軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第442話:秘匿情報

「はあああぁぁぁ……っ」

執務室で租税台帳に目を通していたチェーザ・タムハ・ボルジムアが、露骨にため息をつく。その原因は言うまでもない。本来であれば、この執務室はチェーザただ一人が政務を行う、ある意味でプライベートな空間なのだが。その彼のプライベート空間を土足で犯している者たちがいるのだ。

「チェーザ卿、どうなされましたか?」

少し離れた場所で、チェーザと同じように書類処理をこなしていたエヴァリーナ・フォッドが問いかける。

あの日、チェーザはエヴァリーナを秘密裏に殺そうとして、返り討ちに遭ったのだ。

それからはチェーザにとっては地獄のような日々であった。なぜなら――――

「ここの数字がおかしいです」

「あら、この接待費も随分とお高いわ」

「見れば見るほど、怪しい箇所が出てきますね」

租税台帳や会計帳簿を調べていた者たちが、不審な点を見つけては嬉しそうに声を上げる。

この執務室にはエヴァリーナを慕う十人ほどのイリガミット教の信徒もいるのだ。10代後半から20代前半で構成される集団は若くとも、聖国ジャーダルクやイリガミット教の未来に危機感を持つ憂国の士である。

「シスターエヴァリーナ、あなたたちはいつまで滞在するつもりなのでしょうか」

そんな若きイリガミット教の信徒たちを、チェーザは疎ましい態度を隠さずに接する。言葉遣いこそ丁寧であるのだが、その声音はさっさと消えろと暗に言っていた。

「そのように不満げな顔をしないでください。代わりにこうして政務を手伝っているではないですか」

「エヴァリーナさまの仰るとおりです。なにが不満なのですか」

「一層のことチェーザ卿が抱えている文官は解雇し、我々がオレオルの運営をしたほうが不正もなくなり、民も喜ぶことでしょう」

「素晴らしい提案かと。なんなら太守の任もエヴァリーナさまへお譲りなさっては?」

エヴァリーナの言葉に続くように、信徒たちは口々に好き勝手なことを述べる。

「あなたたちに領地運営ができるとでも?」

「チェーザ卿 でも(・・) できるのなら、我らにもできるでしょう」

青年の一人が自信満々に口にするも、チェーザはそれを聞いて口をへの字に曲げて、馬鹿にするような視線を向ける。

「成人男性が年にどれほどの小麦を消費するか知っているのですか?」

「バカにしないでください。そのくらい――――」

青年はスラスラと口にするどころか、都市オレオルに年間でどれほどの小麦が入ってきて、それに対して支払った金額まで事細かに述べる。

「わははっ。良くお勉強しているではないですか」

エヴァリーナの前で言い負かしてやったぞと、勝ち誇った顔をする青年をチェーザは小さな子供をあやすように褒める。

「チ、チェーザ卿はよほど悔しかったようですね。このような負け惜しみを言うなんて」

「オレオルに輸入された小麦の代金ですが、少し相場より高いようです。どうして相場より高い値段で買う必要があるのか。もし、これが太守の意向で支払ったのなら、その差額分は本当に商人が――――まさか誰かさんの懐に入っているなどと言わないでしょうね」

「接待費や交際費についても、疑問に思う点が多々あります」

帳簿からチェーザ卿が不正をしているのは間違いないと断定しているエヴァリーナ一派は、どうしてもそのことをエヴァリーナの前でチェーザに認めさせたいのだ。そして、都市オレオルの太守の地位を譲渡させたかった。

なぜなら、エヴァリーナ一派と言っても、その数は20人に満たない。安定した税収のある拠点をなんとしても手に入れ、今後の組織拡大に繋げたいのだ。

「失礼ですが、チェーザ卿は現在91歳。孫どころかひ孫までいるのに、いまだ家督を譲られていませんね」

「ふははっ。本当に失礼な発言だ」

「ですから、最初に謝罪したではないですか。それほど太守という地位は旨味があるのですか。欲で肥大するにも限度がありますよ。いずれ、その肥え太った身体があなたを蝕むでしょう」

