作品タイトル不明
第44話 外縁アンテナが、塔の根元を呼んだ
塔の外縁に残った青白い光は、細く、弱かった。
それでも消えなかった。
白い粉塵の中で、塔の外周リングの一部だけが低く光っている。折れたアンテナの根元、歪んだ外装、半分開いた外縁パネル。その全部が、死んだ施設ではなく、まだ反応する設備に見えた。
レンはハッチの隙間を仮固定し、腕端末の地図を見た。
保守棟から伸びる仮接続線。北西側外縁パネル。そこから塔の基部へ落ちる、まだ不安定な反応。
ノアの表示が更新される。
[OUTER ANTENNA SCAN]
――――――――――
外縁アンテナ:低出力稼働
塔基部構造:一部読取
基部管理室:位置推定中
外部ハッチ:未確定
掘削候補点:未設定
――――――――――
「位置推定中、か」
『外縁アンテナの反応が弱いため、追加走査が必要です』
「追加って、またここをいじるのか」
『はい。北西側外縁モジュールの出力を三%上げます』
「三%で済む?」
『現状では三%が安全域です』
『三%、嫌です』
「お前、数字も嫌がるのか」
『増えるのが嫌です』
ガタはレンの後ろで低く鳴っていた。塔に近づいてから、ずっと不機嫌だった。いや、いつも不機嫌だが、今は不機嫌の質が少し硬い。
塔の下が嫌なのだ。
外装片。沈下。振動。落下物。ガタのセンサーにとって、ここは悪いものの見本市らしい。
レンは外縁パネルの中をのぞいた。
青白く光っている制御モジュールは一本だけ。周りのモジュールは焼け、割れ、外れかけている。生きている一本も、いつ止まってもおかしくない。接点は汚れ、ケーブルは硬くなり、保守棟からの低出力ラインも仮だ。
それでも、ここから塔の根元が読める。
レンは工具を持ち直した。
「三%だけ上げる」
『出力調整を開始します。作業時間は短くしてください』
「分かってる」
レンはモジュール横の小さな調整端子に工具を差し込んだ。
端子は細い。粉塵が入り込んでいる。無理に回すと折れる。レンは工具を少し押し込み、感触を確かめた。
ざり。
嫌な音。
もう少し角度を変える。
ざり、かち。
入った。
「入った」
『そのまま右へ二度』
「二度って、手で分かるか」
『表示します』
腕端末に小さな円が出る。レンはそれを見ながら、工具をほんの少しだけ回した。
かち。
塔の外周で、光が少し太くなった。
同時に、足元から低い音が返る。
ごう、とまではいかない。腹の底を軽く押すような振動だった。
『振動、嫌です』
「俺も嫌だ」
『基部沈下反応、軽微。現在位置は許容範囲内です』
「軽微でも嫌だな」
『同意します』
ノアが同意するのは珍しかった。
レンはすぐに端子から工具を外した。外縁パネルの奥で光が脈を打つ。一本の線が外周を回り、塔の根元へ落ちていく。腕端末の地図に、地下構造の薄い輪郭が浮かび始めた。
塔の真下ではない。
少しずれている。
北北西。塔中心から二十数メートル。粉塵と瓦礫の下に、人工的な空洞がある。
『基部管理室候補、再検出。空洞形状が安定しました』
「外部ハッチは」
『反応を探します』
レンは画面を凝視した。
粉塵の向こうで、塔が低く鳴っている。外縁アンテナの青白い線は弱いが、消えない。ノアの表示が細かく動き、塔基部の輪郭を描いていく。
ガタが少し前へ出た。
『前方、嫌です』
「どっち」
『北北西』
「ハッチ候補の方か」
『たぶん、そこです』
『ガタの地表反応と外縁アンテナ走査が一致しています。掘削候補点として登録可能です』
「嫌がった場所が正解か」
『不本意です』
腕端末に、赤ではなく黄色の点が出た。
掘削候補点一。
