軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

112話 工房・フィギュア・アイゴナダイスンスーン

かったん、かっちん、とんてんかん。

金槌の響く音、鋼に焼きを入れる音、鉄を水で冷ます音。

その場所は、数多の音に満ちている。

「なんだあああおらあああ! おおお! てめえええ! 竜殺しかああああ! なんか久しぶりにみるなあああ!」

炉で燃え盛る炎よりも熱く、金槌の音よりも響く声。

森でも生しているかのような豊かな髭。いかめしくゴツゴツした顔つき、岩のような肉体。

その種族は古の時代、ある特別な金属から生まれたとされる炎と鉄に愛された生物。

「声がでけえ! なんて!?」

ドワーフ。

遠山鳴人が目の前のドワーフに向けて声を張る。

「あああああああ!! そういえばよおおおおお! この前倅と話してくれてありがとなあああああ、あれからアイツなんかすげえええげんきになってよおおおおお!」

「倅! 倅だけ聞こえた! ヴィーノか! 今日は何してんだ!?」

冒険都市アガトラ、商業区に位置する巨大な建物。石造りのドームのような建物の中、遠山が必死に声を張る。

「ヴィーノならよおおおおおおお、部屋にいるぞおおおおお、顔見せてやってくれやああああああ」

「部屋!? わかった、あとおっさん! 肝心のパン釜なんだけど!」

「あああああああん!? パン釜!? おうよおおおおおお、わかったああああああ、作ってやらあああああ! てめらには醸造所の件で借りがあるからよおおおおおお! いいよなああ、みんなあああああ」

「「「いいぜえええええ、親方ああああああ!!」」」

巨大な炉、オレンジに染まる大きな工房の中に、ドワーフ職人たちの大声が響く。鼓膜がおかしくなりそうだ。

「でけえ! もう声がデカすぎて言葉として認識出来ねえ! まあ、でもなんかやってくれそうなのはわかった! ラザール、ストル、ココ頼んでいいか?」

「え……」

「あまり居つきたくはないディス。うるさいし汗臭いし」

遠山のそばでげんなりした顔の審問会のメンバーたちが文句を言う。

「なんだあああ、リザドニアンの兄さんに騎士の嬢ちゃん! 鍛治に興味あんのかああああ!?」

「「げっ」」

「よし、頼んだ! 2人とも。少し席外すわ」

タイミングよく工房の長が、ラザールとストルに絡み始めた。これ幸いとばかりに、遠山はその場を離れる。

足場を渡り、地下への扉を開く。

ドワーフの謎技術でこの工房の地下はまるで蟻の巣のように色々な空間が広がっている。

遠山はスルスルと階段を行き来し、ある扉を開いてーー

「ここを、こうして、ああして。うーん、違う、少しイメージがなあ……」

石造りの部屋。石の椅子、石の机、石のベッド。全てが石の部屋の中に彼はいた。

「よう、先生。久しぶり」

「え? あ! トオヤマさん! ひ、久しぶりです! ど、どうしたんですか?」

「少し仕事でな。お前んとこの親父の力を借りにきた。ま、想像よりも好意的に仕事を受け入れてもらえそうだよ」

遠山は気軽な様子で部屋にズカズカと踏み入る。広い部屋の真ん中に置いてあるのは勉強机のような石机。

そこに座るドワーフの少年が友好的な笑みを浮かべる。

「当たり前ですよ! 工房はトオヤマさんに大きな借りがあります! あの奇妙な精密仕掛けや、何よりあの醸造所の件! もし、まだあの醸造所があったままだと、僕たち工房はーー」

