軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

79話 竜の訪問

…………

……

「ほう! なかなかに悪くない家ではないか」

ドラ子、アリス・ドラル・フレアテイルが目を輝かせる。

魔術式により普段より幼い姿となった彼女は本当に街にあたりまえにいる育ちのよいお嬢様にも見える。

全体的に落ち着いた濃い茶色の木の壁や床は目に優しい。モンスターの脂を丁寧に濾して作られたワックスにより部屋の建材は全て黒く光っている。

しっかりした作りのテーブルに、椅子は帝都で人気の家具職人のオーダーメイド。

敷かれた絨毯は、西領にある帝国有数の芸術と水の都市、"ブルーリー"から取り寄せた一品物。

「なるほど、銭ゲバめ、中々に味な真似を。家の建材も、家具も悪くない。ふむふむ、この椅子は…… トラウリーの作品だな。ふむ、木目の綾を接合部分で重ねておる。奴の祖父と作品の癖が似ておるわ」

蒐集の竜。その名の通りアリスは人界にあまねく広がる価値ある物を集めるのが趣味だ。

その審美眼は一目でこの屋敷の価値を見抜く。

「わあ、アリー! いらっしゃい、久しぶり! 元気にしてたかしら!」

一足先に屋敷内に入っていたニコが屈託のない笑顔をアリスへと向ける。

「ふふ、久しいな、ニコ。うむ、良い良い、少女はこれくらい元気があるのが良い」

真っ直ぐな少女の笑顔は竜でさえ絆す

「まあ、少女なんて! アリーとそんなに変わらないのに! アリーって何歳なの? 私は多分……12?」

「ふかか、その10倍くらいよな、ニコ。ふむ、ほかの子らも息災で何より。良くナルヒトの助けになっており感心、感心」

アリスがニコの頭を撫でながらムフーと満足げに鼻息を吐く。

「誰目線だよ」

遠山は短くぼやきながらも、アリスとニコが馴染んでいる姿を見て少し安心する。

「竜にとって幼きヒトは面白うてな。みよ、こんなにも弱く儚くとも息をしてこの世界に根付いておる。よくぞ、ここまで生き抜いたものよ」

「だから誰目線の感想だよ」

どこか超越とした姿、ニコを見つめるドラ子の目はとても優しい、祖母が孫を見つめるそれに似ていた。

遠山の知らない目だ。

「竜目線だ。む、ほほう、面白いメンツを揃えたものよな、ナルヒト」

竜眼。

深き海の底、高き空の境目の青色。

縦に裂けた竜の瞳が遠山の一味を一人一人見つめる。

上位の生き物の本質、他者を見定め、選ぶ。そんな自然な傲慢の表れ。

「ヒギッーー コホン、……………トオヤマナルヒト、ちょっーといいかしら」

その中で1人、とても素直な反応、正しく竜を恐れるヒトが悲鳴をあげる。

見事に逃げ時のタイミングを失い、流れのままに部屋の中にいた天使教会主教、カノサ・テイエルフイルドが遠山を呼ぶ。

「へい、主教サマ」

「ヘイ、じゃねえのよ。 ちょ、ねえ、ねえねえ、あのナチュラル上から目線の美少女ちゃん、私、どー見ても見覚えとなじみ深ーい冷や汗の感覚があるんですが!? も、ももも、もしかして、あの白いワンピースで海辺とか歩いていてほしい金髪美少女って、蒐ーー」

「ああ、うん、ドラ子。すごいよね、姿変えれるんぁぜ。あれ、来るって言わなかったけ?」

「言わなかったけ、じゃねええんだよ、このすっとこどっこいがよおお……なああんで近所の友達が遊びに来る感覚で竜が遊びに、あー、そうでしたー、うちんとこの審問官と竜はオトモダチでしたー」

百面相。

冷や汗を見せたかと思えば、ドラ子の容姿を見て涎を垂らし、その直後には顔をピキらせ、最後には全てを諦めたようにタハっーと笑う。

おもしれー女がそこにいた。

「し、主教様、落ち着いて……」

スヴィが百面相を繰り返す主教を宥めようと。

「スヴィちゃあああん? これが落ち着いていられるかしら?! 見なさいこの男の憎たらしい目を! コイツ、全部計算! 私たちがもしラザールのパンを認めなかった時の予備プランとして竜を!!ーー「ふむ、憎たらしい目の男とは誰のことだろうか、銭ゲバよ」

