作品タイトル不明
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書類の整理を済ませたレオルドはシルヴィアを呼んだ。
「どうされました? レオルド様」
「もう知ってると思うが、ヴァンシュタイン公爵家からこんな手紙が届いた」
レオルドが差し出した封筒を、シルヴィアは静かに受け取る。
封蝋には、ヴァンシュタイン家の紋章が押されている。
中身を読んだ彼女の眉がわずかに動いた。
「……やはり、ジークフリート様の件ですね」
「そうだ。公爵自らが訪れる。恐らくだが目的はジークフリートの件についてだろう」
レオルドはそこで言葉を区切り、シルヴィアと一緒にやってきたイザベルに目を向ける。
彼女はレオルドの意図を察し、これまでの調査報告を行う。
「エリナ・ヴァンシュタインの主導のもとに行われた決起会以降、彼女は色々と動いていたようです。その中で最も厄介と言うのが彼女の父君であるエドワード・ヴァンシュタイン公爵閣下への直訴です」
「やはり、か……」
「はい。どうやら、彼女は父親を味方にしたようです」
「味方……ね」
レオルドは静かに呟き、椅子の背にもたれて天井を仰いだ。
エリナ・ヴァンシュタイン。ジークフリートに恋心を抱く令嬢であり、同時に、強大な家格を背負う公爵令嬢。
彼女が本気になったところで、たかが公爵令嬢。
大した脅威ではない。だが、公爵家当主が動くならば話は別だ。
「閣下は聡明な御方です。恐らくですが、公爵家のために打算目的で動くかと思われます。ただ……人格者でもありますので、娘を突き放すことも出来ないのでしょう」
「エドワード公爵は、基本的には現実主義者だったはずだ。だが……家の跡継ぎ問題を含め、エリナ嬢に対する期待が大きいとなれば、話は変わってくるか」
シルヴィアがそっと口を開く。
「このままでは、ジークフリートを巡る争いが貴族間の対立に発展しかねませんわ。貴族の一部が誰が彼を傘下に置くかを巡って火花を散らしていると、王都の情報筋からも……」
「……ジークフリートを巡る派閥争い、か」
レオルドは深く頷き、机上の封筒に再び目を落とした。
「放っておけば、いずれ火種になる。なら、先手を打つまでだ。ジークフリート本人がどう考えているか……それを確かめるのが先だな」
イザベルが小さくうなずく。
「実は、ヴァンシュタイン公爵閣下が来訪する件について、ジークフリートも何も知らない様子でした。恐らく、ヴァンシュタイン公爵の独断専行でしょう」
「……なんと言うか、逆に可哀そうになって来たな。やはり、先行してジークフリートをゼアトに招聘するか?」
「現在、彼を取り巻く状況が複雑なので、まずは問題を解決してからがよろしいでしょう」
「ふむ……。では、まず本人の意思を確認。それから陛下と騎士団長ベイナード様へ相談。そして、最後に――」
レオルドは立ち上がり、窓の外――ゼアトの澄んだ空を見上げた。
「俺にとって乗り越えなければならない壁、クラリス令嬢との和解だな。ジークフリートをゼアトに勧誘すれば、間違いなくついてくるだろう。権力を行使して止めてもいいのだが……」
「ジークフリートがそれを許さないでしょうね……」
「そうなんだよな~……。絶対、文句言って来るぞ」
「レオルド様。どうしても、ジークフリートの力は必要なのでしょうか? ゼアトにはレオルド様をはじめとして、シャルお姉様、イザベル、ギルバート、バルバロト、ジェックスと人材は豊富です。傭兵のゾフィーもとい元帝国守護神のゼファーまでいるのですよ? 過剰ともいえる戦力です。今更、ジークフリートが加わったとしても微々たるものではないでしょうか?」
「シルヴィアの言う通りなんだがな、あいつの潜在能力は高い。育てれば、大きな戦力になるだろう。そして、副産物であるがあいつの周囲にいる女性はジークフリートに夢中という点を除けば、国内でも優秀な者たちばかりだ」
レオルドの言葉にイザベルが付け足す。
