境伯ってのは間違いないしな。それにアイツが俺を嫌ってるのも知ってたし、今更というものもある」

「レオルド様がそう言うのなら、私はこれ以上、何も言いませんがゼアトの代表として軽んじられることは決してあってはなりません。今後は厳しく罰しますからね」

「……文官たちも割と酷い態度な気がするんだが?」

「彼らとエリナを同列に語ってはいけませんわ。文官たちはゼアトのために尽力し、レオルド様へ忠誠を誓い、日々身を粉にして働いているのです。それに彼らの態度は信頼の積み上げによるもの。エリナと比べること自体、彼らへの侮辱です」

「お、おう。そうか……」

レオルドは思わず苦笑を漏らしつつも、シルヴィアの熱意に押されて、これ以上の反論は避けた。

「と、とりあえず、これでひとまず問題は片付いたな。クラリス、エリナの両名もゼアトの一員に加わり、戦力は強化された。まあ、ジークフリートを含め、三人はまだまだ弱いがそれでも戦力は戦力だ。これから、来る魔王に備えてみっちり訓練を課そう」

「そうですわね。あとは希望者はどうされますか? ジークフリートを慕っている者たちはまだ多くいます。全員をゼアトに引き入れるつもりですか?」

「常識の範囲内でな。とはいっても、あくまでも希望者のみだ。それから、ジークフリートへの想いを断ち切り、別の道へ歩んだものたちも気になる」

「イザベルの調べでは優秀な者たちでしたからね……」

シルヴィアが頬に手を添えて軽くため息をつく。

「未練を断ち切った者たちの中には、確かにジークを慕い、しかし自身の立場や未来を見据えて新たな道を選んだ者もいる。その決断もまた、誇るべきものだ」

レオルドは力強く静かに呟いた。

「ですが……」

イザベルが控えめに口を挟む。

「その中には、他の貴族に目を付けられそうな者もおります。ゼアトに残らない以上、無関係とはいきません。場合によっては、監視や接触の準備も必要かと」

「……そうだな。全てをゼアトの手で囲い込むことはできない。だが、離れた者たちを見逃すような真似はしたくない。出来れば、どうにか関係を持ちたい」

魔王への対策は多ければ多いほどいい。

全てが期待通りになるかは分からないが、やらないよりはマシだろう。

レオルドはしばし考え込んで口を開いた。

「イザベル、彼らの行き先や行動を引き続き調べてくれ。必要であれば、俺が援助することを伝えてくれ。恩を売っておけば、いざという時に力を貸してくれるかもしれないからな」

「……承知しました」

イザベルが深く頷く。

「さて、希望者の件だが……まずは現状のゼアトのキャパシティを考えつつ、迎え入れる数を決める。あとはスキルや適性、何より信頼できる人間かどうかを重視だ」

レオルドは二人を見渡し、力強く言い切った。

「ジークフリートとクラリス、エリナ。それに新たな戦力候補……鍛錬と絆を重ね、魔王の脅威に対抗する。それがゼアトの未来を切り開く道だ」

その言葉に二人が静かに頷いた。

「では……明日から訓練を本格的に開始しますわね?」

シルヴィアが静かに問いかける。

「ああ、迅速に対応しよう。ジークにはまず基礎から徹底的に叩き込む。イザベル、手配を頼む。ジークフリートになるべく近い実力者を用意してやってくれ」

「……わかりました」

頼もしい声が続き、執務室の空気が引き締まる。

「そして――シャル!」

力強い声でレオルドはシャルロットを呼ぶ。

すると、執務室の扉に寄りかかるようにシャルロットが現れた。

「な~に? 私になにかさせたいことでもあるの?」

「察しが早くて助かる。ジークフリートたちに教育を施してやってくれ」

「別にいいけど、やる気が出ないわ~」

「ジークフリートのスキル『絆の力』を思う存分、研究していいから」

「それは言われなくてもする予定よ~! 目に見えない絆とか言うあやふやなもので力が増すなんていうスキルは聞いたことないもの~! 研究のし甲斐があるわ~」

両頬を押さえ、うっとりした表情を浮かべているシャルロットを見てレオルドは口元が引き攣っていた。

「言っておくが壊すなよ?」

「壊さないわよ~……多分」

「心配だな~! 貴重な戦力になるかもしれないんだから優しくしてやってくれ!」

「そう言うなら、きちんと環境を整えてあげなさいよ~。ずっと聞いてたけど、ジークフリートの意見も聞かないし、勝手にこっちで進めてるじゃない。彼の意思はどうなのよ? 全部、承諾してるの?」