差し込まれる竜の一言。

「ーーこちらの麗しい目と清廉潔白な人物を教会の審問官に迎え入れられたのはほんとに光栄なことですね、そうですよね、聖女スヴィ」

「主教様のお言葉のままに」

すっと、対応を変える主教。朗らかな笑顔、宗教画に出てきそうな顔だ。

素晴らしき身の振り方、これこそが天使教会主教。 カノサの才覚。

「ふかか、相変わらずよの、銭ゲバ。よいよい、ナルヒトともうまくやっているようで安心したよ」

その対応は正解。竜は特に機嫌を悪くした様子もなく笑う。

「は。かの者は本当に素直で清明かつ潔白で、ケッパクデ…… 我々としても心強い存在として頼らせて頂いております」

ギリっと、主教が口の中の肉を噛む音が遠山にも聞こえた。

「トオヤマ、主教様すごいディスね」

ストルにもその音は聞こえたらしい。己の組織の最高指導者が思ったより愉快な人間であったことを彼女なりに受け入れているらしい。

「ああ、大人には思ってもないことを真顔で言わないといけない時があるからな。アイツは相当な大人だ」

「誰のせいだと思ってんのよ、このすっとこどっこい…… コホン、蒐集竜様、御身にたまさか拝謁出来るとは恐悦の極み、天使の導きに感謝を」

「退屈せんで済むよ、銭ゲバ。それにしても良い家を用意したではないか。うむ、ナルヒトやその一味の拠点だ。これくらいではないと務まらんよな」

「……と、当然にございます。蒐集竜様がお寄りになられる場所と思い、私、いえ、教会の用意できる最高峰の家を用意させて頂きまして」

「む? オレが、寄る?」

何気なく呟かれた主教の言葉がーー

「え? ……竜殺しと蒐集竜様は ご(・) 友(・) 人(・) 拝しておりますので…… え?」

「……………」

ーー竜の何かを傷つけた。

「……うそ、スヴィ、スヴィ、私、やらかしたの、死ぬの?」

「大丈夫です、主教様が死ぬ時はわたしも死にますから」

「何も大丈夫じゃないのよ」

割と余裕がある主教と聖女が言葉を繰る。

「銭ゲバ」

「はいいいいい!!」

竜の一言に、主教がびしいいいいと直立不動。

「貴様から見て、オレとナルヒトは友人に見えるのか? 普通のヒト同士の、友達に……」

アリスから表情が抜け落ちている。美しい顔はまるで造られた人形にも見えて。

「ッ、〜〜はい、仰る通りに。約束を交わし、互いの住処を行き来する。これが友人関係でなく、何と言えますでしょうか。少なくとも、私の目には御身と、トオヤマナルヒトは良き友人として写っております」

