軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

81話 竜と正義

………

「…………時に、ナルヒト。貴様、この街に来てから何度死にかけたのだ?」

ドラ子が椅子に深く腰掛け、長い脚を組み替えながら呟く。

少女の姿に変わってはいるが、その目つきは普段の大人の姿と変わらない。尊大な態度が異様に似合う。

「え? ああ、えーと……」

遠山は指折り数え出す。

なんか考えてみるとここにきてから危ない目にしか遭っていないような気がするも、死にかけたというとーー

「だいたい、3.4回か?」

直近の白蛇女との激闘、騎士団とのいざこざ、あとはストルとの戦闘、そして、ドラ子との出会い。

冷静に考えるとやべえな。遠山はふと振り返った自分の冒険を思う。

「ほう、なるほど。な、る、ほ、ど。聞いた話だが、天使教会ともやり合っていたな。ファランに聞いたが、天使教会でも最優と呼ばれた剣の一振りとやり合った、とか」

蒼い瞳が、水色の髪の少女を映して。

「最優の……? あーー」

「………………トオヤマ、何か?」

じとりと、遠山の隣に立つストルが静かに視線を傾ける。

「いや、そういえばお前も結構すごい奴だったな」

「ふっ、そういえば、は余計ディスよ。私の審問官殿」

ストルがふにゃりと笑う。身体の動きに合わせて彼女の流水のような水色のポニテが揺れた。

「…………………」

ドラ子がじっと、遠山に笑いかけるストルを眺めて。

「んん?」

おかしい。今度はドラ子が黙ってしまった。さっきまでなんやかんやいい雰囲気だったのに今度はまた違う感じで雰囲気が悪くなり始めている。

もう、なんもわからん。遠山はアットホームな引っ越し初日という理想を諦めた。

「私の、審問官、か。騎士よ、随分と貴様、中々に面の皮が厚いと見える。ふかか、ヒトの業よなぁ」

「お恐れながら、いと貴き蒐集の竜様、我ら騎士の憧憬の貴女に申し上げます。何が仰りたいのでしょうか?」

2人とも、声色は穏やかだ。

ドラ子の声は穏やかな海の底を思わせる雄大さを。

ストルの声は早朝にだけ現れる朝露が歌うような可憐さを。

「はっ、知れたことよ。オレの友を手にかけようとして、まあ随分と馴染んでおるようだな。我がメイドに聞いた。貴様、ナルヒトを殺しかけたようじゃないか。小賢しい副葬品と、ちんけな秘蹟でな」

