作品タイトル不明
第73話 地下保守口の外側まで行けた
黒い円の外側に、青い点が二つ並んでいた。
外周接近点一。
外周接近点二。
二つの点の間には、細い帰還線がある。短い。だが消えない。灰色の庭の中はまだ黒いままだが、その外側だけなら、レンたちは少し歩けるようになった。
レンは拠点端末の地図を見ながら、次の候補を呼び出した。
地下保守口候補。
黒い円の南側に、別の小さな印が浮かぶ。地上から見た入口ではない。旧地下幹線から灰色の庭の外周へ近づくための、半分埋もれた保守口だった。
『地下保守口候補の外側確認が可能です』
「中には入らない」
『はい。今回の主目的は入口外側の物理確認、帰還マーカー設置、低速バックボーン反応の確認です』
『地下は嫌です』
「まだ地下に入るわけじゃない」
『入口が地下の顔をしています』
「顔で判断するな」
『嫌な顔です』
ガタは工具棚の下にいた。昨日よりも、戻り印の杭には慣れたらしい。だが、地下保守口候補の表示が出ると、明らかに少し後ろへ下がった。
レンは工具バッグに固定具を入れた。
金属杭二本。青の短距離ビーコン一つ。赤い反射テープ。粉塵用の小型ライト。予備バッテリー。小型ハンマー。
開放工具は、今日も入れない。
「ノア、経路」
『接近点二から南側へ回り込みます。地表の粉塵溜まりを避け、旧排水溝跡に沿って進行。地下保守口外側まで、接近点二から百三十二メートル』
「帰還線は」
『接近点二へ戻す経路を推奨します。拠点直帰は地形遮蔽が多く、不安定です』
『二つ目に戻れるなら、少しましです』
「じゃあ、二つ目経由だ」
外へ出ると、風は止んでいた。
粉が動かない分、地面の凹凸が見える。だが音が少ない。靴底が粉を踏む音と、ガタの小さな駆動音だけが続く。
接近点一。
接近点二。
青いビーコンを順に確認し、レンは南側へ回り込んだ。
地面の色が変わる。灰色に、少し黒が混じる。古い排水溝の跡が、浅い溝として残っていた。溝の縁には、割れた配管の破片が出ている。
『足元注意。右側、配管片』
「見えてる」
『見えていても踏む人がいます』
「俺か」
『過去記録では、レンです』
『踏まないでください。嫌です』
レンは配管片を避けた。
やがて、地面が少し下がった。前方に、灰色のパネルが見える。
半分、粉と土に埋もれている。四角い縁。斜めに沈んだ取っ手。表面には、旧文字のような削れた印があった。
地下保守口候補。
レンは足を止めた。
空気が冷たい。
地面の下から、細い冷気が漏れている。焦げ臭さはない。だが、湿った金属の匂いがした。
『地下保守口候補、視認しました』
『嫌な顔です』
「顔じゃない」
『地下の顔です』
レンはライトを点けた。白い光がパネルの縁をなぞる。開ける気はない。だが、縁の形と周囲の沈み込みだけは確認する。
「ノア、境界との距離」
『灰色の庭外周推定線まで二十一メートル。保守口そのものは外側です』
「外側ならいい」
『外側確認範囲内です』
レンはパネルの左横へ金属杭を置いた。
地面は硬い。地下構造物の天板が近いのか、杭の先がすぐに金属質な層へ当たった。
こつ。
小型ハンマーを振る。
かん。
かん。
反響が地下へ落ちた。
レンは一瞬、手を止めた。
音が戻ってくるまで、少し間があった。下に空洞がある。
『反響音を検出。下部空間あり』
「深さは」
『推定二・四メートルから三・一メートル。入口部は埋没しています』
『開けないでください』
「開けない。固定するだけだ」
三度目を打つ。
がちん。
杭が固定された。
レンは青いビーコンを取り付け、反射テープを巻いた。光が一度だけ点く。次に、接近点二のビーコンが応じた。
青。
青。
地上側の二点より、光が少し鈍い。地形が遮っている。それでも見える。
『地下保守口外側点、物理マーカー固定を確認』
『接近点二への帰還線、弱いですが成立』
『弱いのは嫌です』
「見えるか、ガタ」
『見えます。二つ目の青が小さいです』
「そこへ戻る」
『戻れます。たぶん』
「たぶんか」
『地下の顔があるので』
ノアがログを出した。
[SYSTEM LOG]
――――――――――
UNDERGROUND SERVICE ACCESS OUTER POINT:MARKED
RETURN LINE:UNDERGROUND OUTER → POINT 02
LOW BACKBONE ECHO:DETECTED
ACCESS OPEN:NONE
――――――――――
「低速バックボーン反響あり」
『はい。接続ではありません。外側からの反響です』
「でも、地下幹線に近い」
『可能性があります』
『近いのは嫌です。でも、戻れるなら少しだけ見られます』
レンはパネルへ近づいた。
触らない。ライトで表面だけを見る。削れた旧文字の下に、細い溝がある。端末を当てれば何か返るかもしれない。
レンは端末を出さなかった。
今日は外側点だ。
中を読む日ではない。
「帰るぞ」
『推奨します』
『好きです』
帰り道、地下保守口外側の青い光は、接近点二からぎりぎり見えた。
逆に、地下外側点から接近点二も見える。小さいが、確かに青い。粉の中に沈むような光ではあるが、消えてはいない。
接近点二へ戻った時、ガタがはっきり言った。
『地上と地下、戻る場所が二つあります』
「三つ目もできた」
『三つ目は嫌な場所ですが、戻れます』
「それで十分だ」
拠点へ戻ると、ノアが地図を更新した。
黒い円の外側に、青い点が三つになった。
接近点一。
接近点二。
地下保守口外側点。
地上の二点とは少し角度が違う。灰色の庭へ近づく道が、横だけでなく、下にも伸びたように見えた。
『地下保守口外側点、拠点地図へ保存完了』
「接続は」
『未接続です。ただし、低速バックボーン反響を記録しました』
「反響だけでも残るか」
『残ります』
『反響は嫌ですが、地図に残るのは好きです』
レンは椅子に座り、黒い円の外側に並んだ三点を見た。
灰色の庭には入っていない。地下保守口も開けていない。
それでも、地上からだけではなかった。
地下側にも、外から近づける場所がある。
次に灰色の庭を読む時、レンたちは一つの方向だけを見なくていい。
黒い円の外側に、三つ目の戻れる点が残った。