作品タイトル不明
第47話 管理端末は、塔の死角を知っていた
基部管理室の中央制御台は、青い点滅をゆっくり繰り返していた。
強い光ではない。水の底に沈んだ小さな表示灯みたいに、点いて、沈んで、また点く。部屋の中は暗く、仮照明の白い光だけが、壁の端末と床のケーブル溝を浮かび上がらせている。
外の粉塵音はほとんど聞こえない。
代わりに、塔の内側の音がある。
低い金属の軋み。どこかで細く鳴るケーブル。自分のブーツが床に触れる音。ヘルメットの中の呼吸。
レンは制御台の前にしゃがんだ。
「ノア、ここでいいんだな」
『はい。基部管理端末です。通信塔の外縁アンテナ、地下ケーブル、周辺監視履歴の一部を管理していた端末と推定します』
「推定が多い」
『起こせば減ります』
「いい返しだ」
レンは制御台の下部パネルに工具を差し込んだ。
パネルはすぐには開かなかった。ねじが二本、固着している。一本は頭が潰れている。外よりはましだが、内部だからといって親切ではない。
レンは細い工具を差し替えた。
きり。
きり、きり。
ねじが少しずつ動く。金属の粉が落ちる。息をかけても意味はないのに、レンはつい短く息を吐いた。
『右腕負荷、黄色域から低下中』
「まだ使える」
『はい。細かい作業に支障はありません』
『外、嫌です』
ガタの声が、階段の上からノイズ混じりに入った。
「急に入るな」
『外装片、落下音。距離、遠いです』
「近かったら?」
『かなり嫌です』
『レン、外部監視は継続されています。現在位置で作業可能です』
「了解。ガタ、そのまま見てろ」
『見ています。嫌ですが』
最後のねじが外れた。
レンはパネルを開ける。
中は思ったよりきれいだった。
粉塵は少ない。焦げた跡もない。ただ、接点は黒ずみ、細い配線のいくつかは硬くなっている。中央に小さな補助電源ポートがある。保守棟の端子よりずっと古い形だが、形は残っている。
[BASE TERMINAL INSPECTION]
――――――――――
外装パネル:開放
補助電源ポート:残存
制御線:一部劣化
記録媒体:反応あり
端末起動:補助電源必要
――――――――――
「記録媒体、反応あり」
『はい。完全ではありませんが、読み出し可能です』
「どこまで読める」
『起動しなければ分かりません』
「そりゃそうだ」
レンはガタの荷台から持ってきた太めのケーブルを取り出した。
階段入口に置いた中継ライトから、細い補助線を引いている。そこからさらに制御台へつなぐ。無理やりだ。正規の配線ではない。でも、今は正規に戻すより、起こす方が先だった。
コネクタが合わない。
「変換噛ませる」
『左腰の小型変換器で対応可能です』
「これか」
『違います。その隣です』
「同じに見える」
『形状が違います』
「暗いんだよ」
レンは一度違う変換器を差し込みかけて、途中で気づいた。
違う。
端子を潰すところだった。
舌打ちし、正しい変換器を取る。
『今のは危険でした』
「見えてたなら先に言え」
『言いました』
「遅い」
『次は早く言います』
『端子破損、嫌です』
「お前は外にいろ」
変換器を噛ませる。
今度は入った。
かち、と軽い音がして、制御台の底の青い点滅が少しだけ速くなる。
レンはケーブルを固定した。揺れれば抜ける。抜ければ端子が死ぬ。仮固定材を二本、台の側面に貼り付ける。雑だが、動かない。
「ノア、通電」
『低出力で開始します。記録媒体保護のため、起動シーケンスを三段階に分けます』
「一気にやらない」
『一気にやると壊れます』
「分かった」
『ですが、三段階なら進めます』
その言い方に、レンは少し笑った。
「よし。進めろ」
『第一段階。補助電源投入』
制御台の内部で、低い音がした。
