軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

116話 へんな予言

「なん、で?」

「なんでって言われてもねー、こっちが聞きたいくらいよ。ったくまだまだやりたいことたくさんあんのに、ほんと人生ってやつは思い通りにならないものね」

目の前の女。ステンドガラスに、翼の意匠の像を背に天使教会主教が笑う。

広い大聖堂には、今、遠山とカノサしかいない。

祈りを捧げるための長椅子が並ぶ広間で、2人が相対して。

「いや、いやいやいやいや、なんで、あんたが死ぬのか、じゃなくて、なんであんたが急にそんなこと言い出したのかがわかんねーだけど。脈絡なさすぎだろ」

「あーん? ああ、そりゃそうね。私、あなたにまだ言ってなかったけ。私の秘蹟、未来が見えんのよ」

カノサが、聖堂の奥、大きな8対の翼の像の足元の祭壇へ登る。遠山へ手招きする。

「未来?」

怪訝な顔をしながら、遠山もまた聖堂の奥へ。

祭壇の脇に置いてある机と椅子が。そこだけカフェのテラス席のようになっている。

「そ。未来。これから起こる事とかぼんやり見えたり、知ったり出来んの。んで、今日見ちゃったのよね。参ったわ、ほんと」

「参ったわ、ってあんた、なんだそりゃ」

カノサが椅子に座り、遠山もまた向かい合わせに椅子に座る。

「参った、しかないでしょ、自分が死ぬ未来なんて見た日には。最悪の気分よ、趣味の金貨磨きも100枚辺りでやる気なくなっちゃった」

「ツッコまねえぞ、めんどくせえ。……冗談とかじゃないんだよな」

「スヴィやトッスル抜きであんたとだけ話してるっていう状況で察して欲しいものね」

長く白い指が、木の丸テーブルをこつこつと叩いた。たしかに、遠山が察知出来る範囲では、この聖堂には今、自分とカノサ以外の気配は感じられない。

用心深く、そしてきっと自分のことを心の底からは信用していない彼女が完全に人払いをしている。

「……俺に何か出来ることはあるか?」

つまり、聖女や隠密にも話せない内容なのだろう。

「あら、意外な言葉ね。早めに状況を理解してくれる察しの良さは予想通りだけど、そんなに寄り添ってくれるとは思わなかったわ」

「正直、あんたのことは苦手だ。頭の良くて自分の武器を知ってる奴は厄介だからな。でも、俺はあんたのことを味方だと思ってる。世話にもなってるしな」

「あら、何、口説いてるの? ごめんなさい、顔がタイプじゃないわ」

糸目を傾け、口元を抑えて主教がケラケラと笑う。

「ひひひ、うっせ、銭ゲバ。……あんたのことだ。このまま黙ってくたばるつもりなわけないよな」

軽口にまた遠山も軽口で返して。そして先ほどの"死ぬ"ということについて聞き直す。

「ったりまえでしょうよ。私の予知はよく当たる、でも必ず当たるわけじゃあない。未来ってのはね、絶えずゆっくりゆっくり動き続けてんのよ。まあ、何をどうしても行き着く所に行く着くこともあるんだけどね」

「んで、具体的な対策は?」

「あー、それなんだけどさ。ほら、アンタにも見てもらおうと思って」

「あ?」

「私の見た未来よ。なかなかこれが、対策立てようにも一緒に診てもらわないと難しいのよ。んでめんどいことに、またこの未来ってのがすごく曖昧で抽象的……見る奴によって解釈が違うっていうか?」

テーブルに置かれてあるティーカップを音もなく主教が口元に運ぶ。持ち手に2本の指でつまみ、傾ける。

「いや、まあ、それはいいけど。え? 俺も未来観れるってこと?」

「まあ、能力の抜け穴、一種のズルって奴だけどね、アンタ、秘蹟って何か知ってる?」

「……うちのストルとか、アンタんとこの聖女先輩みたいなデタラメパワーだろ? 遺物……いや、副葬品が人に宿ったみたいな?」

秘蹟。

この世界に来てから数度それによって苦しめられた。遠山が元いた現代にもダンジョンから出土する"遺物"というデタラメアイテムが存在したが、秘蹟というのは、まるでそれが人の形をしたような。

