軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

10話 人生の行く末

「だん。な?」

遠山が言葉を復唱する。脳が理解することを拒んでいるようにしっくりこない。

「ああ、旦那殿、だ。いつまで経っても奴隷ではカッコがつくまいて。かか、いやなんだ、今日はいい日だな。あの下衆の予言も馬鹿にはならん。爺や、爺やはあるか」

女が愉快げに喉を鳴らす。ぱちぱちと手を叩き

「ここに、お嬢様」

遠山が、また目を剥いた。

人だ。黒い燕尾服を着た白髪のお爺さん。やけに背筋はピンと張り、髪もぱっしり固まったナイスシルバー。

いや、違う、そんなことはどうでもいい。

どこから、どうやって現れた? 完全に認識外の状態から音もなく現れたその老人の存在に遠山の背筋が震える。

「今期の竜大使館からの教会への寄付金、あれを2倍、いや3倍にでも上げておけ。つまらん予言ならば干上がらせてやろうと思っていたが、かか、あの俗物め、実力だけは本物ではないか」

「かしこまりました。すぐに手配致します。……して、この御仁が……」

すうっと、細められた目つき。身体の芯に電撃の痺れが走り全身が硬直する。

この爺さん、やばい。遠山の本能が全力で警報を鳴らしまくっていた。

「おお、そうだ。オレを殺した奴隷。いやなに、見事であったぞ。爺やにも見せたかったものだ。かかか! 己の血の海に沈み、身体を内側から切り裂かれる体験なぞそうそうできたものでもないぞな!」

何故かウキウキした様子で金髪ド美人がはしゃぎ始める。金色の髪全体が横に跳ねてぴこぴこと動いていた。

どういう仕組み? 遠山はツッコミを口には出さず。

「ほう、そうですか。お嬢様のお身体を…… それは、それは」

「っひ」

燕尾服の爺さんに見つめられる、それだけで喉が詰まって悲鳴が漏れた。

逃げろ、身体が叫びまくっている。

「ほう、今のがわかるのか。見たか、爺や、オレの旦那殿は鋭いだろう? お前のわかりにくい殺気にも気づいて見せたぞ」

金髪の女が目を輝かせて、自分よりも頭2つほど背の小さい爺さんの服を引っ張る。

祖父にじゃれつく孫に見えないこともない。外見は孫感ゼロだが。

「ほほ、確かに、ただの奴隷ではないようで…… して、お嬢様、彼のお名前は?」

「……む、爺やも意地が悪いな。……そ、そのあれだ。雌の方から雄の方へと名前を聞くなどと…… す、少しはしたないだろう?」

モジモジしながら体を丸める金髪女。蛍雪のごときほのかに光すら感じる白い肌が僅かに赤くなっていた。

照れるポイントが分からん、もちろん遠山はこれも言葉には出さない。

「ほほほ、お嬢様のそのようなお顔は初めて見ますな。爺やはとてもうれしゅうございまする……」

「な、なんだ、あんたら……」

2人。化け物だ。イメージが湧かない。どうやってもこの場を切り抜ける方法が見当たらない。

キリヤイバすら対策され完封されている。白兵戦? 馬鹿が、一瞬で崩されて殺される。

特にやばいのは、あの爺さん。底が知れない。

「ほ。若者殿、貴方様なかなかに業が深いようで。血に親しみ、戦うことに非常に慣れておられる。死を何度も見た人間とお見受けいたしました。なるほど、お嬢様を一度殺せるのも納得がいきますな」

