作品タイトル不明
第81話 外周半周ルートを、拠点の巡回路にした
拠点中央端末の地図には、灰色の庭の外周半周線が残っていた。
接近点一。
接近点二。
地下外側点。
中間点。
帰還点。
細い観測線が、それらをつないでいる。前に歩いた時は、足元を確認しながら戻るだけで精一杯だった。今は違う。線がある。点がある。戻れる位置もある。
レンは端末の前で、工具箱を床に置いた。
「ノア。この半周線、巡回路にできるか」
『可能です。必要項目は三つ。位置マーカー、帰還確認、ガタ用簡易表示』
「ガタ用も入るのか」
『ガタは外周半周ルートで複数回の異常反応を示しています。巡回補助端末として利用価値があります』
「本人の意思は」
『確認してください』
足元で、ガタが小さく後退した。
『嫌です』
「まだ内容を言ってない」
『外の話です。だいたい嫌です』
「だいたい当たってる」
レンはしゃがみ、ガタの丸い外装を軽く叩いた。
「今日は奥まで行かない。前に歩いた半周線を、ちゃんと巡回路にする。マーカーを置いて、端末に表示を出して、次から迷わないようにするだけだ」
『迷わないなら、少しだけ嫌です』
「少しに減ったな」
『道は嫌ですが、迷う嫌よりは小さいです』
ノアの表示が切り替わる。
[ROUTE UPDATE]
――――――――――
OUTER HALF-LINE:OBSERVED
PATROL CONVERSION:READY
REQUIRED:MARKER ×5/RETURN CHECK/GATA DISPLAY
――――――――――
レンは反射マーカーを五つ取り出した。
薄い金属片に、青白い塗料が細く入っている。ライトを当てると、角度によって線が浮かぶ。旧文明のものではなく、レンが廃材から作った簡易品だ。端の処理が少し雑で、一枚だけ曲がっている。
「これで行く」
『マーカー三の端部処理が不均一です』
「見えるならいい」
『視認性は基準内です』
「じゃあいい」
『三番、嫌な形です』
「お前まで言うな」
ガタは三番マーカーをじっと見た。
『でも、見えます』
「なら採用」
レンは反射マーカーを工具袋に入れ、外周用端末を腕に固定した。端末の画面には、昨日まで「観測線」と表示されていた場所が薄く点滅している。
エアロック前で、ノアの声が落ち着いた調子に変わった。
『外周巡回化を開始します。目的はルート確定、粉塵変化の初期記録、帰還点の視認性確認』
「了解」
『嫌ですが、道なら行けます』
ガタが先に進もうとして、すぐ止まった。
『先頭は嫌です』
「分かった。横でいい」
外へ出ると、薄い粉塵がブーツの先で鳴った。きし、と乾いた音がする。灰色の庭の方向から、低い風が流れていた。
接近点一までは、もう足が覚えている。
レンは最初のマーカーを鉄片の根元に固定した。青白い線が、端末のライトを受けて光る。
[PATROL MARKER]
――――――――――
POINT-01:SET
VISIBILITY:GOOD
RETURN VECTOR:LOCKED
――――――――――
「一つ目、入った」
『巡回路登録を開始』
「ガタ、見えるか」
『見えます。嫌ですが、戻る方向が分かります』
「それでいい」
接近点二では、地面の亀裂横にマーカーを刺した。曲がった三番ではない。ガタが勝手に袋を覗こうとしたので、レンは工具袋を少し上げた。
「三番は中間点な」
『嫌な形なのに重要です』
「重要だから見落とさないだろ」
『嫌な納得です』
地下外側点に近づくと、足元の振動がわずかに変わった。
こつ、こつ、とブーツの音が軽く返る。下に空洞がある。レンは歩幅を短くした。
『地下外側点に到達。反響は安定』
「今日は見るだけだ」
二つ目のマーカーを、保守口外側の割れた支柱に固定する。端末の線が少し濃くなった。
[PATROL MARKER]