清貧を是とするイリガミット教の信徒からすれば、体重100キロを超えるチェーザは浅ましい姿に見えるのだろう。

「まあまあ」

過熱するエヴァリーナ一派を、チェーザは手振りで落ち着きなさいと促す。

「一つひとつ答えましょう。小麦の代金に関しては、そちらの彼女が仰るとおり相場より少しばかり高い値段で購入しています」

そらみろ! 認めたぞと、彼らの険しい顔に笑みが浮かぶ。

「なぜなら、このような呪われた地にわざわざ足を運んでいただくのですから、多少の色をつけるのは当然ではないですか? むしろ、相場に少し色をつけただけで小麦を運ばせている私の手腕を褒めていただきたいですね」

「なっ!? 聖国ジャーダルクを呪われた地と申しま――――」

呪われた地というチェーザの言葉に反応した一人の青年が声を荒らげたのだが、それを黙って聞き役に徹していたエヴァリーナが手で制する。

「接待費や交際費も同様の理由です。様々な物資が不足しがちな聖国ジャーダルクに、他国の商人から仕入れるには様々な便宜を図らなくてはいけません。いかに彼らに気持ちよく仕事を受け入れさせるか、それができなくては人口14万を誇るオレオルはたちまちに餓えてしまうでしょう」

「そのためには不正も致し方ないと?」

糾弾するかのような問いかけにも、チェーザは鷹揚に頷く。

「あなたたちのように綺麗事だけ述べて相手を好き勝手に罵るのは、それはそれは気持ちの良いものでしょう。なぜなら、自分たちは正しいと思っているのですから。断言してもいいですが、あなたたちに領地運営を任せれば、数年もしないうちに領民は他領へと逃げていくでしょう」

「なにを根拠に、そのような妄言を申されるのですか?」

「では、接待も交際もせずに、相場よりも高い値段を提示せずに、いったいどのようにして遠く離れた極寒の地である聖国ジャーダルクまで、他国の商人に物資を運ばせるのですか?」

「そ……それはっ」

「まさか清く正しく、善良なイリガミット教の信者が餓えているので、相場の値段で売ってくださいなどと泣きつけば、強欲な商人が絆されるとでも? 商人はあなたたちが想像するよりもリアリストで、金銭に関してはおそろしいほどシビアです」

あれほどチェーザを糾弾する声がうるさかったのに、今は静まり返っていた。

「あなたたちの掲げる理想など、ただの自己満足ですよ。そんな自慰行為に我が領民を巻き込まないでいただきたい」

あまりにも強いチェーザの言葉に、彼らは息を呑む。

「ああ、それと家督に関してですが、私が太守の地位に執着していると、旨味があると申されていましたね。確かに太守の地位に旨味はあります。あなたたちが仰るように小麦をはじめとする物資の売買で、帳簿を改竄あるいは故意に記載しないことで、私の懐には多額の金銭が入ってきています」

不正をチェーザが素直に認めたことに、彼らは頭が混乱する。もしかすると、エヴァリーナ一派に自供をしたところで容易く握り潰すことができると判断してのことかもしれない。それでも、この場で認める必然性がない。

「罪の告白ではありません。私は私腹を肥やす権利があると思っています。領民のために日夜政務に励み、常に強欲な商人と交渉をしているのですから。そこから幾ばくかの金銭を頂いたところで、光の女神イリガミットもお許しになられるであろう」

「なにをバカなことをっ!」

「そうです! 神がお許しになるわけがありません!!」

「お許しになっています。なぜなら、私は罰を――――天罰を受けていません。これこそが、イリガミットが私の行為をお許しになられた証拠ではありませんか」

両手を天に向かって掲げると、チェーザが座っているソファーのクッションは重みで大きく沈み込む。

「おっと、私としたことが家督の件がまだでしたね。家督を譲らないのは あなたたち(イリガミット教) のせいですよ」

このような悪人――――それも極悪人の言葉に耳を傾けてはいけないとわかっていながら、誰もがチェーザの次の言葉を待つように耳を傾けていた。

「為政者はときに厳しい判断をしなくてはいけません。それなのに息子も孫もイリガミット教の教義がどうこうと、私の、ボルジムア家の、貴族の教えよりもなんの役にも立たない宗教に傾倒してしまった。今ではひ孫だけが希望です。間違っても息子たちのような バカ(・・) にならぬよう厳しく育てなければ……」

