軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第67話 地下幹線、低速バックボーン起動

西部地下ケーブル幹線の入口は、南側旧管制施設の下に口を開けていた。

前に見つけた金属蓋は、簡易カバーの下でそのまま残っている。支えも外れていない。蓋の隙間から、冷えた空気が細く上がっていた。外の粉っぽい空気より軽い。古いケーブルの被覆と、金属の匂いが混じっている。

レンは蓋の横に置いた仮ビーコンを確認した。

まだ起動はしていない。位置だけを固定した目印だ。今日はそこから先へ行く。だが、奥まで進むわけではない。まず、地下幹線が通路なのか、通信線なのかを確かめる。

『地下幹線入口、位置照合完了。前回の粉塵濃度、地上比三十二パーセント』

『数字だけ見ると少しましです。でも、地下という時点で嫌です』

「見てから嫌がるんじゃなかったのか」

『見たので嫌がっています』

ガタは蓋の縁から中をのぞき込んでいる。カメラアイの向きが、奥へ行きたいのか戻りたいのか分からない角度で止まっていた。

レンはライトを下へ向けた。斜めに降りる短い金属階段。壁に沿って走る太いケーブル束。前回見たままだ。階段の奥は暗い。だが、空気は動いている。

「ノア、今日の目的」

『西部地下ケーブル幹線の入口周辺を確認。低速信号の疎通可否を調査。帰還可能範囲を超えての進行はしません』

「よし」

『よし、という確認は雑ですが、内容は妥当です』

『雑確認、記録しますか』

「しなくていい」

レンは工具バッグを肩にかけ、金属階段へ足を下ろした。階段は細い。足を乗せると、ぎし、と低い音がした。錆びてはいるが、すぐ折れる感触ではない。

ガタが後ろから続く。脚を一段ずつ置きながら、毎回小さく止まった。

『一段目です。嫌です』

「実況しなくていい」

『二段目です。まだ嫌です』

「分かった」

『三段目は少しましです』

「判断が細かいな」

階段を降りると、低い通路に出た。天井はさらに低い。レンは少しかがむ必要がある。壁の左側には太いケーブル束。右側には細い配管。床には粉塵がほとんどない代わりに、黒い粒が散っている。劣化した被覆の欠片らしい。

