作品タイトル不明
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◇◇◇◇
ここ数日、多忙を極めていたレオルドのもとに、一通の手紙が届いた。
封筒には見慣れた紋章――差出人は国王アルベリオン陛下であった。
執務机の前で姿勢を正し、レオルドは封を切る。
静かに中身を取り出し、ざっと目を通したところで、深いため息をついた。
「ふむ……。行ったり来たりと大忙しだな」
そう呟きながら、手紙を卓に伏せて置く。
内容は端的だった――
至急、王城に参られよ、とのことである。
自動車、回復薬、そしてジークフリートの件について話したいとのことだった。
レオルドとしては一片に片づけられるので好都合である。
レオルドは手紙の文面を一度読み返し、唇の端をわずかに吊り上げた。
「陛下も気が早い……いや、好機を逃さぬお方だ」
扉を軽く叩く音がして、執務室にシルヴィアが現れた。
すでに報せを聞きつけていたのだろう。
イザベルを連れてシルヴィアが机の前まで近づいてくる。
「王都行きの命、届きましたのね」
「……ああ。全部まとめて話をつけたい、とのことだ」
「陛下は今頃、頭を抱えている頃でしょうね。自動車の件だけでなく、回復薬にジークフリートの件まで増えてしまったのですから」
「だろうな。今頃、頭痛薬でも飲んでいるかもしれない。いや、もしかしたら泡吹いて倒れてるかもな」
クスクスと笑うレオルドと苦笑いを浮かべるシルヴィア。
一応、実の父親であるため心配はしているのだ。
しかし、レオルドの言うことも容易に想像できてしまうので笑わずにはいられなかった。
それから、シルヴィアは一瞬目を伏せ、それから真っ直ぐにレオルドを見つめた。
「随行者は、どうされますか?」
「シルヴィアにはもちろん来てもらう。……それから、イザベルにも同行を頼もう。あとはギルとバルバロト、それからシャルの四人だな。まあ、いつもの面子だ。それからクラリス嬢の件は、王都滞在中に決着をつける」
「承知しました。王都の情勢が流動的ですから、予備の書簡と法案資料も用意しておきましょう。回復薬に関する正式な提案文も必要ですわね」
「ああ、サーシャには会場の施工管理を一任、マルコには工場の監督。俺がいなくても現場は回るようにしておかねばな」
レオルドは机に並ぶ書類の一部を整え、イザベルに指示を出す。
「急ぎ、各部署に通達だ。本日、王都へ急行する。荷の準備、馬車の手配、全て最優先で動け」
「はっ!」
イザベルが駆け出していくのを見送りながら、レオルドは深く息を吐いた。
「やれやれ、ここのところ大忙しで休む暇もない」
「ふふ、大丈夫ですわ。いずれ休める日が来るでしょう。ですから、今はどうか無理をなさらず、頑張ってください」
シルヴィアのその一言が、部屋の空気を引き締めた。
「そうだな。全部、終わったら、その時は……」
レオルドは小さく呟き、シルヴィアの顔を見つめる。
その目に宿ったのは、責任でも義務でもなく、ただ一人の男としての決意だった。
「その時は……シルヴィア。ゆっくり旅にでも出よう。戦も政もない、穏やかな場所へ」
思いがけない言葉に、シルヴィアの瞳が一瞬揺れる。
だが、すぐに微笑み、優しく言葉を返した。
「ええ、約束ですわ。レオルド様」
ふたりの視線が重なった瞬間、執務室の外で軽く扉がノックされる音が響いた。
応じるよりも先に、元気な声が飛び込んでくる。
「やっほー! 聞いたわよ、王都に行くんでしょ? もちろん私も同行するから、よろしくね~!」
扉を開け放ち、シャルロットがにこやかに現れる。
その姿に、レオルドは呆れたように苦笑した。
「言われなくてもお前はついてくるだろう?」
「当然じゃな~い? 王都で何が起こるか分からないんだから、最強の私がいないと困るでしょ?」
「……まったく、頼もしい限りだよ」
レオルドは小さく肩を竦めると、最後にもう一度、机の上の手紙に目を落とした。
――回復薬、自動車、そしてジークフリート。
混迷を極める王都の情勢、その中心へと踏み込む時が来たのだ。
「よし、全員に通達。ゼアトは任せた。俺たちは王都へ向かう」
新たなる戦場への出立の鐘が、静かに、しかし確かに鳴ろうとしていた――。
