軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

78話 竜の眼、ヒトを見つめて

「気持ちだけもらっとくよ、ドラ子。もう終わるところだ」

「む、そうか?」

キョトンと首を傾げるドラ子。遠山の言葉と同時に僅かに竜の威圧が柔らかく。

「…………ウィス、ウィス、ほんもの、ほんものの、竜様ですよ」

「ああ、だなァ……」

緑髪、フォルトナと赤髪の男、ウィス。

どこか超然とした態度の2人だったがドラ子の存在を認めた途端大人しくなる。

「ナルヒト、此奴ら誰ぞ? 友人ではなさそうだな」

「俺のファンらしい。家に押しかけてきて困ってるところだ」

「ほう! ナルヒト、貴様、やるではないか。うむうむ。好きなようにやっているようで何よりだぞ」

ムフフとドラ子が笑う。遠山に向ける顔は本当に市井にいる町娘のそれと大差なく。

「ひひ、誰目線だよ、ドラ子。あー、おたくら、悪い、これから友人と約束がある。帰ってくれ」

「ふかか、友人。そう、友人なのだ、お呼ばれなのだ。ナルヒト、この装衣、変ではないか?ファランめが、この姿の年頃の娘だとこんなのをよく着るらしいが……」

ほんの少し、口をモゴモゴしつつドラ子が自分の服の端を摘んだ。

ひらひらしたフード付きの白いワンピースに、短めのホットパンツ。この世界の装衣と現代のカジュアルファッションが合わさったような格好。

ドラ子の素材が良すぎる為、ふつうにサマになっている。

「ああ、いんじゃねえの。お前ツラがいいから何着ても似合ってるよ」

「ーーふか。悪い気はしないな」

ニコニコ、満足そうにドラ子が薄くなっている胸を張って笑う。魔術式で変えているらしい見た目はいつもより更にドラ子を幼く見せていて。

「む? 貴様ら、何を見ておる? ナルヒトの言葉が聞こえなかったのか? オレの耳には、帰れ、そう言っていたように聞こえたのだが」

ふと竜が、目を細める。

遠山に向けていたコロコロと笑う春の幼子のような顔ではない。

己の快と不快で他者の運命を決める上位者の顔だ。

「……これは大変失礼を。冒険都市に出向いて早々に、御身に拝謁出来ること光栄の至り。蒐集の竜様」

「卑賤な身で、はなはだ恐縮でございます。帝国の護り竜。御身の輝きは、我が王国にも届いておりますれば」

竜に対し、突然の訪問者は意外にも素直に頭を垂れた。人の話は聞かないらしいが竜の話を聞く程度にはまともらしい。

遠山は舌打ちをギリギリのところで我慢した。

「む。姿を変えていたつもりだが……わかるものか」

「竜の輝きはその見目だけで判断するものではございませんので」

フォルトナが朗らかに微笑む。竜の圧の中にいながらも比較的平然とした態度。

彼女もまた選りすぐられたヒト、特別な存在。

「ふかか、そうか。……だがオレがいつ、貴様らに発言を許したのだ?」

しかし、竜にはそんなこと関係ない。

賢しらにフォルトナが口にした返事は、竜をいらつかせたらしい。決して遠山には向けないだろう冷たい目でドラ子がフォルトナを見下ろす。

「っ」

ぞ、ぞぞぞぞ。

姿を幼くしていても、上位生物、竜。

視線を傾けるだけで、空気は怖気て、その苛立ちを向けられた生命は死を錯覚する。

脂汗を一気に噴き出すフォルトナ。笑顔の形をとっていた口角がぴくく、痙攣していた。

「ーーぎゃは、こりゃすげえ」

ウィス、赤髪の男が目を見開く。冷や汗を流しつつもしかし、その表情は輝く。

その目を見開き、興奮して口を半開きに歪めた顔は、幼子が憧れのヒーローを目の前にしたような表情にも見えた。

「不愉快だ」

だが、その全て、竜はお気に召さなかったらしい。

パチ、空気が縮む。少女の姿にみつやつした竜の足元に金色の焔が侍って。

「ドラ子」

その焔が、止まった。

遠山鳴人が竜につけたあだ名、彼だけに許されたその名前を呟くだけで。

「………だめなのか? ナルヒト」

首を傾げるドラ子。心底不思議そうな顔。

「それも気持ちだけ貰っとく。悪かったな、変なことに巻き込んで」

遠山はドラ子に軽く頭を下げる。それから息を吐いて、膝をついて呆然としたままの訪問者を見下ろした。

「そこの2人。帰れよ、今から友達と約束があるんだ。邪魔だ」

その言葉にドラ子がニンマリと笑う。彼女の周りにゆらめいていた金色の陽炎が全て消えていく。

「……これは、大変失礼を。竜殺し様。ご迷惑をおかけして申し訳ございません、またいずれ、今度はきちんと形式を踏んでまたお会い致しますね」

「竜様、我が主人の無礼、そして竜殺し殿への無礼をお許しを。今日は尊き貴女の姿が見れて、身に余る光栄でした」

フォルトナとウィス。歓迎されぬ訪問者は己が命拾いしたことに気付いていた。

深々と頭を地面に擦り付け、言葉を紡ぐ。

「ふん、貴様らのことなど知らぬーー」

ドラ子は彼女たちに興味を無くしたらしい。すぴーとため息をつき、しっしっと手を振る。

「竜殺し様、いずれ、また」

緑髪の女は愛想笑いを口に浮かべたまま。

しかしその目は笑っていない。星型の虹彩に背を向ける竜の姿を映して。

「いや、もういい」