海は簡単に荒れ始める。

竜の声、口調こそ穏やか、しかし有無を言わせない迫力が込められて。

「あー……」

遠山は思い出す。なんやかんやで飲み込んだ事実。ストル・プーラ、彼女に殺されかけたということ。

まあ、確かに割とノリで受け入れていたものの、考えてみればーー

「そーいや、ストル、お前最初敵だったな」

おちつけ、冷静に対応しろ。

遠山はドラ子の声がどんどん低くなることに冷や汗をダラダラ流しつつ、表面上はなにも気にしてないように頑張って振る舞う。

「……悪いことをしたとは思っていますディス、あの時の私はあまりにも視野が狭かった、ディス」

「知性が…… 嘘だろ」

「怒りますディス」

ストルが賢い。ということはつまりこの状況は危機に近いものだということだ。

「ふかか、随分とまあ、仲が良いのだな」

「ッ」

「うお」

その危機が、ふっと笑う。

それだけで、ストルと遠山を質量のある圧迫感が襲う。竜、上位生物にのみ許されためちゃくちゃな存在感。

縦に裂けた虹彩、蒼い竜眼がスウッと、細められていた。

「ああ、ナルヒト、楽にせよ。別にこれは貴様に向けたものではない。知っているさ、貴様がくだらぬ嫉妬などが嫌いということはな」

ふっと、遠山に対する圧が嘘のように消える。胸を抑えられたような圧迫感、手の痺れ、全て、なく。

コロコロとドラ子の顔は当たり前の少女がわらうように朗らかだ。

「ーーえらく、竜に気に入られておいでで、審問官殿?」

「うるせえよ」

冷や汗をかきつつも、ストルが戯けて視線を遠山へ。

竜に睨まれてなお、まだ割と余裕がある辺り大概な存在だ、遠山は改めて第一の騎士の格を理解する。

ストルもまた、特別なーー

「騎士、単刀直入に言おう。貴様、よくもまあオレの友を殺しかけておいてぬけぬけと、其奴の近くにおるものよな」

手入れされた指の爪をいじりつつ、しかし、竜の瞳は騎士を捉えて離さない。

「いと尊き蒐集の竜よ、何がおっしゃりたいので?」

騎士の澄んだ湖のような瞳もまた、竜を映して揺るがない。

「不愉快だ、そう言うておる。繰り返すがこれは嫉妬ではない、貴様が妙にナルヒトに近いのも、ナルヒトが妙な信頼を貴様に寄せていることも関係ない、嫉妬ではない、ないのだぞ」

「ええ………」

ほんとにぃ? と聞きたくなるドラ子の言葉。だが雰囲気的に茶化せる感じではない。

「不愉快、ですか。であるならばお恐れながら竜よ、審問官の側仕えとして私も貴女に申し上げても?」

「ほう、いいだろう、オレの威圧を喰ろうて平静を保つその意気に免じよう」

竜の静かな怒気を真正面から受け止めつつ、ストルは平静を保ったまま。

水色の瞳が、僅かに狭まめられた瞼によって薄く覗いて。

「竜よ、竜殺しに対する初見での対応がお気に召さないと言うならば、貴女はどうなのですか?」

「…………なに?」

ドラ子の怒気の濃度が、むわりと濃くなった。

「いえ、友人として、ええそう、ただの 友(・) 人(・) と(・) し(・) て(・) 貴女が私の審問官をご心配なさるのはよく理解しました、確かに貴女の言う通り、私は彼を一度は殺そうとしましたから」

ストルがブーツの靴底で磨かれた木のフローリングを叩きつつ、机の上にある小さな観葉植物の葉を撫でる。

細い指が、つーっと葉を抑え、その上を滑って先端を弾いた。

「ならばーー」

「ですが、竜よ。それは貴女も同じでは?」

竜の言葉を、騎士が遮る。

首を傾げるストル、流水のように滑らかに動きに合わせて動くか彼女のポニーテールがしゃらんと揺れて。

「……………なんだと」

とん、とん、とん。とんとんーー。ドラ子の机を叩く人差し指の動きが、止まった。

「黒髪の冒険奴隷である彼を、貴女は殺そうとしたはずです。同じじゃないですか、私たち」

クスリ、ストルの喉が愉快げに鳴る。

水色の瞳はいつしか、濁っている。山奥の貯水池、その底に溜まり切った泥と藻を混ぜ込んだような、そんな目だ。

「あ、あの、ストル? ストルさん? お顔、お顔がね、なーんかとても怖ーー」

なにか、まずい。遠山がストルに声をーー

「審問官殿、今は私と竜様のお話ですので」

「あ、はい」

ニコリと微笑むストルの笑顔、いや、違う、笑っていない。ニコリと閉じられている瞼、それが僅かに開かれ、ドブのような瞳が覗いている。

ドラ子や人知竜がたまにする、笑顔なのによく見ると全く笑っていないあの顔だ。

遠山をしてもうなにも言えなくなる何かがあった。

怖いからもうしゃべるのをやめた。

「竜様、私と貴女は同じですよ。立場が少し異なるだけ。貴女は友人として、私は側仕えとして。互いに竜殺しのことを案じています」

愚かな少女は、生まれた時からある業を背負っていた。

連綿とヒト、人類種の中を渡り歩き時代の節目に顕現していた種のシステム。

7つあるシステムの内の一つ、苛烈で強力、故に狭量でもあるそれ、"正義"。

「私も、心配なのです。竜よ、貴女は私の審問官を一度は殺そうとした。元来、暴力と支配が欲求として存在する貴女が私の審問官に固執している。ええ、彼の護衛を仰せつかった身としては、貴女は立派な脅威です」

