軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

421

ジークフリートとクラリスをゼアトに迎えた翌朝。

領主館の重厚な門扉が開き、見覚えのある紋章を掲げた馬車がゆっくりと進入してきた。

ヴァンシュタイン公爵家の訪問だ。

執務室で待機していたレオルドは、窓からその様子を見下ろし、静かに息を吐いた。

「ついに来たか……」

イザベルがそばに控え、低く声をかける。

「公爵家からの正式な来訪は、予定通りです。しかし、少々様子が落ち着かないようです」

「……ジークフリートの件を聞いて戸惑っているんだろうな」

レオルドは机上の書簡を手に取り、来訪の目的を改めて確認した。

ヴァンシュタイン公爵家は、エリナを伴い、ジークフリートと婚姻を結ばせるための調整を進めるつもりだった。

だが、既にジークフリートはゼアトの一員として動き始めている。

「順序が逆になってしまったな……」

苦笑混じりにレオルドが呟くと、イザベルも小さく頷いた。

「公爵家には戸惑いもあるでしょうが、向こうも目的があってのこと。下手に動かず、冷静に対応なさるのがよろしいかと」

「……ああ」

レオルドは姿勢を正し、イザベルに目配せした。

「応接室の準備を。迎えるぞ」

「承知しました」

イザベルが退出すると、すぐに応接室の支度が整えられた。

レオルドはシルヴィアと共にヴァンシュタイン公爵を待ち構える

しばらくして、ヴァンシュタイン公爵家の使者と共に、公爵エドワードとエリナが姿を現した。

エリナは緊張した面持ちで、何度も視線を宙に泳がせる。

一方、公爵エドワードはその様子を見やりつつも、気丈に振る舞っていた。

「レオルド殿、突然の訪問にも関わらずお時間をいただき、感謝申し上げる」

エドワードの声には、戸惑いの色が滲んでいた。

「……いえ、こちらこそ。遠路お越しいただき、感謝いたします」

礼を交わし、双方が席に着く。

「実は、ゼアトへ参る途中で耳にしたのですが……ジークフリート殿が、既にこちらでお世話になっていると?」

公爵の問いに、レオルドは堂々と頷いた。

「はい。彼とは先日、王都で直接話をし、力を貸してもらうことになりました」

「……そうですか」

エドワードは苦い表情を浮かべ、視線を落とした。

だが、すぐに顔を上げ、真剣な眼差しを向ける。

「それでも、私どもの意向に変わりはありません。ジークフリート殿の過去は承知の上、その誠実さを信じ、エリナと結ばせたいと考えております」

エリナも、俯きながらも小さな声で言葉を添えた。

「……ご存じだとは思いますが、私はジークフリート・ゼクシアを愛しています」

エリナの言葉は震えていたが、どこか決意を感じさせるものだった。

彼女の視線が机の上に落ちるその間、エドワードも苦々しい表情を浮かべながら、しかし毅然とした態度を崩さなかった。

「娘の気持ちは固いようです。レオルド殿、これからの世の中は混迷を極めるでしょう。王国の未来を考えれば、我が家も貴殿と手を結ぶことは悪くない選択だと考えております。ですが……」

エドワードは言葉を切り、視線を鋭く向けた。

「ジークフリート殿が既にゼアトの一員となったという事実、それを我々が後から知らされたことについては、正直なところ、釈然としません」

シルヴィアが静かに息を呑み、レオルドは少し苦笑した。

「公爵閣下。確かに順序は逆になってしまいました。しかし、ジークはあくまで自らの意志でゼアトに来ました。彼の覚悟を無下にすることはできません」

「……その覚悟に応えるため、我々も協力しようということか」

エドワード公爵の声には、穏やかさの奥に鋭い探りの色が滲んでいた。

「いいえ。はっきりと申し上げますが、私が閣下と手を結んだところで、正直、こちらにとって大きな利益はありません」

レオルドの言葉に、イザベルとシルヴィアが静かに息を呑む。

「……ほう」

エドワードは口角をわずかに上げたが、その瞳は鋭い光を宿していた。

「しかし、ジークフリートは例外です。彼の力、そして彼を信じる者たちを迎え入れることが、私の責務です」

「なるほど……」

エドワードはゆっくりと椅子に背を預け、顎に手を当てた。

「……ならば聞こう。お前にとって、ヴァンシュタイン家はどのような価値がある?」

その問いには、王国の中枢に名を連ねる家門としての誇りと、レオルドを試す意図が含まれていた。

「閣下のご家門が王国における信頼と影響力を誇ることは、言うまでもありません。ですが、今後ゼアトが独自に立ち、周辺をまとめるためには、あくまで対等の立場で手を取り合う必要があります」