「じ、爺さん、あんたナニモンだ。ば、化け物よりも、化け物だ。意味がわかんねえ」

声が震えないようにはっきりと言葉を紡ぐ。

「かかか、流石は旦那殿! 爺やの凄さも理解出来るか! なあなあなあ、爺や言うたろう? とてもおもしろき人間種だと!」

「ええ、そのようですな。ではここでお会いできたのも何かのご縁。若者殿、1つご足労いただけますかな?」

「……ずりいな。こっちに選択肢があるとは思えねえんだけど」

遠山が無意識に視界を探る。建物の構造、出入り口らしき扉。

脱出のルートは1つ、前方。しかし、じいさんと鎧ヤローも前方。

つまり、この2人を抜かなければこの場から逃げられない。

「ほほほ、試して見られたらよろしい。あなたさまはそうおっしゃいながらも、ほら、目線ではこのギルド酒場の出入り口を探しておられる。焦りとは別に頭の回転は落ちておいでではない。ほほほほ、良い狩人ですなあ」

「む、出入り口。なんでだ、旦那殿? 外には迎えの馬車を用意しておる。送り届ける故遠慮などいらんぞ」

キョトンと金髪女が首を傾げる。ぴこりと豊かな金髪も一緒に傾く。

「いやあ、なんだ、あれだよ。確かにぶっ殺したはずの相手がピンピンしてたり、いけすかねえタコ鎧の中身が激マブの女の人だったり、そいつが旦那がどうこう言ってるもんでな。頭おかしくなってきてよ、少し1人になりてえんだ」

遠山が汗を流しながらじりりと、足に力を込める。このボロいグズグスの靴でどれだけ走れるか。

ほんと足回りは大事だわ。この場を切り抜けたらまずは靴だな、靴、と呑気なことを考えて少し現実逃避する。

「む、なるほど、そういうことなら少し外の空気でも吸ってくればよい」

「……お嬢様、今のは人なりの皮肉でござますれば。かのお方は我々から逃げようとしてらっしゃるのです」

「んな! なぜだ?! オレ、今日はかなり一応念入りに湯浴みもしたし、香油もお母様から贈られたモベームベンベ百葉の蜜を使った一級品で髪を整わせたのだぞ! お、おしゃれしてきているのだ! な、なんで旦那殿はにげるのだ?!」

あれ、コイツバカなのか? 遠山は少し涙目になりながら叫んでいる金髪女を眺める。

「……おっと、なんだコイツ可愛いぞ。じゃなくて、あんたらと俺に温度差がありすぎてな。うまい話には乗らないようにしてんだ。だいたい、どうしててめえを殺した相手にそんな友好的なんだ、それが理解出来ん」

少し本音が口に漏れながら時間稼ぎ。

だがわからないのは事実だ。どういう理屈かは知らないが、間違いなくこの金髪女とあの鎧ヤローは同一人物で、それを遠山は一度殺した。

殺した者と殺された者。そこにあるのは恨みや憎しみなどの感情しかないはず。

なのに、金髪女からはそれを感じない、むしろーー

「ほ? あなた様、もしや帝国の出ではないのですかな? 竜とはそういう生き物なのです。7つの命を持ちてこの世に発生した上位種。それを打ち倒した相手と番になり、また強い種を生み出す役割を持った選ばれし命…… 王国でも一般教養となっているんですが」

爺さんの雰囲気が僅かに緩む。

「おっと、一気に異世界設定でてきたな。こりゃ早めにこの世界の図書館行かねえと……」

急に出てきた世界観説明に、オタク心を刺激されつつも遠山が気を引き締めなおす。

「ほほ、良い心がけですな。……うん? おや、あなたさま…… ほう、珍しい、心の中に風景をお持ちの人でしたか。なんの風景までかはわかりかねるが…… なるほど、良くないモノが棲んでるようですな」