ライトを振ると、奥で何本かのケーブルが垂れていた。

『空気流、微弱。粉塵濃度、南側旧管制施設内部より低い値です。ただし、揮発成分を微量検出。長時間滞在は推奨しません』

『短時間なら?』

『条件付きで可能です』

『条件付きは、少し嫌です』

「お前が聞いたんだろ」

レンは壁のケーブル束に近づいた。固定具は古いが、まだ壁に残っている。何本かは切れていた。何本かは被覆が膨らみ、触れば崩れそうになっている。

ただ、全部が死んではいない。

ケーブル束の奥に、ごく弱い信号が走っていた。ノアの表示に、細い波形が出る。

『低速保守信号を検知。通信塔、保守棟、南側旧管制施設のいずれかと接続履歴があります』

「通せるか」

『破断部の仮接続が必要です。伝送速度は低いですが、状態同期には使える可能性があります』

『低速は好きです。急に動かなさそうなので』

「遅ければいいってもんでもない」

『速く動く古い設備は嫌です』

レンは壁面のケーブル番号を照らした。印字はかすれている。アルファベットと数字の組み合わせが並んでいるが、半分は読めない。

ガタが近づいて、小型ライトを当てる。

『これは、B……いえ、虫です』

「虫じゃない」

『汚れの形が虫です』

「ケーブル番号を読め」

『B-17、たぶん。隣はB-19。B-18は行方不明です』

「行方不明か」

『欠番と言うべきでした』

レンは少しだけ笑った。地下の暗さが、そこで少し薄くなる。

ノアが壁面の信号を解析する。

『B-17、旧通信塔補助線。B-19、南側旧管制施設状態線。欠落しているB-18が保守棟側の同期線である可能性があります』

「B-18を探す」

レンはライトを下へ向けた。床の端に、切れたケーブルが落ちている。被覆は黒ずみ、先端は腐食している。タグは半分千切れているが、かろうじて「18」が読めた。

「いたぞ。行方不明者」

『B-18を確認。破断しています』

『見つかったので、行方不明ではなくなりました』

「よかったな」

レンはケーブルの先を持ち上げた。硬い。被覆が指の下でぱき、と鳴る。力を入れすぎると割れる。慎重に外皮を少し削り、中の導線を出す。

古い銅色。ところどころ黒い。

仮接続用の短いケーブルを取り出し、B-17とB-18の間に一時的なブリッジを作る。ノアが電圧を下げ、信号を細く流す。

『低速信号、試行します。書き込み権限は遮断。状態確認のみ』

『見るだけは好きです』

「行く前提の見るだけは嫌なんじゃなかったか」

『今回はつなぐ前提の見るだけなので、少し違います』

「細かいな」

レンは接点を押さえた。ガタが横から固定具を差し込む。前回使ったものより小さい。ガタが自分で選んだらしい。

『これなら、たぶん外れにくいです』

「たぶんか」

『古い線なので、断言は嫌です』

「正しい」

信号が流れた。

最初はノイズだけだった。端末に細かい線が走り、すぐに途切れる。ノアが形式を変える。もう一度。今度は短い応答が返る。

『南側旧管制施設、応答』

「一つ」

『通信塔、応答遅延。待機』

「来い」

数秒遅れて、通信塔の点がまたたいた。

『通信塔、低速応答』

『遅いです』

「低速だからな」

『低速でも、返事があるのは少し好きです』

レンは接点を押さえたまま、壁面図を見た。南側旧管制施設の点。通信塔の点。二つの間に、細い線が走る。

まだ保守棟がない。

「B-18、保守棟側は?」

『破断部からの信号反射を確認。距離、約二十二メートル先に中継端子があります』

「そこまで行くのは?」

『現在の帰還線外です。推奨しません』

『推奨しないのは好きです』

「今日はここまでだな」

だが、ノアは続けた。

『ただし、現在位置から低速パルスを送れば、保守棟側の旧端子が応答する可能性があります。接続は仮ですが、状態同期の試験には十分です』

「やれる範囲か」

『はい。ここから可能です』

「なら、やる」

レンは仮接続を少し締め直した。接点がずれれば信号は落ちる。右手の指が痛む。前の扉作業の疲れがまだ残っている。だが、ここは力任せではない。押さえる位置を少し変え、固定具を足す。

ガタが横から覗く。

『私が押さえます』

「できるか?」

『この線は小さいので、嫌も小さいです』

「頼む」

ガタの小型アームが接点を押さえた。細いアームなのに、こういう作業ではレンより安定している。

ノアが低速パルスを送る。

端末の画面に、長い待機表示が出た。

一秒。

二秒。

三秒。

反応なし。

『応答なし』

「もう一回」

『再試行します』

二度目も反応がない。

ガタのアームがわずかに震えた。

『接点、ずれています。いえ、私ではなく床がずれています』

「床のせいか」

『床も少し悪いです』

レンは接点の角度を変えた。古い導線の黒ずんだ部分を、さらに少し削る。金属粉が手袋に付く。

「もう一回」

ノアが送る。

今度は、端末に薄い点が出た。

『保守棟、微弱応答』

レンは息を吐いた。

通信塔。

保守棟。

南側旧管制施設。

三つの点が、端末の地図上で細い線でつながる。

太い線ではない。明るくもない。時々途切れそうにまたたく。けれど、つながった。

『低速バックボーン、一部復旧。遅延は大きいですが、施設間の状態同期が可能です』

『線がつながるのは好きです。帰り道が増えるので』

「通信線だけどな」

『通信線も、帰り道の親戚です』

レンは反論しかけてやめた。

たぶん、そこまで間違っていない。

施設が孤立していなければ、状態が分かる。状態が分かれば、行くか戻るか判断できる。それは、帰り道と似ている。

ノアがログを出した。

[UNDERGROUND BACKBONE]

――――――――――

西部地下ケーブル幹線:部分認識

低速信号:疎通

通信塔:状態同期

保守棟:状態同期

南側旧管制施設:状態同期

伝送速度:低

――――――――――

レンはログを読んだ。

派手な復旧ではない。明かりが一斉に点いたわけでも、扉が開いたわけでもない。だが、地図上の三つの点が、同じタイミングでゆっくり点滅している。

それまで別々に眠っていた設備が、細い信号で互いの存在を確かめている。

レンはその点滅を見て、肩の力を抜いた。

「これでノアの確認範囲は広がるか」

『はい。低速ですが、南側旧管制施設経由で通信塔と保守棟の状態確認が可能です。将来的には灰色の庭地下保守口候補の検出にも使えます』

「将来的には、じゃなくて、次に使う」

『訂正します。次段階で使用可能です』

『訂正が早いのは好きです』

ガタが接点を押さえたまま、少しだけ自慢げに見えた。

『私はまだ押さえています』

「助かってる」

『今のは記録していいですか』

「いいぞ」

『記録します』

レンは固定具を追加し、ガタのアームをゆっくり外させた。接点は落ちない。信号も切れない。弱いままだが、つながっている。

地下通路の奥は、まだ暗い。

灰色の庭へ続くかもしれない道は、さらに先だ。今日はそこまで行かない。帰還経路がない場所へ踏み込まない。それはもう、レン自身の中でも作業手順になり始めている。

けれど、足踏みではない。

地下幹線は入口だけではなく、線として生きていた。

レンは端末の地図を拡大した。

通信塔。

保守棟。

南側旧管制施設。

三つの施設が、細い線でつながっている。低速。遅延あり。頼りない。それでも、点ではなく線だった。

ガタがその地図を見て言った。

『孤立しているより、少しましです』

「だいぶましだ」

『だいぶ、と言うには細いです』

「じゃあ、少しずつ太くする」

ノアが静かに補足する。

『現在の接続を維持すれば、次回以降、地下幹線の奥へ進む際に戻り信号を使用できます』

「帰還線の下準備だな」

『はい』

『それは好きです』

レンは地下の奥へライトを向けた。

冷たい空気が流れている。ケーブル束の向こう、暗い通路の先に、まだ何かが残っている。

灰色の庭には、まだ届かない。

でも、近づくための線が増えた。

レンは仮接続をもう一度確認し、カバーをかけた。粉が入らないように、ケーブルの下へ小さな支えを置く。

「戻るぞ。今日はここまで」

『推奨します』

『押さえる作業が終わったので、戻るのは好きです』

ガタが先に階段へ向かう。三段目で止まり、こちらを振り向いた。

『三段目は、やはり少しましです』

「覚えてたのか」

『嫌の少ない場所は覚えます』

レンは階段を上り、床の蓋を戻した。完全には閉めない。仮ケーブルを通すため、細い隙間を残し、支えで固定する。次に来た時、線を殺さずに入れるように。

管制室へ戻ると、壁面図の点滅が変わっていた。

通信塔。

保守棟。

南側旧管制施設。

三つの点が、細い間隔で同じリズムを刻んでいる。

太い線ではない。

頼りない。

遅い。

それでも、孤立していた点が、はじめて同じ呼吸で点滅した。