作品タイトル不明
第72話 外周接近点二まで、帰還線が伸びた
拠点地図の黒い円の外側に、青い点が一つ残っていた。
外周接近点一。
小さな点だ。灰色の庭そのものは黒いまま。内部は読めない。扉も開いていない。
けれど、昨日までは何もなかった場所に、レンたちが置いた印が残っている。
レンは端末の前で、その青い点を見ていた。
『外周接近点一、安定しています。物理マーカー、短距離ビーコン、ともに低出力で維持』
「バッテリーは」
『残量九十一パーセント。次回交換までは余裕があります』
『戻り印が消えないのは好きです』
「ガタ、そこは気に入ったんだな」
『灰色の庭は嫌です。戻り印は好きです。両方あります』
「難しい場所だ」
ガタは端末台の横で、昨日より近い位置にいた。黒い円の表示には近づかない。だが、接近点一の青い点は見ている。
ノアが地図に次の候補を出した。
『外周接近点二の候補を表示します』
「接近点一からの距離は」
『七十八メートル。地形は緩い窪地。粉塵反射がやや強いですが、視界は確保可能』
「帰還線は?」
『接近点一へ戻す形で設定できます。拠点直帰ではなく、接近点一経由を推奨』
『一度好きな場所に戻るのは好きです』
「接近点一が好きな場所になったのか」
『灰色の庭の中では、比較的です』
レンは工具バッグの中身を確認した。
金属杭二本。短距離ビーコン一つ。反射テープ。予備バッテリー。固定用の小型ハンマー。
開放工具は入れない。
昨日より迷わなかった。
「行くぞ」
『外周接近点二までの作業を開始します』
『行きたくはありません』
「戻り印は置く」
『行けます』
外へ出ると、昨日より風があった。
細かな粉が低く流れ、地面の色を少しずつ変えている。空は薄い灰色。遠くの黒い円は、相変わらず地面に張りついた影みたいだった。
接近点一のビーコンは見えた。
青い小さな光。
レンはそこまで歩き、杭を確認した。赤い反射テープは剥がれていない。ガタもビーコンを見て、少しだけ近づいた。
『接近点一、現地確認完了』
「ここから二へ向かう」
『進行方向、北北西。足元に浅い窪地があります』
『窪地は嫌です』
「深くない」
『浅い嫌です』
レンは笑いかけたが、足元を見てやめた。
粉が溜まっている場所は、深さが分かりにくい。踏み込むと、靴底が少し沈んだ。ざり、と鈍い音がした。
接近点二は、黒い円の縁に沿うような位置にあった。
接近点一よりも、灰色の庭の境界が見えにくい。黒い円と灰色の地面の境が、粉の流れでぼやけている。
「ノア、距離」
『境界推定線まで十四メートル。安全域内です』
「ガタは」
『ガタ位置から接近点一を視認可能。拠点ビーコンは粉塵で一部遮蔽』
『接近点一は見えます』
「なら、ここに置く」
レンは金属杭を取り出した。
地面に当てる。昨日より柔らかい。粉の下に硬い層があるが、少し深い。
小型ハンマーで二度叩く。
かん。
かん。
硬い音が、灰色の庭の外側に小さく響いた。
レンは三度目を少し強く打った。
がちん。
杭が固定された。
『物理マーカー固定を確認。位置誤差二・八メートル。許容範囲内』
「ビーコン起動」
『低出力で同期します』
青いランプが点いた。
次に、接近点一のビーコンが一度だけ応じた。
青。
青。
短い光が二つ、粉の中で並んだ。
『接近点一と接近点二の相互確認を完了』
『二つ見えます』
「帰れるか」
『接近点二から接近点一への帰還線、視認可能です』
『好きです。少しだけ』
ノアが端末にログを出した。
[SYSTEM LOG]
――――――――――
OUTER GARDEN APPROACH POINT 02:MARKED
RETURN LINE:POINT 02 → POINT 01
VISUAL BEACON:CONFIRMED
BOUNDARY CONTACT:NONE
――――――――――
「接触なし。よし」
レンは黒い円の方を見た。
境界は、まだぼやけている。近づけば読めるかもしれない。だが、今日は接近点二まででいい。
黒い円を見るより、青い点を二つ見る。
そちらの方が、今日の成果だった。
「ガタ、接近点一まで戻ってみる」
『レンも一緒ですか』
「一緒だ」
『なら戻れます』
帰りは、接近点二から接近点一へ向かった。
青い光が先にある。粉が流れても、反射テープが光を拾う。足元の窪地を避ける位置も分かった。
行きより、帰りの方が道らしく感じる。
接近点一まで戻った時、ガタが小さく言った。
『ここは、戻る場所です』
「ああ」
『二つ目から、一つ目に戻れました』
「それが今日の目的だ」
拠点に戻ると、ノアが地図を更新した。
黒い円の外側に、青い点が二つ並ぶ。点と点の間には、細い帰還線が引かれていた。
『外周接近点二、拠点地図へ保存完了。接近点一との帰還線を記録しました』
「短いな」
『短いですが、消えません』
『短いのは好きです。長い嫌よりいいです』
「それは分かる」
レンは地図を見た。
灰色の庭は、まだ黒い。
でも、その外側に、短い往復区間ができた。
点が一つ増えたのではない。
一つ目へ戻れる二つ目ができた。
レンは椅子に座り、息を吐いた。
「次は、地下側だな」
『地下保守口候補の外側確認が可能になります』
『地下は嫌です』
「戻り印を置く」
『……なら、少しだけ行けます』
黒い円の外側で、青い点が二つ、静かに残っている。
灰色の庭に入る前に、レンたちは外側を少しだけ歩けるようになった。