軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

82話 アリス・イン・デート

「ふむ、やはり面白いな。あのリザドニアンがパン作り、か」

「あ、てめー、ドラ子、もしかして信じてねーのか? お前、うちのラザールのパン舐めんなよ、起こしてやるよ、パン革命」

場所を変えて、屋敷の中のダイニングルーム。

優しく、それでいて重厚な濃い茶色の木材と同じ色で揃えられた調度品。

食卓、円形のテーブルをドラ子と遠山達が囲う。

「ふかか、ナルヒト、其方のやることだ、まあ、期待はしておるよ。だがなあ、オレ、かなり舌が肥えているからなあ。奉仕…… いや、ファランの食事は竜であるこのオレの舌もシャッキリポンなのだ」

ふふんと得意げにつぶやくドラ子。

「その表現この世界にもあるのね」

聞いた覚えのある表現に、遠山がぼやく。

竜と竜殺しの呑気な時間、互いに表情を緩めてぼんやりとした時が流れる。

「り、竜様、あ、貴方のお口に合うか、どうか…… その」

そこに登場する、緊張トカゲのラザール。尻尾はメトロノームの針のようにカチ、カチと直立したまま左右に揺れて、爬虫類の瞳は大きく開かれ強張って。

その手にはおぼんに乗せられた焼きたてのホットドッグが湯気を立てていた。

「もう! ラザールさん、さっきからずっとそんな感じなのだわ! 大丈夫よ、あなたのパン、とても美味しいもの、私、こんなに美味しいもの初めて食べたのよ」

「そうだぜ、ラザールの旦那、ルカなんて、この前のホットドック食べた日の夜、泣いてたんだぞ!」

「あ、リダこそ泣いてたくせに…… なんか色々つぶやきながらさ」

「あ、てめ、ばらすなよ」

「おいしーよ? ラザールさんのパン、ね、シロ」

「ぼーのぼーの」

やんややんやと、子供たちがラザールの背中を押したり、尻尾を撫でたり。彼らなりに励ましているのだろう。

最初の頃より、かなり打ち解けているのがわかる。

「ほう、えらくわらべどもの舌を掴んでいるようだ。のう、騎士ストルよ」

くすくすと、竜がその様子に微笑む。

口元に手をあてて喉を鳴らすその姿、道端で見つけた花に向けてふと微笑みかけるような視線。

だが、ストルの名前を呼ぶと同時に、傾けられる流し目にはもうそんな優しさはない。

ネズミを揶揄う猫のような意地の悪さが、竜の瞳に宿って。

「はい、蒐集竜アリス様」

だが、ストルはどこ吹く風。

上位生物の視線を受けてなお、その心と同じく水色ほ瞳にはなんの揺めきもなく。

「教会の騎士、いや、教会の人間としての貴様に問う。リザドニアンのラザールのパン、このオレが食すに相応しいと思うか?」

「……ラザール異端審問官補佐の腕は確かです。側仕えとして御身に捧げるものとして相応しいものかと」

「ほう、それはたのしみだ」

クスクスと喉を鳴らす竜。

どこかストルとのやりとりを楽しんでいるようにも見えた。

「ドラ子、マジのジャッジを頼む。忖度はいらねえ」

「な、ナルヒト、そんな言い方を、お前は」

遠山の不遜な物言いに、ラザールがワタワタと。

だいたいいつもの光景だ。

「ふかか、笑わせるな、我が友よ。オレは竜、よきものと悪きものの選別者、我が父祖の名に違っても断言しよう。オレはこの判別に貴様への配慮など一切しないことを」

「よしきた。かましてやるよ、ラザールが」

遠山が笑う。

「……ええい! "歯"の煌めきにかけて!

ラザールも覚悟を決めたようだ。背筋を正し、蒐集竜の前に膝をつき、おぼんを差し出す。

「ホット・ドッグ、トオヤマナルヒトの知識と想像を、私の持てる技術を用いて再現した一品、天使粉はーー」

ラザールの腕前と、遠山のパン文書館。

彼らの冒険の成果を竜に差し出す、ラザールがパンの説明をドラ子へとーー

「北領の一級穀倉地帯、"ナミボブ丘陵"の畑の中でも上質な小麦から濾された天使粉か。ふむ、生産者はグラハム一家、ふむ、良い、悪くない香りだ。良い仕入れ業者を選んだな」

すん。

ドラ子の形の良い筋の通った鼻がぴくりと動いた。

ラザールの言葉に重なるように、竜の唇が言葉を積み重ねる。

「え、あ」

「おお、マジか」

ラザールと遠山、2人が目を丸くする。

今、ドラ子が口にした言葉、原料である小麦粉、もとい天使粉の産地、生産者、全て正解。

口にするより先に、香りで全てを見抜かれていた。

「それにこの艶、膨らみ、ふむ…… この香り、ほとんど熱によってわからないものになっているが、天使粉と水だけで作れる生地ではないな。天使粉のパンにありがちな酸っぱい香りが微塵もせぬ、くんくん、これは酒精か? なるほど、麦酒の搾りかすを入れているな?」