シャルロットの鋭い指摘に、レオルドは思わず口をつぐんだ。

「そ、それは……」

声を濁す彼に、シャルロットは腕を組み、じっと視線を向ける。

シャルロットの言う通り、レオルドはジークフリートの意思を無視して話を進めていた。

彼が何を思い、何を考えているかなど考慮に値せず、レオルドはただ前しか見えていない。

「貴方の気持ちは分からなくもないけど、少しは気にかけてもいいんじゃない?」

「……そうだな。少しばかり、周りが見えていなかったようだ。一度、気持ちの整理をすると同時にジークフリートと話してこよう」

「それがいいわよ~」

シャルロットが肩をすくめつつ、柔らかな微笑を浮かべた。

レオルドは深く息を吐き、執務室を後にしようと扉に手を掛けた時、シルヴィアが呼び止めた。

「……レオルド様」

シルヴィアの柔らかな声が、執務室に心地よく響いた。

扉に手を掛けたレオルドは足を止め、振り向いた。

「どうした? シルヴィア」

「少し、お時間をよろしいですか?」

彼女は一歩近づき、静かに微笑んだ。

その微笑みの奥には、深い思慮と揺るぎない決意が感じられた。

「……ああ」

レオルドは扉から手を離し、シルヴィアに向き直った。

「シャルお姉様の言葉を聞いて私も少なからず反省すべき点がありました。ジークフリートの迎え入れ、クラリスとの和解、ヴァンシュタイン公爵家との対話、これまで順調に進めて来られたのは偏にレオルド様のお力と実績によるものだと、思考を停止していました。私も周囲への配慮が足りなかったようです」

シルヴィアの声には、自身への戒めとレオルドへの深い信頼が混じっていた。

レオルドはわずかに目を細め、その言葉を胸に刻むように聞き入った。

「いや……お前だけじゃない。俺自身、ジークフリートの意思を無視して突き進んできた。それが正しいものだと、信じてな……。自分のためだけを思って、他者の思いを踏みにじっていた。それは……許されることではないだろう」

シルヴィアは優しく微笑み、言葉を続けた。

「確かに、許されるようなことではないでしょう。ですが、それでも貴方は、ゼアトを、そして皆を守るために前を向いて進んでくれました。その姿に、私たちも力をもらってきたのです。やり方は苛烈ではありましたけど、貴方が成してきたことは立派なものです。どうか、それだけはお忘れなきようお願いします」

シルヴィアはそっと手を伸ばし、レオルドの袖口を優しく掴んだ。

「私も、シャルお姉様も、イザベルも、貴方を支えたいと思っております」

「……」

「だから、どうか一人で抱え込まず、私たちに頼ってください」

シルヴィアの声には、これまでどれほどの苦悩と葛藤を乗り越えてきたかを物語る力強さがあった。

「……そうだな。俺は、知らず知らずのうちに、一人で何とかしようとしていたのかもしれない」

レオルドは自嘲気味に笑い、そして深く息を吐いた。

「ありがとう、シルヴィア」

「はい」

彼女は小さく頷き、そっとレオルドの手を取る。

その温もりが、心の奥に染み入るようだった。

「これからも頼りにする。君たちの支えがあってこそ、ゼアトは未来を切り開いていける」

「……はい」

しばしの間、二人は静かに向き合った。

やがて、シルヴィアが手を離し、そっと一礼した。

「では、ジークフリートとお話を」

「ああ」

レオルドは決意を込めた瞳でシルヴィアに頷き、改めて執務室を後にした。