愚かな少女は、教会の中に己の正義を見出した。それを成すこと、それを守ることこそが絶対不変、この残酷で曖昧な世界の中で唯一信じられることだと。

そして、少女はいつしか教会最優の剣となり、その正義は更に固く、そして歪んで形成されていた。

正義の依代、幼体は歴代皆、こうして内側から蝕まれ、システムに成り果てていく。

彼女はその愚かさゆえに、正義の侵食は比較的緩やかではあったが、いずれストル・プーラも完全に"正義"の容れ物に成り果てるーー

ーーそのはずだった

「私には義務があります、私は私の審問官を失うわけにはいかないのです」

真っ直ぐに、ああ、しかしその中にあるものが澱のように滲み出ている淀んだ瞳で騎士が竜を見つめる。

「……このオレが、ナルヒトを害すとでも?」

「それが貴女様の、竜の本質であることは確かかと。貴女は決して……ヒトではないのですから」

ストルの言葉、僅かに言い淀んで放たれるそれが竜に届いた。

時間にしては数秒の沈黙、だが、遠山にとっては馬鹿みたいに長い静寂。

部屋の中を滞留する空気たちすら、この部屋にはいたくないと言わんばかりに彼らが流れる音が聞こえてきそうな、そんな静けさーー

「………………懐かしい香りだ。これは、どの竜の記憶だろうか」

穏やかな、声だ。

竜の柔らかな視線は、ストルを見ているようでその実、何かもっと遠いものを見つめているような。

悠久の時を生きる上位生物の眼差しは、ヒトのそれとは本質的に何かが違う。

「……何か?」

ストルが眉を吊りあげる、ドラ子の予想外に穏やかな反応に毒気を抜かれたようにその瞳から濁りが消えて。

「少女の騎士、よくぞ吠えた。ああ、貴様のことは知っている。オレの中に流れる竜の血がざわめくゆえにな。"正義"の器、幼体か」

竜は、その7個ある命の落命と復活を繰り返す生き物だ。

滅びと再生を繰り返す円環の中で、数多のものに触れる生き物だ。

その繰り返しの中、既に滅んだ竜の命と混ざり合うこともある。

古い大戦の時、竜をすら狩る集団の中にもまた当代の"正義"はいたのだろう。

その鮮烈な竜狩りの記憶は、最も新しき竜、蒐集竜、アリス・ドラル・フレアテイルにも引き継がれていて。

「ヒトの安全弁、数多の時代とヒトを渡り歩き連綿と引き継がれてきた役割の象徴。ふかか、此度はずいぶんと、まあ、生意気にもまっとうに育っているではないか」

「なんの、話をしておいででしょう」

ストルの言葉に、ドラ子がふふんと笑う。

「貴様の話だ、正義の幼体。古い記憶、あ奴らは皆、盲目的で、愚かだった。だが、貴様は違うと言うておる、ああ、でも、昔も似たようなのが1人……」

「古き竜のお話を聞けるのは騎士としてこれ以上ない喜びです」

「ハッ、賢しらに喋るではないか。盲目的に正義を求め、それを為し、果ては正義の人形となり朽ちる、ああ、貴様の言う通り、オレはヒトではない、だがそれは貴様もだろう。ヒトを超えたナニカ、正義の容れ物よ」

竜の言葉に、ストルの一切の動きが止まった。

蒼い竜眼、深海の奥底にて湧く火山のように揺めき、蠢いて。

「貴様は、ヒトではない。定命の身体に、不滅の魂。数多の肉体を渡り歩き継がれたこの世界の法則そのもの。オレ達と起源を共にしたこの星のルールの一つ。そんなものがオレの友を殺しかけたのだ」