ぶん、というより、む、と息を詰めるような音だった。青い光が一度強くなり、すぐ弱くなる。壁の端末のうち、一つが黒いまま薄く明滅した。
『第二段階。制御線確認』
床のケーブル溝に、細い青い線が一本走った。
中央制御台から壁へ。壁から床へ。床から、階段の方へは行かず、部屋の奥へ消える。
まだ生きている線がある。
レンは思わずそれを目で追った。
『第三段階。端末起動』
かち。
古いリレー音。
壁の端末が一つ、点いた。
画面は割れている。表示は斜めに歪んでいる。文字の半分は欠けている。それでも、黒い画面ではなくなった。
白い線が走る。
古い管理表示が、ゆっくり浮かぶ。
[BASE TERMINAL PARTIAL WAKE]
――――――――――
基部管理端末:低出力起動
記録媒体:部分読取
外縁アンテナ:一部連動
地下ケーブル:応答断片
周辺監視履歴:破損
――――――――――
「点いた」
『はい。基部管理端末、部分起動に成功しました』
『外、少し光りました』
「塔か?」
『基部外周です。不快ですが、有用です』
レンは壁の端末へ近づいた。
表示は粗い。文字化けもある。だが、塔の周辺を示す簡易図が見える。中心に通信塔。そこから外縁アンテナの線が三方向へ伸びている。いくつかは断線。いくつかは黒い穴のように欠けている。
「地図か」
『周辺監視図です。通信塔が最後に保持していた範囲情報と推定します』
「最後に、っていつだ」
『時刻情報は破損しています』
「便利なところは壊れてるな」
『不便ですが、使えます』
レンは端末の横に手をついた。
画面に触れると、ノイズが走る。反射的に手を離した。
『直接操作は避けてください。腕端末へ表示を転送します』
「できるのか」
『今ならできます』
腕端末が震えた。
小さな地図が浮かぶ。
通信塔を中心に、白い線、青い線、灰色の欠け。見たことのない地形と施設の輪郭が、少しずつ整理されていく。
[TOWER LOCAL MAP]
――――――――――
中心:通信塔
北東:中継塔候補
南:旧管制施設候補
西:地下ケーブル幹線
外縁:遮蔽領域複数
上方:損傷により未読取
――――――――――
「北東に中継塔」
『はい。現在の通信塔より小型ですが、広域中継補助に使える可能性があります』
「南の旧管制施設は」
『名称断片のみ。管制、制御、配分に関係する施設です』
「西の地下ケーブル幹線」
『拠点側とは別の幹線です。追跡できれば、地下経由で施設をつなげられます』
レンは息を止めかけた。
今まで、外は白い粉塵と壊れた建物の影でしかなかった。
だが、地図には名前が出ている。
北東中継塔。
旧管制施設。
地下ケーブル幹線。
まだ行っていない場所が、ただの影ではなくなっていく。
レンは画面を見たまま言った。
「ノア、これ、かなり広いな」
『はい。通信塔単体ではありません。周辺施設群の入口です』
「入口ばっかり増える」
『入口が増えれば、進行ルートも増えます』
『入口、嫌です』
ガタが言った。
「お前、何ならいいんだ」
『平坦な室内』
「この星には少なそうだな」
『悲報です』
レンは少しだけ笑った。
笑ってから、すぐに地図へ戻る。
画面の一部に、黒い欠けがある。
通信塔の周辺監視図なのに、そこだけ読めない。ノイズではない。意図的に塗りつぶされたような空白だった。
「この黒いところは?」
『未確認死角です』
「壊れて見えないだけか」
『一部は損傷です。ただし、三箇所は旧登録上も遮蔽領域として扱われています』
「遮蔽領域」
『通信塔の通常スキャンから外された区域です』
「つまり、昔から見えないようにしてあった」
『その可能性が高いです』
レンは黒い欠けを拡大した。
画面が一度乱れる。
古い文字列が浮いて、消える。
