軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第64話 灰色の庭、外周反応

灰色の庭は、施設一覧の外に置かれていた。

レンは管制室の壁面図を見上げた。通信塔、北東中継塔、保守棟、地下幹線、南側旧管制施設。そのどれもが、古い地図の中では点と線で結ばれている。壊れ、欠け、ノイズにまみれていても、設備として扱われていた。

だが、灰色の庭だけは違う。

黒い縁で囲われ、その周囲から細い制御線が伸びている。名称は欠けていたが、末尾の「庭」だけが残っていた。建物の場所を示す印ではない。管理対象を囲う印だった。

「ノア、もう少し読めるか」

『履歴を展開します。南側旧管制施設の記録は欠損していますが、分類タグが一部残っています』

『分類タグという言葉は、安心しません』

「安心する言葉、今日はあったか?」

『帰還経路です』

「分かりやすいな」

ノアが履歴を掘り下げる。壁面図の横に、欠けた文字列が浮かんだ。半分以上は読めない。だが、いくつかの単語だけが残っている。

外周。

固定。

粉塵。

試験区画。

環境。

レンは眉を寄せた。

「庭って名前で、それは詐欺だろ」

『現時点で断定はできません。可能性は三つあります。粉塵を固定するための外周制御域。外部環境再生のための旧試験区画。生体・機械複合型の環境制御区画』

『庭なら、草がいいです。粉は嫌です』

「俺もそう思う」

ガタは操作卓の下から少し離れた位置にいた。床に出た白い通行可能線の上からは外れない。本人なりに安全域を守っているらしい。小さな機体のカメラアイが、壁面図の黒い円を見たり、足元の線を見たりしている。

レンは操作卓に手を置いた。低出力で起きたばかりの卓は、まだ冷たい。だが、指先に細い振動が伝わる。南側旧管制施設は、完全ではないが、こちらの問いに答えようとしている。