「そうですね。ジークフリートさえ拘わらなければ彼女たちは非常に優秀でしょう。ゼアトの発展にも大いに役立つと思いますよ? とはいえ、すでに何名かは彼への想いを断ち切り、前を向いている者もいますが」
「ほう。なら、その者たちから声を掛けていくか」
「ジークフリートがまた近くに来ることになったら、複雑な気持ちではないでしょうか? 折角、ゼアトへの異動が決まったと思ったら、彼まで来ると知れば、どう思うか……」
「……ゼアトに不足している人材をピックアップするか」
レオルドは呟くように言いながら、手元の資料に視線を落とした。
自動車開発、回復薬制度、そして軍備改革――これらに対応するには、政治、経済、軍事、あらゆる分野の人材が必要だ。
「イザベル。ゼアトに今足りていないのは、どの分野の人材だ?」
「はい。主に行政の補佐官、商業流通に強い実務家、そして医療関連に強い学識者です。それから治安維持の警備、騎士など。具体的に言えばすべての分野が不足しております」
「ふむ……なるほど」
レオルドは一度目を閉じ、思いを巡らせた。
「王都でジークフリートに付き従っていた女性たちならば、それらの問題を解決できるか?」
「はい、彼女たちの実力は低いですが、素質自体は優秀です。きちんと育成すれば、ゼアトの将来に大きく貢献することでしょう」
「……問題は彼女たちが戦力となるまでの育成時間と労力か」
シルヴィアが横から口を挟む。
「とはいえ、時は待ってはくれませんわ。魔王の動きが分からない以上、出来る限りのことはやりませんと。優秀な人材を早めに囲い込むのは、王国としても有益なことです」
「分かっている。だが、無理に引き抜けば、かえって心の反発を生む。ましてや恋情が絡んでいるのなら、なおさらだ」
レオルドは頭を掻きながら、小さく息を吐いた。
「……とりあえず、クラリス嬢との和解が先決か。ジークフリートをゼアトに迎えるなら、その話を避けて通るわけにはいかん」
「レオルド様……」
シルヴィアがそっと彼を見つめた。そこには憂いと信頼が入り混じっている。
「クラリス嬢に関しては、私からも同行を申し出ます。貴方一人では、あの方の怒りを真正面から受け止めることになってしまいます」
「……頼んでもいいか?」
「当然ですわ。夫婦とは、そういうものですから」
シルヴィアの静かな微笑に、レオルドはようやく肩の力を抜いた。
「ありがとう。じゃあ、準備が整い次第、ジークフリートに私信を送ろう。俺の口から直接、来てくれと頼む。そして、それと並行してクラリス嬢との面会の場も設ける。場所は……あの時、話した聖堂跡の書庫でいいだろう」
「手配は私がいたします」
イザベルがすかさず応じる。
「さて……どうなることやら。できれば、穏便に済ませたいものだ」
レオルドの目が、静かに、だが確かに燃えていた。
「イザベル。ジークフリートに手紙を出す。便箋を用意してくれ」
「畏まりました」
レオルドはその場でペンを取り、便箋に筆を走らせる。
宛先は――ジークフリート・ゼクシア子爵。
内容は簡潔でありながら、誠意を込めたものだった。
手紙を書き終えたレオルドは、それをイザベルに手渡す。
「これを至急届けてくれ。転移魔法陣を使っていい」
「承知しました。最速で届けます」
イザベルが颯爽と部屋を出ていくのを見届けると、レオルドはふぅと小さく息を吐いた。
すると――
「では、次はクラリス嬢との面会日程を決めましょうか」
再び現れたシルヴィアが、手にしたスケジュール帳を開く。
レオルドは頷きながら、窓の外を眺めた。
「……早ければ、翌日、翌々日。ジークからの返事が届き次第、それに合わせて調整しよう」
「場所は、どうされます? 人がいない方がよろしいでしょう」
「ああ。そうだな。クラリスも警戒を解きやすいだろうから、適当に候補地を見繕ってもらえないか?」
「分かりましたわ」
外の風が窓を鳴らす。
まるで、嵐の前触れのように――。