刹那。

主教の灰色の脳みそに駆け巡るさまざまな問答。100は浮かんだ返答の中、しかし最後に選んだのは真実を語ることで。

「……………そうか」

「スヴィ、私の棺桶には帝国の貨幣をそれぞれ一種類ずつ入れてね、それだけでいいわ」

「そのように"羽"に伝えておきますね。わたしもおそばにいますから」

「…………む、こま、るな。うむ、困るぞ」

そして、主教のそれは正解だった。

「へ?」

「なんだ、その、銭ゲバよ。そのようにはっきり言われると、少しむず痒いではないか…… ふかか、そうか、トモダチに見えるのか、オレとナルヒトは……」

先ほどまで、無機物の如き静寂な美を備えていた彼女の顔が変わる。

赤く染まる頬、緩む口元。金の髪は細く白い指でくるくる弄ばれる。

ニヨニヨと柔らかな視線。

竜は明らかに照れていた。

「え、うそ、セーフ?」

主教、びっくり。まるでただの思春期の少女のようなその竜の姿に思わずタメ口。

「ふ、フフフフ、そうか、そうなのか、友達に見えちゃうのかぁ…… そうだ、ふかか、オレとナルヒトは友達なのだ、あの老竜なんぞ、気にすることなどないのだ」

にへらーっと、相好を崩したまま竜が微笑む。

「……ナルヒト、蒐集竜殿がなんかナヨナヨしてるが、声をかけた方がいいんじゃないか?」

「なんか怖いからヤダ」

ラザールが、ボソリと口添え。遠山はそれを眺めて首を振る。

「ふふふ、む、おお。そこの黒髪の幼な子、確か、名前は……」

「る、ルカ、です」

機嫌を良くしたらしい竜が部屋の隅で掃除をしていたハンチング帽の少年、ルカを見つけた。

びくり、声をかけられた瞬間、ルカの体が小動物のように震え上がる。

「ふかか、良い。怯える必要はない。貴様がナルヒトの一味である以上、オレが貴様を脅かすことはないのだ。だが、半ば鋭い故に貴様だけ必要以上にオレに怯えているなあ」

ニヨニヨ、歪む口角からアリスのギザ歯が見え隠れ。おもちゃを見つけた猫を思わせる表情だ。

「ひ、い、え、そんなこと」

「お、おい、ルカ、どうしたんだよ、アリーさん、そんなこえーひとなのか?」

様子のおかしいルカに対して隣のリダが声をかける。彼の声はあくまで呑気、少なくともリダにはアリスが恐ろしいものには思えないらしくて。

「リダには、……見えないの?」

「え?」

ぼそり。ルカの呟き。リダは眉を吊り上げて戸惑うだけ。

「ふかか、リダ。聡明な少年、貴様が普通なのだ。ルカのように見えずとも良い者が見えるものの方が少ない。のう、ルカ、貴様には、オレがどのように見えているのだ?」

一歩、アリスがルカへ歩みを寄せる。

「あ、う……」

ルカは手に握っていた雑巾を取りこぼし、一歩退がる。

その様子を見て、竜がその瞳を歪ませて。

「コラ、ドラ子」

「イテッ」

コテッ。

竜の瞳が閉じられた。

遠山チョップ。ルカを脅かしているドラ子に対して遠山がズバっと軽く手刀をかます。

主教や聖女はその様子を見て、机に項垂れる。

「ナチュラルにドラゴンマウント取ってんじゃねえ。ルカが半泣きだろうが」

遠山が半泣きのルカを指差してドラ子にぼやく。手刀の素振りをしつつ、必要ならあと数発は食らわせる気だった。

「ふかか、見所ある定命の者を見つけるとちょっかいをかけたくなる竜のサガ」

キランと目を輝かせて笑うアリス。遠山に頭へ一撃を食らわせられたことについては気にしていないらしい。

むしろ、その眼はどこかウキウキしていて。

「迷惑な生き物すぎるだろ。ルカいじめんならもうこの家には遊びに来させねーぞ」

「ふかっ、そ、それはやめよ。ルカ、すまぬ、許せ。暇を持て余した竜の戯れぞ」

少し真顔に戻ったアリスが、ルカに対してペコリと頭を下げる。

竜が、こどもに頭を下げた。遠山鳴人の言葉通りに。

その様子を見たラザールやストル、主教達。この世界の常識を知る者はみんな真昼に幽霊でも見つけたように、そっと目を逸らした。

「ルカ、驚かせて悪いな。この金ピカドラゴンは力は強いかもしれねえが大丈夫、悪いやつじゃない、それにもしコイツがお前に悪さしようとも俺がいるから大丈夫だ」

「に、兄さんが?」

遠山の言葉にルカが信じられないものを見たように目を丸くする。

「ああ、俺の方がドラ子より強いからな。なんせ一度はもう完膚なきまでにぶちのめしてるから。一撃だ、一撃」

まあ、嘘は言ってねえだろ。もう一回戦えば多分余裕で負けるけども。

遠山はヘラヘラしつつ、ドラ子の様子を確認する。怒ってないよね?