――――――――――
POINT-02:SET
UNDERLINE ECHO:STABLE
CAUTION:LOW STEP
――――――――――
「低段差注意、入れといて」
『登録しました』
『ここ、足が嫌です』
「ガタ用にも出るか」
『表示します』
ガタの小さな前面表示に、簡単な図が出た。低い段差と、戻る矢印。文字は少ない。
『これなら分かります』
「よし」
中間点で、曲がった三番マーカーを使った。
レンが地面に固定すると、青白い線が少し斜めに光った。たしかに形は悪い。でも、遠目でも目立つ。
「三番、仕事してるな」
『嫌な形は覚えやすいです』
『視認性は五点中最高です』
「雑に作ったやつが勝った」
『嫌な勝利です』
風が強くなった。
粉が横へ流れ、灰色の庭の低い外縁をなぞっていく。前は、この風の中で方向感覚が少し狂った。今は違う。背後に二つのマーカーがあり、足元の端末にも線がある。
レンは中間点の岩陰に、三番マーカーを深く差し込んだ。
[PATROL MARKER]
――――――――――
POINT-03:SET
VISIBILITY:HIGH
GATA MEMORY TAG:STRONG
――――――――――
「ガタ記憶タグって何だ」
『ガタが強く反応する形状を、補助記憶点として扱います』
「嫌な形、正式採用か」
『三番、嫌ですが偉いです』
接近点二へ戻る側にも、四番マーカーを置いた。帰還点には五番。これで半周線の要所に、光る印が並んだ。
レンは帰還点で振り返った。
灰色の地面に、青白い点が五つ見える。
強い光ではない。けれど、外周に沿って確かに並んでいた。拠点から外へ出て、戻ってくるための点だ。
端末に新しい表示が走る。
[PATROL ROUTE]
――――――――――
OUTER HALF-LINE:REGISTERED
MARKER:5/5
RETURN CHECK:PASS
GATA DISPLAY:ACTIVE
――――――――――
『外周半周ルートを巡回路として登録しました』
「名前は」
『OUTER PATROL-01』
「一号か」
『今後の拡張を前提にしています』
「気が早い」
『拠点外作業に必要です』
ガタが表示を見上げた。
『一号なら、二号もありますか』
「たぶんな」
『嫌が増えます』
「道も増える」
『道なら、嫌は少し減ります』
レンは少し笑った。
エアロックに戻ると、足元の粉が床に落ちた。前よりも、戻ってきた感覚がはっきりしている。外で迷わず、点を確認して帰ってきた。その小さな差が、身体に残っていた。
拠点中央端末に、外周半周の線が表示される。
観測線の細い灰色が、青白い巡回線へ変わった。
[BASE MAP UPDATE]
――――――――――
OUTER PATROL-01:READY
CHECK POINT:5
DAILY PATROL:AVAILABLE
GATA ASSIST:ENABLED
――――――――――
「巡回路、できたな」
『はい。拠点の外周運用範囲が拡張されました』
『嫌ですが、道なら行けます』
「それ、今日の合格台詞にするか」
『嫌です』
「嫌なのかよ」
ガタは充電台の前で止まり、少しだけ向きを変えた。
『でも、欄があるなら行きます』
「欄?」
『ガタ用巡回補助欄を作成しました』
端末の隅に、小さな表示が増えていた。
GATA ASSIST:OUTER PATROL-01
レンはそれを見て、息を吐いた。
拠点の外側が、ただの危険な灰色ではなくなっていく。
点を置き、線を引き、戻る方向を決める。たったそれだけで、外は少しだけ作業場に近づいた。
レンは工具袋を壁に掛け、端末の巡回線をもう一度見た。
外周半周ルートは、今日から拠点の巡回路になった。
閉じこもるための地図に、外へ出るための線が一本増えた。