作品タイトル不明
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夕食も中盤を迎え、テーブルの上の料理が次第に減っていく中、団欒の声はますます和やかさを増していた。
「そういえば、レグルス様の姿が見えませんわね」
ふと、シルヴィアが尋ねると、ベルーガがパンを噛みながら頷いた。
「うむ。レグルスはピクニックから帰宅して、すぐに領内の農村に視察へ出ている。残念ながら今日は帰ってこれないだろうな」
「……まあ、将来に必要なことですから仕方がないですね」
レオルドが静かに呟くと、オリビアがくすりと笑った。
「あなたもね。今朝からずっと忙しかったでしょう? お弁当作りに始まり、ピクニック、そして訓練まで」
「これくらい平気ですよ、ゼアトでは日常茶飯事です」
「そう。確かに鍛錬の後とは思えないくらい、顔色がいいわね」
「そうでしょう」
謙遜することなく、さも当然とばかりに胸を張り、ドヤ顔を披露するレオルド。
レイラがニコニコと頷き、シルヴィアが優しく微笑み、それをオリビアが静かに見守っていた。
どこか照れくさくなったレオルドは、ワインのグラスに手を伸ばし、黙って一口だけ含んだ。
静かで、平和な時間。
だが、それが永遠でないことを、レオルドは知っていた。
この夕食の余韻が、明日へと続いていくために――
レオルドは立ち上がり、皆の方へと視線を向けた。
「皆、今日も一日ご苦労だった。……どうか、明日も無事であってくれ」
唐突な一言に、全員が驚いたようにレオルドを見つめる。
けれど次の瞬間には、ベルーガが微笑みながら頷いた。
「そういうのは家長である私が言うべきことだと思うのだがな」
「ふふ、いいじゃないの。レオルドも貫禄が出てきて様になってきたわ」
「まあ、そうだな」
そう頷いたベルーガはワインをひと口含みながら、どこか満足げに息を吐いた。
「ええ。それが何よりですわ。レオルド様」
「うん! 私も頑張ります!」
「頼もしいな、レイラ。けれど、まずは自分のことで忙しくなるだろ?」
「うっ……! たしかに、いろいろと勉強が詰まってます」
肩を落とすレイラを見て、皆がくすりと笑った。
その和やかな雰囲気の中で、シルヴィアが穏やかに口を開く。
「でも、こうして笑い合える夜があるのは、幸せなことですわね」
「……ああ、そうだな」
レオルドも、ゆっくりと頷く。
この平穏がいつまで続くかは分からない。
だからこそ、守る価値がある――そう思えた。
食事はその後も穏やかに進み、やがて食後のデザートが運ばれてくると、会話は甘い香りと共にさらに軽やかになっていった。
そして――静かな夜が、ハーヴェスト家を優しく包み込んでいった。
夕食を終えた後、ハーヴェスト邸には静けさが戻っていた。
月の光が差し込む応接間にランプの灯が三つ灯る。
「……さて、そろそろ本題に入りましょうか」
そう切り出したのはオリビアだった。
年長者らしく、椅子に深く腰を沈めながら紅茶を口にする。
隣にはシャルロットが控えめに座り、そして向かい側にはシルヴィアが背筋を伸ばしていた。
「 義母(オリビア) 様とこうしてお話いただけるとは、少し緊張いたしますね」
「堅くならなくていいのよ、シルヴィア。貴女はもうこの家の一員なんだから」
オリビアは優しく微笑んだ。
「ちなみに今日はどんなことを話すのかしら~?」
シャルロットが小声で尋ねる。
ここからは大人の時間でもあるため、シャルロットは少しばかり高揚していた。
「そうね~。昨日はレオルドのことについて沢山話しちゃったから、今日は別の話題にしましょうか?」
「別の話題というと?」
三人の共通の話題と言えば、やはりレオルドのことばかり。
だからこそ、レオルド以外の話題となると、少し想像がつかない。
「そうね……。最近、気になっている王都の噂とかはどうかしら?」
オリビアが紅茶を一口含みながら、さらりと投げかけた。
その声音はあくまで穏やかだが、どこか含みのある響きがある。
「噂……といいますと、どのような?」
シルヴィアが慎重に訊ねると、シャルロットが身を乗り出してきた。
「へえ~! 気になるわ! どんな噂かしら?」
「ちょっと、怖い話なんだけどね。夜道を一人で歩いているともう一人の自分に遭遇するそうなの!」
「え~! 何それ!? 面白そう!」
「もう一人の自分ですか。それはどのような感じなのでしょうか?」
噂というより、ちょっとした怪談話だ。
よくある定番とも言えるような内容だ。
シルヴィアが首を傾げていると、オリビアは肩をすくめながら続けた。