「む、むむ、真実であるが故に微妙に言い返せぬのが歯痒いな。ナルヒト、リベンジマッチはどうだ?」

「残機有りはレギュ違反なのでNG」

大丈夫みたいだ。ニヤリと笑うドラ子から怒りは感じられない。

「ふ、ふふ、そうか、ならば仕方あるまいて」

その気安いやりとりを喜ぶようにドラ子が口に手を当てて笑う。高飛車な物言いとは裏腹に、やはりその所作には気品が常に。

「す、スヴィ、改めて思うんだけど、なんであのキツネ目野郎は竜に対してあの態度許されてるわけ? お金?」

「お金という問いかけの意味は本気でわからないですけど、わたし、少し竜様の気持ちわかりますよ?」

「マ?」

「……はい、心地よい、ものですよ。自分の力とかそういうの無視して歩み寄ってもらうのは、存外に」

「え、ええ……なにそのふわふわした感じ、なんでスヴィ、共感してる感じになってるの?」

聖女の目つきは優しく、何か温かなものを眺めるような目で主教をじっと見つめていた。

「そういえばナルヒト、一つ聞いてもよいか?」

「なんだ?」

とさっ。ドラ子が椅子に座る。視線で遠山に席を促し、遠山もそれに従って対面に座る。

少しの沈黙。

それからにっこり、竜が笑う。

それはそれは、穏やかな微笑み。

「この前、オレの寝室に老竜と共に現れたな。アレは、なんだったのだ? ああ、いや、別に責めているわけではないのだが」

ああ、でも、遠山は気づいてしまった。

細められた目はしかし薄目がちに開かれていて。

竜の目は笑ってはいなかった。

「……………?! あ、あんた何してんの?」

主教が取り繕うこともなく遠山へ呼びかける。もうなんかアレすぎて半笑いになっていた。

「おー、おー? ……悪い、そん時意識失っててよー、あんま覚えてないんだわ」

ピリ。

肌に感じる威圧、毛穴がゆっくり、ゆっくり開き始めてチリチリと痒くなる。

竜の持つ威圧に身体が反応し始めていた。

「ふむ、そうか。いやなんだ、しかし、ずいぶんと貴様、あやつと仲が良いみたいだな」

「あー? ……考えてみたら確かに、人知竜には色々助けられてんな。今度きちんと礼をした方がいいか?」

遠山は頑張って表情を変えずに対応する。

さっきまでほのぼのしてた感じなのにどうして……。

「な、ナルヒト、ナルヒトナルヒト、頼む、ここから先は言葉を選んでくれ」

ラザールがそっと、遠山の側に。潜めた声は重たく、僅かに震えている。

「どうした、ラザール、すげえ汗だぞ、……あれ?」

ラザールの言葉に返事をしつつ、遠山が細い目を自分なりに精一杯開く。

「…………どうした? ナルヒト」

声は柔らかい。だが、目がやはり笑っていない。いや、きっと本人は笑っているつもりなのだ。

「い、や、別に。悪い、ドラ子、少しタイム! ラザール、ストル集合!」

遠山が愉快な仲間たちに集合をかける。

その裏でそそくさと、部屋から去ろうとする人影がーー

「あ、そろそろ私達はこれで……」

「待てい。家主殿、そんなすぐに帰ろうとすんなよ。おもてなしさせてくれ」

すーっと、去ろうとしていた主教の細い肩を遠山が雑な手つきでがっしりと掴む。

遠山と主教、互いにニコニコ笑顔のまま、固まる。

「いやいやいやいや、お構いなくお構いなく、ほら、アレだから、もうほんとお腹いっぱいだから」

「いやいやいやいや、そんなすぐに帰んなよ。ほら、せっかくドラ子まで遊びに来てくれたんだぜ。アンタら帝国の人間からしたら竜は縁起物なんだろ?」

「いやいやいやいやいやいやいや、竜殺しと竜様の間の邪魔になったらアレがアレで、あれでしょう? ほら、言うじゃない、デーガメンの恋慕を邪魔する者は大空洞に落ちるって」

