作品タイトル不明
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応接室の扉が再び控えめな音を立てて開かれた。
堂々とした体躯を持つ男が、姿を現す。
無駄のない動きで国王とレオルドたちに深く一礼した。
銀の鎧には王国の紋章が輝き、彼の誇りと責務を物語っている。
「失礼いたします。ベイナード・オーガサス、参上いたしました」
「おお、丁度よいところに来たな、ベイナード」
国王が知人に会うかのように軽く手を上げて応じる。
「陛下、レオルド閣下、ジークフリートの件につきましては、私も一言、申し上げておきたく――」
と、ベイナードが喋っている途中でレオルドはおずおずと小さく手を挙げる。
「あ、あの、ベイナード様に閣下と呼ばれるとむず痒いんですが……」
その一言に談話室にいた全員が虚を突かれたように静まり返る。
おかしな沈黙を破ったのはベイナードだった。
「お前な……。極秘裏とはいえ、陛下の御前だぞ? 辺境伯のお前を立てるのは当然だろう?」
「と言われましても……。今までは普通に呼び捨てだったので違和感が凄まじく……」
レオルドが言い淀むように呟くと、ベイナードはこめかみを押さえた。
「……まったく、お前という男は……。では、いつも通りレオルドでいいな?」
「助かります!」
子供のように素直な笑顔を見せるレオルドに、宰相が思わず咳払いをして口を挟む。
「緊迫した極秘会談のはずなのですが、なぜか空気がほのぼのしておりますな」
「それもまた、レオルドらしさということだろう」
国王が苦笑しつつ、テーブルを軽く叩いて場を整える。
「さて――場も和んだところで、話を進めよう。ベイナード、ジークフリート件については聞いているな?」
「はい。レオルドから手紙を受け取っていますので把握しております。ジークフリートをゼアトにということですが、陛下がお許しであれば私からは何も」
「ふむ……。お前自身の意見を訊いておきたい。ベイナード、お前はジークフリートについてどう思っている?」
「ジークフリートですか? そうですね。一言で言えば不器用な騎士、と。ですが、それもまた彼の魅力でしょう。不器用ではありますが、真っすぐで、真っすぐで、曲がったことが嫌いな男です。騎士としての誇りを胸に、剣を振るう。そんな男です」
ベイナードの声には、彼自身の過去を振り返るような響きがあった。
応接室に一瞬、静かな間が訪れる。
「ただし、その不器用さゆえに、情に流されやすい面もあります。王都での女難騒動も、根はそこにあるかと。彼は決して悪い人間ではありません。むしろ、誠実です。けれど、その誠実さが、時に周囲を困らせるのです」
「ふむ……」
国王は腕を組み、深く考え込むように目を細めた。
「だが、実力は確かなのだろう?」
「はい、陛下。未だ未熟な部分はありますが伸びしろはあるかと。潜在能力で言えば……レオルドと同等なのではないかと思われます」
「まあ、学園の時には決闘で負けてますからね……」
ベイナードの言葉に付け足すようレオルドが続く。
「そうか……」
国王の瞳が、ゆっくりとレオルドに向けられる。
「レオルド、お前のところへ彼が行く準備は整っているのか?」
「ええ。受け入れ体制、周囲への配慮、彼女たちへの面談――全て、同時に進めています。シルヴィアを中心に、現場は着実に動いています」
「……ならば、あとは引き金を引くだけだな」
国王の言葉に、空気が一気に重く、緊張を帯びる。
「この一手が、王国の未来を変える可能性もある。だが、私は……見てみたいのだ。お前たちの選ぶ未来をな」
その言葉に、レオルドは静かに、深く頭を垂れた。
「はっ。必ず、ご期待に応えてみせます」
