作品タイトル不明
11話 鳴人の夢と、キリの夢
……
…
ーーなんだよ、これ。
今日から始まるはずだった。
ようやく見つけた友。自分と同じ捨てられて、一人ぼっちの小さなけむくじゃらの友と共に、ぼうけんのたびが始まる筈だった
ーータロウ!! タロウ!? どこ?!
街を流れる大きな川、その高架下。
小さな友が住んでいた段ボールの粗末な住処はぐちゃぐちゃに破壊され、壁には趣味の悪いラクガキがぶちまけられて。
ーーあ? なんだ、このガキ。あっ君の知り合い?
自分の頭より遥か上から聞こえてくる聞いているだけでわかる嫌な声。
ーーいや知らねえな。おい、お前、小学生か? ここ俺らのシマなんだけど、それ知ってここにいんのか? お?
振り返るとニヤニヤした笑いを浮かべた汚い茶髪と金髪の制服の男たち。中学生くらいの奴が4人。示し合わせたよう全員バカヅラ。
似合っていない茶髪が、すごく鼻についた。
ーどこ? タロウは? ここにいた、タロウは?
彼はつぶやく。昨日までいたのだ。たった一人の友が。ふかふかして暖かいもふもふの友が、いたのに。
ーータロウ? 誰だそりゃ? あ、もしかして、ここにいた汚ねえ野良犬のことか?
ーーああ、アレか! あれは面白かったよな! キャンキャン吠えて、震えながら吠え続けてたよ!
ーー腹蹴ったら逃げるかと思ったら逃げなかったよな! キャインキャイン言いながら、それでも噛み付いてきたからよー
ーーへへへ、やめろよ、あっくん、ドーブツアイゴホーで捕まっちまう
ーーバーカ、イヌは法律上、器物扱いなんだよ、殺したってよほどじゃねえ限り捕まんねー。 パパがそう言ってたからな
ぎゃはははは。
耳障りな笑いがうるさい。
彼は小さな身体、小さな拳を握りしめて笑い続けるソイツらにもう一度聞いた。
ーータロウは、どこ?
その問いかけに。
バカどもの笑いが止まり、ニンマリ浮かんだ汚い笑顔。
そいつらが指を指して示した先は、河原の向こう側。
ヒロシマを貫いて流れる大河。高架の下に流れる水の流れるところ
彼の目が見開かれる。毛穴が全身開いて、それから
ーーうるせえから、捕まえて、川に流した。キャンキャン言いながら流れて沈んでいくのは、超ウケた。
その日、彼は初めて本気で人を殺したいと願った。
そしてその願いは届いてしまったーー
………
……
…
始めての友だった。
ボクの初めての友だちだった。
彼にはボクと違って、牙も爪もなかった。でも代わりにとても暖かった。
彼にはボクと同じ毛皮がない。だからだろうか、よくボクを抱えて抱きしめてくれた。
お腹が空いていても、彼が抱きしめてくれると不思議と辛くなかった。
彼は会うたびいつも、悲しい香りを放っていた。それはきっとボクと同じ香りだったのだろう。だから彼といるのはとても心地よかった。
彼はボクのことを妙な鳴き声で、呼ぶ。
タロウ、タロウ。なんの意味があるのかわからないけど、その鳴き声にボクが返事をするととても嬉しそうにするから、ボクも嬉しかった。
彼とボクは友だちだった。
生きる世界が違っても、彼とボクは確かに対等な友だちだった。
一緒に冒険に出よう。
彼はある日そう言った。彼がより一層深い悲しみの香りを纏っていた日のことだ。
よくわからなかったけど、彼がとてもたのしそうだったからボクもたのしかったのを覚えてる。
ーーあした、またここに来るから、タロウもいてね! 施設からたくさん食べ物と飲み物とってくるから! それをしょくりょーにしてぼうけんのたびにでるんだ!
