軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第70話 外縁制御網、部分更新

拠点端末の地図は、前より少しだけ広くなっていた。

最初は、通信塔と保守棟と拠点の周りだけだった。白い粉に埋もれた外の地形は、ほとんど黒く塗りつぶされていた。行ける場所と行けない場所の境目も曖昧で、レンはそのたびに現地で足元を確かめるしかなかった。

今は違う。

通信塔。

保守棟。

北東中継塔。

南側旧管制施設。

西部地下ケーブル幹線入口。

灰色の庭外周入口候補。

灰色の庭地下保守口候補。

細い線ばかりだ。明るい線ではない。途中で何度か揺れ、遅延の警告も残っている。それでも、黒い地図の上に、確かに線が増えていた。

レンは拠点端末の前に立ったまま、しばらく黙っていた。

『外縁周辺データ、統合処理を開始します』

『統合という言葉は、少し好きです』

「珍しいな」

『ばらばらよりは好きです』

ガタは端末台の下ではなく、画面が見える位置にいた。相変わらず少し後ろだが、逃げてはいない。黒い円――灰色の庭の表示からは距離を取っているが、線の増えた部分はじっと見ている。

ノアが地図を三層に分けた。

地上ルート。

地下ルート。

目的候補。

地上ルートは、拠点から南側旧管制施設へ伸びる線。粉塵の深い場所、陥没、ガタが嫌がった薄い床の位置まで重ねられている。途中の警告は多いが、もう完全な手探りではない。

地下ルートは、南側旧管制施設の下から西部地下ケーブル幹線へ降り、ビーコン三つを経由して灰色の庭地下保守口候補の手前まで続いていた。細いが、帰還線として保存されている。

目的候補は二つ。

地上側の黒い裂け目。

地下側の保守口。

灰色の庭そのものは、まだ黒い円のままだった。

「こうして見ると、だいぶ増えたな」

『はい。外縁制御網の低出力情報を統合した結果、接近候補が二経路に増えました』

『嫌も二経路です』

「そこは変わらないのか」

『変わりません。ただ、帰り道も二経路です』

「なら前よりましだ」

『かなりましです』

レンはその言葉を聞いて、少しだけ笑った。

ガタが「かなりまし」と言うなら、実際かなりましなのだろう。少なくとも、足元の危険についてだけは信頼できる。

ノアがログを整理する。

『南側旧管制施設、低出力稼働。地下幹線、部分接続。地上帰還経路、保存。地下帰還経路、保存。灰色の庭入口候補、二件。外周接近、条件付きで可能』

「内部制御は?」

『未接続です』

『未接続は好きです』

「今日はな」

レンは椅子に腰を下ろした。背中が重い。地下で何度もしゃがみ、ビーコンを固定し、古い配線を削ったせいで、肩にも膝にも疲れが残っている。手袋を外すと、指の付け根に赤い跡がついていた。

けれど、気分は悪くない。

灰色の庭へは入っていない。外縁塔列へもまだ届いていない。MIOという観測語も、安定したわけではない。

それでも、何も進んでいないとは思わなかった。

拠点端末の地図に、消えない線がある。

「ノア、外縁制御網って言っていい段階か」

『限定的には可能です。通信塔、北東中継塔、南側旧管制施設、西部地下ケーブル幹線が低出力で連携し、灰色の庭外周候補二件を認識しています。完全な制御網ではありませんが、外縁制御網の部分更新と表現できます』

『部分更新。好きです』

「なんでそこは好きなんだ」

『全部動くより、少しだけ動く方が安全だからです』

「分かる」

レンは画面を見た。

少しだけ動く。

その少しを積み重ねてきた。空気も、水も、通信も、道も、いきなり全部は戻らなかった。けれど、一つずつ起こした。線を通し、戻れる道を作り、次に進む足場を増やした。

今回も同じだ。

南側旧管制施設を見つけた。

半分埋まった入口を開けた。

管制室を起こした。

灰色の庭の外周を三秒だけ見た。

地上の帰還線を登録した。

地下幹線の入口を見つけた。

低速バックボーンをつないだ。

地下保守口候補を見つけた。

地下の帰還線を固定した。

全部、細い。

でも、全部つながっている。

ノアが端末に最終確認を出した。

[OUTER ACCESS SUMMARY]

