軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

12話 男と竜

「う、ご。あれ、やべ、ガチ寝してた……」

ぱちり、目を覚ます。ふかふかのベッドに沈んでいた身体を起こし目をこすった。

驚くほど、身体が軽い。このベッドのおかげだろうか。

「すう、すう、むふふ、母様……なるほど、雄からナイフを、突き刺すというのは、もはや交尾に近しい行為、むふふふ」

「うわ」

びくり。隣から響いた女の声に今更驚く。

長いまつ毛に白い肌、アホみたいに小さな顔のやばい美人がはなちょうちんをぷくーっと膨らませながら寝言をもにゃもにゃと。

遠山はそいつを起こさないようにベッドから降りようとして動きを止めた。

「なんだ、このデカイベッド。バカが作ったのか? 20人以上寝れるぞ」

ベッドがデカすぎる。一人暮らしの宿舎アパートのローベットならごろりと転がればそのままベッドから出られたのに、このベッドは広すぎた。

フチがすぐに見えないのだ。膝をついたまま背伸びするとようやくフチがあるのがわかる。

「なんか、あれだな、部屋のサイズ感がやばい。これ部屋ってより広間だろ、もはや」

静かにハイハイしながら遠山がベッドから降りる。部屋もこれ、1人用の部屋というより、どちらかと言えばホテルのロビーのような。

ふかふかの絨毯の上をそっと歩く。気付けば寝巻きもあのボロの奴隷服から、バスローブのようなものに変わっていた。

「失礼、しましたー」

一応、女の寝室にいたのだ。変なところで律儀な遠山が頭を下げて扉をゆっくり開く。

そっと、閉めて、部屋から脱出。まだベッドの中心からはムニャムニャ言う声が聞こえていた。

さて、ズラかるか。今は考えをまとめるために1人にーー

「おはようございます、若者殿。いや、婿殿が相応しいですかな」

額を拭っていた遠山の動きがピシリと止まった。

声、隣から。

燕尾服を着こなしたナイスシルバーが胸に手を当てて一礼を。

「げえ!? ゲキ強爺さん、あんた。どこから」

「この部屋の前にずっとおりましたとも。お嬢様の寝所をお守りするのも執事の仕事ですので」

ほほほ、と柔らかく笑う爺さん。だが遠山は知っている。この老人の信じられない戦闘力の高さを。

「して、婿殿、どちらへ向かわれるおつもりでしょうか?」

すうっと、細められる目に漏らしてしまいそうになりながら遠山は頭を回転させる。

力づくでの突破は無理。かと言って誤魔化す方法も思い当たらない。

「い、いや、どちらへって…… 考えたら俺、いくあてないな」

しぼん。冷静に考えるとここまで連れてこられた時点で割と詰んでいることに気づく。

「ほほほ、無鉄砲さはしかし、若さの特権です。……お嬢様からのご命令であなた様が起きた後は、衣服をご用意せよ、と。ああ、それと」

朗らかに笑う老人、彼の手が一瞬ブレた。

いや正確には手刀がすぱりと遠山に向けて振われたのだが、寝起きの遠山にはそれを視認することは出来ない。

「う、わ」

ごとり。

遠山の手首に巻きついたままだった手錠が外れる。

あり、うそ? 安物の手錠だけでもスッパリ行きすぎじゃね? わあ、鉄ってチョップで斬れるんだ。わあ。

「ばぶう」

言葉を編もうとしたが、驚きすぎて赤ちゃんになってしまった。仕方ねえだろ、赤ちゃんなんだから。

「手錠はもう、必要ありますまい。いえ、なに、鎖が外れているので不自由はないでしょうが、なにぶん見た目がよろしくない」

「あー、妙に軽いんで気にしてなかったけど、手首に手錠ついたままでしたね」

なんとか赤ちゃんから成人男性に戻ったが内心ビビりまくりだ。この時点で完全にちからづくでこの場から逃げるという選択肢が消え失せた。

「ほう、軽い……ですか。婿殿は先程のことといい中々に頑健なお身体をお持ちで。失礼ですがそのような"スキル"をお持ちで? ……おっと失礼、まだお嬢様が知ってもいないのに、出過ぎた真似を」

「あ、はあ、スキル? てかこの服、すげえ着心地いいすね」

「それは寝巻きにございます。貴方様はこれから議場に入られますゆえに、それ相応の服装にお着替え願います」

ぱんぱん、と老人が手のひらを叩く。

大理石の廊下、高級ホテルのような作りの柱の陰からたくさんのメイドさんが現れた。

ふりっふりのロングスカートに頭に付けてるなんか白いアレ。うん、メイドさんだ。

「このお方はお嬢様の賓客だ。お召し物をご用意して差し上げなさい。お着替えも手伝うように」

「「「かしこまりました」」」

お人形のようにこれまたメイドさん達全員も美しい。

なんとなくだが、あの鎧野郎、もとい鎧女の趣味がわかってきた。いい趣味をしてる。

「……選択肢、ねえですよね」

遠山がつぶやく。

老人が目を細め、遠山を見る。

そしてにこりと微笑んだ。

「……やはり貴方様は面白いお方でございます。理性と狂気がなんの齟齬もなく同時に存在しておられる。今、この場では私を殺せない、だから言うことを聞く。……底冷えするような人間性です」