同じだ。

ストルの言う通り、彼女達2人は存在こそ異なるものの似ている。

この世界において、 役割を担うもの(ロール・プレイ) 、運命を定められた存在たち。

「不愉快だ、ああ、不愉快だ。貴様、どのツラ下げて我が友のそばにおるのだ。ここにナルヒトがいなければ、消し炭にしてやりたいものだ。よくもオレの友に手を出したな」

故にこそ、竜は怒る。

竜ですら制御できぬやも知れない大きな存在が己の友へその牙を向けたことを。

その場にいることが出来なかったこと。友が、己の手の届かぬ所で死んでしまうかも知れなかったこと。

執着。

竜は己の宝に触れられることを強く嫌がるものだ。

アリス・ドラル・フレアテイル。瞳の中で金色の焔が煌めく。蒼い瞳の中でちらつく闇夜に閃く火花に似ていた。

竜の意に従い、気に入らぬもの、下らぬものを灼きつくす金色の焔がアリスの金のお髪に纏いて。

「ドラ子!」

まずい、流石にそれはやばい。

遠山が竜を止めようとーー

「ーー確かに私は、一度は彼を殺そうとしました。教会の正義のもとに、それが正しいこととして」

その必要はなかった。

遠山の言葉より先に水色のそよ風が舞ったから。

ピコン

目を見開く遠山、視界にはいつものあのメッセージ、それとーー

【"竜災"の兆候を確認。人■軌■、"正義"の覚醒が進行しました】

竜、強大すぎるが故に世界はそれに対するカウンターをいくつか用意した。

王国において見出される竜を殺せる可能性があるアイテム、" 漂竜物(アンチ・ドラゴン) 、そしてーー

【人■軌■"正義"、起動ロール、失敗。遠山鳴人とキリヤイバ、テ●●ダ■■ノタ●●が付近にいる為"正義"の覚醒はこれ以上進行しません】

ーー冒険者向けの安物市で大銅貨5枚で売っていた安物の剣で竜の焔を斬り払う騎士の姿。

「私の中には、貴女の言う通り何かが棲んでいます。それは私の悪性、私は昔から善悪をそれに委ねて生きてきました。何も考えず、何も疑わず、たくさんのものを斬りました」

焦付き、先端が溶けた剣、しかし騎士の剣、は竜の焔すら捌き切る。

教会が用意していた"竜"へのカウンター、そのひとつ、ストル・プーラの役割はそれだ。

「その刃が、オレの友に向かわぬ保証がない。貴様は貴様を御すことは出来ぬだろう。オレにはわかる、貴様は抜き身の刃、正義という法則そのもの。貴様はいつか必ず、正義に堕ちる」

竜の記憶は知っている。歴代の正義、その担い手は皆全て容れ物に堕ちた。

何世代もの時を経て、歪みに歪んだ正義の醜さ、アリスはそれを竜の継がれた記憶の中で見た。

そんなものが己が友のそばにいる。焦燥、アリスを苛立たせるのはそんなあまりにもヒト臭い感情で。

「……竜である貴女の言葉はきっと、正しいのでしょう。貴女から見て、私のことが気に入らないのも、信用出来ないのもわかり、ます。この身の奥底に、私自身分からないナニカがあるのも」

ーー愚かな少女は生まれながらに業を背負っていた。いつか必ず自分は自分の中に巣食う何かに成り代わることを。

それが逆らえぬ己の運命だと知っていた、故に目を逸らした、愚かにまっすぐ他のことに目を逸らし、たま盲目に目の前の正義に従った。

彼女はゆっくりと、愚かなままに、目を逸らしたままに、"正義"に腐る。

それが本来のストル・プーラの運命だった。

そのはずだった。でも、もう違う。

「で、あるならばーー」

「それでも」

遠山鳴人の自我、欲望のままに進むその欠けた自我、決して 完(・) 成(・) し(・) な(・) い(・) その自我は、多くから影響を受ける、故にその自我は多くのヒトを冒していくのだ。

