軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

理解不能という崩壊

南下侵攻軍本陣。

「報告!!」

天幕が、乱暴に開かれた。

土。汗。涙。咳。

駆け込んだ伝令兵は、言葉を整える前に、

まず一度、激しく咳き込んだ。

「……申せ」

低い。

怒声ではない。

だが、その一言だけで場が張る。

敵将は、地図から目を離さず言った。

「中央前進部隊……混乱!!」

「……」

「濃煙と火球により、隊列混乱!!」

「……煙幕か」

即答。

伏兵接近。視界阻害。突撃補助。

戦場では、珍しくもない。

だが——

「いえ!!」

伝令の声が、僅かに震える。

「煙だけでは、ありません!!」

「……?」

「兵が!!」

咳。

「咳き込み!!」

更に。

「吐き気、嘔吐、錯乱!!」

沈黙。

「……は?」

初めて、敵将の目が上がった。

「……もう一度、言え」

「中央部、呼吸異常!!」

「視界不良!!」

「多数、戦闘続行困難!!」

「……」

天幕内。副官達も、即座には理解出来ない。

煙。

そこまでは分かる。

だが——吐き気?錯乱?

「敵突撃か!?」

副官。

「不明!!」

「……?」

「敵影確認、困難!!」

さらに。

「突撃確認……ありません!!」

「……」

突撃していない?煙に火。異常?

だが、敵が来ない?

「……何をされた」

ぽつり。

それが、最も正確だった。

“何が起きているか”ではない。

“何をされた”

理解出来ぬ。

昨夜は、眠れなかった。

正体不明の音。狙撃。警戒。

朝。

ようやく、歩兵合流。補給再接続。再編。

“戻せる”

筈だった。だが——戻り切る前に中央が、崩れた?

「原因は!?」

「不明!!」

「煙を吸った兵より、異常多数!!」

「目の痛み!!喉の損傷!!」

「……」

「一部、死亡!!」

「……っ」

副官の一人が、息を呑む。

毒。

その単語が、誰の脳裏にも浮かぶ。

だが——戦場で?この規模で?

「……馬鹿な」

敵将は、即座には否定しなかった。

否定したい。

報告が、否定を許さぬ。

「中央だけか」

「……!」

伝令。

「現在、中心部が最も濃い模様!!」

さらに。

「周囲にも煙拡大!!」

「……」

狙った。偶然ではない。中央。

最も、命令伝達が密集し。

最も、波及が大きい場所。

そこへ煙。

「……」

理解が、一段深くなる。

敵は前を止めるだけではない。

“隊そのもの”を、崩しに来ている。

「……」

景色に音。今度は煙。

別々ではない。繋がっている。

「……最初から、削るつもりか」

低く。誰へ向けるでもなく。

疑わせ。眠らせず。整えさせず。

そして——中から崩す。

「……」

副官。

「撤退命令を!?」

敵将は、即答しなかった。

撤退。簡単だが——それは、認める事でもある。

“南下枝が、機能不全”

本国は、既に揺れている。

後方炎上。逆侵攻。補給不安。

そこへ、枝撤退。

「……」

最悪だ。このまま、理解不能へ兵を突っ込ませるのも。また愚か。

「……前進停止」

静かに。だが明確に。

「……!」

「南下部隊、一時停止」

一拍。

「中央煙域、即時離脱」

さらに。

「風下回避」

「……はっ!!」

「補給再編」

「歩兵再整理」

「原因確認を最優先」

「承知!!」

天幕内が、一斉に動くが誰も、理解していない。何が、起きた?毒か?病か?新兵器か?

偶然か?

「……」

敵将は、静かに地図を見た。

南下枝。本来なら焼き返し。敵南部揺さぶり。

戦果回復。その筈だった。だが今。

“進むほど、分からない”

その事実が、最も兵を鈍らせる。

戦とは、死だけで崩れるのではない。

理解不能。それだけでも、崩れる。

春。

南へ伸ばした枝。それは今。切られた訳ではない。焼かれた訳でもない。

“何をされたか分からぬまま、止められた”

それこそが。経験ある将ほど、最も嫌う崩れ方だった。敵将は、初めてそこで理解する。

この戦場で最も恐ろしいのは強い敵ではない。

“理解出来ぬ敵”

その存在こそが。自ら割った枝を、最も深く。

最も静かに。折り始めていた。