作品タイトル不明
第441話:粛清
人々は今日もいつもと変わらぬ日々を過ごしていた。だが、裏では人族の国家や他種族で構成される宗教団体があるいは非合法の組織が、他者に気づかれぬよう 暗中飛躍(あんちゅうひやく) していた。
そして――――それはなにも人種だけとは限らない。
マル・チャ山地――――聖国ジャーダルク北東部、自由国家ハーメルン南西部のちょうど中間に位置する場所にある。その山地の開けた場所では異様な光景が見られた。
「説明せよ」
なんとも重厚な声であった。声そのものに力があるかのように、周囲の山々が震える。
声の主は身長26メートルを超える巨人であった。さらに並ぶ巨人たちも負けず劣らずの巨体を誇る。
この場に人族の者がいれば、その流暢な言葉遣いに恐れ慄いていたことだろう。なにしろ、一般的に巨人は人語を話さない。話せても片言だと知られているからだ。
その眼前で、説明を求められた者も巨人――――赤色の肌に灰色の髪を束ね、堂々たる体躯である。とはいえ、その身長は12メートルほどで、居並ぶ巨人たちと比較すれば否が応でも見劣りしてしまうだろう。
「さて、説明と申されても」
「惚けるでないわっ!!」
一体の巨人が発した怒号により、周囲の山が地響きのような音を立て、木々は折れるのではないかと思われるほど大きくしなる。危機を察知した小動物や魔物などは、とっくの昔にこの場をあとにしていた。
なおも叱責をしようとする巨人たちを、中央に座る巨人が右手を挙げて制する。
「マルコヴナ、貴様が獸王に手出しして痛い目に遭ったのはわかっている」
マルコヴナと呼ばれた巨人の身体には全身に包帯のような布が何重にも巻かれている。おそらくは、獸王――――覇王ドリムに 遊ばれた(・・・・) のだろう。あのドリムに遊ばれて、なお生きていることがすでに驚愕に値するのだが。
「それほど獸王が怖いのですか?」
巨人たちからの怒気という名の圧力が強まる。
「恐れてなどおらぬ。無用な争いをするなと申しておる」
聞き分けのない子を宥めるように巨人の長が言葉を紡ぐ。だが、マルコヴナはそれを馬鹿にするように鼻を鳴らす。
「なにがおかしいっ!!」
「ここをどこかわかっているのだろうな!」
「しょせんは間の子よ。 巨人(我ら) の道理など理解できぬのだろう」
身体の芯から震え上がるかのような怒号が一斉に浴びせられるのだが、それを受けてもマルコヴナは微動だにしない。まるで涼風でも受けているかのように、顔は平静そのものである。
「これはこれは失礼を、お許しください。御老公の皆皆様方があまりにもおかしなことを申されるから」
口元に手を添えてマルコヴナは声なく笑う。
「しかし、御老公方も悪いのですよ。第二次聖魔大戦で、なんの勝算もなく無闇に参戦した挙句、手痛い目に遭わされたのはどこの誰や――――ごはっ」
突如、大地から生えた柱がマルコヴナの顔を叩いた。凄まじい衝突音は、それに相応しい威力があったのだろう。鼻と口から少なくない血を流しながらも、マルコヴナは眼前の巨人たちから視線を外さない。
「おや? どうやら御老公方には耳が痛かったようだ」
「半端者が囀るなっ」
「貴様の役割を忘れたか! 余計な真似などせずに、イモータリッティー教団の、 オズウェル(・・・・・) の動向を我らに報告すればよいのだ」
「然り。半端者が身の程を弁えんか」
明らかにこの場にいる巨人たちはマルコヴナを見下して――――否、というよりも同族と見なしていない。なにしろマルコヴナに流れる巨人族の血は半分なのだ。成体であるにもかかわらず、通常の巨人の半分ほどしかない身体が、それを否が応でも証明している。
そして、彼らはオリヴィエ・ドゥラランドの本当の名を――――オズウェルと認識してマルコヴナをイモータリッティー教団へ送り込んでいた。
人族が知っている巨人といえば、粗野で対話ではなく膂力に物を言わせ、言葉を交わすこともできぬ知能の低い魔物であった。それが他種族の組織へ諜報員を送り込むなど、巨人の生態や歴史を研究している学者たちが知れば卒倒、あるいは驚喜して踊りだすだろうか。