よりにもよって、チェーザはイリガミット教の信徒の前で宗教を否定する発言をした。彼らが今のイリガミット教を変えようとしているとはいえ、それでもイリガミット教の信徒である。

「ゆ、許さないっ」

「罰を、この者に罰を与えるべきです!」

「そうです! 断罪すべし!!」

「光の女神イリガミットを穢す者に罰をっ!!」

剣呑な空気を纏う彼らに対して、チェーザは逃げようともせずに堂々とソファーに腰掛けたままである。

「罰を与える? あなたたちは、自らを神とでも勘違いしているのですか? 私は宗教を妄信する信者や信徒のそういった自分勝手な振る舞いが大嫌いなんです。もし、イリガミットが本当に我らの神と言うのなら、無からパンの一つでも生み出していただきたい。そうすれば、私はあなたたちが望むように自らの非を認め、いくらでも頭を地面に擦りつけて謝罪しましょう」

執務室内が再び静まり返る。

その静かな空間で羽ペンが走る音が響く。エヴァリーナが書類を処理しているのだ。

「エヴァリーナさま?」

「チェーザ卿の言葉に反論できないからと、力に訴えかけるのはよくありません」

感情を露わにする彼らとは違い、エヴァリーナは冷静にチェーザの言葉に耳を傾けていた。

「私たちは学ばなくてはいけません」

チェーザとしては、わざと激昂するように言葉を選んだのだ。なのに、エヴァリーナは冷静そのもの。逆にチェーザの心が乱されているくらいだ。

「シスターエヴァリーナ。先日は 誤解(・・) から、私はとんでもない過ちを犯してしまいました。私からの謝罪が足らないと申されるのであれば、あなたが満足するだけの金銭を用意するつもりです」

「金銭を寄付していただけるのであれば、ありがたいことです。見てのとおり、私たちは弱小も弱小な集団です。お金はあればあるだけ、今後の活動に役立つでしょう」

「では――――」

「ですが、都市オレオルから出ていくつもりはありません。なぜなら、ここを拠点として活動するからです」

このエヴァリーナの言葉にチェーザは絶句し、大きく顔を歪める。

(じょ、冗談ではないっ。このような危険思想の連中を匿っているなどと、教団の上層部に知られることがあれば、私はっ、いや、ボルジムア家は終わりだっ!!)

なんとかエヴァリーナの考えを変える手がないかと、チェーザは必死に頭を回転させるのだが、どれだけ考えても良い手が思い浮かばない。

「聖女候補を勘違いから殺そうとしたのです。私が言うのもなんですが、安いものではないですか」

エヴァリーナの言葉に、彼女を慕う者たちはチェーザを射殺さんばかりに睨みつける。

「私たちは学ばなくてはいけません」

再度、エヴァリーナは同じ言葉を繰り返した。

「綺麗事だけでは世を動かすことなどできません。かといって、一部の者が言うような過激な活動をするわけにはいきません」

イリガミット教団の考えを変えるために、言葉ではなく実力――――テロ活動のようなことを提案する過激な思想を持つ者もいたのだ。だが、エヴァリーナはそのような考えの者を受け入れることはなかった。

「チェーザ卿から世のことを学び、役立てましょう」

静かに諭すエヴァリーナの言葉に、彼らは姿勢を正して頷く。

「ところで、チェーザ卿にお聞きしたいことが」

「な、なんでしょうか」

「私はイリガミット教の――――聖国ジャーダルクの歴史について調べているのですが、どうしても途中で壁のようなものに邪魔をされます」

聖女候補の権限を行使して調べ物をしても、エヴァリーナにはどうも書物や書類などの資料が、聖国ジャーダルクにとって都合の良いように改竄されているように思えて仕方がなかったのだ。

「は、ははっ……。それなら聖都ファルティマの資料館に赴かれてはいかがでしょうか?」

さっさとオレオルが消え去れと、心の中で毒突きながらチェーザは提案する。

「そこではダメですね。私は王を中心とした絶対君主制から教王を中心とした宗教国家に、どのように移行したのかを知りたいのです。ジャーダルク宮殿の奥書庫の最奥に入りたかったのですが、どうも私程度の立場では入室することすら叶いませんでした」

噴き出すように、チェーザの全身から汗が流れ落ちる。

(こ、この女はバカかっ!? 奥書庫の、それも最奥など、教王のみが入室することが許される聖域であろう!! それを入ろうとした?)