「ああ、まあ、そんな認識で大体オッケーよ。獣人、ドワーフ、ハーフリング、リザドニアン、そしてヒューム、天使様が作りたもうた知恵ある種族にはスキルと呼ばれる異能が宿ることがある。

その異能の強度が、特別に強く、そして不可思議であるモノに我々天使教会は 秘蹟(システム) と名前を付けた、天使様のみわざに近いものとしてね」

「また天使サマ、ね」

「ええ、天使様。この世界は天使様という"謎"を前提に、それを受け入れることで成り立っている。まあ、それはそれとして、この秘蹟、ね。私なりの答えが出来たの」

「へえそりゃなんだ?」

割と遠山はこういう話は嫌いではない。人生や世界には意味不明で摩訶不思議なモノがあったほうが、きっとたのしい。

「世界に自分の願いを焼き付ける力」

「うん?」

ばさささささ。

聖堂のステンドガラスの向こう側、鳥達が飛び立つ。

昼の陽光を浴びて七色に光る見事なガラス細工、鳥達の小さな影が複雑な陰影を聖堂の中に届けた。

「こうありたい、こう生きたい」

主教の白い頬にも、ステンドガラスの七色の光がぽわりと映されている。

机を同じく、対面する彼女もまた性格は別として飛び抜けた美を持つ存在だった。悔しいから絶対に遠山は口には出さないけども。

「まあ、簡単に言えば、やれば出来る、出来るとお前ばできるのよ。だから、私のこのコントロールが効かないクソ秘蹟も、使い方とアイデアで化ける」

「ああ、遺物を使う時と同じ感覚ね。……何をする気だ?」

「さっきも言ったでしょ? アンタにも私の見た未来を見てもらうーー"大主教令、1ヶ月使用"」

「あ?」

主教の言葉、同時に彼女の頬、右手。複雑な翼の意匠の紋様がいくつも赤く浮かび上がって。

「"異端審問会、審問官トオヤマナルヒトに命じる。私と同じになりなさい、私の見るものをあなたも見なさい」

【警告・精神汚染開始、技能"アタマハッピーセット"及び特性"神性(霧)により対抗ロール開始……】

「あ、が」

きいいいいいん。耳鳴り、浮遊感。あらゆる不快が一気に遠山を襲う。

見えない誰かに首元を掴まれて、揺らされているようだ。もちろん不快なものが嫌いな遠山は。

「く、そ! 俺に、触る、な!」

それに対抗し、跳ね除ける。遠山の目、虹彩に白いモヤが混ざって。

不愉快な感覚が一気に消える。

「う、わ、なにこれ、1ヶ月じゃ、足りないの? くそ、まじでキショいわね。天使教会の者が主教令に抗うんじゃないの!」

カノサの修道服をまくった腕、赤い紋様がどくり、どくりとざわめいている。

今のは、彼女の仕業なのだろう。

「いや、お前、まじで説明しろって! かっこつけていきなり妙なことすんなよ!」

「かーっ! これだからデリカシーのない男って嫌い! 美女がなんか謎めいた行動を取ったら黙ってそのまま受け入れなさいよ! いい! モテないアンタにわかるように教えてあげるわ!」

びしっとカノサの細い指が遠山に向けられて。

「これから大主教令でアンタと私は同化する! 無理矢理に精神を繋ぐの、その状態で私が私に秘蹟で未来を見るように命令すれば、"十字星"で見る未来をアンタも観れるってわけ! どーよ、この完璧な作戦は! わかったらこのキショい抵抗やめてもらえる!? マジで吐きそうだわ!」