「御老公方が大地を統べる者と呼ばれたのも遥か昔」
「黙れっ! 今でも大地の支配者は我らである!」
「古の巨人に隷属しておいて、支配者とは片腹痛い」
この巨人たちはマルコヴナの言うとおり、古の巨人――――ガリガルガに属する一派であった。だが、今はガリガルガを主君として認めていない。むしろ、一方的に敵対して千三百年以上が経過している。
「口を慎め。我らを侮辱することは許さん」
「侮辱? 私は事実を申したまで。貴方たちが無能でなければ、私の子供たちも死ぬことはなかった」
「またそれか。子などまた作ればよかろう。それよりもなんだその口の利き方はっ!」
「もうよかろう! そもそも、このような半端者が我らと同じ巨人を称することが、反対であったのだっ!」
もう我慢できないとばかりに、緑色の巨人が立ち上がる。ほぼ同時にマルコヴナも立ち上がるのだが、相手の身長は24メートルを優に超えている。単純に比べてもマルコヴナとは倍も違う。だが、その緑色の巨人の顔色が変わる。マルコヴナの身体が膨張するように大きくなっていく。
「どうなさいましたかな?」
「己っ!!」
巨人族にとって、身体の大きさとは単純な膂力の過多を示すものではない。自尊心や種族としての誇り、様々なものを内包しているのだ。それゆえにガリガルガは隷属していた巨人たちから見限られたとも言えるのだが。
緑色の巨人は遥か頭上より自分を見下ろすマルコヴナを見上げる。優に100メートルを超えるその巨体は、彼らの支配者であった古の巨人を思わせた。
それが――――彼らのプライドを刺激した。
よりによって、巨人族の血を半分しか持たぬ間の子が、自分たちを見下ろすなど、とてもではないが許せぬものではなかったのだ。
「ぬあああああっ!!」
24メートルの巨体が、その巨躯に相応しい膂力を振るう。砂埃を巻き上げるどころではない。踏み込んだ足は大地を捲り上げ、振るう巨腕は大量の空気を巻き込み、まるで嵐のような突風を起こす。
だが――――
「ぬるい」
その拳はマルコヴナの顔どころか腰にも届かない。ふくらはぎあたりを殴りつけるのがやっとであった。
「ごはぁっ……」
拳を固めたマルコヴナの鉄槌打ちを頭上より喰らった緑色の巨人が、大地へ身体ごと埋め込まれる。両者が放ったのは互いに一撃、だがその影響はあまりにも常識外れであった。巻き起こる粉塵は遠く離れた場所からでも観測でき、また振動は周辺の村々に住む者たちが地震かと勘違いするほどであったのだ。
「情けない。やはり、 お前たち(・・・・) のような老害はもっと早く、この世界より退場するべきでした」
もはや敬称をつけることもせず、マルコヴナは巨人たちを侮辱する。
「落ち着かぬか。そう長くは保たん」
統率者である巨人の言葉に、動揺していた巨人たちは冷静さを取り戻す。
「ははっ。腐っても巨人一派の長ですね」
「無礼者がっ!!」
マルコヴナを囲む巨人たちが一斉に黒魔法第3位階『ストーンウォール』を展開する。人族の術者であれば石の壁を創る魔法も、巨人が使用すればその規模は段違いとなる。
マル・チャ山地に四百メートルを超える新たな岩山が形成された。優に100メートルを超えるマルコヴナを封じるにはこれだけの規模の石棺が必要であったのだ。
「ぐは……ぁぁ…………っ」
「ぼへぇっ!?」
「かはっ!」
だが、その石棺から巨大な槍が石壁を突き破って複数の巨人の胸部や腹部を貫く。黒魔法第3位階『ストーンランス』も、マルコヴナが使用すれば、それはもはや槍の範疇を超え、ミサイルのような威力を誇るのだ。
「この程度の傷で我らが怖じけるとでも?」
さすがは巨人族と言うべきか。
胸部に大きな穴を空けられた巨人や、腹部から臓物をぶら下げていた巨人たちの身体が凄まじい速度で再生していく。
「さあ、さあさあさあ! 先ほどまでの威勢はどうした! 身体が縮んでおるではないか!!」