「諺は知らねえんだよ、学がねえから」

逃がさん、お前だけは。遠山は主教を引き留め続ける。

「銭ゲバ、帰りたいのか?」

ぼそり。竜の呟き一つ。

「いえ、我らが竜様。とんでもございませんわ。貴女様と同じ空間にいられること、この上なく光栄に」

主教が、切り替わる。遠山の手を掴んでニコニコと微笑む。

「うわ、すげえな。てか、なんかドラ子、あいつ角生えてきてんだけど。ドラゴンじゃん」

ふと、先程までは隠されていたドラ子の角がその髪の毛の隙間から覗き始めていた。

「今ほんとその感性捨ててくんない? アンタのせいで竜が不安定になってるのにそのとぼけた感じマジでムカつくんだけど」

主教が真顔で遠山に詰め寄る。

「ナルヒト、いいか、頼む、あのお方はお前にとっては気安い友人かも知らないが、"竜"なんだ。慎重に言葉を選んでくれ」

ラザールまでもが真面目な顔で遠山に詰め寄る。この空間にいる大人の中にもう余裕がある人物はいなかった。

「なるほど、わかった。やい、ドラ子」

「む?」

「不機嫌になるのやめてくれ。周りの連中がビビってる。俺の言葉が気に入らなかったら謝る、でも俺にはどこが悪いかわからんから教えてくれ」

ドストレートに遠山が、笑顔のままのドラ子へ。

「ああ……… もうほんと嫌い……」

「水、水が飲みたい……」

主教とラザールが頭を抱える。常識がある人間ほど苦労するのはどの世界でも同じらしい。

「…………ふ、む」

ドラ子が宝石の如き竜眼で遠山を見つめる。

鏡のような目。遠山は一瞬気圧されるも目だけは決して逸らさない。

「ふむふむ、たし、かに。オレは今、確かにイライラしていた。ナルヒト、貴様があの老竜のことを話すのはやはり、妙な気持ちになるな」

ドラ子が、ゆっくり何かを確かめるように自分の顎を撫でる。

「なるほど。人知竜の話をするのが嫌なわけか。じゃあ、お前の前でアイツの話はしねー」

「む?」

遠山は知っている、思い知らされている。以前の夜遊び、あの夜にホストにならざるを得なくなった原因。

自分の他人に対する関心や理解度の乏しさ。それを反省していた。

故に歩み寄る、理解しようとする。理解できぬ存在、ヒトとは異なる生き物といえども話を聞くことだけはやめない。

「む、む、む? いい、のだろうか。……やっぱりダメだな。この前と同じだ。ナルヒト、貴様と色々話したいことがたくさんあったのに、いざ顔を見るとあの老竜に抱えられていた貴様の姿ばかりが思い浮かんで仕方ない……」

「それが嫌なのか?」

聞く。聴く。竜の言葉を聞く。

「嫌だ」

竜がヒトに言葉を向ける。端的に溢れる言葉は竜の心そのもの。

「貴様の危機を、貴様の救いを、オレ以外の存在が果たしたのが気に食わぬ、聞いたぞ、ナルヒト。貴様、エルダーを滅ぼしたらしいな」

「ああ、強かった」

「アレは本来、ヒトが抗える存在ではない。塔級冒険者というヒトの枠から外れかけている者、ヒトを超えた存在でようやく戦えるという存在だ。だが、貴様のことだ、オレの友で、オレの竜殺しだ。エルダーを滅したとしても驚かぬ。だが、無事ではなかったのだろう?」

