作品タイトル不明
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シルヴィアに相談することを決めたレオルドは早速、彼女のもとへ向かう。
レオルドはシルヴィアが滞在している部屋の扉の前で一度深呼吸し、ノックを鳴らした。
「……シルヴィア、いるか?」
「はい。どうぞ」
柔らかい声が返ってくる。
扉を開けると、シルヴィアは窓際の椅子に座り、読書をしていた。
膝の上には薄手のショール。
夕日に照らされたその姿は、まるで聖女のように静謐で美しかった。
「夕食前にすまない。少し、相談がある」
「構いませんわ。どうぞ、お座りになって」
シルヴィアが隣の椅子を指差すと、レオルドは少し躊躇いながらも腰を下ろした。
「先ほど、ギルバートから“ある報告”が届いた。……エリナが、ジークに関わる女性達を集めて、密会を開いたらしい」
「……エリナが? それはまた、大胆なことを」
「理由は不明だ。ただ、報告を読んで思った。もしかすると、彼女達はまだ――ジークを諦めていない」
シルヴィアはしばし黙考し、紅茶を一口含んだ。
「エリナは昔から、真っすぐで、不器用で、でもとても情熱的な方でしたから……」
「……そうだな。そのくせ、涙もろく、打たれ弱かった」
レオルドは少しだけ肩をすくめる。
「……シルヴィア。俺は考えている。彼女達をゼアトの戦力として取り込む案を」
「……本気で仰っていますの?」
「感情は抜きにして考えた場合、ジークを取り巻く女性達は、誰もが有能な才女ばかりだ。騎士、魔法使い、文官、聖職者。いずれも特級クラスの逸材だ」
「ですが……クラリスの件は?」
シルヴィアの目がわずかに鋭くなる。
「……ああ。そこが一番の問題だ。彼女は、俺の……」
言葉を詰まらせるレオルドに、シルヴィアは静かに首を振った。
「レオルド様。あなたが背負っている贖罪は、わたくしも分かっております。ですが、それと領主としての判断は切り離すべきですわ」
「それでも、心情は拭えん。俺が今さら彼女を戦力に組み込めば誤解を招くだろう。よからぬことを考える者も出てくるだろうな」
「誤解ではないでしょうね。ですが、必要ならば、私は味方します。……正義だけでは、領地は守れませんから」
シルヴィアの声は柔らかく、けれど芯があった。
「君は……強いな」
「違いますわ。貴方が強いから、わたくしも揺らがずにいられるのです」
レオルドは、ゆっくりと頷いた。
「……ありがとう。クラリスの件は、もう少し様子を見よう。だが、エリナを含めた動向は注視し続けてくれ。いざとなれば――ゼアトに呼び寄せる」
「了解です。わたくしの方でもイザベルに動いてもらいますわ。こういうのは得意でしょうから」
「あいつは……やけにフットワークが軽いからな。頼れる」
レオルドは立ち上がり、窓の外を見つめる。
「……ジーク。お前はどう動く?」
呟くその声は、誰にも届かない静かな問いだった。
「それじゃあ、俺は部屋に戻る。相談に乗ってくれて助かったよ」
「いえ、少しでもレオルド様のお力になれたのなら幸いです。それにこうして頼っていただけると、やはり嬉しいのですよ?」
「これからも頼りにしてる。それではまた夕飯の時にも会おう」
「これから鍛錬でもなさるのですか?」
「ああ。少し運動をして頭をスッキリさせたいんでな」
「ふふ、それでは怪我だけはしないよう気を付けてくださいね」
「わかっているさ」
レオルドは軽く手を振って部屋を出て行く。
それから、しばらくしてシルヴィアはメイドを呼ぶ鈴を鳴らす。
鈴を鳴らして数秒すると扉を叩く音が聞こえてきた。
「お呼びでしょうか? シルヴィア様」
扉を叩いたのはイザベルだった。
シルヴィアは先程の話を伝えるため、イザベルを部屋に招き入れる。
「入ってきなさい」
「失礼します。ご用件は何でしょうか?」
「先程、レオルド様から相談がありました」