「てめえ、キショいキショい言い過ぎだろ。攻撃じゃねえんだな? わかったよ! これは攻撃じゃないこれは攻撃じゃないこれは攻撃じゃない」

敵意はなさそうなので、遠山が自分に言い聞かせるように呟き始める。

「うわ、この抵抗無意識? マジでキショいわ。……大主教令、2ヶ月使用。さあ、トオヤマナルヒト。アンタも見てもらうわよ」

「秘蹟・観測、" 十字星(クロススター) 」

カノサの腕から首にかけて刻まれた紋様。造られた秘蹟、大主教令。

そして、彼女の元々の才能が発動する。

糸のような眼、右側だけそれが皮を剥かれたブドウのように見開かれ、その紫色の瞳が、十字の形に変わってーー。

流れ込む。遠山の視界、暗転、イメージーー。

「ーーッ」

灰色の空、藁の束、草の味のスープ、シラミの湧く寝床ーー

遠山鳴人の脳内に映像が広がる。

どんよりした空に身体が魂が囚われる。死んだ顔をした男と女、隙間風だらけの住居。肋の浮き出た家畜、皮と骨だけのそれを解体する饐えた匂い。

《ずっと、こんな所で、いられるものか》

《私は、私の人生を変える。運命を殺す》

《私は他人よりも幸せになりたい。不幸で惨めなまま死にたくない》

《生きててよかったと、思いたい、だから、そのために」

ボサボサの髪、窪んだ目に痩せ細った身体。少女が闇の中、頭を掻きむしっている。

《金、金、カネカネカネカネカネカネカネカネカネカネカネ》

《お金が欲しい》

見たことのある気がする、紫色の瞳の少女が叫ぶ。彼女の開かれた口が視界一杯に広がって、それで。

「う、あ」

「ひ、い」

視界が一気に戻る。流れていた映像は消えて、目の前には青い顔をして息を切らす主教が。

「な、によ、今の……空飛ぶ鉄の塊に、地を走る鉄の箱? 建物も、街も……それに、犬……? なに、よ、これ」

「……今の、アンタが見せたかったもんか?」

「待って、アンタ、何を見たの?」

遠山の問いに、主教が質問を返す。

「まさか、混ざったの? 私が見たのはアンタの過去で、アンタが見たのは……チッ」

そして答えを聞く前に舌打ちして。

互いに視線だけでその先を、互いが見たものの詳細を促す。

「……小さい子どもの姿のアンタが、鉄の生き物が動く街の中で……犬と2人で」

「……あの灰色の空、どうしようもない田舎、あそこで子どものお前は……」

互いになんとなく察する。

未来を見ようとした2人が今、瞰たのは互いの過去。

なんらかの不具合により、本来見えないはずのものが混ざったのだ。

「……やめるか?」

「な、わけないでしょ。ここでやめたらプライバシー覗かれたり、見たくもないクソみたいなアンタの過去を焼きつけられただけじゃない。続行よ。今度は、もっと、近くに」

カノサが椅子から立ち上がり、遠山の胸元を掴み、同じく立たせる。

互いの鼻息が届く至近距離、彼女の石けんの優しい香りが遠山にふわりと届いた。

「お、おい」

ぴとり。

カノサの額と、遠山の額が触れ合う。互いに身を寄せ合い、身体を触れ合わせて。

「うるさい、好きでやってんじゃないわ。私だって、美少女と美少年以外とこんなに近づきたくないんだから」

「一言多いんだよなあ……」

真正面、ゼロ距離で見る糸目、その隙間から紫色の瞳がうっすらと。