「おお、普通に死にかけた」

「……だろうな。だが、それでもお前は生き延びたわけだ」

とん、とん、とん。

ドラ子の形の良い細い指、尖った爪の指がリズム良く机を鳴らす。

真っ直ぐ遠山を見つめる竜の巫女。あまりにも透明、あまりにも物質的な美しさに溢れる顔。

遠山は、それにあてられて。

「ド、ドラ子……?」

「う、うーー」

竜が顔を伏せる。

空気が撓んで、張り詰める。

ルカの顔色がどんどん悪くなり、ストルが音もなく子ども達の前に盾になるように位置する。

確かにラザールや、主教の言葉は正しいのかも知れない。いくら遠山にとっては気安い相手でも、ドラ子、アリス・ドラル・フレアテイルは"竜"。

家に呼んだり、遊んだり、気軽にこうして交わるべき存在ではないのかもしれなーー

「う、羨ましいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい!!」

「あ?」

ドラ子が顔を上げる。何もなかった表情はしかし、目を細め、口を尖らせた、とても人臭いものに変わっている。

ああ、まるでーー

「う、う、羨ましいイイイイイ!! 羨ましいいいいいいいよおおおお。あの老竜め、おのれ、おのれ、おのれおのれおのれ! 定命の者であるナルヒトが己が命をかけ全てを出し尽くした戦い、その結末に立ち合ったのだろう?! ナルヒトが戦った戦場の空気、意識を失い倒れるナルヒト、う、ううう、嗅いだ! 嗅いだに決まってる! 絶対あの女、自分の匂いをナルヒトに擦り付けているうううう!」

幼い子が他人を羨み駄々を捏ねる姿、そのもの。

だんだんと机を拳に叩きつける。

「え、あ、あの、ど、ドラ子?」

「ぬうううううう! 美味しすぎるシチュエーションではないか……! 定命の者が死力を尽くした戦いの結末を見守り、連れて帰るとか! 竜的にはすごくすごーくいい感じのやつなのだ! おの、れ………」

ドラ子が半泣きになりながら、唸る。

「…………あれえ?」

思った反応と違う。遠山が助けを求めて主教とラザールを見つめて。

「こっち見ないで」

「前向いて」

にべもない。2人とも助けてくれない。

「ナルヒト! 聞いておるのか!? きさまともあろうものが老竜に連れて帰られおって! 今度そういう感じになるとはゆえ! オレにゆえ! 友達だろう!? オレたちは!」

むおーと騒ぐドラ子。

「待って、ドラ子、待って。価値観が違いすぎてお前の勢いについていけん」

「う、それはダメだ。価値観の相違はヒトと関係を築く上でとても大事だと本で読んだぞ。ナルヒト、いいか、竜的にはそういうのすごい好きなのだ。ああ、いい、脆弱な定命の者が自らよりも遥かに強い生命に挑み、打ち勝つ…… 良い……」

「何だこいつ」

「口には気をつけなさい、トオヤマナルヒト。今いい感じなんだから、このままなんとか話を落ち着けて!はやく! やくめでしょ!」

「わかったよ、ゆうた」

「ゆうたって誰よ」

「あ、あー、なんだ、ドラ子。悪かったよ、その、なんかそういう竜的なアレだったんだな、なんか、竜らしくていいな」

どういうアプローチ?