ーーだいじょうぶ、僕知ってるんだ、アイツらしちゃいけないことしてる。僕らの為に使われるお金を誤魔化したり、施設の女の子たちをいじめたりしてるんだ。もう嫌だ、あんなとこいたくないよ
彼の悲しみの香りが深くなった。ボクはそういう時彼の鼻を舐めてあげていた。そうすると彼はすぐに笑顔になるから。
ーーお前は優しいね、タロウ、じゃああした、約束だよ、この場所でまた会おう。それでここじゃないどこかに行くんだ
ーーぼくと、お前で、ここじゃないどこかをぼうけんしよう! だいじょうぶ、僕とお前がいたら無敵さ! どんなやつにだって負けやしない
その意味はほとんどわからなかったけど、彼はとても嬉しそうでたのしそうだった。
だから、ボクもとても嬉しくて、たのしかった。ボクはきっとキミとこうしてあそぶために生まれてきたんだ、そう思えた。
あした。
知ってる。明るいあとに暗いのがきて、それからまた明るくなる。それがあした。
彼をみおくって、ボクはそれから明るいうちから眠りにつこうとした。くらくなってあかるくなった時に眠かったらいやだからね。
ねどこでまるまり、目を瞑って、それから
ーーお、ここ、涼しいじゃーん。あっくん、ここにしようぜ
ーーへー、悪くねえ、ん? てか、なんか臭くね?
ソイツらがやってきた。
いたい、なんでいしをなげるの。
ーーおら! クソイヌ! さっさっとどっかいけ!
おなかがいたい。なんでけるの?
ーーこいつ、震えてね? ウケるんですけど!
こわくて、たまらない。彼と同じ生き物なのに、彼とぜんぜん違う。
くさくて、あつくて、いたくて、こわい。
ボクが吠えると、ソイツらは笑う。笑いながらボクのおなかを蹴ってくる。ボクにいしや、熱くて煙たいものを投げつけてくる。
いたい、あつい。
ーーここは俺らの場所なんだよ! 汚ねえからさっさっとどっかいけ! おら!
いたくて、あつくて、こわい。
でも、ダメだ。逃げるわけにはいかない。
だって、ここはボクと彼のーー
タロウとナルヒトの場所なんだ、ナルヒトがさみしがる、ボクがいないとナルヒトは1人になる。
嫌だ、イヤダ、あついのより、いたいのより、こわいのよりも、ナルヒトが悲しむほうが嫌だ。
オオオオオオオオオオオオン
ボクの身体から、ボクも知らない鳴き声が響く。それはきっと、むかしのむかしのずっうううと暗くて明るいのを飛び越えたむかしからあったもの。
ボクの中にある何かが吠えた。
ここはボクの縄張りだ。ナルヒトとボクだけの場所だ。
オマエラが気安く踏み入れるな
ーーいてっ! コイツ、噛みやがった!?
ーーあー、もういい、白けた。殺すか
キャン?! 声がもれでた。口の中、へんな味がする。
おなかをまた蹴られた。
その瞬間、首の皮を掴まれて、ふわり。
身体が浮いたと思うと、次は冷たくて、足が地面から消えた。
そのあとすぐに、くるしくなって、こわかった。
ーーぎゃははは! めっちゃ流れとる!!
ーーいぬかきしろー、いぬかき
ーーあ、沈んだ
ごめんね、ごめんね、ナルヒト。
守れなかったよ、ボク達の場所を。
ごめんね、キミはあした。くらくなって、あかるくなったあとあの場所にくるよね。
そこにボクがいないとキミはきっと悲しむんだろう。
苦しくて冷たいのよりも、そっちのほうが、ナルヒトがまた悲しむほうが怖かった。
ああでも
ごめんね、もう動けない、もう吠えもできない。
ここ、どこ?
