軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第440話:サプライズ

聖国ジャーダルクの宮殿、オリヴィエ・ドゥラランドが使用する私室の一つには、誰も使用することのない部屋がある。この部屋には照明の魔道具で常に一定の影が作られているのだが、その影から這い出るようにニーナが姿を現す。

「…………」

扉の前でニーナは立ち止まる。扉には――――いや、この部屋を区切るように結界が張られていた。迂闊に触れようものなら、ニーナでも指が吹き飛ぶほど強力な結界である。

この結界を構築したチンツィアの力量の一端を示すのと同時に、彼女のニーナに対する警戒度を表していた。

「二百十七番です。到着しました」

アイテムポーチから通信の魔導具を取り出すと、無機質な声で隣室にいるであろう相手に報告する。

そのまま扉の前で待機していると、結界が解かれていく。

「入りなさい」

とてもではないが、同じ組織に属している者に向ける眼ではなかった。敵意どころではない。殺意を宿した眼で、チンツィアはニーナに部屋から出てくるよう命じる。その眼はニーナの一挙一動を見逃さないとばかりに、瞬きすらせずに凝視していた。

「やあ、二百十七番。報告を聞こうか」

いつものように椅子へ腰掛けて読書していたオリヴィエは、ニーナが姿を見せると本を閉じて顔を上げる。今はプライベートな時間のためか聖務で着用するローブは脱いでおり、私服のラフな格好である。

ニーナからオリヴィエまでの距離は約5メートルほど、ニーナならば一足で距離を縮めることができるだろう。だが、そのような真似はできない。すぐ背後にはチンツィアが控えているのだ。少しでも不審な真似を――――いや、考えただけでも即座に殺しにかかる空気を彼女は漂わせていた。

近いようで絶望的な距離、それがニーナから見たオリヴィエまでの距離である。

「チンツィア。そんな強い殺気を放つと、二百十七番が萎縮するだろう」

「失礼いたしました」

主であるオリヴィエからの言葉に、チンツィアが撒き散らしていた膨大な殺気はなかったかのように霧散するのだが、眼光はより一層に鋭くなる。

「ところでフフが同行していないのは、なにか理由でも?」

「処分しました」

突如、背後で凄まじい衝突音が発生し、風圧がニーナの髪を乱す。ニーナの背後では、わずか数ミリほどの位置で九本の尾がニーナの身体を貫こうと藻掻いていた。一本一本が人の胴体ほどもある太い尾は、その見た目よりも纏う魔力の強さに目を引かれるだろう。

尾を操っているのはチンツィアで、その攻撃を止めたのはオリヴィエである。

なぜ止めたのか、なぜニーナを護るのか、とチンツィアは納得いかない様子で主であるオリヴィエを見た。

「まだ二百十七番から報告を聞いていない」

眦を決したチンツィアに対して、オリヴィエは淡々と告げる。

「報告を続けてもよろしいでしょうか」

死んでいた。

オリヴィエがチンツィアの攻撃を防いでいなければ、確実に死んでいたにもかかわらず、恐ろしいことにニーナは平静そのものである。

「ああ。だが、その前にどうしてフフを処分したのかを聞きたいな」

「錯乱して襲いかかってきたために、やむを得ず処分しました」

「殺さず、生きた――――」

そこでオリヴィエは言葉を止めた。ニーナとフフの、オリヴィエが現在把握している情報から推測した際に、ニーナの実力ではフフを生きたまま取り押さえることはできないと判断したのだ。

「錯乱とはどの程度のものだったのかを教えて」

「私はフフなんて名前じゃない――――騙されていた。オリヴィエ・ドゥラランドに記憶を――――後半はなにを言っているのか聞き取れませんでした。一旦、落ち着かせようと駆け寄ったところで左目を抉り取られたので――――」

報告を聞くにつれ、オリヴィエは静かに目を閉じなにやら考え込む。一方のチンツィアも、あれほどニーナに対して怒りを露わにしていたのに、一瞬だけ驚いた表情を浮かべ、すぐに平静を装う。今は身体中から迸らせていた魔力も鎮まっている。

