軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

407

◇◇◇◇

夜の帳が静かに降りるころ、フリューゲル邸の大広間には無数の燭台が灯り、黄金に輝くシャンデリアが天井から幻想的な光を放っていた。

絢爛たる装飾と美酒美食が並ぶ晩餐の場――

その中心に招かれたのは、王国の注目を一身に集める若き領主、レオルド・ハーヴェストと、その婚約者である第四王女シルヴィア・アルガベイン。

貴族達の視線が二人に注がれる中、ベルナール・フリューゲル公爵がゆっくりと立ち上がり、会場に向けて高らかに告げる。

「本日は、ゼアトの友人にして我が王国の未来を担う、ハーヴェスト辺境伯殿下をお迎えしての宴席である!」

その声に応じて、場内には拍手が起こる。

だが、その中には単なる社交辞令ではなく、本物の注目と期待、そして――警戒すら含まれていた。

レオルドは堂々とした足取りで中央の席へ進み、周囲に軽く会釈を送った。

続いて現れたシルヴィアの姿に、一部の貴族令嬢たちがため息を漏らす。

――気品、優雅さ、威厳。

そして何より、レオルドと並び立つに相応しい風格。

そして遅れて一歩、紅きドレスを纏ったテスタロッサ・フリューゲルが現れると、会場の空気がわずかにざわついた。

「あれが……フリューゲル家の才女ね」

「まさか、ハーヴェスト辺境伯と――いや、まさかね」

貴族達の思惑が交差する中、テスタロッサはあくまで涼やかな笑みを湛え、

レオルドの斜め後ろ――まさに補佐官としての立ち位置にぴたりとついた。

その配置に、老練な者ほど意味を悟る。

――これは、フリューゲル家が娘を通してレオルド陣営に加わることを、あくまで柔らかく、しかし明確に表明する場でもあったのだ。

「……お前、堂々としすぎじゃないか?」

レオルドが囁けば、テスタロッサはさらりと答える。

「だって、私はもう友人なのでしょう?」

「……やれやれ、口の立つ味方ほど厄介なものはない」

隣で控えていたシルヴィアが、ほんのわずかに目を細めてふたりを見つめる。

だが、すぐにその表情は――誇りある余裕へと変わっていた。

「(いいでしょう。並び立つに相応しいなら――その存在ごと、受け入れて差し上げます。ですが、レオルド様の隣は誰であろうと譲りませんわ!)」

グラスが満たされ、音楽が流れ、宴は華やかに幕を開けた。

しかし、この晩餐の本質は単なる歓迎ではない。

これは――

王国の未来を巡る静かな外交戦の、始まりの祝砲であった。

杯と笑顔が行き交う賑やかな場――だが、その内側では目に見えぬ探り合いが繰り広げられていた。

レオルドのもとには、王都の名のある貴族子息や令嬢たちが入れ替わり立ち替わり挨拶に現れ、彼の一挙手一投足に熱い視線が注がれている。

「ゼアトの革新的な技術は、かねてより興味を抱いておりました。ぜひ我が家の技術部門とも連携の機会を……」

「辺境伯殿、陛下への進言に関する件、またご相談を――」

政務、軍備、外交、商業。あらゆる領域の思惑が、酒と料理の香りの中に紛れて流れてくる。

そんな中、シルヴィアは微笑を浮かべながらも、しっかりとレオルドの隣に立ち、必要に応じて会話に加わっていた。

その姿に、女王候補だった風格と、婚約者としての威厳—―誰もが否応なく認めざるを得なかった。

一方で、テスタロッサもまた別の動きを見せていた。

彼女はレオルドとシルヴィアからわずかに離れた位置に立ち、時折、来客と丁寧に言葉を交わしつつも、隙あらば視線を交差させていたのは――

フリューゲル公爵家と敵対視されている一団である。

「(……来たのね、やっぱり)」

静かにワイングラスを傾けながら、テスタロッサは警戒心を隠さず、近づいてきた初老の男に向き直る。

「お初にお目にかかります、フリューゲル嬢。かのフリューゲル家の才女と呼ばれている貴女にお会いできるとは光栄だ」

「お褒めにあずかり、恐縮です。ですが、 才(・) 女(・) などという大層な呼び名に、私自身が追いついているかは怪しいものですわ」

テスタロッサはにこやかに言いながらも、その目は笑っていなかった。

初老の男――テスタロッサも顔は知っている。

王都貴族院の一角を成す、子爵家の当主。

かつては公爵家の縁戚筋にありながら、今は政敵として距離を置いている男の一人だ。

「謙遜もお得意なのですね。お父上譲りか……いや、むしろ、貴女だけの武器かもしれない」

「言葉が巧みなだけの女など、政には不要でしょう? 私は私の務めを果たすだけです」

「……貴女の務めとは? 辺境伯殿の隣に立つことですかな?」

その一言に、空気がわずかに凍った。

テスタロッサはグラスの縁をそっとなぞりながら、ゆっくりと答える。

「いいえ。私はただ、私にできることをしているだけです。それが彼の隣であろうと、王都の端であろうと関係ありません。――目的がある限り、場所は問いませんから」

子爵は目を細め、わずかに頷いた。

「……なるほど、まるで公爵閣下の若かりし頃を見るようだ。娘とはいえ、やはり血は争えんな」