「入室できないのなら仕方がありません。なら、知っている者に聞けばいいと考えを改めました」

「わ、私はなにも知らない……知りません」

「いいえ」

「なにを根拠にそのようなことを申されるのですかっ」

「君主制から宗教国家へと移行する際には、多くの貴族家が取り潰されたと資料にも書かれていました。当然です。力を持った貴族家を残したところで、教団からすれば邪魔者でしかないのですから。ですが、取り潰しになるどころか存続を認められ、さらには重要な役職を維持または得る者たちがいました。そう――――チェーザ卿、あなたのボルジムア家もその一つです」

大きな身体を縮こませて、チェーザは震えていた。

「教えてください」

「わ、私はなにも知りません。ええ、ええっ! なにも知りません。我がボルジムア家が存続を認められたのは、ひとえに教団への恭順、高い忠誠を認められたからに他なり――――げぇっ!?」

目をひん剥くチェーザの視線の先には、エヴァリーナが手にする一冊の本があった。

「あなたご自慢の隠し部屋ですが、自慢の品々はそれはもう丁寧に良く管理されていました。ですが、不思議ですね。一箇所だけ埃が積もっているではありませんか。そこを注意深く調べてみると――――」

「私に無断で部屋に押し入り、勝手に個人の所有物を持ち出すなど! それが敬虔なイリガミ――――」

激昂したチェーザは、自分がいかに取り乱しているのかを自覚したのだろう。貴種としての自分を思い出し、乱れた衣服を整える。

「チェーザ卿の言葉にならいました。綺麗事だけでは世を変えることなどできません。それで、この本なのですが、信じられないほど強固な魔法で封印されています。無理に解除すれば、本ごと消え去ってしまうでしょう。解除していただけますね?」

「――――できない。そのようなことをすれば、私は、ボルジムア家は終わりだ!! それに、お前たちだって後悔することになるぞ!! これは脅しなどではない。世の中には知らなくていいことが、知ってはいけないことがあるのだっ!!」

荒事に慣れていない者たちであれば、チェーザの言葉に臆したかもしれない。だが、この場にいる者たちは覚悟ができているのだ。どれほど脅したところで、臆することはなかった。

「もし、協力していただけないのであれば、こちらの本は教団の上層部へ提出します」

「やめろおおおおおおーーーっ!! そんなことをすれば、私は――――ぶべっ!?」

本を奪い取ろうとしたエヴァリーナへ迫るチェーザであったのだが、その直前で結界によって阻まれる。

結局、本の内容を決して口外しないと、それも契約魔法の書類に全員が署名することで、チェーザは本の封印の解除に同意した。

一回りしぼんだかと錯覚するほど、わずかな時間でチェーザは憔悴する。

「繰り返しになりますが、本当に後悔しても知りません。今なら――――」

「進めてください。あと、途中で質問することもあるでしょう。チェーザ卿も同席してください」

もう好きにしろとばかりに、半ば投げやりにチェーザは本の封印を解除する。

「ありがとうございます」

これまで、どれだけエヴァリーナが本を開こうとしても閉じたままだったのが嘘のように、本を開くことができた。エヴァリーナたちは本に目を通すのだが――――

「獣人浄化政策? このような政策は聞いたことがありません」

「私もです」

「読み進めればわかることでしょう」

獣人の有力者たちへ、呪詛を基点とした――――これらの女性を貢物として提供する。女性と交わった獣人は――――獣人の女性との間に子を――――――――百年もせず獣人は滅び――――天秤は我ら人族――――女性の提供はレーム大陸連盟より各国から――――多くは自薦――――これらの政策は失敗に終わる。第一案を破棄し、政策を変更――――以後、獣人浄化政策を獣人同化政策とする。万が一に、これらの政策が露見するようなことがあれば――――リスクを分散するため――――サクラ・シノミヤが政策立案――――なお、各国にも立案者の身代わりを――――。

エルフとダークエルフに対する――――デリム帝国領に存在する――――始祖であるアッシュグラウ・バルリングは――――推定レベル100を超える――――間違っても敵対せずに――――――――どちらにしても、エルフとダークエルフは年々その数を―――― 存在する者(モノ) との戦いで上手く数を――――引く続き――――――――。