「急に錯乱した、と?」

「いえ。思い返してみると、その兆候はありました。惨鎧斬の仕業に見せるためにスラム街の住人をフフは攻撃したようですが、なぜか眼球に固執していました。世間では惨鎧斬は身体の部位を持ち去ると知られていますが、眼球だけというのは不自然です」

そういうと、ニーナはフフのアイパッチから回収した物を床にばら撒く。それは大量に加工された眼球であった。以前からフフが複数の魔眼を保持しているのは、オリヴィエたちも知っていた。保有する魔眼が増えれば、それはそのままフフの手数が増えることに繋がることから不自然ではない。

だが、今ニーナが取り出した眼球は魔眼などではない。ただの一般人の眼球である。一般人の眼球を加工して、アイパッチに保管するなどまともな者がすることではない。

「よくわかったよ」

再び目を開いたオリヴィエはニーナから視線を外さない。ニーナからの報告におかしな点はない。オリヴィエやチンツィアのスキルによって、影徒たちはオリヴィエへ絶対の忠誠を誓うと同時に過去の記憶を消す、または都合の良いように改変されているのだ。だが、極稀に過去の記憶を取り戻し、フラッシュバックすることで錯乱状態となって暴走する者がいる。

直近では二百年ほど前に記憶を取り戻し、オリヴィエのもとから逃げた者が一人いた。

「さて――――」

どうしたものかと、オリヴィエは悩む。本当にニーナがフフに眼を抉られたのならば、都市カマーに潜ませている信者から後日報告があるはずなので、確かめることは容易いだろう。

それよりも、だ。

ニーナの報告が全くの嘘――――虚偽であった場合は問題である。それも大問題だ。ユウ・サトウを 使う(・・) ことを前提に計画を練って進めてきた。ここで実はニーナが裏切ってましたとなっては、ここから計画の修正をするのにどれほどの時間と労力がかかるか。そもそも、それまでユウ・サトウが保つことはないだろうと、オリヴィエは睨んでいる。あれほど『強奪』を多用しているのだ。彼の少年の寿命は驚くほど短くなっているはず。しかも、その代償に魂が耐えられずに、肉体よりも先に精神が崩壊する可能性のほうが高い。

だが――――もしニーナが裏切っているのならば、ここで処分しなければ致命傷になる。ニーナは影徒としてイモータリッティー教団の内情から、数々の任務に従事してきた。それらを他国の有力者や諜報機関へ持ち込まれるようなことがあっては、計画の修正どころではない。

(仕方がない。消すか――――)

手を手刀の構えへと変化させたオリヴィエが、その手を横薙ぎに振るおうとしたそのとき――――

「 そんなことより(・・・・・・・) も、ジョン・ラリル・タイフォーが現れました」

オリヴィエの身体がピタリと止まり、チンツィアの身体は逆に大きく動揺して震えた。

「そ…………それは、本当に――――奴が現れたのは本当なのかっ?」

「はい。本体ではなく人形のほうでしたが、ドゥラランド様が影徒へ配布している針を打ち込みました。ご存知のようにジョンの操る人形は痛覚がないので、針を打ち込まれたことにすら気づいていないでしょう」

「チンツィアっ」

ここ数百年チンツィアでも見たことがないほど取り乱しながら、オリヴィエはチンツィアの名を呼ぶ。

「ここに」

チンツィアが懐から取り出したのは、一見すると羅針盤のような盤である。盤の中央に埋め込まれた宝石のような玉に、チンツィアが魔力を込めると玉から光の線が伸び始め、その光線は北東の方角を指し示していた。

「ふっ……ふはっ、ふははっ!! そうかっ!! ついにジョンの居場所を突き止めることができるのかっ!!」

イリガミット教の信者が、今のオリヴィエの姿を見れば大層に驚いただろう。聖務では常に微笑みを絶やさず信者に接し、感情的になったところなど誰も見たことがない。その彼が、オリヴィエ・ドゥラランドが血走った眼で、声を震わせていたのだ。

「チンツィア、いつでも死徒を招集できるよう進めてくれ」

「どの死徒でしょうか?」

第六死徒ロキュス、第十死徒ピッチ、第十二死徒ゴーリアは死亡。第三死徒に至っては、同じ死徒同士で争う愚か者――――とはいえ、まだ八名もの死徒がいるのだ。それぞれが単独で国家と戦争をすることが可能な戦力を有している。