「ーーそれでも私は、"トオヤマナルヒトの剣"です。私がそう決めた、私の正義は今、彼の鞘の中にあります」

【"拡大する自我"により、"正義"からストル・プーラへの干渉は失敗しました】

「私は自分で決める、もう二度と他人に、自分以外の何者にも私の選択を委ねることはしません」

既に彼女は教会の正義の剣ではない。

遠山鳴人と同じ、我欲の塊、己で己の人生を切り取り、進み、冒していく者の1人だ。

竜にすら、もうストルの選択を変えることは出来ない。

「…………気に入らぬ、見えぬ者よ、竜の眼を以ってしても奥底を見通せぬその言葉。はあ、まったくどうして、あの老竜といい、貴様といい、面倒な者ばかりナルヒトに近づくのか……」

目を細め、眉間に皺を寄せるドラ子。

悩む、悩む、竜は悩む。

ああ、退屈なままならば、彼女が彼女のままであるならば不変の生き物、竜そのもののままであるならばこんな苦悩はきっとしなかっただろう。

奇しくも、この時、ある場所で蠢く"幸運"の言葉通りに、竜は変わりつつあったのだ。

拡大する自我は、竜をすらーー

「騎士」

「は」

「ならばオレも同じことよ。オレは竜、どこまでもいこうと貴様ら定命の者と同じ存在ではない。この身には暴力と支配が宿業として渦巻く、だがーー」

ドラ子。アリス、蒐集竜に与えられた遠山鳴人の友人としての名前。

ああ、それを受け入れた時点で、竜はおかしくなっていた。

「それでも、オレはナルヒトの友人だ。友達は支配するものではないのだ」

竜は己のルールのみに従う。いま、蒐集竜のルールは竜という生き物のルールをすら乗り越えた。

暴力と支配、それに依らぬ他者との理解が今ドラ子のルールだ。

「…………本当に、お変わりになられましたね。蒐集竜様」

「貴様が言うな、正義の幼体」

竜と正義、あいまみえる。

片や上位の生物。世界の概念そのものが生き物の形となった規格外の生命。

片やヒトの中より出し特異点。星が選んだヒトという生き物の生存を確立する為に生まれし免疫システム。

だが、どうしようもなくその両者は今、本来あるべき姿からかけ離れて。

「……貴様を変えたのは、オレの友か」

「貴女を変えたのも、私の審問官でしょう?」

蒼い瞳と、水色の瞳。

互いに移すのは癖っけの強い黒髪の男。さっきから何度も空っぽのコップに口をつけて水を飲むフリしながら場を誤魔化しているちっぽけな男。

「ふかか」

「ふふふ」

顔の良い竜と騎士が同時に笑った。互いに互いを視界に入れて。

「こわ〜」

え、なにこれ、2人笑って動かねえんだけども。

思わず漏れ出た声、遠山は水差しをようやく手元に引き寄せて水を注ぐ。

「良い、気に入らぬが、資格はある。名前を聞こう」

「ストル、ストル・プーラ。教会の第一の剣、いえ、今は審問官、トオヤマナルヒトの剣ディス」

険の取れた竜の言葉に、騎士が返す。

竜はしばらくの間、眉を顰めてふーっとため息をついた後、何回か小さく頷いた。

「ストル、しばしの間、沙汰を待とう。ナルヒトの剣として貴様がその本質を従えるというのならば、見逃してやらんこともない」

「慈悲深き竜に感謝を。ですが、ご安心を。私は私の審問官を傷付けはしませんので」

腰を折り、左胸に右手を添えて騎士礼。

ストルが視線を遠山に向けて。

「……その、私の審問官というのはやめよ」

竜が静かにつぶやく。

「ふふ、事実ですので」

騎士が、微笑む。

その様子が気に入らなかったらしいドラ子が真顔になって。