遠山のごちゃごちゃした物言いに対して主教とラザールが汗を浮かべる。

「そうなのだ! むふふ、竜だからな。やはり定命の者の頑張る姿はとてもいいものなのだよ」

まさかの好感触、竜が纏っていた剣呑な雰囲気が和らいでいく。

主教とラザールはもうその2人について真剣に考えるのに疲れたので、2人音もなくコップに水を注いでくつろぎ始めた。

もう竜のことは竜殺しに任せておこう。

大人である2人は人生においては、時に諦めも正解だということを知っていた。

「へえ、なるほどなあ。ナチュラル上から目線なのは気になるが、まあ、竜だしいいかあ」

「ああ、見たかったなあ。ナルヒトが死力を振り絞り己の知恵と命を差し出し、エルダーに迫るところを…… ああ、きっと、きっと、それは美しい光景だったのだろう」

ドラ子が、うっとりと顔を赤らめる。

夢想するような焦がれるような、そんな美しさと同時に、決してヒトには理解出来ない上位生物の傲慢なおぞましさ、それが両立した顔。

熱に浮かされた青い瞳が、どろり、濁る。

それに見つめられる遠山、少しビビりつつも唇を歪める。

「うへえ、趣味悪い。そう何度も死にかけてたまるかよ」

あくまで軽口。言葉を紡ぐ。

「む、それもそうだ。こうして言葉を交わしているとつい忘れてしまうのだが、貴様もまた定命の者、か弱きヒト。ぱたりと死ぬ儚き存在であったな。……なあ、ナルヒト……」

「あ?」

急にか細くなるドラ子の言葉。

遠山はそれに耳を傾ける。

「そのな、こういうことをな、言うと貴様は嫌がるのはわかってるのだがな…… ナルヒト、もう少しオレを頼ってくれないか?」

「ドラ子?」

その竜の言葉にあるのは戸惑いと、確かな歩み寄り。

変わりつつあるのは、遠山だけではない。どこまでも竜の法則で動いていた彼女が静かに、遠山のルールに歩み寄って。

「嫌なのだ、貴様がいなくなるのは。死んだらダメだ、ほんとうを言うなら、ナルヒトをオレの手元に置いておきたい、でも貴様はそれを嫌がるだろう? だから、せめてオレを、竜であるオレを頼ってくれないか? 心配なのだ、オレは、お前が」

話す、竜が心を。

真っ直ぐに遠山を見るドラ子。

口をモゴモゴして、目をキョロキョロ泳がせる。

それから目を瞑ってーー 開く。

「ーーオレ達は、友達だろう?」

「う、お」

あまりにも当たり前で、まっすぐな言葉。

だから、だろうか。アレほどに言葉と舌に長ける遠山が言葉に詰まった。

「ナルヒト?」

「お、おお。いや、たしかに、そう……だな。お前からしたら、そうなるな」

ゆっくり噛み締める。

忘れていたし、気づかなかった。

自分の生き方は、冒険者になる前、探索者となる前からそうだった。

欲望のままに。

思春期の頃に得た答えのままに、彼は思うままに進んできた。

その在り方は遠山をここまで連れてきた、だが同時にそれは他人とは交わらぬ道だった。

探索者となって出来た仲間も、それを言葉にしてくれる者はいなかった。

ドラ子は、単純に遠山を心配してくれていた。

「竜としてのオレは、貴様が試練に挑むのを嬉しく思う。定命の者が最も輝く瞬間はつまるとこ、最期のその時だ、竜は、オレ達は生き物としてそれを見るのが好きなのだ」

竜がつぶやく。変わりつつある彼女は迷い戸惑いながらも、自分の心と向き合う。

「だが、最近、オレはおかしい。怖くなる、時がある。想像するのだ、ナルヒト、お前がーー」

迷う竜、それを眺める遠山。

言う言葉は決まっていた。

「悪かった、ドラ子」

「………」

「俺が少し、無神経だった。確かにそうだよな、俺だって、お前が死にかけてたりする話をきいたら気分は良くねえ。色々お前に偉そうなこと言ってたけど、俺の方が、何もわかってなかった」

「い、いや、良いのだ。すまぬ、変な話をした。忘れよ。まあお前がそう簡単に死ぬとは思っておらんよ」

「変な話じゃねえよ。ドラ子、心配してくれてありがとう。お前、いい奴だな」

友達。

それは遠山が昔、求めて結局得られないものだった。

遠山鳴人、そのめちゃくちゃな在り方に惹かれる者がいた、その欲望に救われた者、焦がれる者、目標とする者もいた。

でも、対等に当たり前に、ドラ子のような言葉を向ける者はいなかった。

「……! ふ、ふふ、かかか。そ、そうか? そうであれば、いいな」

竜が笑う。ああ、当たり前の少女と同じ顔。ゆっくりゆっくり、他者との関わりによって成長していく思春期の少女と同じ。

「……主教様」

「……マジ、って感じね。あれじゃ、まるでーー」

その様子を眺める天使教会の2人。主教の目が、大人の眼が冷たい色を灯す。

「そ、そうだ、ナルヒト! 話は変わるが聞いたぞ、貴様、竜祭りに出るそうだな。何をするのだ?」

「おお、そうそう。いやなに、今日ドラ子を呼んだのはそれもあってな。そこのラザール、アイツが作ったパン屋の出店するんだ。めちゃくちゃ美味いからちょっと食べてけよ」

「な!? ナルヒト、ま、待て! 蒐集竜様に俺のパンを? き、聞いていないぞ、そもそもお客様として呼ぶのなら事前に言っておいてくれ、お迎えの準備もまだロクに出来ていないのに」