「蒐集竜、あーね」

なるほど、蒐集竜。その名前の所以はこれか。遠山は静かに戦慄する。

美術品や収集品に限らず、その価値を見抜く審美眼がある。

香りだけで麦酒の酵母を使用した生地というところまでドラ子はたどり着いた。まだ、一口も食べてすらいないのに。

「初めて見る形のパンだ。ふかか、ナルヒト、貴様、銭ゲバをこの場に呼んでいたのはそのためか。貴様のことだ、教会を言いくるめ、新しきパンを生み出そうとしていたな」

「お前すげーな」

「ふん、抜け目ない奴め。だが、見れば見るほど不思議なパンだ。これは腸詰めを挟んでいるのか……天使教会の教えが広がっている地域では考えられない発想…… 新しい」

「コロンブスの卵って奴だよな。言われてみれば簡単なことだけど、ゼロから思いつくのは難しい。パンの作り方まで公的な権力が抑制してんならなおさら、だ」

「ころん、ぶす? 何かの比喩か? ふむ、だがナルヒト、貴様の言う通りかも知れん。まあ、だからといって教会を抱き込んでおおっぴらに自らの業を認めさせるやり方など、貴様くらいしか思いつくまいて」

「そう褒めんなよ、ドラ子。……うちのパン職人が本気で作った一品だ。お前の舌にも合う、必ず」

「ふむ、ふむ、まあ、待て。オレは新しきものに目がない。もうちいと見させよ」

ドラ子の目は爛々と輝く。

ラザールは気が気ではないのだろう。

微動だにせず、その場で固まって動かない。

その様子をストルがため息をついて、せめて固まっている尻尾だけでもと、ほぐしてゆっくり床に降ろしてあげていた。

「なるほど、この赤いソースは完熟したポモドロの実か。ふむ、酸味気のある香りを煮詰めることで飛ばしたのか。あれは生食が主流だ、ソースにするのは初めて見たな」

「まだ試作段階だけど、それはケチャップって名前のソースだ。本当なら香辛料をもう少し加えたいんだが、まあ、原価がなあ……」

ケチャップの出来について、まだ遠山は納得出来ていない。

煮詰めることで酸味を飛ばすことは出来るのだが、現代で口にしていたコクとまろやかさがどうも足りない。

やはり、調味料である香辛料の入手が困難というのが響いていた。

「む、そういうことならナルヒト、我が館の備蓄を少し分けてやろうか?」

「備蓄?」

「ああ、ファランめが中々こだわる奴でな。地下の倉庫に王国の香辛料などがたくさん貯められておるぞ」

「マジ? 本気で助かるんだけど。後で価格交渉させてくれ」

「ナルヒトなら好きなだけ持っていってもよいぞ?」

「いや、金は払う。親しき仲にも礼儀ありってな。俺なりの礼儀としてきちんと払わせてくれ」

「ふむ、ふかか、まあ、そなたがそう言うならこれ以上は言わぬ」

そう言いながらも、ドラ子の目は満足げににこりと傾く。

竜の性質、常に他者を選別、試し続けるのはもはや本能と言ってもいいのだろう。

竜は決して、寄り掛かり続けるだけの者には微笑まない。

「ま、とりあえずドラ子、遠慮せずそれ食べてみてくれ。お前の口に合うんなら、もうそれの竜祭りに出す商品としての力は間違いねえーー」

遠山が、ホットドッグをドラ子に勧める。

「やめだ」

「は?」

「え?」

「ナルヒト、気が変わった。オレはここではコレを口にするのはやめたぞ」

返答は意外なものだった。

だが、ドラ子の表情は言葉と違い、決して険しいものではなかった。

むしろ、満足げに、ニヤリと微笑んでいて。

「気付いたぞ、ナルヒト。貴様、これを竜祭りに出す、と言ったな」

「あ、うん」

「ふふん、読めたぞ、トオヤマナルヒト。貴様、このオレをも抱き込むつもりだな」

「ありゃ、やっぱわかる?」

ドラ子の言葉に、遠山は目を歪めて笑った。

我ながら、悪い笑い方をしているのを自覚して。

「ふかか、わかるさ。貴様はそういう男だ。なるほど、そも今回の竜祭りはこのオレ、蒐集竜、アリス・ドラル・フレアテイルの再生を祝うもの、であるならばオレはいわばこの祭りの主賓のようなものだ」