レオルドの口元に僅かな笑みが浮かぶ。
ベイナードは視線を鋭くし、レオルドに真っ直ぐ言葉を放つ。
「レオルド、あいつはお前が思っている以上に義に厚い。少し不器用だが、信用に足る男だろう」
その言葉に、レオルドは短く頷く。
「それは、重々承知しています。それでも、力を貸してほしいんです。ジークには」
「ふっ、そうか。そこまで言うなら俺も文句の一つだけで済ましてやろう! よくもウチの有望株を引き抜きやがって!」
ベイナードの言葉に、レオルドはふっと肩の力を抜きながら微笑んだ。
「では、恨まれる覚悟で連れて行かせてもらいます。ジークだけでなく……彼に連なる者たちも」
「おいおい、冗談じゃねぇ。あいつを追って動く娘たちの中には、どれほどの爆弾がいると思ってるんだ?」
ベイナードが渋い顔で天を仰ぐ。
だが、そこには半ば諦めに似た苦笑もあった。
「レオルド。ゼアトに嵐が吹くぞ。恋慕、嫉妬、誤解、そして涙……。すべて巻き込んだ混沌の嵐がな!」
「承知の上です。覚悟も……とっくにできています。あとは──彼女たちが何を選ぶか、です」
「そうか……。なら、せいぜい骨の髄まで揉まれてこい。王国の未来を担うお前が、どこまで持ちこたえられるか、見ものだな」
言いながらベイナードは満足そうな笑みを浮かべた。
「陛下。私からは以上です。御身の前でのご無礼をお許しください」
「気にするな。お前の性格はよく知っているし、どれだけ我が国に貢献してきたかも知っている」
深々と頭を下げるベイナードに国王は咎める気など一切なく、今までの苦労を労うように優しい声色で語り掛けた。
「ありがたきお言葉にて……!」
「うむ。では、レオルドよ──ジークフリートの件、そして回復薬の一件。これより王国内での手続きと調整に入る。各派閥への根回しは私と宰相が担おう」
国王は椅子に深く腰掛けながらも、その眼光は鋭く、王としての威厳を放っていた。
「ただし、間違えるなよ。今後はお前が台風の目だ。ゼアトが新たな風を巻き起こす以上、敵も味方もこれまで以上に増える。くれぐれも、慢心するな」
「心得ております。……この身が灰になろうとも、俺は進みます。信じる未来のために」
レオルドの返答に、国王は小さく頷く。
「……ならば行け。お前の信じる道を。大切な者たちと共にな」
厳しくも優しい目で国王はレオルドに語り掛ける。
レオルドは隣にいるシルヴィアに目を向け、しっかりと国王の言葉を胸に刻みつけた。
国王は背もたれからゆっくりと身を起こした。
「ジークフリート・ゼクシアをゼアト領へ招聘することを、ここに認める。正式な布告は後日改めて発布するが、準備を整えよ」
「はっ」
レオルドとベイナードが同時に頭を下げた。
「……さて。これで一通りの話は済んだな」
国王が椅子から立ち上がる。宰相も、ベイナードもそれに倣った。
「各自、準備を進め、王国の未来に備えよ。――レオルド、お前には期待している」
その言葉に、レオルドは胸の奥から力を湧き上がらせるように立ち上がり、深々と頭を下げた。
「はい。必ず、お応えします」
応接室を後にしたレオルドたちは、しばし王都での手続きを進めた後、ジークフリートとの会談の場を整えた。
王城の一室――控えめながらも落ち着いた談話室に、レオルドはシルヴィアとシャルロットと共に先に到着していた。
「さて……これで後は彼を待つだけだな」
「ええ。ジークフリートがどのような心情でこの場に来るのか、少し気がかりではありますが……」
「そういえば、噂の彼と直接話すのは初めてね~」
「そうだったな。お前は顔を見たことがあるくらいだったか?」
「ええ。話したことは一度もないわね~」