「対等……か」

エドワードは薄く笑った。

その時、隣に座るエリナが不満そうに口を開く。

「そんなに偉そうなことを言って……ただの辺境領主の分際で」

その言葉には、明らかな侮蔑が混じっていた。

「エリナ!」

エドワードが低く叱責したが、エリナは不満げに視線を逸らす。

「よろしいのです、公爵閣下」

レオルドは冷静にエリナの言葉を受け止め、口元に微かな笑みを浮かべた。

「お嬢様の仰る通り、私は辺境領主に過ぎません。しかし、私がゼアトをここまで築き上げたのは、信頼と実績によるものです。閣下にとって、ジークフリート殿は家門の将来を託すに足る人物。その彼を預かる以上、ゼアトは決して閣下の期待を裏切りません」

「ほう……言うではないか」

エドワードの目に、わずかな笑みが浮かぶ。

しかし、その笑みの奥にあるのは簡単に信用する態度ではなかった。

「だが、王国においてヴァンシュタイン家は決して小さな存在ではない。こちらの顔を立てるために、どのような誠意を見せてくれるつもりだ?」

「……誠意、ですか」

レオルドは一拍置き、シルヴィアに視線を送る。

シルヴィアは小さく頷き、静かに口を開いた。

「公爵閣下。ゼアトはこれまでの王都依存から脱し、新たな時代を切り開こうとしています。ですが、それは決して既存の権威を否定するものではありません。閣下のお力と影響力は、これからの王国にも必要です。我々は、閣下に敬意を表し、将来的には閣下の息女エリナ様がジークフリート殿と結ばれることを支援しましょう」

「……ふむ」

エドワードはシルヴィアの言葉をじっと聞き、重々しい沈黙の後、言葉を紡いだ。

「つまり……我が家門を王国における要石の一つとして、ゼアトも認めると」

「その通りです」

レオルドが力強く頷いた。

「よろしい……では、ヴァンシュタイン家はこの縁組を進めると共に、ゼアトとの協力を正式に検討しましょう」

エドワードは立ち上がり、堂々と告げた。

「ただし」

その声に、場の空気が引き締まる。

「ゼアトが我が家門と対等を主張する以上、それ相応の結果を見せてもらうぞ、レオルド殿」

「心得ております」

レオルドの声には、覚悟がこもっていた。

「……エリナ。ジークフリートと結ばれたいのなら、先程の態度を改め、ゼアトのために尽力し、レオルド殿の言うことはよく聞くように。でなければ、お前が望む未来は決して手に入らないだろう」

エドワードは娘に視線を向ける。

エリナはわずかに頬を染め、不満げな表情を浮かべながらも、黙って父に従った。

「わかりました」

その一言に、微かな決意が宿った。

ヴァンシュタイン家とゼアト。

両家の駆け引きは、ここに一応の決着を見せた。

だが、場を締めくくろうとしたその時、シルヴィアが一歩前に出た。

その優雅な微笑みは、柔らかさを纏いながらも冷たさを帯びていた。

「エリナ」

シルヴィアの呼びかけに、エリナはびくりと肩を震わせた。

「……はい」と、警戒心を滲ませた声で応じる。

「先程のお振る舞い、そしてお言葉……ゼアトの者としてではなく、一人の女性として大変残念に思いました」

シルヴィアの言葉は穏やかだったが、その視線は鋭く、エリナの心を貫いた。

「ジークフリートをお慕いするお気持ちは素晴らしいものですわ。しかし、そのお気持ちを叶えるためには、自らの在り方を正し、周囲に敬意を払い、ゼアトの者として相応しい振る舞いを示すべきです」

エリナの口元がわずかに震えた。

だが、反論できず、ただ俯く。

「あなたがジークフリートと共に未来を歩みたいと願うなら、そのために必要な努力を惜しまず、誠実に振る舞うことですわ」

シルヴィアの声は、決して大きくはなかったが、その響きには揺るぎない信念が宿っていた。

「……わ、わかりました」

エリナは震える声で、ようやく答えた。

「その覚悟、見届けさせていただきますわ」

シルヴィアは静かに微笑むと、ゆっくりとレオルドの隣に戻った。

その場に流れる空気は、先ほどまでの駆け引きの余韻と共に、厳かな緊張感を纏っていた。

エリナは小さく肩を落とし、エドワード公爵もまた、娘に複雑な視線を向けた。

「……さて」

レオルドは低く呟き、場を締めるように一歩前へ進んだ。

「本日はお越しいただき、感謝します。これからは、互いの信頼と誠意をもって協力関係を築いていきましょう」

エドワードも立ち上がり、ゆっくりと頭を下げた。

「うむ……。こちらこそ、よろしく頼む。レオルド殿」

こうして、クラリスの和解、ヴァンシュタイン家との対話を経て、ゼアトは新たな局面を迎えたのだった――。