巨人たちが怒涛の攻撃を開始する。土塊を纏い、武器にあるいは鎧と化し、襲いかかったのだ。それに対してマルコヴナは躱さず真っ向から迎え撃つ。巨人族らしい攻防とも言えるのだが、マルコヴナの身体が徐々に縮み始めて――――いや、もとに戻り始めていた。すでにマルコヴナの身長は80メートルほど、固有スキルの効果が消えつつあるのだ。
「簡単にいくとは思ってはいませんでしたが」
わずかにだが、マルコヴナは焦燥感に駆られる。単体でも強力無比な巨人族が、集団戦をこなすとどれだけ厄介なのかを改めて思い知らされたのだ。
戦闘を繰り広げながら、マルコヴナは巨人たちを眼前へと誘導すると、ここが勝負どころだと魔法を展開する。
大量の土塊から八体の龍が創られ、巨人たちを喰い破らんと襲いかかる。黒魔法第9位階『 八龍地土大顎破喰(ギガ・ボーラ) 』だ。
「情けなし」
人種では展開できない強大な体長数百メートルの八体の土龍を前に、巨人の長は嘆く。そして両腕を前方へと伸ばすと、古代魔法第9位階『 因凝錬鈩(インコネル) 』を発動――――ニッケルを中心とし、クロムや鉄などを添加した超合金の重厚な壁が、土龍の進撃を押し返す。次々と土龍は超合金の壁に激突し、そのままもとの土塊へと還っていく。
「仮にも巨人の血を引く者が龍を象った魔法を使用するなどと、恥を知れ」
巨人の長が展開した超合金の壁は厚さ15メートル、高さ30メートル、幅は500メートルを超える人智を超えた規模の魔法であった。それほどの大魔法を展開したにもかかわらず、さほど巨人の長に疲労の色が見えないことにマルコヴナの額から一筋の汗が流れ落ちる。逆にマルコヴナのほうが固有スキルの使用や戦闘によって大量の体力やMPを消費していたほどだ。
「覚悟はよいか?」
それは死刑宣告のような言葉であった。
ここまでの戦闘でマルコヴナが倒せた巨人の数は0である。この絶望的な状況から起死回生するのは、マルコヴナ 個人(・・) では不可能であった。
だから――――
「やはり私では力不足でした」
巨人たちが勝ち誇った笑みを浮かべる。
今さら気づいたところで遅いとでも言うように。
「 あとは(・・・) お任せしても?」
そこで巨人たちは気づく。
マルコヴナの近くに一匹の鬼人が立っていることに。
異様な風貌であった。褐色の肌に左右非対称に生える頭部の角、一切の手入れがされていないだろうと思える不揃いな白髪に、琥珀色の瞳、なによりその鬼人が纏う空気感は自分たちとは異なる世界に存在するかと思えるほど異質な印象を見る者に与えた。
「グラヴォス殿、このような者たちでも聖魔大戦を生き抜いてきた古参の巨人族です。少しは貴殿の暇潰しにはなるでしょう」
なんとも大層な物言いであった。
優に20メートルを超える巨躯を誇る自分たちに対して、鬼人の身体は3メートル半ばほどといったところだろう。これでは戦いどころか、一踏みで死ぬのではなかろうか。そう巨人たちの誰もが思い、吹き出しそうになる。
「――――げよ」
巨人の長が呟く。
誰もがその言葉を聞き間違えかと思った。
「今なんと申された?」
「逃げよと言ったのだっ!!」
叫ぶと同時に巨人の長は恥も外聞もなく地中へと逃げ出したのだ。動揺する巨人たちであったのだが、次々とあとを追うように地中へ潜っていく。その無様な姿にマルコヴナは失望した眼を向ける。勝てないにしろ、何百年、何千年と巨人族の誇りがどうこうと宣っていた者たちが、一当てもせずに逃亡を選択したことに、マルコヴナは心の底から落胆したのだ。
「雑魚が」
そう一言呟くと、鬼人は――――グラヴォスは金砕棒を頭上へ持ち上げると、そのまま地面へ叩きつけた。
この日、レーム大陸に残る最後の巨人族の一派が滅ぶ。のちにマル・チャ山地を検証した複数の国家からなる調査団は、ここで巨人同士の内紛が起こったのではないかと仮説する。
数百メートルから何千メートルもの山々で構成される広大なマル・チャ山地の大部分が変形し、または新たな山ができており、巨人たちが争ったと思われる場所には見通すことができないほど深く、巨大な穴が穿たれていたのだ。
まさに人智の及ばない戦いが起こったことは、想像に難くない。近隣の村々は巨人の祟りや怒りを恐れ、慌てて捧げ物を用意するのであった。