「私にとって父は偉大ですが、私が目指すのは私自身です。どうか、過去の亡霊と重ねて見ないでいただきたいものですわ」

「――これは一本取られたな」

子爵は口の端を上げて笑い、スッと身を引いた。

「この夜は、まだ長い。どうぞ、楽しんでください、フリューゲル嬢」

「ありがとうございます。そちらも、どうかご自愛を」

軽やかに礼を交わし、背を向けると、テスタロッサの瞳にわずかな緊張の残滓が揺れていた。

「(ああいう手合いは……まだまだ根深い。新進気鋭のハーヴェスト辺境伯と落ち目のフリューゲル公爵家がくっつくのが癪に障るのね)」

彼女の手がグラスから離れた瞬間、背後から声がかかる。

「見事でしたわ、テスタロッサ様」

振り返れば、そこに立っていたのは――シルヴィア。

「……お見苦しいところをお見せしましたわね」

「いいえ。むしろ、貴女が、私の味方ではない、と分かっているからこそ、尊敬できますわ」

その言葉に、テスタロッサの目が驚きに見開かれ――そして、ふっと柔らかく笑う。

「……これはまた、殿下らしからぬ素直な物言い。ですが、ありがとうございます」

「いえ。愛嬌だけではレオルド様の婚約者として相応しくありませんもの」

二人は互いに視線を交わし、そして何も言わず、そのままそれぞれの立ち位置へと戻っていった。

宴は続いていた。

だが、そこに交わされた視線と言葉は、確かな盟のように、夜の帳の中でひっそりと輝きを放っていた。

そしてレオルド自身はというと――

彼は一つのテーブルの前で立ち止まり、ある貴族令嬢からの質問に答えていた。

「辺境は不便でしょう? 都に拠点を構えるご予定はないのですか?」

「不便かもしれませんが、ゼアトは私の戦場であり、家です。都は魅力的ですがどうにも人が多くて、腰を落ち着けるには騒がしすぎますからね」

その断言に令嬢は表情を曇らせながらも礼を取って去っていった。

レオルドはシルヴィアとテスタロッサ、二人の視線をそれぞれ一瞬受け取ると、ふっと息をついた。

「(……確かに、静かな宴ではないな。まったく、貴族というのは本当に面倒な生き物だ)」

だが――この緊張の海を泳ぎ切るのが、自ら選んだ道であるのだ。

杯の中で揺れる赤い酒が、燃える意志を映していた。

宴も佳境を迎える頃、大広間の中央に設えられた小さな演奏台で、弦楽器の音色が優雅に響き始めた。

食事も終わり、今は語らいと舞踏の時間――

だが、その空気の中に漂うのはただの酔いではない。

王都に渦巻く政争の気配が、音楽に溶け込んでいた。

そのとき、場を仕切るフリューゲル公爵がゆっくりと立ち上がった。

その姿に、貴族たちは次々と動きを止め、自然と視線が集まっていく。

「皆の者。本日は我がフリューゲル家にとっても、大変意義深い夜となった」

ベルナールの声音は、老いたる者の威厳と誇りを湛えていた。

しかし、それ以上に誰もが感じたのは――

一抹の覚悟だった。

「若きレオルド・ハーヴェスト殿。彼の成し遂げた数々の偉業は、もはや辺境の誉れにとどまらぬ。王国の未来を託すに値する男だと、私は信じて疑わぬ!」

その言葉に、一瞬、場がざわめいた。

――王国の未来。

それは軽々しく使っていい言葉ではない。

だが、あえて今この場で発されたということが、何よりの意味を持つ。

「そして本日より、我が娘テスタロッサは、ハーヴェスト辺境伯の陣営に助力することとなる。公的な立場ではない。だが、その働きが国にとって、そして皆にとって有益であると信じている!」

ざわつきが広がる。だが、反論の声はない。

それほどまでに――この布石は、静かで、確かな重みを持っていた。

「この国は、変わらねばならぬ時に来ている。我ら老いた者は、もう、次代に道を示すだけでよい。進むのは、若き者たちだ」

そう告げて、ベルナールは高く杯を掲げた。

「では、改めて――レオルド・ハーヴェスト辺境伯殿下に、そして彼と共に歩むすべての者たちに、栄光あれ!」

その声に呼応するように、会場に一斉に響く杯の音。

光の海に包まれた中、レオルドはゆっくりと立ち上がり、深く一礼した。

「身に余るお言葉、痛み入ります。私は、ゼアトの領主としての責務を果たすのみ。だが、王国の未来が我が道と交わるのなら――迷わずその一助とならせていただきましょう……」

短く、しかし確固たる言葉だった。

それはただの貴族の演説ではない。

民と領土を背負う者の、覚悟ある声だった。

静かに、宴が続いていく。

だが、この夜を境に、王都の空気は確かに変わり始めていた。

――若き領主レオルドと、その背に立つ者たちの名が、王国の中枢に刻まれるその第一歩として。

そして、それを誰よりも静かに見つめていたテスタロッサは、グラスの縁に唇を寄せながら、微かに呟いた。

「さあ、始まったわね……。レオ君。王都は、きっと混乱するわよ。フリューゲル家とハーヴェスト辺境伯が手を結んだと知ったら」

それは祝福か、あるいは警告か。

だが、紅い酒の揺らめきは――未来の焰のように、美しく燃えていた。