喜色満面、少年が口調の勢いを増して、しかしはっと、何かに気づいたように口を抑えた。

「あ、すみません、 ごほん、審問会とトオヤマナルヒトは関係ない、でしたっけ?」

「あー、悪い。実はついさっきそうでもなくなってな。隠し事でもないから別にもういいよ。お、ヴィーノ。絵描いてたのか」

真面目な少年に、遠山が笑う。

「あ、はい。トオヤマさんの精密機ほど綺麗じゃないですえど」

謙遜しながら頬を書くドワーフの少年の画板を遠山が眺める。

素人目に見ても、上手い。

モンスターの絵だ。それは遠山にもある意味馴染み深い化け蛇の化け物。

黒い鱗に額に生える宝石眼、生き物を絞め殺す筋肉の塊であるしなやかな軀。

「ティタノスメヤか。充分上手い。……ヴィーノ、それで例のものの進捗はどうだ?」

「その言葉を待ってたよ、トオヤマさん」

遠山の言葉に、ヴィーノがニヤリと笑う。

部屋の石棚を開き、そこから布に包まれた箱を持ってきて。

「うお……」

箱から取り出されたソレを眺めて遠山が呻く。

「ドワーフの粘土で拵えた人形、えっと、これ、なんて言うんだっけ」

「フィギュア、だよ。ヴィーノ、お前やっぱ天才だわ」

そう、その箱から取り出されたのはフィギュア、だ。

ヴィーノの画板に書かれたティタノスメヤ、ソレをそのまま取り出したような精巧さ。

絵で描かれていた黒い鱗、それも一枚一枚が生きているように見える。艶や、表情、どれもがあまりにもリアルだ。

遠山が、本物と対峙した時の嫌な背筋の痺れを思い出すほどに。

「ううん、あの時、トオヤマさんが僕のことを認めて、うちの父さんに代わりに話してくれたからだよ。テイタノスメヤ、我ながらいい出来だと思う」

「いや、それなりどころじゃねえよ。もうこれだけで売りもんになるぞ」

「……うう」

ヴィーノが丸い目を潤ませて鼻をかむ。

「あ、どした」

「ご、めんなさい。はじめて、はじめて、そんなこと言われたから。僕、父さんや工房のみんなみたいに鉄を扱う才能……なくて、さあ」

「……そうか」

多くの人は知らない遠山鳴人の冒険のひとつ。

審問会としての初仕事、スマホを取り返したり、なんやかんやで違法な醸造所を焼き討ちしたあの事件はドワーフの工房から始まった。

工房の長の一人息子でありながら、ドワーフならば誰しもが得意なはずの鍛治仕事が出来ない落ちこぼれのドワーフ。それが目の前のヴィーノという少年だった。

ひょんな事から遠山に、絵と工芸の才能を見出された彼の表情は以前と比べてだいぶ明るくなっている。

「でも、なんか報われた気分だよ。ねえ、トオヤマさん。良かったらこれ、貰ってくれない?」

「え、い、いいのか?」

「うん、もちろん。トオヤマさんに貰って欲しい」

正直、めちゃくちゃ欲しい。

ヴィーノのフィギュアは遠山のロマンを刺激する。モンスターの精巧なフィギュア。揃えたい。

遠山が、その黒い蛇のフィギュア、今にも動き出しそうな理外の才能によって生み出されたソレを眺めて。

「マジか。……いや、待て。ヴィーノ、これ買うわ、俺」

「え?」

「今、持ち合わせなくてすぐには渡せねえけど金用意してくるからよ。これ、予約な、お前のはじめての作品だ。いいものにはふさわしい値段がつくもんだろ」

「トオヤマさん……」

己の作ったモノに値段をつけてもらえて一人前。帝国のドワーフの流儀を知ってか知らずか。

遠山はヴィーノというドワーフの価値を見出し、始めて決めた存在となった。

「はい、そして。ヴィーノ先生に次はビジネスの話だ。おい、ドロモラ、いるんだろ? 入ってこいよ」

石の扉の向こう側に遠山が声を向ける。

「え?」

「隠し事はできないものだな。ほう、君がかの帝国の誇る工房の長の一人息子かね」

ぎい、と重いとびらが開く。聞き耳立てていたことを悪びれることなく、髭ヅラの壮年、ドロモラが部屋に。

「あ、その、はじめまし、て」

「畏まる必要も恐る必要もないぞ。君は私の数段は度し難く恐ろしい男と平気で話しているのだから。なあ、トオヤマナルヒト」

「誰がだよ。まあいい、ドロモラ、これ、見ろ。すごいだろ」

