軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

煙が晴れ、線が見えた

「クラウス様……」

副官の声は、いつになく低かった。

「……北風が、強まってきましたね……」

「……だな」

短く。

だが——その視線は、前方から一切逸れない。

「……しかし」

ぽつり。

それ以上、言葉が続かなかった。

前方は、あれほどもくもくと立ち込め。

覆い。隠し。何も見せなかった煙が——変わり始めていた。

北風が強まる。煙は、散るのではない。

纏まる。押される。ゆっくりと戦場そのものを、押し流す様に。

「……」

副官が、僅かに息を呑む。

「煙が……」

一拍。

「纏まって、押し流されていきますね……」

「……おう」

クラウスも、それだけだった。

少しずつ。本当に少しずつ。

煙の奥にあった“答え”が。

姿を現す。

そして——

「……」

誰も最初は、理解出来なかった。

見えた。何かが。複数。いや——複数などという言葉では、足りない。

「……」

人。倒れている。一人、十、五十、百。

「……っ」

副官の喉が、音も無く鳴る。

見える範囲、それだけで。

既に——数百。

「……」

倒れている。動かない。あるいは呻く。

目を押さえる。喉を掻く。ふらつく。

立とうとして、立てない。

「……」

数名どころではない。視界を失った様に、手探りで彷徨う者。吐瀉物に膝をつく者。

仲間を起こそうとして、共に倒れる者。

「……これは」

誰が言ったのか、分からなかった。

クラウスか?副官か?あるいは、隊長か?それとも一般兵か?

ただ——その場に居た全員が同じ物を見て。

同じ意味で言葉を失った。

「……」

クラウスは、無言だった。

副官も。隊長達も。実験に立ち会った者達でさえ。燃焼、煙量、毒性、範囲、風向き。理解していた。

“理論上、効く”

それは、知っていた。

だが——

「……」

ここまで。

「……」

実験を知る者ほど逆に、現実との規模差へ沈黙した。小規模、段階、検証、確認。

そして実戦。投石器、複数地点、連続、北風。

「……」

掛け算。その答えが今。

目の前に、横たわっていた。

「……」

話を聞いていた兵。ただ話だけを聞いていた者達はもっと、理解出来ない。

煙。

それだけで?数百?

いや——煙は、更に押し上がる。

後ろへ奥へ、そして更に見えた。

副官の顔色が変わる。

「……クラウス様」

その声は、震えていた。

「……まだ、後方にも」

「……」

見える。更に倒れている。百、二百ではない。

もっと、もっと奥。数千規模、補給、歩兵、密集。そこを纏めて通った煙。

「……」

兵達の中には、思わず一歩、後ずさる者すら居た。敵だ。間違いなく敵だ。

だが——それでも目の前のそれは“戦”というより。

“結果”だった。

クラウスは静かにそれを見ていた。

歓声は無い。勝鬨も無い。

あまりにも規模が想定を超えていた。

「……」

ようやく口が開く。

「……父上に」

低く。

「連絡を」

「……!」

副官が即座に姿勢を正す。

クラウスの視線は煙の晴れた先。

未だ、全ては見えぬ。

だが——十分だった。

「南下主力と思われる敵隊」

一拍。

「……三千以上」

更に。

「破壊」

「……はっ!!」

伝令が、走る。旧領主館へ。父へ。

これは、局地勝利ではない。

南下枝。その主力級。それが——

“消えた”

「……」

クラウスは、そこで初めて。

小さく。本当に小さく。

息を吐いた。

「……」

止める。削る。怯ませる。

そのつもりだった。

だが。

「……」

ここまでか。誰に言うでもなく。

心中でぽつり。

北風に煙。実験と理論。そして現実。

春。

その日。煙が晴れて現れたのは単なる戦果ではない。“線を折りに来た枝、そのものが消えた光景”だった。

そしてその報は今——父の元へ。

領全体の線を、繋ぎ直す報として。

駆け始めていた。