作品タイトル不明
第82話 外周から、粉塵の流れが読めた
外周巡回路は、拠点中央端末の地図で青白く光っていた。
OUTER PATROL-01。
昨日まで灰色だった半周線が、名前つきの巡回路になっている。接近点一、接近点二、地下外側点、中間点、帰還点。五つの点に、レンが置いた反射マーカーの番号がついていた。
レンは端末前に、薄い透明板を三枚並べた。
「ノア。粉塵の流れを見るなら、何がいる」
『最低限、採取板が三枚。接近点一、中間点、地下外側点に設置してください。付着量と流向を比較します』
「三枚で足りるか」
『初期観測には十分です。精密な予測には不足しますが、外作業時間帯の候補は出せます』
「候補でいい。まず、いつ外に出るとマシか知りたい」
ガタが端末の隅を見上げていた。
『粉は嫌です』
「知ってる」
『外の嫌が付くと、関節が少し重いです』
「今日はそれを減らすための作業だ」
『減る嫌なら行きます』
レンは透明板の端に、廃材から削った小さな脚を取りつけた。粉塵採取板。言い方は立派だが、実物は透明板を斜めに立てるだけのものだ。三枚のうち一枚だけ、脚の長さが合っていない。
『採取板二、傾斜角が不均一です』
「粉が付けば分かる」
『定量性が低下します』
「じゃあ、定量じゃなくて雰囲気を見る」
『観測名を簡易粉塵傾向確認に変更します』
「言い方が急に弱くなったな」
『二番、ぐらぐらです』
「ガタ、持つな。もっとぐらぐらになる」
ガタは二番採取板からそっと離れた。
[FIELD CHECK]
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OUTER PATROL-01:READY
DUST PLATE:3
TARGET:FLOW / DEPOSITION / CLEAR WINDOW
――――――――――
外へ出ると、空気が乾いていた。
風は弱い。灰色の庭の低い外縁から、薄い粉が地面をなでるように流れている。昨日置いた反射マーカーは、どれも残っていた。接近点一の青白い線が、ライトを受けて細く光る。
レンは接近点一に、一枚目の採取板を置いた。
板の面を灰色の庭側へ向ける。脚を押し込み、角度を固定。透明だった板に、すぐ薄い粉が当たり始めた。
[DUST PLATE]
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POINT-01:SET
WIND:LOW
DEPOSITION:OBSERVE
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「一枚目、入った」
『記録を開始しました』
「ガタ、見えるか」
『見えます。粉も見えます。嫌です』
「報告はそれでいい」
接近点二へ向かう途中、粉の流れが少し変わった。
地面の亀裂に沿って、細い帯のように粉が溜まっている。レンはしゃがみ、手袋の指先で地面を軽くなぞった。ざら、と乾いた感触が返る。
「ここ、吹き溜まりになってるな」
『地形段差による局所滞留です。巡回時の視界低下点として登録できます』
「登録」
『足元が嫌な場所です』
「ガタ用にも入れといて」
『登録しました』
中間点に着くころには、風が少し強くなった。
三番マーカーは相変わらず斜めに光っている。雑に作ったせいで、他のマーカーより目立つ。レンは見つけやすさだけは認めざるを得なかった。
中間点の岩陰に二枚目の採取板を置く。
脚の長さが合っていないやつだ。板が少し揺れた。
「まあ、立ってる」
『安定性に不安があります』
「粉は付く」
『ぐらぐら嫌です』
「じゃあ石で押さえる」
レンは近くの小石を二つ置き、採取板の脚を固定した。見た目はひどい。だが、風で倒れない程度にはなった。
[DUST PLATE]
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POINT-03:SET
WIND:MEDIUM
DEPOSITION:OBSERVE
NOTE:TEMPORARY STONE SUPPORT
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「石で押さえたことまで記録するのか」
『次回再現性に必要です』
「再現したくない雑さだけどな」
地下外側点へ向かうと、空気が変わった。
足元から、かすかな冷えが上がってくる。保守口の下にある空洞が、外の粉を吸ったり吐いたりしているように感じた。こつ、こつ、とブーツの音が少し遅れて返る。
レンは三枚目の採取板を、割れた支柱の影に置いた。
ここだけ、粉の当たり方が違う。
正面からではなく、下から巻き上がるように付く。透明板の下端に、薄い灰色が集まり始めた。
『地下外側点で上昇流を確認』
「上から来てないのか」
『地下空洞からの微弱な排気です。粉塵を持ち上げています』
「ここ、時間によってひどくなりそうだな」
『推定できます。継続観測を推奨』
「今日の目的は当たりだな」
[DUST PLATE]
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POINT-02:SET