続けて、少し離れた場所に二つ目。さらに、塔寄りに三つ目。
[OUTER ANTENNA SCAN]
――――――――――
外縁アンテナ:低出力稼働
塔基部構造:一部読取
基部管理室:位置推定
外部ハッチ:埋没反応
掘削候補点:三
――――――――――
「三つ出た」
『安全度、到達性、ハッチ一致率を比較します』
「一番マシなのは」
『候補点一。ハッチ一致率七二%。粉塵堆積は中。外装片は少。地表沈下は軽微』
『候補点一、嫌です』
「一番マシでも嫌か」
『マシな嫌です』
レンは短く息を吐いた。
「候補点一へ行く」
『現在の外縁アンテナ状態は九分程度維持できます。位置確認と表層除去までは可能です』
「掘り切るのは?」
『現装備では推奨しません。候補点確認後、拠点へ戻り、追加工具を持って再訪する方が成功率が上がります』
「また戻るのか」
『戻れば、次に開けられます』
「……そう言われると行くしかないな」
レンは外縁パネルの中をもう一度確認した。
モジュールはまだ光っている。熱は上がっているが、危険域ではない。保守棟からの低出力ラインも持っている。
今、ここで候補点まで進める。
行く理由はある。
「パネルはこのまま仮固定」
『粉塵流入が増えます』
「閉めたら次に開けるのが面倒だ」
『仮カバーを使用してください』
「そんなのあったか」
『ガタ荷台、左後方。薄板材があります』
『荷台を探られるの、嫌です』
「貸せ」
ガタは小さく後退したが、逃げるほどではなかった。
レンは荷台から薄い板材を取り、外縁パネルの隙間へ噛ませた。雑な仮カバーだ。粉塵は入るが、直接吹き込むよりはましだ。固定具で二点だけ留める。
「これでいい」
『十分ではありませんが、短時間なら許容範囲です』
『雑です』
「雑だけど効く」
『雑の効能、嫌です』
レンは候補点一へ向かった。
塔の外周を北北西へ回る。足元は悪い。粉塵の下に外装片がある。ときどき金属の縁が出ていて、ブーツが引っかかる。塔下に近づきすぎると、ガタがすぐ嫌がった。
『右、塔寄り。嫌です』
「左へずれる」
『左、粉深いです』
「真ん中は」
『妥協です』
「じゃあ真ん中」
ガタは低く鳴った。
『妥協、嫌です』
「お前、人生向いてないぞ」
『人生ではありません。走行です』
ノアが地表データを更新する。
『候補点一まで八メートル。足元の外装片に注意してください』
「見えない」
『三十センチ先です』
「それはもう足元だろ」
レンは足を止め、粉を払った。黒い外装片が斜めに刺さっている。気づかず踏めば滑っただろう。レンはそれを少し横へずらした。
金属片が重い。
腕にくる。
『右腕負荷、黄色域継続』
「見えてる」
『作業量を抑えてください』
「候補点を見るだけだ」
『はい。見るだけで済ませる計画です』
「言い方」
『あなたは予定外作業を増やす傾向があります』
『あります』
「ガタまで乗るな」
候補点一は、見た目にはただの白い地面だった。
塔の外縁から少し離れた、粉塵がなだらかに積もった場所。小さな外装片が三つ、半分埋まっている。ハッチらしいものは見えない。
だが、腕端末の点はここを示している。
ガタが止まった。
『ここ、嫌です』
「また嫌か」
『でも、ここです』
レンはゆっくりしゃがんだ。
手袋で粉を払う。
一回。
二回。
白い粉の下から、硬いものが出た。石ではない。金属面。黒ではなく、灰色に近い合金。縁がわずかに曲線を描いている。
レンの呼吸が少し止まった。
「円形か」
『候補点一、外部ハッチ反応と一致。粉塵下に円形構造を確認』
「当たりだ」
ガタが小さく鳴った。
『当たり、嫌です』
「当たったんだから少しは喜べ」