「は? なら、オレだってナルヒトはオレの竜殺しだが?」

「…………それは、ずるいディスね」

「なんのマウント?」

遠山が思わず言葉を漏らす。

少し考えるとこの場にいる女、2人ともに一度は殺されかけている。

奇妙な縁だ。自分の目的、たどり着くべき場所に行く、それを邪魔する者は全部全部始末してきたつもりだった。

例え1人でも、独りのままでもそこに行くと決めていた。なのに、気づけばどうだ。

「ストル、貴様を下し、首輪をつけたナルヒトに免じてしばし見逃す。だが、距離感を弁えよ、貴様は友人ではなくナルヒトの剣ゆえにな、繰り返すが嫉妬ではない」

「ええ、剣として側に。そこを履き違えるつもりはありません デ(・) ィ(・) ス(・) 、偉大なりし蒐集竜、フレアテイル様」

「名前を呼ぶことまで許したつもりはないぞ、ストル」

「失礼を、蒐集竜様」

目の前には、あの金ピカ鎧野郎とクソバカ騎士。最初の出会いは最悪で、でも話してみれば割と2人とも良い奴で。

そんな奴らが言葉こそ悪いものの、少なくとも互いに殺し合うことはなく目の前にいる。

「……間違いじゃ、なかったのか」

人生とは選択の連続だ、遠山は昔読んだ本の内容を思い出す。

自分が今まで下してきたたくさんの選択、そのどれもが100点満点の大正解である自信はない。

でも、きっと後悔はない。自分が選んだ、欲望のままに遠山は全ての判断を自分で下した。

自分で決めて、自分で選ぶ。人にはきっとそれが重要なことなのだ。

「ドラ子、悪い、心配してくれてありがとな。でも、ストルは俺が選んだうちの人間だ。大丈夫さ」

「む………」

「んで、ストル、ドラ子は確かに俺とは違う生き物だ。でも、俺の友達だ。だから、大丈夫だ」

「ディス……」

遠山の言葉に、竜と騎士が口を噤む。

「正義の幼体、騎士ストル、オレの友の言葉だ。友達の言葉をオレはよく聞く。なので貴様を認めよう」

「最も新しき竜様、感謝を。彼の剣として謝罪を。貴女が彼の良き友人であり続けてくれることを剣として願いますディス」

彼の、という言葉を2回も。

ドラ子がまた嫌そうな、家の中でゴキブリを見つけたような顔になる。

「…………ふむ、ナルヒト、こやつやはり少し距離をおくべきではないか? あの老竜と似たようなメスくさい香りがするぞ」

「メス? なに言ってんだドラ子、ストルだぞ」

「トオヤマ、その認識はどういう意味ディス?」

神妙な顔でつぶやくドラ子、眉を傾ける遠山、静かに微笑むストル。

綱渡り、本来の運命ならばあり得ない光景がここにある。

既に、メインクエストは崩壊しているのだ。

「お待たせ! アリー、ストルちゃん、お兄さん、 ラザールさんのパンが焼き上がったわ!」

かちゃり。

最高のタイミング、おそらく測っていたのだろう。ニコが、にぱーっと微笑んで部屋に現れる。

「ナイス、ニコ」

遠山はつぶやく。

ここまできた。

だから、今は穏やかに。願わくばもう死にかけることなんてないように。

心配性な竜の友も、バカの騎士の仲間も、こうしてただいがみあう程度ですみますように。

こころのすみっこで、遠山は少し祈る。

本気では祈らない。遠山は知っている、この世には神も仏もいないことを知っている、あるのはただ、ただ、クソのような現実だけ。

それはきっと、この異世界も同じだろう。

だから、少し、それでも、少しだけ祈る。

願わくばーー、その程度の自由と救いがこの世界にどうかありますように。