「私に関することなのでしょうか?」
「いいえ、違うわ」
「そうですか。ホッとしました。ついに解雇かと思いましたので」
「いくら優秀でもその態度を改めないと、いつかは本当に解雇されるかもしれませんわよ?」
「超えてはならない一線は越えないようにしておりますから」
「全く、貴女という人は……」
呆れて怒る気にもなれないシルヴィアは目元に手をやり、小さくため息をついた。
何度同じことを言わせるのかという、深い諦めの吐息だった。
「話が逸れましたわ。貴女を呼んだのは仕事の話ですの」
「私にということは密偵か偵察でしょうか?」
「察しが良くて助かりますわ。レオルド様からお聞きしたのですがエリナが何かを企てているそうです。それを貴女に調べてもらいたいの」
「分かりました。すぐに調査いたしましょう。動ける者に声を掛けておきます」
「ええ、頼みましたわ」
「それから……ヴァネッサ伯爵令嬢もお調べしておけばよろしいでしょうか?」
「クラリスですか……。彼女の動向も気になりますがメインはエリナです。クラリスはついでくらいで大丈夫ですわ」
「畏まりました。それでは行って参ります」
「くれぐれも相手に悟られないよう慎重にね」
「それは勿論です」
イザベルは一礼して、部屋を後にした。
その足取りには、どこか愉快そうな軽やかさがあった。
シルヴィアの部屋を後にしたレオルドは、静かな廊下を歩いて中庭の訓練場へと向かった。
空はすでに夕焼けに染まり始めており、西の空には薄紅が広がっている。
訓練場に着くと、バルバロトが既に木剣と水筒を用意していた。
「感謝する。夕食まで軽く頼めるか?」
「勿論です、レオルド様」
短く答えたレオルドは、上着を脱いで木剣を手に取る。
芝の上に片足を踏み出し、息を吸い込むと――一気に動き出した。
シュッ――トン!
踏み込み、斬り上げ、半身を返して受け流しの構え。
リズムは速すぎず、遅すぎず、ただひたすらに無駄を削ぎ落とした動きだった。
斬撃、回避、刺突。
汗が額を伝い落ちる頃には、すでに四十手以上の型を繰り返していた。
だが息は乱れない。目も曇らない。
「……もっとだ、もっと!」
自嘲気味に呟いたあと、レオルドは一度、木剣を地面に置き、静かに深呼吸をする。
火照った体を風が撫で、芝の香りがわずかに鼻をくすぐった。
そのまま空を仰ぎ見る。
「(もしも、魔王と対峙することになったら俺は勝てるのか?)」
内心で不安そうに呟くレオルド。
その問いは誰も知らず、答えてくれず、沈む太陽に溶けていった。
やがて夕食の時間となり、レオルドは身支度を整えたうえで食堂へと向かう。
広々とした食堂の中央には長いテーブルがあり、すでに家族の何人かが集まっていた。
テーブルには温かな肉の香りとスープの湯気、色鮮やかなサラダにフルーツが並んでいる。
「レオ兄様、お疲れ様です。ちゃんと汗、流しました?」
先に席に着いていたレイラが、にこやかに出迎える。
「ああ。訓練場で少し身体を動かしてきた。風呂も済ませてきたぞ」
「レオ兄様は相変わらずですね」
素直に褒める妹に、レオルドは照れたように肩をすくめた。
「おかえりなさいませ、レオルド様」
シルヴィアも微笑みながら挨拶を交わす。
その傍らには、静かに食前の祈りを終えたオリビアが座っている。
「皆そろったな。では――いただくとしようか」
当主ベルーガの一声で、今日の夕食が始まった。
パンをちぎり、スープを口に運ぶ。
柔らかく煮込まれた肉の旨味が舌を包み、食卓には自然と笑みが広がっていく。
「今日のポトフ、とってもおいしいですね!」
「うんうん、スパイスの加減が絶妙だな」
食卓のあちこちから喜びの声が上がる中、レオルドは少しだけ穏やかな顔で皆の様子を眺めていた。
この空間を守るために、自分は何をすべきか――
静かに、しかし確かに、その想いを胸に刻みながら、レオルドはパンに手を伸ばした。