急に話を向けられたラザールが言葉を荒げる。

「許せ、かーちゃん。その辺あんま考えてなかった」

「誰がかーちゃんだ」

遠山の雑な振りに、ラザールが真顔で返す。

「ナルヒト、かーちゃんとはなんだ?」

ドラ子、その言葉に興味を持ったらしい。

ラザールの尻尾がひゅんっと縮む。

「俺の地元ではやかましく世話を焼く母親のことを言う言葉だな、ま、俺親の顔知らねーからほんとにそういうもんかはわかんねーけど」

「なるほど、お母様のことか。……ラザールが、ナルヒトのかーちゃん……? …………敵?」

どういう計算かわからない過程で、ドラ子が答えを出す。ラザールに向けてシン、とした目を向ける。

「ドラ子、お前の頭の中でどういう計算があったの?」

「ナルヒト、俺が死んだら死因はアンタだからな」

「む、すまぬすまぬ。本で読んだのだ。しうとめ、ヒトの婚姻関係において最終的に最大の敵となる可能性がある……………… 違う!! ナルヒトは友達だ! オレは別にヒトの婚姻関係についての本など知らぬ!」

ガン! ドラ子が急に机に顔を突っ伏す。感情が愉快だ。

「ええ……なんかコイツ会う度愉快になってくるな」

「ナルヒト、元凶がそんな他人事みたいに言うのは良くないぞ」

他人事みたいな遠山にラザールがぼそり。

「はあ、トオヤマに毒されたのは、私だけではないのディスね。まさか、竜様まで」

ストルの小さな呟きは、誰にも届いていない。

「よい、この話は終わりだ、リザドニアンのラザール」

「は、は! 偉大なりし竜の巫女よ。なんなりと」

「堅苦しい礼儀はいらん。ナルヒトの友ならば既に貴様はこのオレの知己だ。パンを作るのだな? 興味があるぞ」

ぱちん。気を取り直したらしいドラ子が指を鳴らす。

「な、あ……」

ラザールが目をパチクリ。竜に名を覚えられたのがすごい衝撃ではあった。

「リザドニアン、古き種に連なる我が遠き傍流よ。良いではないか。貴様らの種としての記憶に戦や血それ以外の記憶が残るやも知れぬのだ。ラザール、貴様の業、このオレが評してやろう」

ふふんと、竜が笑う。

ラザールが目を瞬かせる。

しかし、すぐに視線を真っ直ぐ。

片膝をつき、胸の前に手を当てて一礼。

「ーー偉大なりし、炎の竜と水の竜の末。人界を護りし貴女のお言葉なれば。ナルヒト、すまない、席を外す、厨房に向かうよ」

「おお、了解。お客様は俺の軽快なトークで引き止めておくわ」

「あまり軽快すぎるのはよしてくれよ。しばしお待ちを、蒐集竜様」

「うむ、楽しみにしておる」

「私たちもラザールさんのお手伝いにいくわ! アリー、楽しみにしておいてね!」

ピコーんと、何かを閃いたように顔を明るくしたニコが笑いながら、部屋を出ようとす?。

リダと、ルカを小さな身体で引っ張る。

「あ、おい、ニコ、なんで引っ張るんだよ?」

「ニコ、痛い……」

「あー、僕とシロもーお手伝いするー」

子供たちが部屋を去っていく。

「ほう? ニコ、すまぬな」

「あら、なんのことかしら? ストルちゃん、貴女もラザールさんのお手伝いに行かない?」

歳より大人びたニコが、艶やかに微笑む。

「いえ、ニコちゃん、私はここで」

ストルの顔には、笑顔はなかった。

「あら、そうなの? フフ、わかったわ。ねえ、おにーさん」

「んあ? どした、ニコ」

「んー、ふふ、なんでもないわ。頑張ってね、おにーさん」

ウインクしながら、ニコが部屋からいなくなる。

そそくさと、主教と聖女もいつのまにか部屋から居なくなっていて。

「なんだ、アイツ」

遠山がニコの思わせぶりな笑顔に首を傾げて。

「……………」

「…………………」

気付けば、部屋には遠山、と2人。

竜と正義。

2人の青い瞳と、水色の瞳が静かに互いを写して。

「…………どうして」

部屋の空気が、しっとりしてきた。