ドワーフ懐柔政策。

彼らは鉱物に眼がない。他の亜人と比べて扱いやすく――――――――無理に滅ぼさずに――――これまでの政策を――――――――各国はドワーフの技術を活用ならびに――――滅ぼさないようレーム大陸連盟で監視――――。

わずか数ページ。

数ページに目を通しただけで、エヴァリーナたちは絶句し、誰も言葉を発することができない。それを見ていたチェーザは、そら見たことかと、私の言ったことを信じないからだと、憐れみの視線を向ける。

「これはどういうことでしょうか?」

「どう、とは?」

「これが真実であれば、人権侵害どころの騒ぎではありません」

「約千三百年も前の政策です」

「昔であれば良いというものではありません」

「だから、私は何度も申したではありませんかっ。知らないほうがよいと!」

「これを聖国ジャーダルクが、イリガミット教団の上層部が関与していると?」

もう吹っ切れたのだろう。

信じられないと身体を震わすエヴァリーナを前に、チェーザは笑い始める。

「くはっ。くははっ! 関与? なにを言うかと思えば、この本に書かれていることの多くは、五大国が中心となって進めたことばかり。関与どころか中心となって、推し進めています。このようなことをボルジムア家は情報収集し、保管することにより家の存続を認めさせたのですよ。取り潰そうものなら他種族へ暴露するぞ、とね」

ゾッとするような微笑みであった。

貴族家であれば、血生臭い過去の一つや二つはあるものだが、ここまで内容が酷いものだとは想像だにしなかったのだ。

「女性は自薦と書かれていますが?」

「ええ。多くは自薦で間違いありません」

なぜ? とエヴァリーナの疑問を察したチェーザは答える。

「それほど獣人に、人族は酷い目に遭わされていたのです」

そこには強欲で、傲慢な貴族ではなく。真っ当な領民を思う貴族の男がいた。

「獣人浄化政策が失敗した理由について詳細を知っていますか?」

「裏切り者です。なんでも中心となって女性に呪詛を刻んでいた錬金術師の一人が、故意に裏切っていたそうです」

「その錬金術師はなぜ裏切ったのでしょうか?」

「さあ? 義憤に駆られたのか。教団あるいは各国の王族に恨みがあったのでしょうか――――と、言いたいところですが。その裏切り者の名を聞けば、シスターエヴァリーナなら察するでしょう――――裏切り者の名はジョン・ラリル・タイフォーです」

口々に「知らない名だわ」「聞いたことのない」「誰だ?」と騒ぐ者たちをよそに、エヴァリーナはゆっくりと口を開く。

「その名に思い当たりがあります。『災厄の種』――――聖国ジャーダルクが定める危険な存在、その中でもレーム大陸連合国の総力を以て当たるべき存在――――」

「理由を考えるだけ無駄ですよ。彼は我々とは別種の存在と認識したほうがいい」

「千三百年も前の人物が生きていると?」

「さて、どうでしょうか? 私にはそこまではわかりかねます」

「いいでしょう。

こちらに記載されているサクラ・シノミヤとは『黒の聖女』ですね?」

これまで打てば響くように応えていたチェーザが言い淀む。訝しげにエヴァリーナたちがチェーザを見ていると。

「おがっ……シノ、ミ? だ……ダメっ、それを…………私の――――ハアハアッ!!」

「チェーザ卿?」

「し、失礼っ。私ではその名に関して答えることができません。教団によって、聖国ジャーダルクに存続を許された全ての貴族は脳に魔法をかけられているので。当然、私の息子や孫に問いかけても無駄ですよ。もっとも、彼らはこの本の内容どころか存在すら知りませんがね」

「その魔法――――私が解きましょうか?」

見ただけでも、チェーザの脳にはかなりの負荷がかかっている様子、それを親切心から解放してあげようと申し出たのだ。

「無駄です」

「これでも私は――――」

「私の脳に魔法をかけたのは教王です」

「え?」

「歴代教王の聖務の一つです。これも聖国ジャーダルクを維持するためのやむを得ない処置なのでしょうな」

ひひひっ、と笑うチェーザの顔には、これがお前らが信仰する宗教の正体だと書いてあった。