遠山の視界が、また暗転した。

………

ぱちん、ぱちん。ぱちん。

チェス盤に駒を置き続ける音が響く。

闇の中、自分の手が止まることなく、チェスの駒を運び続ける。相手の顔はわからない。ルールのわからない駒遊び、しかし自分の手は勝手に動き続ける。

「…………」

相手の手が止まる。同時に自分の手も止まる。

闇の中、対面の向こう側、煌めく何かが向けられて。

………

真っ赤だ。

目の前は全て真っ赤。赤くて赤くて何も見えない。

「ーーーー!!!」

聞き覚えのある雄叫びが赤色の中に響く。目を凝らすと、赤色の中に溶けていく塊が見える。

金色、黒色、銀色。

その色を知っているような。でも、叫びとともにそれらが全部赤色に飲み込まれていく。

ああ、赤色。

これは、炎ーー

………

……

廃墟の中に、1人立つ。

自分目の前には、チェス盤が一つ置いてある。瓦礫を机にそのチェス盤の上に、駒を置く。

ぱちん、パチン。

チェスの相手はもういない。それなのに駒を置く手は止まらない。

ぱきん。

突如、自分の盤面の駒が割れた。真上から降ってきた一本の矢が、キングの駒を砕いた。

「ーーーー」

気付けば倒れている。胸に突き刺さるのはナイフと鏃。

息をしようと思っても、もう何もできない。

灰色の空を見上げるだけ、カラスの羽が舞い降りて、風がそれを攫っていった。

………

あとは、もう、真っ暗ーー

なんにも、ない。

………

「ーーは、あ、はっ、はっ……」

気付けば、遠山は床に四つん這いに伏せている。息が苦しい。肺が空気を求めて動き続ける。しばらく息を止めていたらしい。

「……おはよ。いい夢見れた? ああ、答えなくていいわ。私と同じ最悪の夢見だったと思うから」

いつのまにか、自分の椅子に座り直していたカノサが呼吸を乱しつつ、ため息をつく。

「なん、だ。今の」

「未来よ。これから確実に私に訪れる未来。隠喩と暗喩ばかりの悪夢みたいなイメージだったでしょ?」

「……意識高すぎて訳わかんねえアートみたいだった……でも、ロクなもんじゃないのはわかるよ」

「その通り、ロクなもんじゃないのよ。いつ死ぬかも、なんで死ぬかもわからない。でもね、私はこれから近いうちに必ず死ぬ。それも、誰かに敗北する形でね」

「チェス、か?」

「チェス? ホーカーズのこと? そ、あの駒遊びで私は負けるの。それで、死ぬ」

「……はっきりと言うな」

「まあね。意味わかんないし、ムカつくんだけど、まあこのままだと間違いなく、この映像は現実のものになる、で、トオヤマナルヒト、どう思った? 未来の感想は?」

「……いまいち抽象的で、正直今の映像だけでアンタが確実に死ぬとまでは言い切れない気がするんだが」

「ふん、たしかに見慣れていない奴からしたらそれもそうね。んー、私の秘蹟ほんと使いにくいのよねえ。一応文章というか口語文でも、記録しているんだけど、読みにくいし、分かりにくいし。んー、アンタにも映像を共有したら、対策が取れると思ったけど、考えが甘かったかしら」

「映像っつーのは理解しやすいぶん、解釈が別れるからな……いっそ、こう、文章、てか、 メ(・) ッ(・) セ(・) ー(・) ジ(・) として現れてくれりゃあなあ」