ドロモラの軽口を流しつつ、遠山がヴィーノのフィギュアを指差す。王国の木工細工を主な商品としているドロモラの目は、これをどのように評価するのだろうか。

「あ」

「……見事だな。作りも精巧、色も鮮やか、だが何よりこれには迫力がある。まるで、手のひらにあのティタノスメヤを捉えたような気にさえさせられるな……」

お眼鏡に適ったらしい。ドロモラの視線はフィギュアに一点集中。この男がこの反応をするのならやはり間違いはないのだろう。

「ドロモラ、ヴィーノ、実はな、商売の話がある」

「ふむ」

「え? し、商売?」

「竜祭りまでは無理かもだが、ヴィーノ、お前にあるフィギュアの製作を頼みたい。んで、それをドロモラ商会で扱うんだ」

「詳しく聞こうか」

「フィギュア、って、テイタノスメヤの?」

「いや、ドラゴン」

「「え」」

遠山の言葉に。2人が固まる。

「ドラゴンのフィギュア、作って売ろうぜ。ああ、安心しろ。本人、いや、本竜たちにはきちんと俺が話を通すから」

竜祭り後も商売は続く。ドロモラ商会とラザールベーカリーはもはや一蓮托生。ドロモラ商会の隆盛はつまり、遠山たちの隆盛に他ならない。

「ドロモラ商会アンド工房が手掛ける、この冒険都市の市場を一撃で独占する娯楽商品、"ヴィーノコレクション"、ボリューム1は、……蒐集竜、んでボリューム2は人知竜ってのはどうだ? 教会の許可が必要なら、俺が銭ゲバと話す」

商人ギルドに強い杭を打ち、妨害もしばらくはないだろう今、一気に冒険都市の市場を奪う一手として、遠山はドラゴンのフィギュアを選んだ。

それは竜殺しにしかなし得ないキラーコンテンツの誕生となる。

「いや、お前、正気か?」

ドロモラが石の椅子に腰掛け、額を抑えて首を振る。

「正気だ。安心しろ、ヴィーノの腕は本物だ。才能はきちんと日の当たる場所に連れていかないとな」

「い、いや、トオヤマさん、竜、は少し、その、難しいよ! あの、す、す、姿とか、綺麗すぎて、僕……そ、それにモデルだって」

「安心しろ、文明の利器。探索者端末。これの写真でぱしゃりとしてくる」

遠山が懐から探索者端末を取り出す。そういえば不思議とこの世界に来てから充電が消える気配がないのはなぜだろうか。

「あ、精密機の写し絵……たしかに、それなら……でも、竜……」

「ヴィーノ、想像してみろ。お前の作品を色々な奴が買っていく。お前の才能がどこかの誰かの救いや癒しとなるんだ。クリエイターとしてこれ以上楽しいこと、あるか?」

「く、クリエイター……た、確かに」

「んで、ドロモラ。この精度の竜のフィギュア。商売人としてよー、売れないわけがないってわかるよな。……まあぶっちゃけ、ドラ子には今、避けられてるらしいからなんとかしないといけないんだが」

「む、むむむむむむ。いける、な。最大の懸念である竜の意志や怒りを買うやもという点はお前がいればなんとかなる……竜から避けられてるのはまあ、痴話喧嘩のようなものだろうし。ふむ、ヴィーノ先生。少しお話をさせて頂いてもいいかな?」

「あ、はい……よ、よろしくお願いします」

全ての問題点はクリアされた。

竜から許諾を得た竜の精巧なフィギュア。欲しくない者などこの世界にはいないだろう。

「あ、それとよー、ヴィーノ、もう一つ頼みたいことあんだけど」

「ん? なに?」

「デザインの仕事だ」

【新たなクエストが発生します】

【サイドクエスト・"貴女の姿を留めて"・クエスト目標、"冒険都市にいる竜達の写真を撮る"】

【現在、蒐集竜"アリス・ドラル・フレアテイル"とのコミュが停止しています。竜祭り時に発生する特殊なクエストをクリアすることで彼女とのコミュが再開します】

【人知竜、"アイ・ケルブレム・ドクトゥステイル"からの評価はカンスト以降も増加しています。快く写真とフィギュアモデルの許可が貰えるでしょう。※注意、求愛と勘違いされないように気をつけましょう】

………

……

「疲れた……」

「ドワーフの連中はうるさいディス……なんで奴らは私にお菓子やらなんやらたくさん食べさせようとするのディスか、それと若いドワーフの連中は私に鉄を送ってくるのはなんなんディスか」