「人を殺人鬼みたいにいいますね」

「まさか、貴方様はアレらの種とは正反対でしょう。ほんとうは殺したくないし、大して殺すことにも興味はない。ただ、その方法が1番確実でなおかつ、"出来る"から選ぶ。それだけの話でしょう? ほほほ、竜に見込まれることだけはありますなあ」

どこか老人が嬉しそうに見える。

足元に転がっている綺麗な断面の手錠。それをチラリと見て、遠山が息を吐いた。

「で、どこに行けばいいんでしょうか、僕は」

全ての疑問や考えることを放棄し遠山が問う。

ルンルンの顔の老人が道を示す。素直にそれについて行くことにした。

………

……

「うお、なんか、すげえなこれ」

案内されたのはドレスルームだった。アホみたいに広い部屋にマネキンが博物館のように並べられていた。

メイド達が遠山に服を着せようと囲んできたが、それだけは大人のプライドで拒み、用意されていた服装になんとか自分で着替えて部屋を出る。

メイドさん達は相変わらず無表情だったが

「……てごわい」

「……さすがおじょうさまが認めたオス」

「……おせわしたかった」

ぼそり、ぼそり。メイドさん達が固まってヒソヒソ話を響かせてくる。振り返ってはダメだ。遠山は本能で悟り、静かにドレスルームを後にする。

「おや、お早いお着替えで。メイドたちの手伝いも必要なかったみたいですな」

「いやまあ、一応社会人なんで。スーツ…… 異世界なのに服装のセンスが似てるな」

「はて、どこかで着たことが? お嬢様がデザインされた新しい舞踏会用のウエストコートだとか。ふむ、貴方様の出自に興味が湧いてくるところですが、あまり時間がありませぬ。お嬢様もそろそろ目覚める頃合いでしょうし、参りましょう」

老人が再び歩みを進める。遠山はもう流れに身を任せることにした。

今の気分は状況が掴めなさすぎて、もうどうにでもなあーれ、だ。

「どうぞ、こちらが竜議場、帝国において竜に関する重大な事柄を決める神聖な場です。皆様既にお揃いのようで」

一際大きな観音開きのドア。蝶番からドアの衣装。

竜の顔が映えてるんですが、デザイナーは中学生なのだろうか。

「これ、このドア開けるのにボス部屋のカギとかいりません? ちいさなカギでは開かないタイプのドアですよね」

「はて、ぼすべや? ほほほ、そう緊張なさらずに。貴方さまはお嬢様の賓客ゆえに、では」

遠山の戯言を老人が華麗に受け流し、ドアを開く。

まあもういいや、と遠山がノリでそのドアをくぐり。

「わお」

まず目についたのはステンドグラス。

広間の奥、天井の壁に貼られた色とりどりのガラスがキラキラと陽光を通して広間全体を光らせる。

他の部分も天窓仕様、すごい高いホテルか、海外の聖堂みたいだ。遠山は残念ながらそう言うところに行ったことがないので感受性が乏しかった。

「かか、ああ、主役が来てくれたな。旦那殿、さあ、広間の中心へ」

広間だ。赤い絨毯が引かれた先、遠山の眼前、前方にはこれまたデカイ椅子。

玉座。

豪華。それしか感想がない。だって、もう足から持ち手から背もたれまで金ピカだもの。

「かか、どうした、旦那殿。オレの広間の豪華さに目でも奪われたか? まあ、オレは貴様に片目をうばわれたけどな!」

ご機嫌が非常によろしい金髪美人が、にかりと笑う。

金ピカの椅子にこれでもかと言うほど偉そうに座るその女。

金の髪はしかし、その玉座に引けを取らぬほど美しく煌々と輝く。

長い脚を組み、肘に顎をやり深く椅子に腰掛けるその姿。

生まれた時からの強者、上に立つ者の所作。普通の人間がすればともすれば下品、滑稽に見える仕草でも、その女がすれば、それはまさしく、王の風格。

「さあ、旦那殿、良い、許す。その椅子に腰掛けよ」

「………」

玉座と向かい合うように、広間の中心に置かれている木の椅子。派手さはないが、これもいい素材で出来ている。

遠山が促されるままに広間を進み、椅子に腰掛け、女をみる。

羽衣のようなドレス。そこから覗く白い脚が眩しく割と遠山は全力でガン見していた。

「アレが、竜の巫女の……」

「黒髪、栗色の眼。珍しい……」

「へえ、悪くないじゃない。スヴイ、何か見える?」

「いいえ、主教さま。何も、見えません。何かモヤが…….」

「ふん、衣装だけは一級品か……」

「あー、天使さま、眷属さま、お願いですから何も起きませんように、お願いですからギルドと都市運営に何も影響なく全てが終わりますように」

「領主さま、あまり、その心配事をそんなに具体的におっしゃられると逆に嫌な予感がするのですが」

その王の席と遠山の席から離れ、一段下、広間を挟むように列を成して並べられている席にもそれぞれ彼らが座っている。

みな一様に、遠山を眺める。品定めをするかのように。

「……そろそろ良いか?」

金髪の女が声を紡ぐ。

それだけで辺りの空気が恐ろしいほどに静かになった。

生き物の消えた森のように。

「さて、さて、我が愛しき冒険都市。それを支える定命のモノ、ヒトの中でも選りすぐりの優秀なるモノたちよ。今日はよく集まってくれた。くるしゅうない。ああ、辺境伯、ギルドマスター、先のギルド内では騒がせてしまったな、許せ」