「む? 爺や、どうかしたか?」

「いえいえ、お嬢様、かの御仁はどうやら混乱しておいでのようです。多少手荒にはなりまするが、実力を以ってお屋敷にお連れになる方がいいかもしれませぬ」

雰囲気がなんか急に変わった。

足の裏が痺れる、逃げろ、逃げろ、逃げろ。

3年間の探索者生活という死と隣り合わせの生活で培った危険を感じる何かが遠山にそれを知らせる。

【メインクエスト発生】

ここで、またあのメッセージが世界に浮き出た。

↓は3本、ギルドの出入り口の扉と、爺さんと金髪女、それぞれを指している。

【クエスト名 人生の行く末】

【クエスト目標、ギルドから脱出する】

【オプション目標、蒐集竜の討伐、執事の殺害(非推奨、超高難易度)】

簡単に目標とか言いやがって。遠山はそのメッセージに舌打ちして吐き捨てる。

言われなくてもこの2人をどうかしようなんて思わない。無理だ、今の戦力ではどう考えても勝てない。

「むむ、あまり傷付けるなよ、旦那殿はもう、オレの蒐集品なのだから」

「おっと、ナチュラルに上から目線アンド畜生発言。てめえやっぱ外見が変わっただけで中身はあのクソムカつく鎧ヤローそのままだな」

軽口を叩き、隙を探す。鎧ヤローはかなりプライドが高かった筈だ。怒らせれば少しくらい付け入る隙がーー

「かか、ああ、いいなその目。ゾクゾクするよ。凡百の人間種がそのような口を叩けば滅したくなるものだが、貴様に言われると何故か、心の臓が跳ね回るのだ。ああ、痛い、気持ちいい」

「やべえ、コイツ無敵か」

ダメだ。なぜか金髪女は怒るどころか嬉しそうにしている。

頬を抑えて顔を背けている。顔を背けているのに隙が全く見えないのはどういうバグだろうか。

「ほほ、竜に愛されるとはそう言うことです、若者殿。さて、それでは言葉によるお願いはこれで最後です。御同行、願えますかな?」

爺さん、燕尾服の老人の声に、空気の変化をはっきりと感じた。

知っている、この感覚。怪物種がこちらに攻撃してくる瞬間の空白のようなーー

「悪いな、知らねえ人にはついて行くなって。学級会議で言われたことあんだよ」

遠山はもう、笑うしかなかった。

空気が張り詰め、そして

老人の姿が消えた。本当に消えたのだ。

「ほっ」

「うわば?! じ、じい!?」

たまたまだ。

老人が消えた瞬間に、たまたま鳩尾の辺りに腕を構えていた。

気付けば鳩尾目掛けて放り込まれていた馬鹿みたいに硬い老人の拳を遠山のクロスさせた腕のガードが受け止める。

みしり。鳴ってはいけない音がした。

「おお、これは驚いた1発目を受け止められるとは。ほほ、動体視力、いや、ヤマカンですな。死を何度も見たことがある生き物特有の反応です。嫌いではありませんよ」

「てめ、何買ったらそんなスピード…… あり?」

かくん。顎の辺りに違和感。何も見えなかった。

だが、わかった。顎を殴られ

膝が消えたような感覚、ああ、この感じ、あの時と同じ。

気づいた時には遠山は床に倒れ込んでいた。

「良かったです、2発目はきちんと当たったようで。ほほ、これでも塔級冒険者の末席を汚すものでございますれば」

いやしかし、頑丈な身体ですな。良きものを食べておいでのようだ。

頭上からふりおりてくる呑気な爺さんの声が遠くなる。

「くそ、じ、じい…… 顎、いいの、うちやがる」

自分の軽口さえ遠くなり、そのまま遠山の意識は沈んだ。

【メインクエスト 人生の行く末 失敗】

【"王国"ルート消滅】

………

「あ、わわわわ、しゅ、蒐集竜様に、執事殿、これは、その一体……」

遠山が床に沈んだ直後だ。

ギルド窓口の奥からそろり、そろりと現れたのは仕立てのよいウエストコートを羽織った小太りの男と、その後ろを歩むスタイルのいいクールビューティー。

この街の領主、辺境伯と冒険者ギルド責任者、ギルドマスターだ。

「おお、領主か。相変わらずふくよかな腹よの。何、探しモノが見つかってな、これから竜大使館に連れて帰る。おお、そうだ、5時間後、竜大使館から発表があるでな。竜議場にて此度の件の説明と収束を説明してやろう。あの銭ゲバ女主教やらこの街のまとめ役を連れて、竜大使館に足を運ぶことを許すぞ」

