作品タイトル不明
計算通りの泥、計算外の先客
接敵する頃。
丁度、堰を切った水が、敵補給隊を襲う。
その筈だった。
突然の水。
少数の護衛騎兵。そこそこの護衛歩兵。荷馬車の隊列。まず、動揺。そして——足元は、泥。
「……」
流れ込む水量。地形。自重量。補給荷。
全て、計算した。泥濘化で機動力低下。その場に停止。
そこへ——遠距離。大型化クロスボウ。
狙撃。
「……」
敵は、混乱しつつも整える。
なら。整う前に撃つ。引きつけ寄せる。
崩す。更に撃つ。
基本は遠距離。近付き過ぎない。踏み込まない。泥で沈める。
「……」
何度も、頭の中で繰り返した。
進路と地形。速度と敵反応。他案。敵撤退時。
全て。
「……抜けは、無い」
ぽつり。
少なくとも——理屈上は。後は敵が思う。もう駄目だ。それならば……と言う最後の一撃さえ躱せれば。
「エドワルド様!!」
レオン。
「そろそろ、速度を落として下さい!」
「……ああ」
「接敵距離の筈です!」
後続に減速指示。更に後方の大型化クロスボウ隊。横へ広く展開し警戒を取りつつゆっくりと前進。
「……」
慎重に焦るな。水。泥。補給。
乱れているなら——好機。
「……この先だな」
緩やかな小高い前方。丘、という程ではない。
だが、見下ろせる。
「……」
エドワルドは、慎重に前へ出る。
ゆっくりと前方を見る。
そして——
「……!」
あった!荷馬車!倒れている!
一台。二台。いや。もっと破損。横転し泥へ、
半ば沈み。
「……」
十。二十。いや——もっと多い。
足元には泥濘。深い。馬は転倒し、脚を取られ。立ち尽くす馬。骨折し動けぬ馬。放棄荷。
散乱。
「……!」
計算通り!いや!想定以上。
「……上手くいった」
ぽつり。
「……上手くいったぞ、レオン!」
思わず、声が強くなる。
「……」
だが返事が無い。
「……?」
「……レオン?」
レオンは、妙に静かだった。
その顔が少し嫌な方向へ固い。
「……その」
一拍。
「エドワルド様」
「……?」
「敵兵は?」
「……ん?」
そこで止まる。
「……」
敵兵……何処だ?
泥と流木の間に、盾や槍、兵装の一部、ある。荷馬車はある。馬もいる。
泥もある。破損も勿論ある。
だが——
「……」
兵が居ない。
「……」
静か過ぎる。
「……荷車を捨てて、逃げたか?」
北へ?北西へ?再編?いや。
この規模の混乱で、即座に全撤収?
「……っ」
嫌な予感。
「全方向警戒!!」
即座。
「円陣を組め!!」
「……!」
兵が、反応する。大型化クロスボウを中心に身が構える。左右。後方。全方位。
「……」
一体、何処へ?北方面か?それとも伏兵?
「……」
静か。泥。風。馬の荒い息。その時。
「エ……ドワ……」
「……?」
止まる。
「……何だ?」
小さい掠れ。
「エド……ワルド……様……」
「……!?」
今、確かに声……?近くから聞こえた……?
「誰だ!!」
剣へ手が伸びる。兵が、周囲を見る。
だが誰も居ない。
「……ここ、です」
「……!?」
足元近くの前方。泥に草。荷車残骸横。
その瞬間に、もさぁ…………
景色が動いた。
「うわぁっ!?」
思わず数歩下がる。兵も、一斉に構える。
だが起き上がった“それ”は、敵ではない。
「……」
泥。草。水。偽装布。全身、泥水濡れ??
もはや、景色そのもの。
「……エドワルド様」
ゲホ、ゲホと咳。
「……偵察員です」
「……」
沈黙。
「……」
間違いない。装備と武装それに偽装布。
自軍だが。
「……」
何故?そんな?泥の精霊みたいな姿に?
「……何があった?」
思わず、本音で聞いた。
偵察兵は、泥を滴らせながら。
一拍。
遠い目で……言った。
「……堰の水量が」
ゲホ、ゲホ、咳。
「……少々、想定より多く」
「……」
レオンが、静かに目を逸らす。
「……」
偵察兵は、続ける。
「敵補給隊を襲うのを少し離れた場所から、見ていましたら」
一拍。
「我々も、少々」
更に一拍。
「襲われまして」
「……」
沈黙。
「……」
エドワルドは、ゆっくりと。
泥濘。荷馬車。敵影無し。泥偵察隊。
それら全てを見た。
「……」
理論は、正しかった。敵補給隊は、崩れた。
荷車は、沈んだ。馬も、止まった。止まっただけで無く敵兵を押し流し……
完璧だ……ほぼ。
ただ。“先に居た偵察隊”への水量計算が。
少し、いやかなり甘かっただけで。
エドワルドは、静かに空を見た。
「……」
兄上。
戦果不明の意味が。少しだけ分かった気がした。