「見た目も声もまったく同じなんですって。ただ――目だけが違う。鏡に映っているようにどこか冷たい、まるで感情がないような……。そんな目をしているらしいの」
「面白そうね……! 是非とも会ってみたいわ!」
目をキラキラとさせるシャルロットは本当に楽しそうにしている。
口元にはわずかに笑みが浮かんでおり、怪談話だというのに全く怖がっていない様子は流石はシャルロットというところだろう。
「その“もう一人の自分”は、声をかけてはいけないって言われてるの。もし言葉を交わしたら……! 魂を入れ替えられて、元の自分には戻れなくなるって」
「まあ……! それは確かに、ただの噂としても不気味ですわね」
シルヴィアは穏やかに笑いながらも、背筋を正すように姿勢を整える。
「でも、ふと思うのよ。もし本当に“もう一人の自分”がいたら、何を聞かれるのかしらって」
「聞かれる?」
オリビアの言葉にシャルロットが目を丸くする。
「ええ。“本当にそれでいいの?”って。――たとえば、今のままで満足してる? 本当に、その人を想い続けていいの? って」
一瞬、空気が静かになる。
誰かが紅茶のカップを置く音が、やけに大きく響いた。
「……オリビア様、それは」
「ただの仮定よ。夜に語る話なんて、多少は含みがあった方が面白いでしょう?」
そう言って微笑んだオリビアは、どこか達観したような眼差しで夜空を見つめた。
「でもまあ、“もう一人の自分”に会わなくても、自分を疑うことってあるでしょ?」
「…………」
言葉を失ったシルヴィアとシャルロット。
しかしやがて、シャルロットがぱっと表情を明るくし、両手を叩いた。
「よし! 今夜はお祓いしてから寝ましょう! それが一番安心!」
その無邪気な切り返しに、ふっと三人の肩の力が抜けた。
そして部屋には、静かな笑い声が満ちていく。
「ふふ……。やっぱり夜に話すには、ちょっと怖すぎたかしらね」
「でも、こういう話も……たまには悪くありませんわ」
「ええ! 私も魔女だからそういう話は好きよ! もし、他にも何か面白い噂があった聞かせてね、オリビア!」
「それは約束できないわね~」
ランプの灯りが揺れ、夜は少しずつ深まっていった。
一方その頃、中庭の奥にある静かな広場では、レオルドがひとり魔法の構えをとっていた。
夜風が優しく草をなで、星が零れ落ちそうなほど瞬いていた。
レオルドは両手を広げ、雷の精霊を呼ぶように魔力を練り込む。
ふわりと宙に舞った小さな光が、彼の周囲をそっと回る。
「……まあ、こんなところか」
軽く息を吐きながら魔力を収めると、光がふっと消えた。
木剣を抜くこともなく、魔法の型をいくつか軽く確認しただけ。
今日の鍛錬はあくまで魔力操作のためのもの。
レオルドは頭上の空を仰いだ。
「――平穏な夜か。悪くない」
「何を一人で物思いに耽ってるの? レオ兄様」
「レイラ!? どうしてここに? 部屋で勉強していたんじゃないのか?」
「勉強していたわ。でも、中庭の方で光っているのが見えたから、気になっちゃって」
「そうか。俺のせいだったか。悪いな、勉強の邪魔をして」
「ううん。丁度、休憩しようとしてたところだったから平気よ」
レイラはにっこりと笑って、レオルドの隣に並んで夜空を見上げた。
星々が煌めき、どこか幻想的な光が広がっている。
「レオ兄様って夜も鍛錬してるけど大変じゃない? もしかして……眠れないの?」
「眠れないわけじゃない。ただ、こうして少し身体を動かすと、余計なことを考えずに済むからな」
「ふーん。じゃあ今は、何を考えてたの?」
レオルドは少しだけ黙ってから、頭をかく。
「……どうしたら、この平穏をずっと守れるか。それだけだよ」
その言葉にレイラは目を丸くして、それから少し微笑んだ。
「なんだかお父様みたいな感じね!」
「なんだそれは」
「ふふ、秘密。でも、私も手伝えることがあったら言ってね?」
「頼もしいな、レイラは」
レオルドがそう言って笑いかけると、レイラは少し照れたように笑った。
「でも……本当に綺麗な夜ね。こんなに星が見えるなんて」
「そうだな。こういう夜は、何も起こらなければいいと心から思うよ」
二人はしばし無言で夜空を眺めた。
そして、風がそっと二人の間を吹き抜ける。
「さ、そろそろ戻るぞ。風邪を引いたら母上に怒られる」
「うん。……レオ兄様、今日もありがとう」
「ああ。おやすみ、レイラ」
「おやすみなさい」
レイラは軽く手を振って先に屋敷の中へ戻っていった。
レオルドはその背を見送りながら、もう一度だけ空を見上げる。
「――守らなければならないものが、俺には多いな」
そう呟き、彼もまた静かに歩き出す。
夜は静かに更けていった。