ノアが処理を補正する。
[BLIND ZONE LIST]
――――――――――
遮蔽領域:三
登録名:破損
状態:未確認
スキャン権限:不足
外縁アンテナ追加起動:推奨
――――――――――
「権限不足か」
『はい。ただし、登録名の断片は読めます』
「出せるか」
『試します』
壁の端末が低く鳴った。
制御台の青い光が揺れる。床のケーブル溝が一瞬だけ明るくなり、すぐ弱くなる。
『電圧が不安定です』
「落ちるか?」
『落とさずに読みます。十秒ください』
「やれ」
十秒。
長かった。
部屋の中の音が大きくなる。外のガタの声は入らない。ノイズだけが細く混じっている。壁の端末は乱れ、文字が崩れる。
レンはケーブルの根元を押さえた。
「ノア」
『処理中です』
五秒。
六秒。
七秒。
制御台の奥で、何かが一度だけ強く鳴った。
かん。
レンの指先に振動が来る。
『読めました』
腕端末に、ひとつの名前が浮かんだ。
[BLIND ZONE REGISTRY]
――――――――――
未確認死角:灰色の庭
分類:破損
状態:遮蔽
入口推定:不可
――――――――――
「灰色の庭」
レンは思わず声に出した。
管理室の暗さの中で、その名前だけが妙に浮いていた。
通信塔。
中継塔。
管制施設。
地下ケーブル。
その並びに、庭。
「……通信塔の近くに、庭?」
『名称上はそうです』
「植物園か」
『不明です。分類が破損しています』
「灰色って時点で嫌な感じしかしないな」
『同意します』
『庭、嫌です』
ガタの声が戻った。
「聞こえてたのか」
『庭という単語だけ聞こえました。嫌です』
「それは分かるのか」
ノアが続ける。
『灰色の庭は、通常スキャンから外されています。外縁アンテナを追加起動すれば、入口推定が可能になるかもしれません』
「今のアンテナだけじゃ無理か」
『はい。通信塔の死角は、死角として残っています。ただし、ここまで起こしたことで、次に何を起こせば見えるかは分かりました』
「外縁アンテナ」
『二系統以上の追加起動を推奨します。北東と南側を先に起こせば、中継塔と旧管制施設の輪郭も同時に取れます』
「一つずつじゃないのか」
『順番に処理すれば、複数進められます』
「いいな」
レンは地図を保存した。
通信塔の中央。
北東の中継塔候補。
南の旧管制施設候補。
西の地下ケーブル幹線。
そして、黒い欠けの中の名前。
灰色の庭。
外の粉塵に埋もれた世界が、急に広がった気がした。
いや、広がったのではない。
元から広かった。
見えていなかっただけだ。
[LOCAL MAP SAVE]
――――――――――
北東中継塔候補:保存
南側旧管制施設候補:保存
西部地下ケーブル幹線:保存
遮蔽領域:三
未確認死角:灰色の庭
必要作業:外縁アンテナ追加起動
――――――――――
「ノア、次は外縁アンテナだな」
『はい。基部管理室から起動準備を進められます。外部作業なしで、一部系統へアクセス可能です』
「中からやれるのか」
『完全ではありませんが、ここからなら早いです』
『外部作業なし、良いです』
ガタが即答した。
「分かりやすいな、お前」
『良いものは良いです』
レンは制御台の前に戻った。
端末はまだ弱く光っている。いつ落ちてもおかしくない。だが、今すぐ落ちる感じではない。
ここからなら、もっと見える。
通信塔は、ただ立っていただけではなかった。
周りを見ていた。
見えていない場所も、知っていた。
レンは工具を握り直した。
「外縁アンテナの起動手順、出せ」
『表示します。二系統目から進めます』
「一気に広げるぞ」
『はい。この管理室なら進めます』
壁の端末に、新しい線が浮かぶ。
塔の外周へ伸びる、細い青い線だった。