「内部は触らない。外側だけ見られるか」

『外周制御系統の一部に、短時間のテスト項目があります。名称は欠損していますが、粉塵固定板に関連する可能性が高いです』

「動かせる?」

『三秒から四秒の短時間起動なら可能です。内部制御には接続しません。成功すれば、灰色の庭外周の視界が一時的に回復します』

ガタが即座に反応した。

『短時間起動は、短時間で嫌なことが起きる時にも使われる表現です』

「全部嫌にするな」

『全部ではありません。帰還経路は好きです』

レンは壁面図の黒い円を見る。

灰色の庭へ直接行くわけではない。内部を開けるわけでもない。外周の粉塵固定板を、三秒だけ動かす。それだけだ。

それだけでも、奥が見える。

入口があるかもしれない。壁かもしれない。何もないかもしれない。だが、見えなければ次の線は引けない。

「やる。三秒だけ。内部には触らない」

『了解。外周粉塵固定板、短時間起動準備。管制室の低出力系統に負荷がかかります。照明低下の可能性があります』

『照明低下は嫌です』

「線の上にいろ」

『います。好きな線なので』

レンは操作卓の端末へ視線を落とした。古い表示は欠けている。ノアの補正がかかっても、文字列は不安定だった。

それでも、起動手順は組める。

外周板だけ。三秒。内部制御なし。

通電後、自動停止。

遠隔映像を記録。

入口候補を探す。

レンは手動確認を入れた。こういう古い設備は、勝手に次の段階へ進むことがある。止める場所を先に決めておく。空気、水、通信塔で、何度もやったことだった。

『安全停止条件、設定完了』

「外周板だけだな」

『はい。内部制御線は物理的に遮断します』

『物理的に遮断、好きです』

「お前の好き嫌い、だいぶ分かってきた」

壁面図の一部が拡大される。灰色の庭の外周らしき円弧。そこへ伸びる線の端に、小さな表示窓が開いた。

映像は荒い。

白い粉しか見えない。遠隔カメラなのか、外周センサーなのかも分からない。画面全体が白く、時々黒いノイズが走る。

ノアが数える。

『三秒起動。開始まで、三、二、一』

管制室の照明が一段落ちた。

操作卓の振動が強くなる。

壁の奥で、低い音が走った。遠くの扉が動いたような音ではない。地面の下を、古い電気がゆっくり通っていく音だった。

『外周粉塵固定板、起動』

映像の白が、動いた。

最初は風かと思った。けれど違う。粉塵が吹き飛んだのではない。白い膜が、上から押さえられるように、すっと下がった。

一秒。

黒い影が出る。

二秒。

細い柵のようなものが見えた。傾き、何本かは倒れている。柵の向こうには、平らではない灰色の面がある。土でも岩でもない。繊維の束を固めたような、不自然な質感だった。

三秒。

倒れた標識が見える。文字はかすれて読めない。だが、その奥に低い黒い裂け目があった。入口か、排出口か、崩落した穴か。判別はできない。

『停止』

映像が白に戻った。

粉塵が、また画面を埋める。

管制室の照明が戻る。操作卓の振動が細くなり、床の白線が一度だけまたたいた。

レンはしばらく黙っていた。

たった三秒だった。

それでも、見えた。

柵。標識。灰色の面。黒い裂け目。

ガタが床の線の上で、ほんの少しだけ前に出た。

『今、穴がありました』

「見えたな」

『穴は嫌ですが、見えない穴よりは見える穴の方がましです』

「それは俺も同意する」

ノアが映像を補正し、静止画を壁面図の横に並べた。白いノイズの中に、かろうじて輪郭が浮かぶ。

[GRAY GARDEN OUTER TEST]

――――――――――

外周粉塵固定板:短時間起動

視界回復:3.4秒

入口候補:一件確認

外周柵影:確認

内部制御:未接続

――――――――――

レンはログを読んだ。

内部制御は未接続。

けれど、入口候補は確認。

進んだ。

大きくはない。灰色の庭の中へ入ったわけではない。けれど、ただ黒い円だった場所に、入口らしい影ができた。

地図の中で、何も分からなかった場所に、行き先が一つ増えた。

「もう一回は?」

『推奨しません。南側旧管制施設の低出力系統に熱上昇があります。再試行には冷却時間が必要です』

『一回でやめるのは好きです』

「好き判定が戻ってきたな」

レンは操作卓の端を見た。小さな警告表示が出ている。無理に続ければ、せっかく起こした管制室に負担をかける。

ここで止める。

それでいい。

レンは静止画を拡大した。倒れた標識の部分。文字は読めない。ノイズを削っても、まだ潰れている。

それでも、標識の向きは分かる。

黒い裂け目の方へ向いている。

「外から行ける入口か」

『可能性があります。ただし、地上からの接近には粉塵濃度、視界、地形変形の問題があります』

「地下からは?」

『現時点では不明です。南側旧管制施設の下層記録に、地下幹線の記述があります。次段階で確認可能です』

地下幹線。

また線が増えた。

外周入口へ地上から近づく線。下から回り込むかもしれない線。灰色の庭そのものはまだ黒い円だが、周囲に触れられる場所が少しずつ増えている。

ガタが小さく首を傾けるようにカメラを動かした。

『地上も地下も嫌です』

「選択肢が増えたんだぞ」

『嫌の選択肢も増えました』

「帰る線も増やす」

『それなら検討します』

レンは端末に、灰色の庭外周の静止画を保存した。ファイル名はノアが自動で付ける。

GRAY_GARDEN_OUTER_01。

01。

続きがある名前だった。

レンはその数字を見て、少しだけ喉の奥で笑った。咳にはならなかった。

「ノア、入口候補を地図に固定してくれ。仮でいい」

『仮登録します。灰色の庭外周、入口候補一件。接近条件は未確定』

「未確定でいい。消えるよりましだ」

『登録完了』

壁面図の黒い円の外側に、小さな点が一つ増えた。

黒い領域はまだ黒い。中は見えない。内部制御にも触れていない。

それでも、ただの黒い円ではなくなった。

レンはライトを落とし、管制室の奥を見た。床の白線は、まだ細く光っている。通っていい場所を示す線。戻れる場所を示す線。

外へ進むには、こういう線がいる。

いきなり飛び込むのではない。

入る前に、見て、線を置いて、帰り道を作る。

レンは端末を閉じかけて、もう一度だけ静止画を見た。

白い膜が戻る直前に見えた、低い黒い裂け目。

そこには確かに入口があった。

「……次は、ここまで行く」

『地上からですか』

「まだ決めない。地下幹線も見る」

『その判断を推奨します』

『地下も嫌ですが、見てから嫌がります』

レンはガタを見た。

「前向きだな」

『違います。正しい順番で嫌がるだけです』

管制室の照明が、また一度だけまたたいた。

灰色の庭は開いていない。

けれど、外周は反応した。粉塵は三秒だけ沈み、柵と標識と入口候補を見せた。

黒い円の外側に、小さな点が残っている。

それだけで、次に向かう理由になった。