「……は、蒐集竜さまにおかれましては誠、寛大なお心で我がギルドの冒険者の粗相お目溢し頂きましたこと、心より感謝申し上げる次第であります」

「……蒐集竜さまのお言葉を蔑ろにしかねない言動、態度を取った冒険者につきましてはみな、そのお心のままに厳罰をちょうだいしたく、それがギルドの総意なれば」

女の言葉に、一段下の席に座っていた小太りの男とメガネの美人が立ち上がり恭しく頭を下げる。

「かかかか、ギルドマスター、そちはほんに、聡明よな。ふんむ、そうさな。今日は気分が良い。あの騒ぎ立てていたメス猫、アレ1匹、我が館の地下によこせ。ワームどもに狩りの練習がさせたい」

ご機嫌に、朗らかな口ぶりで金髪の女がなにか残酷なことを言っている。このナチュラル畜生ぶりで遠山は120%確信を得た。

この女、あの傲慢な態度ら間違いなくあの鎧ヤローだ。

「……承知いたしました。一級冒険者にすぐに彼女に対しての拘束命令を出します」

「うむ、そうせい。なかなかにあのメス猫の言葉は聞くに耐えんかったゆえに。自らの力で復讐をなすのならいざ知らず、恥もなく己はただ泣きじゃくるのみ。みるに耐えん、竜としてあのようなものの因子を後世に残すことは許し難くての、ああ、そうだ。あのメス猫、家族があるのならそれも全て連れて来い、仲良くワームの狩りのおもちゃにしてやる故」

「……は、我らが竜の巫女の仰せのままに」

竜の言葉は重い。帝国において、今や声を届けぬ天使よりもその存在は身近で、しかしそれゆえに強いのだ。

傍若無人、傲慢無比。

この広間に集まっているのはみなそれぞれが、冒険都市を構成する勢力のトップ。

冒険者ギルド、人間社会、貴族、天使教会、商人ギルド、などなどみなそれぞれが優秀で選ばれた者たち。

中にはその竜の言葉に思うところがある者もいるがみな一様に目を伏せるのみ。

「かか、くるしゅうない。ギルドマスター、辺境伯、下がってよい、許す」

「は」

現人神、ならぬ。現竜神。実在する護り神なのだ。

人がその存在に出来ることなど、ただ首を垂れ、その機嫌を損ねぬようにただ、通り過ぎるのを待つのみ。

ここに集まる名士たちはみな、それぞれそれを熟知していたし、慣れてもいた。

竜の言葉に逆らわないこと。竜の意に反しないこと。

それがどれだけ、己の意思と反することであっても、人が竜に抗うことなど

「いやまて、鎧ヤロー。おまえそれはやりすぎだろ。家族ってことは、まさか飼い犬までもか?」

は?

その場にいた人間、全員が目を剥いた。もちろん竜の許可なく発言などすればどのような目に遭わされるかわからない。

だからみんな、目を剥いたまま、ソイツを見た。

竜の許可なく、不遜な声を上げたその、奴隷を、

「……もちろんだ。1匹残らず、我が眷属の餌食となってもらう。それが飼い犬、飼い猫であっても」

底冷えする、声だ。竜が炎を操る寸前、彼らは独特な音を出す。それによく似た声だ。

この場にいる帝国、いや、この世界に生きる命たちみなが確信した。次の瞬間にでもその男が消し炭になってもおかしくはない、と。

「そりゃねえだろ。あのネコ耳女はたしかにムカついたから別にどーでもいいけどよー、おまえ、わんこに罪はねえだろ、わんこに。……やめろよ、そういうの」

「「「「!???!??」」」」」

死んだ。

みな、そう思った。木の椅子に座った男はこれから竜に殺される。

竜は皆全て誇り高く、自らより下のモノに意見されるのを何より嫌う。竜より上位の存在はこの世にいないため、つまり、竜以外の何人たりとも、竜に意見することは出来ない。

竜の言葉の否定。竜への意見。

それはすなわち、安易な死を意味して

「む? そうか。貴様がそう言うのならそうしよう。ギルドマスター、先ほどのはナシだ。連れてくるのは雌猫だけでいい。奴の家族はいらぬ。これでよいのか? 旦那殿」

「おう、文句ねーよ」

けろりと、2人が言葉を交わす。

男はまだ、死んでいなかった。いや、それどころか、あり得ない光景がそこにある。

竜が他人の、ましてや、人間の意見を無視するどころか、殺さないどころか。

男の言う通りにした。

「「「「「「「はい?」」」」」」

みんなもう、声を出すのを我慢出来なかった。