「決まっている」

椅子から立ち上がったオリヴィエは、真っ直ぐにチンツィアを見つめる。その姿をどこか白けた様子でニーナは見ていた。

「全員だよ。全ての死徒を招集して、ジョンをこの世から消す。『天下五剣』とロイにも声をかけておくように、私も参加する」

「これから忙しくなるぞ」と、言葉とは裏腹に嬉しそうにオリヴィエは天井を仰ぐ。

「サクラ……ついにこのときが来たよ。これでまた一歩、世界は平和に近づくだろう」

薄暗い部屋であった。

わずかな光源からわかることは、この建物の所有者が裕福な者であることだろう。

広い室内には見るからに高価な調度品の数々が置かれており、またこれ見よがしにではなく、客人の視界にさり気なく、また嫌味にならないよう考えられて配置されていた。

「なんだそりゃ?」

このような洗練された部屋にいるにしては、些か乱暴な言葉遣いであった。

光源があまりにも弱いため、男の顔はよく見えない。男はソファーに大股開きで、背もたれに両腕を乗せて横柄に座っている。

「どうですか?」

声に反応したのは銀色の長髪の男である。

自慢の品を誇るように、両手をソファーの男に向かって突き出す。その手には奇妙な布が握られていた。だらんと垂れ下がったその布は、お世辞にも綺麗とは言えない。

「俺の記憶が確かなら、お前さんが好きなのは第二次成長期前の……十歳くらいのガキじゃなかったか?」

「ええ。仰るとおりですよ」

「なら、なんでそんな年寄りのもんを?」

「これはこれで良い物ですよ。私の好みではありませんでしたが、手をかけた分だけ愛着とでも言うのでしょうか。こうして完成すると嬉しいものです」

布のようなモノに頬ずりしていた銀髪の男は「ほら」と、布のようなモノを拡げる。それは――――人のような形をしていた。

「気持ちわりいなっ」

ソファーに座る男は、感情を隠さず呟く。

「今……なんと言いました?」

「気色悪いって言ったんだよ。なんで、そんなきったねえババアの皮なんかを愛おしそうにできるかね」

広い室内に不穏な気配が漂い始める。両者の間で冗談では済まない視線のやり取りが――――突如、なにかを叩く音が部屋に響いた。もう一人の人物がテーブルを指先で叩いたのだ。

再度、その人物がテーブルを指先で叩くと、二人は視線をそらす。

「わかってるって。同胞の、互いの趣味嗜好を否定したり、意見したりするのは禁止だって言うんだろ。前にそれが原因で殺し合いにまで発展して、片方が死んだらしいじゃねえか。確か……そのときに争ったのが――――」

ソファーに座る男が、銀髪の男を見上げる。

「あれはあちらが悪いんですよ。私の趣味を否定するということは、私自身を否定することと同義なんですから」

悪びれもせずに銀髪の男が言ってのける。

「へーへー。そうですか」

興味ないとばかりに、ソファーに座る男はグラスのワインを飲み干す。

「待てよ。なら、どうして?」

「私ではなく――――」

銀髪の男が視線を向けた先には、テーブルを叩いた者が座っている。

「そういうことか」

「ええ。そういうことです。彼の少年を喜ばさせてあげたい――――」

銀髪の男の口の両端が裂けんばかりに吊り上がっていく。

「―――― サプライズ(・・・・・) ですよ」

「サプライズ? そうか、サプライズかっ。そりゃいい!!」

広い室内に男たちの嗤い声が響く。

「ジョンさん、あんたも良いところがあるじゃねえか!」

「ええ、ええ。私もそう思います。今から楽しみで仕方がありません。 これ(・・) を見たときに、あの少年がどのような顔をするのか」

「ひ、ひひっ。ダメだ。想像するだけで嗤っちまう。そんときは俺も呼んでくれよな! あ~ダメだ、ダメだ。興奮して抑えが利かねえよ!」

複数の視線が、テーブルの男へ――――ジョンに集う。それに対して、ジョンは薄っすらと。だが、なんとも言い難い邪悪な笑みを浮かべて応えるのであった。