――――――――――

南側旧管制施設:低出力稼働

西部地下ケーブル幹線:部分接続

地上帰還経路:保存

地下帰還経路:保存

灰色の庭入口候補:二件

外周接近:条件付き可能

外縁制御網:部分更新

内部制御:未接続

――――――――――

ログが表示された瞬間、拠点端末の地図が一度だけ大きく揺れた。

レンは身を起こした。

「何だ」

『外縁制御網の部分更新に伴う地図再描画です。危険反応ではありません』

ノアの声が終わる前に、画面の黒い部分が少しだけ剥がれた。

通信塔から北東中継塔へ。

北東中継塔から南側旧管制施設へ。

南側旧管制施設から地下幹線へ。

地下幹線から灰色の庭の下側へ。

細い線が、一本ずつ白くなった。

次に、地上側の帰還線が少し太くなる。

地下側の帰還線も、それに続く。

灰色の庭はまだ黒い円のままだ。だが、その外側に二つの入口候補が白く残った。片方は外周の裂け目。もう片方は地下保守口。その二つが、点ではなく、拠点からたどれる目標として表示された。

床下で、低い音が鳴った。

ごく短い振動が、拠点の床を伝ってくる。遠くの配線が息をしたような音だった。照明が一度だけ揺れ、端末の白線が明るくなる。

ガタが一歩下がった。

『今のは嫌ですが、地図は好きです』

「同感だ」

レンは画面から目を離せなかった。

これは派手な復旧ではない。空が晴れたわけでもない。灰色の庭が開いたわけでもない。

でも、地図が変わった。

黒かった場所の外側に、行き先が二つ出た。戻る線も二本ある。南側旧管制施設は、もうただの埋まった建物ではなく、拠点から外縁へ出るための中継点になっている。

ノアが静かに言った。

『外周接近条件、更新。次段階で灰色の庭外周への接近が可能です』

「地上か、地下か」

『どちらも候補です。地上は視界回復条件が必要です。地下は帰還線の再確認と保守口外部確認が必要です』

『どちらも嫌ですが、どちらも戻れます』

「それが大事だな」

レンは椅子から立った。

疲れているはずなのに、体が少し軽かった。手は痛い。膝も痛い。喉にはまだ粉が残っている。それでも、画面の白線を見ていると、次に何をすればいいか分かる。

迷いが減る。

それだけで、進める。

「灰色の庭には、次で近づく」

『推奨します。ただし、接近前に装備と帰還手順の再確認が必要です』

「やる。地上と地下、両方の条件を並べて、行ける方から行く」

『了解』

『行ける方、という言い方は好きです。行けない方へ行かないので』

「少しは信用してきたか」

『少しです』

ガタは画面の黒い円を見て、それから二本の白線を見た。

『黒い円は、まだ嫌です』

「分かる」

『でも、前はただの黒い円でした。今は、入口が二つあります』

「そうだな」

『帰り道も二つあります』

「そうだ」

少し間が空いた。

『なら、次は嫌がりながら行けます』

レンは笑った。

「十分だ」

拠点の照明が安定する。端末の白線も消えない。低速バックボーンの点滅は遅いが、同じリズムを刻んでいる。通信塔、保守棟、北東中継塔、南側旧管制施設、地下幹線。その点が、細い線で結ばれている。

まだ小さい。

でも、孤立していない。

レンは拠点端末の地図を保存した。保存名はノアが自動で付ける。

OUTER_ACCESS_PHASE_01。

また、続きがある名前だった。

レンはその文字を見て、端末の縁を軽く叩いた。

「フェーズ一、完了ってことでいいか」

『限定条件付きで、完了と判断できます』

『完了は好きです』

「俺も好きだ」

灰色の庭は、まだ開いていない。

けれど、その外側に二つの入口が見えている。そこへ向かう地上の線と、地下の線がある。戻る道もある。

黒い円は、もうただの黒ではなかった。

次に進むための場所になった。

レンは画面を閉じずに、少しだけ眺めた。

白い線が、拠点の外へ伸びている。

細い。

頼りない。

でも、消えない。

この線があるなら、次へ行ける。