「そうねえ、ーーん?」

「あ? どした?」

「い、や、あれ? なにこれ、目が、なんか、え?」

「お、おい、おいおいおいおい、や、やめてくれよ? もう死期が来たとかそういうジェットコースターみたいな展開は」

「ちょ、うるっさい、なんか、視界に映ってーーこれ、 矢(・) 印(・) ?(・) 」

「ーーは?」

ピコン。

【条件達成・秘蹟"十字星"を共有する】

【あなたの秘蹟、クエスト・マーカーと十字星が接続されました。 秘蹟(システム) の連結が開始されます】

「な、んだ、これ」

「ちょ、は? 条件? クエストマーカー? なによ、これ」

【 秘蹟・連動(システム・シナジー) 、 プロット・ライン(起承転結) 】

【盤面に駒を揃えるといい。例え相手の顔すら見えずとも】

「……は?」

「また、意味わかんねえことが起きてる……」

【あなたの駒は強欲、金色の竜、黒き竜、銀の正義、影の愛子、聖なる少女。

何一つとして使い潰す時を誤ってはならない、そして使い潰すことを躊躇ってもいけない。

あなたはあなた自身も使い潰す必要があるのだから】

「これ、まさかーー」

【カノサ・テイエル・フイルドの技能"高々度視点思考"が発動します。INT値による補正でアイデアロールを開始します。INT27、判定なしでアイデアロール成功】

【遠山鳴人の技能"オタク"が発動します。判定なしでアイデアロール成功】

技能、その人物の出来る事を示した機能が作動する。

主教はその常人離れした知性を持って。遠山は現代の豊富なエンタメによって培われたお約束を知る嗅覚によって。

異なる2人は今、同時にーー。

「「秘蹟が、混ざってる……?」」

同時に同じ結論、そして、正解に辿り着く。

「……ちょっと、真似するのやめてくれるかしら? アンタと仲良いみたいに思われるでしょうがよ」

ボソリと、主教がつぶやく。忌々しそうに、その声には棘があった。

「あ? なんだ? いちいち指摘しないでくれ。意識しすぎだろ、こっちまで恥ずかしくなるんだけど」

他人の棘には棘で返す遠山も、もちろん言い返す。嫌味たっぷりなその言葉。

主教が、ぴくりとまぶたを痙攣させた。

「は? この私が意識? アンタみたいな目つきの悪い悪巧みが生き甲斐のキツネみたいな目ぇした男を? 美少年か美少女に生まれ変わってから言ってくれる?」

「今俺の目つき関係ねえだろうが! むしろてめえにだけは目つきのこと言われたくないね! 糸みたいな目えしてくせによお!」

遠山の言葉に糸みたいな目が、むむっと吊り上がる。

「いいのよ、この目は! 肝心な時にはきちんと綺麗に開きますぅー! てか、レディに対して容姿のこと突っ込むんじゃないわよ! だからアンタはモテないのよ!」

「うるせええ! 自分で自分をレディなんて呼ぶ図々しい奴は決してレディじゃねえ!」

「はぁー? レディですうー! 天使教会の主教よ? しゅ、きょ、う! レディの中のレディですうううう」

「レディの趣味が金稼ぎと金磨くなんぞであってたまるか! レディに謝れ!」

「あららららら? 童貞の夢を壊しちゃったかしらぁあ? ごめんねえ! 完璧美人でお金持ちで権力もあるレディの裏の顔見せてごめんねえええ! 童貞クンには刺激が強すぎたあ?」

「てめえにだけは夢なんざ見ねえよ! 童貞にも選ぶ権利があるんですうううう!」

いつのまにか、顔をぶつけ合うほどに距離を詰めている2人。

似たもの同士、互いに頭が回り、舌が跳ねる。

額をぶつけ合いながら、続く口論。

「え、マジで童貞?」

遠山の言葉に、きょとんと固まる主教。

「おい、カメラ止めろ」

真顔でよくわからない事を言いながら遠山が立ち上がる。

「あん? なによ、ダーティーワークか? ステゴロで来るつもり? いいわよ、やったんよ。農村出の底力舐めんじゃないわよ、冒険者」

がたっと主教が椅子を蹴飛ばし立ち上がり、ファイティンポーズを向けてくる。

この女、と遠山がピキリときたが、良く見るとそのファイティンポーズの指先が震えているのに気付いた。

「……いや、よそうぜ。銭ゲバ。今、ここで無駄な体力使ってる暇はねえ」

なんか、ごめん。痛ましくなったので遠山が気勢を抑える。

「……あら、そう? 良かった。武力行使になると正直、アンタに勝てる見込みないから助かるわ」

ふふん、と言いつつ子鹿のようにプルプル震えている主教。普段の振る舞いやキレすぎる様子からつい忘れていたが、本人に戦闘力は皆無だった。

「で? これ、なによ。アンタの頭の上にふよふよと浮いている矢印は?」

主教が遠山の頭上を指差してつぶやく。

だが、そう言う彼女の頭上にももはや見慣れた矢印がふよふよと浮かんでいた。