かなりの大急ぎでゼアトを出立したのは、陽が東の山々から顔を出した直後だった。
王都までの距離は、転移魔法を用いれば一瞬だ。
「転移魔法って便利だけど旅の醍醐味がないわよね~」
王都の大通りを揺れる馬車の中、シャルロットが退屈そうに窓の外を眺めながら言う。
「そう言うな。ゼアトから王都までの道のりは長い。今は移動に時間をかけている余裕はないんだ」
レオルドの声は落ち着いていた。
馬車の中には、レオルド、シルヴィア、シャルロット、イザベル、ギルバート、バルバロトが同乗しており、
必要な装備と資料はすべて後方の荷馬車に積まれている。
「それもそうだけど、風情ってのが足りないわ~」
「我が儘を言うな。今は馬車と転移魔法しか移動手段がないが、自動車が出来ればまた話は変わってくる。自分で運転するのも楽しいぞ、シャル」
「早く完成品を見たいわね~」
「その前に陛下と話し合い、明確なルールや法律、規格に制度などが先決ですけどね」
シルヴィアの一言で、馬車の中の空気が少しだけ引き締まる。
現実的な課題は山積みである。
特に自動車のような技術革新は、王国全体の構造にも影響を及ぼす。
「公道を走らせるなら、免許制度も必要になるだろうな」
「それに事故の際の責任の所在、修理費、維持費、税制……考えることは多いですわ」
「保険……? なにそれ面倒くさ~い……」
「お前が最初にぶつけそうだから、特に厳しくするぞ」
「ええっ! レオルドってばひど~い!」
軽口を叩き合う一行だが、その視線の先には王都の白壁がはっきりと見えていた。
「……いよいよだな」
レオルドが呟く。
王国の未来を左右する話し合いが、もうすぐ始まる。
自動車、回復薬、ジークフリートの処遇、そしてクラリスとの和解。
数多の火種を抱えたまま、馬車は王城の大門へと近づいていく――。
外壁は王国の象徴たる白銀の石材で築かれ、王都の空気はどこか張り詰めている。
門番たちはレオルド一行の姿を見るなり、即座に道を開けた。
王国でゼアトの領主という名を知らぬ者はいない。
「ハーヴェスト辺境伯閣下、お待ちしておりました! 王城より案内役として派遣されております!」
「案内に感謝する。すぐに通してくれ」
案内役はすぐさま馬を並べ、騎士たちが馬車を王城へと先導する。
やがて、馬車が王宮前の石畳に止まり、扉が開かれる。
先頭に立ったレオルドが、ゆっくりと馬車から降り立つ。
王宮の門が、荘厳な軋みと共にゆっくりと開かれた。
磨き抜かれた石畳の回廊を進み、レオルド一行は応接室へと案内される。
使用人と護衛のギルバート、イザベル、バルバロトの三人は別室で待機となる。
シャルロットだけは誰も命令できないので案内役も彼女だけは好きなようにさせていた。
王都の衛兵たちは直立不動で敬礼し、その眼差しは明らかな警戒と尊敬を含んでいた。
かつては金色の豚と嘲られていた青年が、今や王都を震撼させる動乱の火種となった。
それだけの力と成果を、彼はこの短期間で示してきたのだ。
応接室の扉が静かに閉じられた。
部屋の内装は白と金を基調とした優雅な造りで、天井には王国の紋章が刻まれている。
レオルドとシルヴィア、シャルロットの三人がソファに腰を下ろした直後、控えていた執事が一礼して告げた。
「まもなく陛下が参られます。少々お待ちを」
静寂が訪れる。
だが、それは嵐の前の静けさ。
「さて……始まるか」
レオルドが呟いたその瞬間――
扉が開かれ、重厚な足音とともに王国の頂点が現れる。
金の装束を纏い、厳格な風貌の中に疲労と鋭さを宿した男――
国王アルベリオンである。
そして、一歩遅れて宰相とリヒトーが入って来た。
「忙しい中、よく来てくれた。レオルド、シルヴィア。それからシャルロット様」
レオルドは立ち上がり、深く一礼した。
「陛下のお呼び出しとあっては、たとえ、火の中、水の中、土の中であろうと駆けつけますよ」
「ふっ、そうか。さて、何から話したものか……」
王の言葉に、レオルドは静かに応じた。
「回復薬の件から、いかがでしょうか。制度草案と試作品は、すでに準備しております」
国王は小さく頷き、ソファへと腰を下ろした。
「よかろう。その後、自動車、そしてジークフリート……。どれも軽くは済まされぬ話だ。本当にお前は厄介であり、有用な男だ……」
緊迫した空気のなか、話し合いは始まった。