『掘削が増えます』
レンはさらに粉を払った。
円形の縁が少し広がる。直径は大きい。人が通れるサイズだ。中心部はまだ完全に埋まっている。端に、認証パネルらしき小さな四角い部分があるが、粉と瓦礫で覆われている。
ノアの表示が切り替わる。
[TOWER BASE ACCESS CANDIDATE]
――――――――――
外部ハッチ:円形構造確認
推定直径:一・六メートル
認証パネル:埋没
開放状態:不可
必要作業:粉塵除去/瓦礫撤去/電源確認
――――――――――
「認証パネルまで出せるか」
『表層除去のみなら可能です。ただし、外縁アンテナ維持時間は残り五分です』
「五分か」
『はい。これ以上の作業は、帰還余裕を削ります』
「分かった。パネルの位置だけ出す」
レンは手で粉を払い、固まった部分だけ小さな工具で削った。無理に掘らない。表層だけ。端の四角い輪郭を出す。
粉が流れる。
灰色の表面が見える。
古い認証パネルだった。
光はない。
死んでいるように見える。
だが、レンが保守棟からの低出力ラインを近づけると、パネルの端が一瞬だけ青く光った。
点いた。
すぐ消えた。
「今、点いたな」
『認証パネル、低出力反応を確認。内部配線は完全断絶していません』
『点灯、嫌ではありません』
「珍しいな」
『入口だからです』
「お前も入りたいのか」
『入りたくはありません。入口があるのは良いです』
レンは少し笑った。
入口がある。
それだけで、塔は変わった。
外から見上げるだけの巨大な残骸ではなく、中へ入れるかもしれない施設になった。
レンはハッチの縁に手を置いた。粉でざらざらしている。冷たい。厚みがある。簡単には開かない。
でも、ある。
[TOWER BASE ACCESS]
――――――――――
基部管理室:位置特定
外部ハッチ:表層確認
認証パネル:低出力反応
開放:未実施
次作業:掘削準備/電源補助線接続
――――――――――
「ノア、ここまで保存」
『保存しました。次回来訪時、基部ハッチ開放作業へ移行できます』
「必要なものは」
『掘削具、補助電源、追加洗浄材、仮支柱、落下物監視。ガタ用の車輪保護材も推奨します』
『車輪保護材、良いです』
「そこは素直だな」
『保護は良いです』
外縁アンテナの光が、少し弱くなった。
ノアがすぐに告げる。
『保守棟ラインの電圧が低下しています。帰還を推奨します』
「了解。戻る」
レンは認証パネルの上に仮マーカーを置いた。小さな反射板だ。白い粉塵の中でも、近づけば見える。念のため、ガタの走行ログにも位置を記録させる。
「ガタ、ここ覚えとけ」
『嫌な場所として記録しました』
「それでいい」
『かなり嫌な場所です』
「なお良い」
レンは立ち上がった。
足元が少しふらつく。外部スーツの重さ、右腕の負荷、粉塵の音、塔の低い振動。全部が体に溜まっている。
だが、今日の目的は果たした。
外縁アンテナを起こした。
塔の根元を読んだ。
基部管理室の入口を見つけた。
レンはもう一度、通信塔を見上げた。
外周リングの青白い光は弱くなっている。それでも、完全には消えていない。塔はまだ立っている。まだ奥に何かを隠している。
『レン。帰還経路を表示します』
「頼む」
『保守棟経由で戻ります。外縁パネルの温度上昇は許容範囲内。候補点一の位置情報は保存済みです』
『帰還、賛成です』
「全会一致だな」
ガタが先に動き出した。
粉塵の上に、細い車輪跡が残る。レンはその後を追った。
背後で通信塔が、低く一度だけ鳴った。
返事ではない。
ただの低出力反応だ。
それでも、レンには十分だった。
塔の根元は、もう場所を隠していない。