作品タイトル不明
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晩餐が終わった後、女性陣は自然と集まり、別室へと移動していた。
夜の薔薇庭園を眺められるガラス張りのティールームには、香り高いハーブティーとフルーツタルトが並ぶ。
「レイラ。さっきの勢いはどこへやらって感じですわね」
紅茶を一口飲みながら、シルヴィアが穏やかに笑う。
「だって、緊張してたの。久しぶりに兄様が帰ってきて、それに……お姉様たちともお話できるから」
レイラは頬を紅潮させながら、小さな声で答えた。
「ふふ、可愛いわね~。いいわよ、今日はとことん語り明かしましょう? 女子会ってやつよ」
「それ、やってみたかったんです!」
目を輝かせるレイラにオリビアもやんわりと頷いた。
「私も混ぜてくれるかしら? 昔は私も“お姉さま”だったのよ?」
「もちろんですわ、義母様!」
「レオルドの恥ずかしい話なら、私がいくらでも提供できますわよ~」
「えっ、それはちょっと……」
顔を青ざめさせるレイラだったが、シャルロットはにこにこと笑いながらティーカップを傾ける。
そして始まる、女子たちによる「レオルド暴露トークタイム」。
「小さい頃、馬車に酔って――」
「冬に雪だるまを作るって張り切って、風邪引いたのよね~」
「でも、そういうところが……ちょっと愛おしいですよね」
笑い声と紅茶の香りに包まれて、優雅でにぎやかな女子会は続いていく。
この場にレオルドがいたら間違いなく、いたたまれなくなって逃げ出していたことだろう。
笑いが一通り落ち着いた頃、自然と話題は未来へと移っていった。
「そうそう、聞いてみたかったのだけどシルヴィアさん。貴女は将来、どんな家庭を築きたいと考えているのかしら?」
オリビアがカップを置きながら、優しく問いかける。
紅茶の香りがまだほのかに漂うティールームで、しっとりとした雰囲気が広がる。
「そうですね……。穏やかで、互いを尊重し合える家庭が理想です」
シルヴィアは一度視線を落とし、そしてゆっくりと語り出した。
「私は王家に生まれ、ずっと『王女』としての振る舞いを求められてきました。誰かに守られることよりも、誰かを守ることが当然で……」
「……だからこそ、レオルドといる時は違う自分でいられるのよね」
シャルロットが続けるように問いかけた。
「はい。彼の隣にいるときだけは、私自身が“私”でいられる気がするんです」
その言葉に、オリビアは深く頷いた。
「それはとても大切なことよ。家族というのは“安心して弱さを見せられる場所”でもあるのだから」
「……はい。これから先も、彼の隣に立ち続けられるように、努力します」
「努力しすぎなくても、あなたなら自然とそうなれるわよ。レオルドは本当にいい人と巡り会えたようね」
微笑むオリビアに、シルヴィアは少しだけ涙ぐんで、慌ててハンカチを取り出した。
「やだ……! 泣くつもりなんてなかったのに……」
「ふふ、女子会だもの。涙の一滴や二滴くらい、可愛いものよ」
シャルロットがにこにことしながら、ポットに紅茶を注ぎ足す。
「じゃあ、次はレイラの番ね~。貴女は将来、どんな家庭を築きたいの?」
「え!? わ、私ですか?」
レイラは突然の問いに目を丸くし、手にしていたカップを持ち直した。
「えっと……私は……優しい家がいいな。静かで……でも楽しい場所。お母様みたいに皆を見守れる人になりたいです」
「まあ、嬉しいこと言ってくれるわね……」
オリビアがそっとレイラの手に自分の手を重ねる。レイラの頬が赤くなった。
「それに……私は兄様を尊敬してるから。兄様のように誰かの役に立てるようになりたいです」
「うふふ、レイラもいずれ素敵なレディになるわね~。きっと未来は明るいわよ」
「そう言ってもらえると……頑張れそうです!」
ティールームの明かりが柔らかく照らす中、三人の言葉は互いを温めるように重なっていった。
「貴女たちはもう私の大切な娘同然よ。これからも、何かあったらいつでもここに帰ってきていいからね? 勿論、レオルドに内緒で顔を出してもいいからね。どんな愚痴だって聞いてあげるわ」
オリビアの静かな声に、シルヴィアとレイラは揃って頷いた。
未来への不安も、抱える弱さも、こうして語り合えば少しだけ軽くなる。
夜の女子会は、三人の心をそっと結びつける、かけがえのない時間となっていった。
一方でレオルドとベルーガ、そして弟レグルスの三人は重厚な書斎に集まっていた。
仄かな明かりの中、グラスにはブランデーとジュースがそれぞれ注がれている。