領主は心の中、ギョッと驚く。

え、えええ、めっちゃ機嫌良!! 満面の笑顔なんですがこのドラゴン。

口に出せば貴族といえど残念ながら消し炭になってもおかしくない、悲しい力関係ゆえに辺境伯、サパンは満面の愛想笑いをかましながら驚きを隠す。

「は、ははあ、承知致しました」

「かしこまりました、蒐集竜さま、……この気絶している冒険者達は…… なにか貴女さまに無礼を働いたのでしょうか?」

ギルドマスターは相変わらずの鉄面皮。ドラゴン相手に怖気もせず淡々と竜に質問を投げかける。

かっこ良!! サパンがギルドマスターの態度に恥ずかしげもなく見惚れていると

「んむ? ああ、良い良い。今日は気分が良いでな。理性なき獣をいたずらに殺すほどイラついておらん。しかし、ギルドマスター、マリーよ。やはり冒険者連中の質の差とはひどいのう。オレに迫るレベルの塔級からこのような下等生物どもまで幅が広い、底上げの施策など考えた方がよいのではないか?」

「……はは、ありがたきお言葉です。我らが護り神、我らが竜の巫女。本日中になんらかの方策を用意し、竜大使館に報告いたします」

やはり、竜はめちゃくちゃに機嫌が良かった。

この1ヶ月で挑んできた教会騎士を30人以上消し炭にしたり、生首にしたりしてきた化け物と同一の存在とは思えない。

普通なら今もこの地べたに這いつくばって動かない冒険者の連中はこの瞬間にもその命を竜に奪われていてもなんらおかしくない。

そういう存在なのだ。この生き物は。なのにーー

「かか、面白いのう、人間種は。ここでオレの威にあぶくを吹いて倒れるやつから、そなたのように真っ直ぐ向かい合うモノ、領主のように腹にイチモツ抱えつつオレと接するモノ、そして我が旦那殿のようにオレに殺意を向けるモノ。良い、実にいい」

金髪の女、蒐集竜が笑う。

「退屈せぬで済むよ。愛しき定命のモノ、愛しき変化の申し子達よ。くるしゅうない、それでは5時間後にまた、会おうぞ」

その笑顔は優しく、慈愛に満ちたものだった。

辺境伯、ギルドマスター、2人が見惚れるほどには。

「お嬢様、参りましょう。彼は爺めがお運びいたします」

気絶している奴隷の男、信じられぬが竜を一度殺した男を執事がさらっと持ち上げる。

「む、できればオレが……」

「お嬢様、お顔が真っ赤ですが、彼に触れますか?」

「……むむ、雌として意識のない雄に触るのははしたないか。お母様のような貞淑なレディとなるにはやはりふぁーすとたっちはやはり旦那殿から…… ふむ、またお母様にお父様との馴れ初めを聞いてみるほかあるまい」

むむむむ、と蒐集竜がうなっているのを尻目に執事はすでにひょいひょいと男を抱えてギルドの出入り口に向かっていた。

「お嬢様、行きますぞー」

「あ、待て爺や! もそっと丁寧に、優ししゅう運ばぬか! あ、姫抱きはだめぞ! それはいずれオレがやるのだからな!」

ぴょーんと、蒐集竜が金髪を揺らしながら滑るようにギルドを駆け、執事に追いつく。

まるで。

まるで孫と祖父がお店へ買い物に来て、帰るかのような気軽さで。

冒険者ギルドに訪れた嵐達は去っていった。

残されたのは失禁している低級の冒険者達と、半ば途方に暮れるこの街の冒険者機能を統括する苦労人2人。

「マリーくん、マリー君。なあに、あれ?」

「竜……ですね、ツガイを見つけた上位生物です」

「そっすか。……このあと竜大使館行きたくないんだけど、古代ニホン語の塾あるからって言ったら許してもらえるかな」

「今日は休んでください、領主さま」

2人は同時に、これから訪れる胃痛の予感に大きなため息をついた。