ナルヒト、ナルヒト、とても、冷たくてこわいよ。でも、それよりも、やだなあ、キミともう、会えないのが一番いやだよ。
ナルヒト、ボクの、友達ーー
目の前が真っ白に変わる。
ボクはそのマッシロのなかに、何か大きなものが動いているのを見つけてーー
それもボクを見つけてーー
『驚いた、貴様、珍しいモノが混じっとるのう、犬畜生。天原より高き、暗き空、綺羅星の向こう側、ねじれたコトワリの外、鋭角の奥より出るモノが混ざっとる。ワケミタマのようなものかえ』
『ああ、深い怨。憎いのか。その怨念、ワシの依代に相応しいのう』
『かの"光"、あの忌々しい女によりて奪われしワシの全て、しかし、貴様がおればまだ滅ばずにはすみそうだ』
ボクとそのマッシロは1つになった。
そのあとすぐにくるしいのもつめたいのもなくなってね、それから、キミの声が聞こえたんだ。
"殺してやる"
ナルヒトの声だ。とても、とても、悲しい声。ああ、やはり、キミはきてしまったんだね。
ごめんね、待てなくて。ごめんね、約束をまもれなくて。
でも、今のボクだからこそ出来ることがあるんだ。
"ころしてやる"
うん、いいよ。そうしよう。
キミには牙も爪もない。だからボクがキミの牙と爪になろう。
キミと一緒にぼうけんにはもういけない。でもキミのぼうけんをたすけるよ。
キミに抱きしめてもらうことも出来ないけど、代わりにキミを苦しめる獲物をボクがこの、爪と牙でとってこよう。
『畜生よ、ワシの側面となりし畜生よ、それは違う、人の扱う牙と爪には相応しい名前がある』
マッシロが何か言ってる。うるさいな、キミには感謝してるけどキミのいうことは聞かないよ。
ボクが言うこと聞くのはナルヒトだけだ。
『……思ったより自我が強いなこの畜生…… まあよい、名前があるのだ。我がこの白きはマッシロではなく、キリ、高き山々、あるいは広き野に広がるキリにて』
『そして、人が扱いし牙と爪は名前を変じるのだ、相応しきその名前は』
ちょ、うるさいよ。今、いいとこなんだから。ナルヒト、だいじょうぶ、怖がらないで、全部ボクがコロシテあげる
【ーー"ヤイバ"と、言うのだよ。犬畜生】
なんでもいいよ、別に。
ボクはそのマッシロ、"キリ"の中でキミを見ている。キミのぼうけん、それをいつまでもいつまでも、たすけるから。
キミがもう泣かないですむように、いつまでも。
キミが欲しいものを手に入れるまで、なんどでも
……………
……
…
「こ、ろ……してやる」
「おおう、さすがは旦那殿。寝言ですら戦の香りを忘れぬとは、我がツガイにふさわしい」
優しげな声。髪を撫でるその手の温かな感触が心地よい。
遠山鳴人は、その声と感触で目覚める。
自分がなにかふかふかなものに包まれて寝転がっていることに気付いた。
「あ、ふが? うお、すげえ、ふかふか」
なにか、夢を見ていた、そんな気がする。それはもう手のひらの隙間から溢れる水の如く、すり抜けていってしまったが。
「かか、だろう? 綿毛鳥から数gしか取れんフワフワの真毛から作らせたオレ専用の寝所よ。この場に入ったのはお父様とお母様を除けば、旦那殿、貴様だけ故にな」
「ほえー、そーなんか。すげえ枕も、ふわ、ふわ………………… エッ?」
自分を覗き込む蒼い瞳。
空を閉じ込め、海をやどした、いや、違う。
それは空の最も高く、深きダークブルー。それは海の最も透き通ったクリアブルー。
複雑で、しかし、この世のものと思えぬ蒼い瞳、片方だけの瞳が遠山を移していた。
「どうした? 疲れておるだろう? 惰眠と朝寝は竜のたしなみ、奴ら街の連中がするまであと3時間は眠れるぞ」
ふにゃりと、女が遠山と自分に掛け布団をかけてもぞもぞと身を寄せる。
「…………………うそだろ」
遠山の隣に、金髪のあの女。蒐集竜が眠っていた。
馬鹿みたいにデカイベットだ。シルクよりも肌触りの良いシーツ、天蓋つきの丸い形のベッド。
そして隣には絶世の金髪美人。片目が潰れていてもその傷さえ個性となるような。
掛け布団の隙間から覗く鎖骨は間違いなく、白く肌の色で、全裸で女が添い寝していた。
「むう、うるさい、オレは寝る…… むにゃむにゃ」
少し考える。
色々なことを考えてそれで
「わあ、あったかふわふわ」
遠山は自ら知性を放棄し、再び目を瞑り、眠りに落ちる。
今度はもう、悪夢はみない。代わりに、良い夢だ。
幼い頃に別れた小さなフワフワの友。彼を抱いて眠る夢を再びみていた。