「……で、あの三人が揃った女子会に俺は絶対混ざれないと判断した」
「正しい判断だな」
ベルーガが苦笑し、ブランデーを口に運ぶ。
「兄様、あの場に居たら速攻で晒されてたと思いますよ。多分ですが晩餐の時以上に酷い目に遭うでしょうね」
「恐らくそうだろうな。逃げて正解だった……」
グラスを掲げて乾杯する三人。男たちは男たちで語るべき話がある。
「父上。正直に言いますと、領地運営は簡単ではありませんでした。でも――今はシルヴィアやシャルロットの力も借りて、一歩ずつではありますが前進しております」
「お前が頼れる人間を選んだのなら私はそれを信じるだけだ。だが、信頼とは同時に責任でもあることを忘れるな」
「……はい」
「兄様、僕もその背中を見て頑張ります。だから、もう少しだけ待っててください。僕も、いつか兄様のように……!」
「……レグルス、お前はもう立派だよ。それにだ、俺を目標にするのではなく超えるようにするんだ」
「僕が兄様を超える? そんなの無理です……!」
「無理かどうかはやってみなければ分からないだろう?」
「分りきってますよ! 僕なんかじゃ……」
「やってもいない内に諦めるな。レグルス、俺は一度、どん底に落ちたがここまで這い上がってこれたんだ。勿論、俺だけの力じゃない。お前を含めた大勢の人達が助けてくれたからだ。だから、レグルス。一人で無理なら俺の力すら利用して俺を超えてみろ」
「……分かりました! 僕も我武者羅にやってみます! もしも、困った時は助けてくださいね? 兄様!」
「ああ、勿論だ。いつでも力になろう」
ふと、静かな沈黙が書斎に流れる。
男たちは多くを語らない。
だが、その沈黙には確かな絆が刻まれていた。
カランと氷の揺れる音が、重厚な書斎に響いた。
深夜、男たちだけが集う密やかな空間。
ベルーガはブランデーを、レオルドとレグルスはジュースの入ったグラスを手にしていた。
「……母上たちは、今頃ティーラウンジで俺の恥を暴いてる頃だろうな」
自嘲気味に呟くレオルドに、レグルスがくすりと笑う。
「兄様、さっきのレイラの顔、かなり怖かったですよ」
「笑い事じゃない……」
「お前たちも大変だな」
ブランデーを口に含んだベルーガが、ぽつりと呟いた。
「だが、私は――少し羨ましくもある」
「……羨ましい?」
レオルドが意外そうに聞き返す。ベルーガは少し目を細めた。
「あの頃の私は、お前のように『家族と並んで前に進む』という選択ができなかった。オリビアに助けられてばかりでな」
それは当主としての苦悩。
王命や貴族の政争の渦に翻弄され、自分の意志を貫けなかった若き日の後悔。
「レオルド。お前がゼアトをどう導こうと構わん。ただ一つだけ――『誰かのせい』にするな。選んだ道に、最後まで責任を持て」
「……はい」
その言葉に込められた父の覚悟と願いを、レオルドは真っ直ぐに受け止めた。
「父上。俺はまだ未熟です。ですが、シルヴィアと、シャルロット、皆の力を借りながら、自分の責任で領地を守り抜いてみせます」
「それでいい。お前にはそれができる。私にはなかった“柔軟さ”が、お前にはある」
ベルーガがグラスを掲げ、レオルドも同じようにグラスを合わせる。コツン、と小さな音が鳴った。
その様子を、レグルスが少し離れた椅子から眺めていた。
「……僕もいずれ兄様のようになれるでしょうか」
「お前はお前の道を行け。レオルドの真似をするな。だが、兄の背中を目標にするのは悪くない」
「はい。兄様のように、人に信頼される人間になりたいです」
「お前も既に立派に育っている。私は誇りに思っているよ。それにだ、どこぞの長男のように素直で優しい子だからな!」
「憎まれっ子世に憚るという言葉があるんだぜ、親父ぃ!」
「やるか、クソガキ!」
「さては酔っぱらってるな!? 俺の言葉を真似してるから怪しいと思ったんだ!」
「二人共、落ち着いてください! このような場所で暴れないでくださいよ!?」
二人のやり取りを傍で見守っていたレグルスは慌てて仲裁に入る。
レグルスが仲裁に入ったおかげで二人は落ち着きを取り戻した。
「その……、将来のことなんですが」
「家督の話か?」
ベルーガの口調が少し重くなる。
「はい、まあ……。まだ決めてはいません。でも、僕自身、今すぐにとは思っていません。ただ……覚悟はしておけと自分に言い聞かせてます」
「それでいい。急ぐ必要はない。だが、備えることは怠るな」
父と息子、そして弟。それぞれの役割、思い、未来を胸に刻むように、三人はしばし黙って溶けかけている氷を見つめた。
静かで、しかし確かな絆に包まれた男子会は、深夜の静寂と共に静かに幕を下ろした。