WIND:LOW
UPDRAFT:DETECTED
DEPOSITION:LOWER EDGE
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ガタが採取板の下端を見て、小さく後退した。
『下から来る嫌です』
「分かる。これは嫌だ」
『表現は非定量ですが、傾向は一致しています』
レンは笑いそうになったが、地下外側点の冷えで息が少し詰まった。
この場所は、ただ通るだけでは分からない。立ち止まり、板を置き、粉の付き方を見ると、地面の下が少し読める。
外周巡回路は、ただ歩く線ではなくなり始めていた。
拠点に戻ってから、三枚の採取板を除塵前の作業台に並べた。
透明板の粉の付き方は、それぞれ違った。
接近点一は、面全体に薄く。
中間点は、斜め上から筋状に。
地下外側点は、下端に濃く。
レンはその三枚を見て、腕を組んだ。
「思ったより違うな」
『比較画像を作成します』
中央端末に三枚の拡大図が並ぶ。粉の向き、濃さ、付着位置が線で示されていく。ノアの処理は速い。
[DUST FLOW ANALYSIS]
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POINT-01:SURFACE DRIFT
POINT-03:CROSS WIND
POINT-02:UPDRAFT MIX
CLEAR WINDOW:ESTIMATING
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「クリアウィンドウ、出せるか」
『仮推定です。風速が低く、地下外側点の上昇流が弱まる時間帯が最適です』
「いつ」
『拠点標準時で午前第二帯、および夕刻前の短時間』
「昼は」
『中間点の横風が強くなります』
「じゃあ昼に外作業するのは避ける」
『推奨します』
ガタが端末の下で、採取板二を見ていた。
『ぐらぐら板も役に立ちました』
「そうだな。悔しいが、立ってた」
『石で押さえたからです』
「石に感謝だな」
『採取板二の補助石配置を標準化しますか』
「いや、ちゃんと脚を直す」
『妥当です』
『石が外されます』
「石は別のところで使う」
レンは壁の空いた部分に、薄い金属板を取りつけた。
外作業時間表。
たいしたものではない。古いパネルに、ノアが簡易表示を投影するだけだ。だが、そこには確かに、外に出やすい時間帯と避ける時間帯が分かれていた。
[OUTER WORK WINDOW]
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MORNING-2:GOOD
MIDDAY:AVOID
EVENING-BEFORE:LIMITED
NIGHT:NO PATROL
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「夜はなし」
『現状では視界、粉塵、帰還リスクが高すぎます』
「分かった。朝二と夕方前だけ」
『嫌が少ない時間ですか』
「比較的な」
『比較的嫌なら行けます』
「それ、だいぶ便利な言い方だな」
レンは外作業時間表の横に、三枚の採取板を立てかけた。
粉の付き方が、そのまま見える。端末表示だけより分かりやすい。接近点一、中間点、地下外側点。それぞれに番号をつける。
見て分かる。
触らなくても、粉の流れが分かる。
拠点の壁に、外の風が貼りついたようだった。
ノアの表示が更新される。
[BASE OPERATIONS]
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DUST PLATE:ACTIVE
OUTER WORK WINDOW:TEMPORARY
PATROL ROUTE:OUTER PATROL-01
STATUS:USABLE
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『外作業時間表を仮運用に登録しました』
「仮でいい。明日も見て修正する」
『継続観測で精度が上がります』
「つまり、毎日これを見る」
『はい』
『嫌ですが、表があるなら分かります』
「ガタ、表は読めるのか」
『良い、だめ、少し嫌、くらいなら』
『ガタ表示へ簡略版を送ります』
ガタの前面に、小さな三段表示が出た。
○ 朝二
△ 夕方前
× 昼
『分かります』
「これでいいのか」
『ガタには十分です』
「俺にもこれでいい気がしてきた」
レンは笑って、粉のついた手袋を外した。
外はまだ危険だ。灰色の庭も、地下外側点も、分からないことだらけだ。
だが、今日ひとつ分かった。
粉は、ただ舞っているわけではない。流れがあり、溜まる場所があり、薄くなる時間がある。
それを読めれば、外に出るタイミングを選べる。
レンは壁の外作業時間表を見た。
朝二、良。
昼、避ける。
夕方前、短時間。
拠点に、外へ出るための時間ができた。
地図に巡回路が増えた次は、壁に時間表が増えた。
閉じこもる拠点から、外へ作業を出す基地へ。
その変化は、まだ小さい。
けれど、粉の筋はもう読めるようになっていた。