作品タイトル不明
第78話 ガタが、外周から一人で戻れた
ガタ用表示は、通常の拠点地図よりずっと単純だった。
黒い円は小さく、薄い。中心部の情報はほとんど出ない。画面の主役は、外周接近点一、外周接近点二、地下保守口外側点、そして拠点へ戻る白い線だった。
レンはその表示を、ガタの小さな表示板に送った。
『受信しました』
「見えるか」
『見えます。黒い円が小さいです』
「その方がいいだろ」
『はい。青い点が大きいです。好きです』
ガタは表示板をじっと見ていた。
外縁制御網の更新で、戻れる点はガタの補助表示にも配信できるようになった。次に必要なのは、実際にその表示で戻れるかどうかだった。
レンは作業台に短距離ビーコンの予備を置き、確認端末を起動する。
「今日は、接近点一から拠点入口まで戻るテストをする」
『レンも一緒ですか』
「俺は接近点一に残る。ガタだけ、拠点入口まで戻る」
『嫌です』
「だろうな」
『とても嫌です』
「距離は短い。接近点一から拠点外壁まで三百四十六メートル。途中のビーコンは見える。外縁制御網の表示もある」
『数字が長いです』
「そこか」
ノアが補助表示を出した。
『ガタ単独帰還テスト。範囲は接近点一から拠点入口まで。灰色の庭境界へ向かう移動は含みません。接近点一ビーコン、拠点ビーコン、白線表示を使用します』
『境界へ向かわないなら、少しだけましです』
「接近点一まで一緒に行く。そこから戻るだけだ」
『戻るだけ』
「そう。戻るだけ」
ガタは表示板を抱えるように持った。
『戻るだけなら、できます』
外へ出ると、空は薄く明るかった。粉塵は低い。前回のような視界悪化はない。
接近点一の青い光はすぐに見えた。
レンとガタは、いつもの間隔で歩いた。青い点へ近づくほど、ガタの動きは小さくなる。灰色の庭が近いからだ。だが、接近点一に着くと、ガタはビーコンの横で止まった。
『ここは戻る場所です』
「ああ。今日はここから戻る」
レンは拠点の方向を指した。
白い外壁照明が見える。距離はあるが、遮るものは少ない。地面には自分たちの足跡も残っている。
「ルート確認」
『青い点。白い線。白い拠点光』
「順番は」
『青い点から離れて、白い線に沿って、白い拠点光へ戻ります』
「よし」
ノアがガタ用表示を更新した。
『ガタ補助表示、帰還モードへ移行』
『黒い円がさらに小さくなりました』
『帰還に不要な情報を非表示にしています』
『好きです』
ガタは一歩動いた。
止まる。
また一歩。
金属の脚が、粉の上に小さな跡を残す。
「そのまま」
『レンは来ませんか』
「ここで見てる」
『見ていてください』
「見てる」
ガタはゆっくり進んだ。
青い接近点一から、少しずつ離れる。十メートル。二十メートル。白い線の上をたどるように動く。時々、表示板を見て、拠点の白い光を見る。
五十メートルほど進んだところで、ガタが止まった。
『レン』
「どうした」
『青が遠いです』
「白は見えるか」
『見えます』
「白へ戻れ」
『はい』
ガタはまた動いた。
今度は少し速い。足元の浅い窪みを避け、前回ブラシで払った反射テープの光を拾う。端末の白線と、目で見える白い光。その二つを交互に見ている。
レンは接近点一に立ったまま、拳を握っていた。
助けに走れる距離だ。転べばすぐに行ける。だが、行かない。
ガタが自分で戻るためのテストだ。
『ガタ、現在位置は帰還線上です。拠点入口まで百三十メートル』
『百三十は嫌です』
『次の表示更新で二桁になります』
『二桁は少しましです』
レンは少し笑った。
ガタはさらに進む。
やがて、拠点外壁の白い光がはっきりした。ガタの影が、外壁照明の下に小さく伸びる。
『拠点入口まで五十メートル』
「そのまま」
『はい』
最後の十メートルで、ガタは一度だけ振り返った。
レンは接近点一の横で手を上げた。
ガタも小さくアームを上げる。
そして、拠点入口の前まで戻った。
『到着しました』
ノアの声が、拠点側のスピーカーとレンの耳元で重なった。
『ガタ単独帰還、成功』
「よし」
レンは大きく息を吐いた。
接近点一の青い光が横で点いている。拠点入口にはガタがいる。二つの場所が、白い線で結ばれている。
レンは接近点一から戻った。
今度は自分の足で、同じ線をたどる。ガタが先に戻った道だと思うと、いつもの帰還線が少し違って見えた。
拠点入口で、ガタは表示板を抱えたまま待っていた。
『戻れました』
「ああ。戻れた」
『一人でした』
「一人だったな」
『かなり嫌でした』
「それも記録しとくか」
『してください』
ノアがログを出した。
[SYSTEM LOG]
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GATA SOLO RETURN TEST:SUCCESS
ROUTE:POINT 01 → BASE GATE
ASSIST VIEW:EFFECTIVE
VISUAL BEACON:CONFIRMED
――――――――――
『ガタ補助表示の有効性を確認しました』
「次から同行範囲が広がるな」
『接近点一周辺での短距離分離が可能になります』
『広がりすぎないでください』
「まずは接近点一だけだ」
『それなら、少しできます』
ガタは表示板を見下ろした。
青い点。白い線。拠点光。
『この表示、消さないでください』
「残す」
『外で見ます』
「次も使う」
『好きです』
レンはうなずいた。
灰色の庭の外側に、ガタが一人で戻れる短い道ができた。
黒い円の近くで、レンだけが動ける範囲が少し減った。
ガタも、自分の足で戻れる場所を一つ持った。