「まあ、熱い男だ。ちょっと、言葉遣いが悪いかもしれないが、そこは目を瞑ってくれ。苦手らしいからな」
「分かってるわよ。それくれいで一々、目くじら立てないってば」
扉の向こうから控えめなノック音が響いた。
「失礼します」
少し硬さを含んだ声と共に、扉が開いた。
姿を現したのは、端正な顔立ちに鋭い瞳を持つ青年――ジークフリート・ゼクシアだった。
しかし、どこか陰のある目元に、複雑な心情がにじんでいた。
王都の騎士団でも一目置かれる実力者でありながら、その肩には「女難」という噂と、無数の視線が重くのしかかる。
「ゼアトのハーヴェスト辺境伯閣下……いや、レオルド様、ですね」
ジークフリートは扉の前で一礼し、どこか気まずげに視線をそらした。
「……呼びつけられた身として、参上いたしました」
「固いな、ジーク。座れよ」
レオルドが柔らかい声で促し、談話室のソファを指差す。
ジークフリートは僅かに逡巡した後、静かに腰を下ろした。
「……来てくれて感謝する」
レオルドは椅子に深く腰を下ろし、シルヴィアとシャルロットが彼の両脇に控える。
「率直に話そう。お前を、ゼアトに迎えたい。……その気はあるか?」
短く、核心を突く言葉。
ジークフリートの眉がわずかに動く。
「ゼアトに、ですか……」
低く呟くように言い、彼は手を組んだまま俯いた。
「……俺なんかでいいのか? ゼアトにはその……レオルドもいる。それにシャルロット様だっている。正直、俺なんて必要ないだろう? 帝国戦争の時も、教皇動乱の時も俺は大して役に立たなかった。聖剣に選ばれたけど、俺はお前が思うほど強くはないよ」
ジークフリートの声は、決して弱いものではなかった。
だが、その奥底に潜むのは、己に対する自嘲だった。
レオルドの目が、真っすぐにジークフリートを射抜く。
「……それでも、お前が必要だ。俺の、そしてゼアトの未来に」
「どうして、そこまで俺を?」
「俺の目を覚ましてくれたのがお前だからだ。お前なら……必ず強くなる。だって、一度は俺に勝っているんだからな」
ジークフリートの瞳がわずかに見開かれた。
「……あの時のことを、まだ……」
声は低く、震えていた。
「忘れるわけないだろう。お前がいなければ、俺はあの時、間違いなく折れていた。敗北を知り、力の意味を問い、己を鍛え直す決意をしたのは……お前がいたからだ」
レオルドの言葉は、胸の奥から絞り出すような響きを持っていた。
「俺は……俺自身のために強くなりたいと思った。だが、その先に見えたのは、お前が教えてくれた、誰かのために戦う、という覚悟だった」
ジークフリートの肩が、微かに震えた。
目を伏せ、拳を握るその姿に、レオルドはゆっくりと言葉を重ねる。
「だからこそ、お前が必要だ。お前のその真っ直ぐさと、不器用でも誠実な生き様が、ゼアトに、そしてこの国に必要なんだ」
「……でも……俺なんかが……」
「そんなことはない。必要なのはお前だ。誰も代わりになんてなれない」
レオルドの声は、柔らかくも力強かった。
談話室に沈黙が落ちる。
だが、その沈黙は決して重苦しいものではなかった。
しばしの間を置き、ジークフリートはゆっくりと顔を上げた。
「……ああ、分かったよ」
震えながらも、彼は微かに笑った。
「……俺で良ければ……ゼアトのために剣を振るう」
その言葉に、レオルドの口元がゆるむ。
「そう言ってくれると思ってた」
シルヴィアとシャルロットも、安堵の笑みを浮かべた。
「ただ……」
ジークフリートの目がわずかに鋭さを増す。
「俺はまだまだ弱いし、色々と問題も抱えてる。だから……お前に迷惑をかけることも沢山あると思う」
「すでに覚悟はできている。任せておけ。俺が全部どうにかしてやる」
レオルドは力強く言い切った。