「ひひ、竜を始末した奴隷の方は祝ってくれないのは残念だがな」

「ああ、そうだな。その竜を殺した奴隷はそれはもう見事であった。容赦なく猶予なく呵責なく、見事な竜殺しを果たしたものだ。ふかか」

小気味の良い会話に、竜は気分良く舌を鳴らす。

とん、とん、細長い指がテーブルをリズムよく跳ねる。

「………な、ナルヒト、あ、あまり刺激するようなことは」

「………ディス」

アワアワするラザールと、ため息をつくストル。

遠山は2人に目配せして、ドラ子に向き合う。

「強欲な奴め、ナルヒト、はっきりいうがこのパンならば恐らく竜祭りで最も注目を集めることが出来ると思うぞ。ああ、オレにはわかる、いちいちオレまで抱きこむ必要はないだろうな」

竜はそのパンの価値を既に理解しているようだ。

竜をして、ホットドッグは既にその領域の商品なのだろう。

ドラ子が目を細めて、遠山に言葉を。

「いいや、ある」

遠山はその言葉に首を横にふった。

「ドラ子、俺が欲しいのは完全な勝利だ。勝てると思うじゃ足りねえ、100%、完璧完全最強の勝利が必要なんだ」

まだ、足りない。

ラザールと共に開発し、教会をたらし込んだ。夜の街に出かけて、竜祭りへの参加権利を手に入れた。

遠山はこの場に来るまで、ありとあらゆる状況を積み重ねてきたのだ。

「その勝利のために、このオレを利用すると」

蒼い瞳と、整った唇、愉快そうに歪む。

「ああ、利用する。お前をラザールのパンでねじ伏せる、 ラザールのパンの美味さという"価値"、天使教会という"信頼と権力"、そして最後に必要なのがお前だ、アリス・ドラル・フレアテイル」

だが、まだ足りない。

遠山にとって、このパン屋クエストの最後のピースはこの世界で出来た竜の友人だった。

「ほう?」

「ドラ子、お前は広告塔だ。この世界の誰もがお前のことを知っている、みんなお前のことが好きで、みんなお前のことを畏れている」

それは、現代において生まれた概念。

憧れ、羨望、敬愛、畏怖。

それすらも、消費活動、経済活動として飲み込む巨大に発達した人類社会。

遠山鳴人は、それが生み出した概念を知っている。

「教会の権威、商品の質、竜という広告塔ーー俺たち、ラザールベーカリーはこの世界に"ブランド"を立ち上げる」

「ブラ、ンド?」

異世界転移。間違いなく、この男はそれをしてはいけない側の人間だ。

異物として、遠山はこの世界に現代社会をもたらして。

「ああ、もう誰にもリザドニアンのことを馬鹿にはさせねー。ずっと目障りだった。一丁前に差別意識と偏見だけは立派なこのクソファンタジー世界がよ」

欲望のままに。

自分がもたらす概念がこの世界に及ぼす影響なぞ知ったことではない。

ただ、気に入らないものをぶちのめす、その欲望から遠山は目を逸らさない。

「そいつら全部、俺たちのブランドでぶっ殺す。欲望のままに、俺らは気に入らねえもん全部ぶちのめして前に進む。蒐集竜、そのためにはてめーも仲間に必要だ」

その強欲は竜にすら手を伸ばす。

「ーーふかか、貴様の私利私欲にオレを付き合わせるか。定命の者よ」

上位生物の静かな言葉。

ヒトの背筋を震わせ、細胞を硬らせる、そんな竜の言葉と視線。

「ああ、そうだ。付き合ってもらうぜ、アリス・ドラル・フレアテイル」

それをまっすぐ受け止めて、遠山は笑った。

「ン…… ごほん、み、みくびられたものよな、このオレも。ナルヒト、貴様ならば知っている筈だ、オレは竜。貴様はたしかに友だが、オレが貴様のそれに付き合う理由はどこにある?」