遠山はフォルトナの言葉に首を振る。

「アンタらへの印象は最悪だ。もう二度と会わないで済むことを祈るよ」

「あら、ふふ。では、失礼致します……」

呆気なく、緑髪と赤髪は一礼し、そのまま去っていく。

見送るのもバカらしいので遠山はすぐに彼らから視線を切った。気を遣ってくれた門番たちがすぐに正門を閉じ始める。

「ふう……悪かった、ドラ子。変なことに巻き込んだな……ドラ子?」

「……おっと、すまぬ。ナルヒト、貴様は目を離すとすぐに厄介な者に目をつけられるものだな。そういう星の下に生まれたのではないか?」

ぼんやり、何故か、遠い何かを眼を細めて確認するようにドラ子が彼女達の去った方を見て固まっていた。だがすぐに遠山の呼びかけに応える。

遠山を見つめてニヤニヤ笑うドラ子、意外にも機嫌は悪くなさそうだ。

並び立って門を背に中庭へ向けて歩く2人。自然と歩幅は同じ。

「勘弁してくれ。ここんとこ死にかけたりなんだりしてんだ。そろそろ平穏な毎日が来てもバチは当たらねえだろ」

「ふかか、平穏。貴様にはあまり、似合わぬ気もするがな」

「うっせーよ。……あー、ドラ子」

遠山が立ち止まる。

目を明後日の方角へ向けて頬を掻く。

「む?」

「なんだ、その、……友達、家に招くのとかあんま慣れてねえんだ。粗相があったら悪い」

実は、遠山もすこしテンションが上がっていた。貨家とはいえようやく手に入れた自分の本拠地。

この世界になにも足掛かりのなかった遠山。

何度も死にかけ、ようやく自分の目指す場所への一歩目にたどり着いた。

「……ほほーう。なんだなんだ、いつになくいじらしい態度ではないか。……真面目に悪くないな、そういうのも」

そんな遠山に向けて、にやーっと目を半月のように歪める竜が1人。

しみじみと竜は友の珍しい一面を眺めて呟く。

大胆不敵、傲岸不遜をそのままにした男のちっぽけな一面。竜がニマニマと口元を緩める。

そっと、竜が遠山へと手を差し出す。本人も何故手を差し出したのかわかっていない。

ただ、蒐集の竜にとって遠山の言葉と姿はとても得難いものだった。

思わず、意味もなく、遠山鳴人に触れてみたくなるほどにーー

「蒐集の竜様、おひさしゅうございます。お手を煩わせ申し訳ありませんでした」

ぴくり。

竜の手が遠山に触れる寸前に止まった。

少女の声がぴしゃり、竜の手は行き場を失い、引っ込められて。

「……ふむ、確か、ナルヒトの…… 以前色街で見かけた顔よな」

ゆっくり、竜が、アリスがストルを見つめる。遠山に向けていたカラカラとした爽やかなものとはすこし、種類の違う声色。

「自己紹介が遅れて申し訳ございません、発言の許可を賜れば光栄です、我らが蒐集の竜様」

少女、ストルは普段の脳みその表面しか使っていない態度から程遠く。

水色の瞳をシンと、竜には向かって完璧な所作で礼を向けた。

縦に裂けた竜眼が、じっと目の前の少女を見つめる。

「……ふかか、よいよい、ナルヒトの子飼いであるのならオレに遠慮する必要などない。名乗ってみよ、騎士」

騎士、竜は目の前の少女をそれと認めた。

「ありがたき。ストル・プーラと申します。天使教会異端審問会、審問官側仕えのストルにてございます」

第一の騎士としてではなく、審問官の剣としてストルが名乗る、静謐な湖の水面を思わせるそんな雰囲気。

「ほう……読めぬ、か。ということは貴様も奴らの同種。ふかか、ナルヒト、貴様面白い者を飼い慣らしておるものよな。……今代の"正義"の幼体か。昔、お爺さまに聞いたことがある。ヒトの中の安全弁、だったかな」

新しき竜が、ヒトの特異点を眺めて評する。

その特異点の心は竜の眼をもってしても読めず、即ちそれはストルがヒトの領域から既に外れていることを示す。

「……光栄です、竜様。貴女様とこうして言の葉を交わす機会に恵まれたことを、天使様と、我が剣の主に感謝を」

「剣の主人、ふかか、なるほど、なあ」

アリスが笑う、その視線は遠山へと流れる。

ストルも音もなく笑う、その眼は遠山へと向けられる。

蒐集竜と"正義"、両者の邂逅はどこかしっとりしていた。

「え、あ、おう。……え?」

突如向けられた湿度の高い2人の視線。戸惑いながらもしかし、遠山はそれ以上に衝撃を受けて。

「いや、嘘だろ。明らかに、ストルが賢そうだ、人をディスってるわけでもないのに……」

「……ああ、ストルとやら、貴様もなかなかに苦労しそうだな」

アリスがため息をつき、ぼやく。

「……慣れてきました、ディス。私の審問官殿はいつもこうディスから」

ストルもまた呆れた顔をしつつ、しかしすぐに表情を平坦にしてぼそり、アリスに向けて呟いた。

「……ほう、私の、と来たか。ふ、ふふ、かかか」

「ええ、側仕え、ディスから。ふ、フフフフ」

たのしい笑い声。

陽炎のごとき輝きの美竜と、妖精の愛くるしさの少女が互いに微笑む。

上位生物と特異点。

それらは共に己の宿命を歪めた男へ流し目を向けてただ、静かに笑うだけ。

「…………あれ、胃が、痛い、ぞ? なんで?」

世界が異なろうと、特に意味もなく遠山鳴人の女運に希望が存在することはなかった。