「孫娘感覚なんじゃね? ほら、ストルお前、あいつらと少しノリ似てるし、あと鉄はほら、ドワーフだし、なんかこう求愛的な」

「発言の撤回を求めますディス、審問官殿」

「へいへい。悪かったよ」

工房を出て背伸びする審問会。

どうやら、遠山が席を外している間、ラザール達もそれなりにドワーフ達にわちゃわちゃされていたらしい。

ストルは沢山の若いドワーフには求愛的なアプローチを、年のいったドワーフからは娘感覚で可愛がりを受けたことで疲弊していた。

「それで、ナルヒト。今日の用事はこれで終わりか? 正直、もうヘトヘトなんだが」

「おー、わりー、ラザールは確かに働きすぎだな。あー、多分、そろそろだと思うんだが」

考えれば今日は SL(さすがラザール) の日だ。

短時間で商人ギルド勢力の拠点に忍び込み、誰一人として傷つけず、また気づかれず情報を回収する、1人隠密任務をこなしてもらっている。

もう休ませた方がいいだろう。遠山がそう思った瞬間、ラザールの目がキュッと細まり、その瞳孔が大きく縦に裂けーー

「ーー! っと、すまない」

「いえ、さすがです。影の牙殿。やはり、隠密では貴方は遥か遠い場所にいるようで」

背後に、急に現れた白い影。

ストルが剣を抜くよりも先に、ラザールが更に早く影に溶け、その白い人影の背後に潜り込む。

しかし、その人物にラザールが向けたナイフが振るわれることはなかった。

「よーう、トッスル。お仕事ご苦労。主教様がお呼びかな?」

「もしかして、来るのがわかっていましたか? 異端審問官殿」

しみひとつない白毛の猫獣人。光を反射するような真白のシスター服に身を包んだ天使教会、主教の直属の隠密が微笑む。

トッスルだ。獣人度100%、二足歩行のチェシャ猫のような相貌の彼女に遠山が振り向く。

「まあ、なんとなくな。んで、多分呼ばれてるのは俺だけ、か?」

「仰る通りです。主教様からの指示は、竜殺し、異端審問官、トオヤマナルヒトのみを大聖堂にお連れせよ、とのことでした」

「……トオヤマ?」

未だ、ストルの手は剣の柄からは離されずにいる。

「いい、ストル。ラザールと一緒に先に帰っといてくれ」

「……わかりました、ディス」

「問題ないのか、ナルヒト」

「ああ、そろそろ呼ばれる頃だとは思ってた」

仲間達は家に帰そう。

あとは今回の顛末を自分の上司に報告するだけ。

遠山は、それで一日が終わると思っていた。

……

ああ、気が重い。面倒臭いったらありゃしない。

穏やかな日々と、見目美しい存在、そしてピカピカでチャリンチャリンのお金。

私はただ、ソレらがあるだけで良かったのに。

「あー……くそ、いやなもん見ちまったわー。なーんでんなもん見せるのかしら、っとに、このクソ秘蹟はさー」

私は、ただ、金貨を磨きながらぼやく。

「あんの何もないクソ村から抜け出して、クソみたいな街から始めて、ここまで成り上がったのにさー、あーあ、天使様のクソ野郎。……私の役割はこれってわけ?」

何者にもなれないまま生きて死んでいくのが怖かった。だから故郷を捨てた。

弱いままでいるのが怖かった、だから考えて考えて、考え続けた。

お金が好きだった。金は力と自由を何者でもない私に与えてくれるし、とても美しいから。

「まあ、しゃーないわね。切り替えて行きましょう。そろそろ、時間ね」

「主教様、お待たせ致しました。異端審問官、トオヤマナルヒトをご命令通りお連れ致しました」

可愛い白毛の部下の声に、私は金貨をゆっくり清潔な白布の上へ置く。

その扉の向こうにいる男、異なる世界からの客人、竜を殺した異端そのもの。決められた定めを壊し、ただ己の定めた光景へと進む者。

「……託す相手が、アンタくらいしかいないとはね。ほんと、お互い損なくじ引きに当たったものだわ」

扉が開く、開くな。いや、開いてしまう。

私は今、笑えているだろうか。

「よお、主教様、お呼び出し頂き恐悦至極、ああ、天使粉の件は助かった。でもよー、アンタ、あの商人ギルドの税金の背信、あれわざと泳がせてだろ? そーゆーのはよー、先に言ってーー」

部屋に入った途端、ツラツラと要点だけを話す彼の名前を呼ぶ。きっと商人ギルドで色々なことに気付いていたのだろう。

頭の回転が悪くないものとの会話は嫌いではないけど、ごめんなさい。今はそんなこと、どうでもいいのよ。

思えばいつも、アンタにはペースを取られがちだった。

だから、今日は、たまには私主導でお話ししましょうよ。

「トオヤマナルヒト」

「あ?」

私は、笑えているだろうか。

精一杯の意地で、にんまりと笑って。

「私、多分もうすぐ死ぬから。後のこと、アンタに任せていい?」

「ーーあ?」

ぽかんと、目つきの悪い細い目が、固まる。

アンタ、驚いた時そんな顔すんのね。

その顔が、見たかった。