ドラ子が、少し目を逸らし、ごほんと咳払い。

こっからだ。

遠山鳴人は緊張を気合いと慣れで押し殺す。

修羅場に慣れた彼の身体はその不快感を無理矢理に、悦ぶべき快楽へと変換していく。

「ナルヒト、オレは竜。ヒトとは違う、自由を許された存在。答えよ、定命の小さき者よ。なぜ、其方の言う通りにオレが動かねばならないのだ」

当然の疑問。

竜を己の私欲に付き合わせる。誇り高く傲慢な彼女は、彼女のままに遠山へと問いかける。

「取引だ、ドラ子」

「ほう」

「友達だから無条件でお前にお願いごとができるなんざ思っちゃいねー。だが、交渉の場についてくれるくらいには俺たち"仲良し"だよな」

竜に対しての交渉。

手札は少ない、けれど遠山には確信があった。

この竜はきっと、自分と同じだということを。

「ン" ッーー まあ、そのくらいは良いだろう。友とは互いに歩み寄るものだと言うしな。本に書いてあった」

びたんびたん、ドラ子が急に尻尾を生やして床を叩く。

「ラザール、蒐集竜様、尻尾が……」

「頼む、ストル、俺たちは何も見ていない、見えていない。黙っておこう、な?」

尻尾を揺らす竜の姿に、騎士が目を丸くする。影の牙は自分で自分の目を抑えて、力なくつぶやいた。

「ありがとう、ドラ子。そう、取引だ、これはお前にもメリットがある申し出だ。互いにウィンウィンの関係が結べるんだよ、俺たちは」

「……ふかか、良い、ナルヒト。竜をたぶらかす舌を持つ男、聞かせてみよ、其方の謀りを」

竜が僅かに歩み寄る。

遠山はもう彼女の悩みを、彼女の持つ空白を知っている。

金ピカの鎧野郎として殺し合って、ツガイとして見出され、友人として関係を始めた。

彼女の言葉、彼女の態度。

遠山は、ドラ子がたまに呟くその言葉をきちんと覚えていた。

「ドラ子、まだ"退屈"か?」

「ーー」

蒼い瞳が、固まって。

「思い返してみれば、お前はよく言っていた。退屈だって。なるほど、たしかにお前ほど強くて、なんでも好き放題に出来たら、そうなるのかもな」

「続けよ」

静かに響くは竜の声。

遠山は向き合ったまま、舌を回す。

「取引はシンプルだ。ラザールベーカリーの広告塔をやってくれ。その代わりお前の退屈を俺たちが無くしてやる」

おじけず、不遜に、要求を。

「具体性に欠けるな、どういう方法で、どういう理屈で、その取引は成立するのだ? ナルヒト、心せよ、これは竜との問答ぞ」

固まっていた蒼い瞳に映るのは、僅かな怒り。

ああ、竜も嫌らしい。自分の柔らかいところを他人につつかれるのは不快らしい。

「ヒヒヒヒ、ゾクゾクする目つきしやがって。さっきのストルとの殊勝な態度はなんだったんだよ」

「ふかか、これも信頼よ、ナルヒト。俺と貴様は違う生き物だ。だが、それでもお前はオレを友として選んだのだろう? ならばそれはオレも同じこと」

笑み。

ギザギザの歯が覗くその笑いは、ありありとひとつの事実を表している。

なんて、顔、なんて、顔で笑うのだろう。

アリスはきっと、遠山の友達だ。でも、決してヒトと並び立つ存在ではない。

遠山とアリスは、決して視野を同じく出来る生き物同士ではないのだ。

「言うてみよ、我が竜殺し。この退屈を、オレの感じる空っぽを貴様がどうしてくれるのだ? ふかか、ああ、もしや、貴様、オレのモノになってくれるのかや?」

暴力と、支配。

なるほど、遠山は改めて目の前の友人、アリス・ドラル・フレアテイルについて考える。

竜という生き物は、そもそも他者と共存などする必要がない生き物だ。

故に、どこまで行ってもやはり脅威。

恐るべき存在だ。

「いちいち脅かすなよ、金ピカドラゴン」

ならば答えはシンプル。絶対に怖気ないこと、絶対に退かないこと。

怪物種と戦う時と似ている。絶対に心だけは怯えさせない。

竜との付き合いとはつまるところどれだけ虚勢を張り続けることが出来るかにつきるのだ。

「みくびんなよ、ドラ子。お前はもう俺にそんなことを本気で求めたりはしない。お前は嘘をつかない、お前は、竜は約束を違えないんだろ?」

「ほう? よく覚えていたな」

「忘れるかよ、 鎧(・) ヤ(・) ロ(・) ー(・) 。ドラ子、言葉遊びをするつもりはない。力を貸してもらう、お前は俺たちの広告塔になるんだ」

「だから、それがオレの退屈とーー」

ドラ子の声が、わかりやすく苛立ち始めて。

「ーーこれは、失敗するかもしれない試練だ」

「ーーーー続けよ」

彼女の揺めき始めていた金の髪が、ふわりと垂れ萎んだ。

「俺はここまで揃えた。パン屋の為に出来ること、全てを揃えてここまで来た。そして今、この世界では誰もが知る存在、ハリウッドのスターなんて目じゃねえ本物であるお前を揃えるところまで来た、でも、それでも足りないかもしれねえ」

本音を言葉に。

嘘はいらない。

遠山は竜へと必死に言葉を向ける。

ピコン。

【スピーチ・チャレンジ発生】

【"友達をきちんと仲間に誘え"】

昔、出来なかったことを。遠山は今、この世界で。